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第一章

(5)見た目の問題

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 一度だけ、友達の紹介で男の子とデートした事がある。
 洋服の着方もだらしなくて、食事をこぼしている彼の姿を見たら、ついつい世話を焼いてしまった。
 お試しデートみたいな感じだったが、帰り際に、君は母親みたいだから恋愛対象にならないみたいな事を言われて断られてしまった。
 こっちだってまだ恋愛とかそういうつもりはなかったが、それ以来自分の中で無意識に一線を引いていた。

 家事や弟達の世話で忙しいなんて言い訳をしながら、本当は恋をすることに臆病になっていた。今思えばそうだったと思う。




「…ま……、あ…り……、アリサ様」

 聞き慣れない声が聞こえて、ハッと気がついて目を開けると、近くに黒い制服が見えた。
 帝国の黒騎士団のシンボルである鷲の紋章が見えて、誰に起こされたのかやっと頭が追いついてきた。

「すみません…エドワード卿、つい寝入ってしまって……」

「いえ、それは構わないのですが、ラプトンの町に着いたので少し休憩を取ります」

 分かりましたと言って立ち上がろうとしたら、サッと手を出された。こんな扱いをされるのが慣れていないのだが、仕方なく手を重ねた。
 そのまま手を引かれて馬車から下ろしてもらった。まるで本当にお姫様にでもなったような気分だ。

 首都を出てから半日、今回は旅慣れない私がいるので、余裕のあるスケジュールが組まれていると聞いていた。
 ラプトンは小さい町で、数軒のレストランと商店があったが、それ以外は民家がほとんどだった。
 ランスロットが先に様子を見に行っていて、一軒のレストランで昼食ついでに休憩を取ることになった。

「遅くなりましたが、今回の同行について、確認を取らせてください。まず、アリサ様が転移者である、ということは隠させて頂きたいと思います。同行できるのが我々二人だけなので警護に限界があります。民は聖女様を強く信仰する者もいます。よけいな混乱で不測の事態は避けたいのです」

 席に着いてすぐ、エドワードから説明が入った。私自身も周りに言いふらして歩きたいわけではなく、できればひっそりと周囲と溶け込みたいと思っていたので、その提案は助かると思った。

「分かりました。あの…、それと…、一ついいですか?」

「はい、何でしょう」

「お二人はおいくつなんですか?」

 聞き方がまずかったのか、騎士の二人は目をパチパチと瞬かせて不思議そうな顔をした。パッと見た感じでは二人とも明らかに年上だ。
 だから気になって仕方がなかった。

「私は二十五になります」

「俺は二十三です」

 エドワードはフォークで肉を切っていた手を止めながら、ランスロットは飲み物を飲む前にグラスを持つ手を止めてぶっきらぼうに答えてくれた。
 やはり思った通り、二人とも年上だったので一気に気まずい気持ちになった。

「あの……、ではできたら、お二人とも敬語はやめて普通に話してもらえないでしょうか?」

「は!?」
「ぐっ…ゴホッ!!」

 エドワードは口を大きく開けて驚いた顔になり、ランスロットは飲み物が変なところに入ったのか咽せてしまった。

「わ…私は聖女ではないですし、私の暮らしてきた異世界では、年上の人から敬語で話されることはあまりなくて…、ごく普通の学生でしたし。任務だとは思いますが、私は身分的には平民なる予定で、年上の騎士の方々に丁寧に話されるのはどうも落ち着かなくて…」

 割と礼儀正しい方のエドワードは困ったような顔になった。やはり、仕事上の関係であるから、こういったお願いは難しいのだろうか。

「いいぜ。その方が俺も気を使わなくて楽だ。この先まだあるからな」

「おい! ランスロット!」

 やはり若い方の白騎士は話が早かった。政治的なやり取りよりも実戦経験を重視するタイプに見えた。

「別に団長から転移者様様に扱えって言われてないだろう。俺はそれなりに丁重にしか言われていない。本人がそうしてくれって言うんだから問題ないだろう」

「だからって……!!」

「ありがとうございます。そうしていただけると助かります」

 エドワードが反論する前に、先んじてお礼を言った。なるべく柔らかく気持ちを込めたら、向こうも反論しづらくなるだろうと思ったら、やはりエドワードは言葉を詰まらせてしまった。

「その代わり、アリサ、お前も普通に話せよ。俺達だけなんておかしいだろう」

「え!? そっ…それは…ちょっと……。よけいに気まずいと言うか……」

「じゃ、俺も敬語に戻します」

「なっ…! まっ待ってそれは困るから!」

 ランスロットがニヤリと笑った。さすが人生経験が違いすぎる。私の小手先の会話力では簡単に足を取られてしまった。
 手を口に当てて悔しさを滲ませていると、ランスロットはケラケラと楽しそうに笑った。

「ほら後はお前だけだ、エドワード。こいつは聖女様でもないし、三人だけの気楽な旅だ。硬くならずにいこうぜ」

 場の空気がすっかりそちらに流れてしまったので、エドワードは頭をかきながらため息をついた。

「分かった。だが、神殿に着くまでの間だけだからな」

 思いがけずランスロットの助けがあって、どうやら気まずい状態は脱する事ができそうだ。
 どうせ、向こうに着いたら彼らとは二度と関わることもないし、もし町で会えたとしても今度は私が頭を下げて通り過ぎるのを待つような関係になるだろう。
 それなら今は、少しでもお互い楽な方に寄ればいい。神殿に着くまでの間だけでもそうしてもらえると気持ちが楽だった。

 テーブルの前にはランスロット、私の隣にはエドワードが座っていたが、私は椅子を少し引いて改めて二人に向かい合うようにズラした。

「それじゃあ、改めて。アリサ・ハトです。神殿までよろしく」

 私は挨拶ついでにずっと被っていたフードをバサリと外した。リルには外すなと言われていたが、そもそも当人のセイラは付けていなかったし食事をするのに非常に邪魔なので困っていたのだ。皇宮からも離れたしそろそろいいだろうと思った。

 久しぶりに視界が開けて、自分の黒髪がふわりと胸元まで流れていくところが見えた。確か肩に付くくらいに切りそろえていたのに、いつの間にこんなに長くなったのか不思議に思っていると、ガシャンとフォークが皿に当たる音がした。
 私の挨拶に二人とも何も返してくれないので、目線を送ると二人して目を見開いていて、固まっているように動かなかった。

「え…もしかして、外したらまずかったですか?」

 姿を晒さないように見張っておけという任務まであるのかと思ったら、先に動いたランスロットが、嘘だろうと小さく呟いた。

「アリサ…、おっ…お前……」

 何をそんなに驚いているのかと、ポカンとしながらランスロットを見ていたら、次に気が付いたのか、横にいたエドワードが目にも止まらない速さで外したフードを被せてