男だって愛されたい!

朝顔

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第一章 学園

⑳約束

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 目をキツく閉じて口に力を入れたレオンだったが、ルーベンのキスは落ちてこなかった。
 代わりに聞こえたのは、ドカッという鈍い音と、うげぇと苦しむような声だった。

 会場がざわざわと戸惑いの声で溢れていた。何事かと目を開けたかったが、次に聞こえてきた声にレオンの体は固まってしまった。

「偽物の王子め……。お前が王妃と繋がっていて、姫が二度と目覚めないようにトドメを刺しにきたことは分かっているんだ」

「ふっ…ええ!?」

「姫のことを本当に愛しているのは俺だよ。これ以上、姫を苦しめるなら、俺はもう容赦しない……」

「ひっ……!!ひぃぃぃ!!ごっごめんなさい!申し訳ございませんでした!わっ私はこれで失礼しますー!!」

 ドタドタと足音がして、その音は小さくなり舞台から消えていった。

「……姫、俺はずっと騎士として陰ながらあなたを守ってきた。俺が命令によって城を離れていたから、こんなことに……。近くで守ってやらなくて本当にすまない……。知らせを聞いて命令に背いて姫のそばへ帰ってきたんだ。俺はあなたを愛しています。俺の愛を受け入れてくれるなら、どうか目覚めて、またあの笑顔を見せて欲しい」

 勝手作られたオリジナルの騎士役の声は間違えることなくシドヴィスだった。しかも、いつもと口調は違うのに流れるようにごく自然にスラスラと話している。

 シドヴィスが近づいてきた気配がした。どうしてもこのまま目をつぶっていることが耐えられなくて、一瞬だけレオンは目を開けてしまった。すぐに目が合ったシドヴィスは、華やかな美しい微笑みになって顔を近づけてきて、その唇はゆっくりと重なった。

 シドヴィスの唇は想像以上に柔らかかった。そして生温かい熱が伝わってきて、レオンの胸は甘く痛んだ。
 客前でもあるので、この程度で終わるかと思いきや、シドヴィスは口を開いてぐっと深く吸い付いてきた。

「んっ…ぐっ……んんん!!」

 しかもシドヴィスは舌を強引にねじ込んで来て、強く拒めないのをいいことに、レオンの舌をグリグリと刺激して絡ませてきた。

「んーーー!んっんっ…!!んっ…ふ……んんぁ…」

 軽いキスが正解だと思うのに、シドヴィスはどんどん舌を絡ませて、レオンの唇も吸ってきた。これが衆人環視のもとやっているのだというのに、シドヴィスは責め続けてくる。
 息が苦しくなって、どんどんと胸を押してシドヴィスに限界を訴えるとやっと唇を離してくれた。

「姫!やっと目が覚めたのか!!俺の愛を受け入れてくれるんだな。愛している。あなたを永遠に……」

「はぁ…は…ぁ……あり……がとう。あい…し……てます」

 流れ出た涙と、鼻水でぐしゃぐしゃの顔になったレオンは、息も絶え絶えになんとか台詞を言い終わった。終わりの音楽が流れてやっと我に返ったのか、会場は観客達の拍手喝采と女子達の叫び声が入り雑じって大盛り上がりの中幕が下りた。

「レオン……、あなたは私だけの姫ですよ。もう、誰も触れるとは許しません」

 シドヴィスはレオン耳元でそう囁いてきた。何か返そうと口を開いたレオンだったが、緊張と興奮と酸欠でもう限界だった。意識は深い海に沈んでいくように消えていった。

 歓声とシドヴィス様と叫ぶ女子達の声だけが夢の中まで聞こえてくるように、いつまでも頭に残っていたのだった。



 □□




「本当大興奮だったわー!今思い出しても胸が熱くなっちゃう!舞台に颯爽と現れたシドヴィス様がルーベンに飛び蹴りしてぶっ飛ばした後、アデルと熱烈なキスをして………」

「あーーーーーーーー!!」

 保健室のベッドで起きたレオンの傍らにはミレニアが付いていてくれた。
 せっかくの劇が酷いことになったのではと心配したレオンだったが、ミレニアから大成功で終わったと聞いてほっと胸を撫で下ろした。
 どうも発表会で劇をやると、毎年何らかのハプニングが起きるのが恒例になっていて、今年は三年生の乱入ということで、大盛り上がりになったそうだ。

 先ほどから、ミレニアに詳細を熱く語られて、レオンは顔が熱くなって火が出そうになっていた。

「良かったわね!これで両思いじゃない。やっぱり、男は嫉妬に燃える生き物なのねぇ…。ああ、たまらない。あんなキスしたいわぁー」

「あはははっ………」

 ミレニアの手助けもあって、念願のキスが叶ったのだが、これで付き合っていないとは言えなくなってしまった。

 トントンとノックの音が聞こえて、シドヴィスが保健室に入ってきた。それを見たミレニアは、じゃ私はこれでと言ってニヤニヤしながらさっと出ていってしまった。

「レオン、大丈夫ですか?つい夢中になって加減を忘れてしまいました」

「はい……、ただ気を失っただけなので、すみません、ご迷惑かけて……」

 近くまで来たシドヴィスがドサッと倒れるようにレオンの上に乗って胸に顔をうずめてきた。体格の大きいシドヴィスの子供のような甘えたかにレオンの胸はきゅっと鳴った。

「目の前で愛する人が他の男に奪われそうになっている場面を見せられた私の気持ちが分かりますか?例え演技であっても胸が張り裂けそうでした」

「シド………」

「レオン、アデルのことをちゃんとしたい気持ちは分かりますが、もっと自分のことも考えるべきです。私はもうあなたを誰にも渡したくない。頭の先から足の先まで私のものにしたいのです」

 気持ち重めの告白であるが、シドヴィスの口から紡がれると美しい旋律のように聞こえてしまうから不思議である。

「私と結婚してください。必ず幸せにします。それなら貴族と縁続きになりたいと思うお父様のご希望も叶いますでしょう。アデルのことももちろん最後まで面倒は見ますので、どうか……はいと言ってください」

 保健室の小さなベッドの上でのプロポーズにレオンは驚いたが、シドヴィスからはいつもの自信たっぷりな様子は感じられなかった。むしろ、ひどく臆病な子供のような目で懇願するようにレオンを見てくるので、心臓はドキドキと鳴りながら、抱きしめてあげたいという気持ちになった。
 シドヴィス相手にそんな感情が生まれたのは驚きだったが、不思議と満たされていくような気がした。

「……い…いのかなぁ……。俺……何も持っていないし……、面倒ばかりかけて……。いつも助けられてばかりなのに……。俺なんかでいいんですか……?」

「もちろん、レオンためなら、いつだって騎士になって、あなたを救い出します。それにレオンは知らないかもしれないですが、空っぽの孤独から私を救い出してくれたのはあなたなのですよ」

「え…!?おっ…俺がですか!?」

「ええ、乾いた地面に命の水を注ぐように、私の心を潤いで満たしてくれたのはレオン、あなたです。早く返事を聞かせてくれるといいのですが………」

「…分かりました。俺でよければ…、よろしくお願いします」

「レオン!!」

 狭いベッドの上でシドヴィスが飛び付いてのし掛かってきたので、男二人の重さでベッドは壊れそうにギシギシと音を立てて揺れた。

「シド…音が……壊れちゃいそうですよ」  

「ああ、もう!先ほどのキスから私はレオンとしたくてしたくてたまらないんです。すでにトイレで二回抜いてきましたが、こんな可愛いことを言われてたら我慢できません!」

「は!?え…?」

「レオンとキスしたら絶対最後までヤって、一度じゃ終わらなくて監禁してヤりまくってしまいそうだったので、ずっと我慢していたのです!それなのに……あんなところで……ああ、もう火がついてしまいました」

 ある意味ミレニアとレオンの予想通り火がついたらしいシドヴィスにぎゅっと抱きしめられた。太ももの辺りに元気なものが当たって、レオンは真っ赤になった。
 それはシドヴィスが自分を求めてくれる熱で、それを感じてレオンも胸が熱くなってきた。今なら言いたかったことが言えるかもしれないと思ったのだ。

「今日は、とんでもない場所だったけど…嬉しかったです。お…俺、ずっとシドと……キスしたかったから」 

「レ…レオ……」

「それと…、あの……いつもしてもらっているから……、その……シドのそれ……、俺が舐めても良いですか?」

「……………」

 恥ずかしくて目をそらしながらだったが、レオンは考えていたことをやっと言えた。シドヴィスにも気持ちよくなって欲しいという思いだったのだが、シドヴィスの返事はなかった。
 代わりにドサリとした重みを感じて恐る恐るシドヴィスの顔を見たレオンは驚きの声を上げた。

「え…嘘……。え?シド?シド!!しっかりして!!シドーーーー!!」

 どうやら、興奮しすぎて白目をむいてシドヴィスは気絶していた。
 青くなって慌てたレオンだったが、シドヴィスが重くて動くことができず。誰かに助けを呼んでもこの状況を説明する術が見付からなかった。仕方なく、小さくシドヴィスの名前を呼び続けるしかなかったのだった。


(一章完)











 □□



 ピチャンピチャンと水が落ちる音がした。
 暗くてじめじめとした場所に閉じこめられてから、もうどのくらい時間が経ったのか見当もつかなかった。
 石造りの牢屋のようなこの場所は、冷気が絶えず流れていて足元から寒さこみ上げてきた。

「くそ……誰か………」

 久しぶりに自分の声を聞いた気がした。バカをしたというのは痛いほど分かっていた。
 父とこれ以上ないというくらいの喧嘩をした。お互い罵倒しあって手が出てしまった。そしたら自分も殴られてしまった。兄はよく殴られていたが、まさか自分に手が出ることはないと甘く見ていた。

 信じられないという顔をした自分に、父はどうやら、貴族との縁続きは兄が果たしてくれそうだと言った。
 まさかと思った。自分よりずっとドンくさくて暗くてウジウジした男だと思っていたのに、そんなやつを選ぶ貴族がいるのかと驚いた。しかも、女としてではなく、男として見初めてもらえたらしいと父は言った。

 お前は用済みだとも言われた。
 勝手に男の所にでもいけと突き放された。

 それを聞いて足が震えた。
 自分が自分であるとつなぎとめていたもの。それは女であるということだけだった。
 貴重とされる女であるからこそ、自分を求めてくれる人がいる、そう思って立っていたのだ。
 それが、男である兄が選ばれて、自分は用済みになってしまった。

 悔しくて信じたくなくて家を飛び出した。
 でも本当は分かっていた。
 母に捨てられて、兄には構ってもらえず、父はおかしい人で、誰かに必要とされたくて外にそれを求めた。
 町の不良仲間に入って毎日暴れまわって鬱憤をはらした。
 何もかもイライラして仕方がなかった。

 求めてもらえるなら誰にでも足を開き、簡単に捨てられて、また満たしてくれる誰かを求めた。
 こんなことになって、初めて分かった。自分がどれ程無知でバカだったかということを。

 吐き気がして嗚咽をもらしたが、出てくるのは唾だけだった。涙は枯れてしまったのかもしれない。

「ちくしょう…ちくしょう……ふざけんな……」

 ひどくかすれた声だけが湿った壁に吸い込まれるように消えた。

 こんな時に思い出したのは兄の優しい笑顔だった。自分がどんなにバカをやっても、心から怒って許してくれたのは兄だけだった。
 そして、妹のために無謀なことをやらされるのに、妹の体の心配をしながら家を出ていったのだ。

「アニキ……ごめん………」

 小さく声に出すとすでに枯れたと思っていた涙がまたぽろぽろと落ちてきた。
 涙の粒が手の上に落ちてじんわりと肌に広がると、その温かさにまた心がぎゅっと痛んだ。何もかも冷たいこの部屋で、それは唯一温かく感じた。

 ガタンと音がした後、足音がした。凍りついた心で顔を上げると、そこに現れた人が信じられなくて、幻を見ているのかと目を疑った。

 ここにいるはずのない人は、顔に土がついた薄汚れた顔をしていたが、その目は記憶にあるままで澄んでいて美しかった。

「アデル」

 幻のように思えた人は、そう名前を呼んだ。自分と似たような顔だが、その声は優しい輝きに満ちていた。
 これは現実なのだと知って、その輝きに手を伸ばしたのだった。



(二章へつづく)
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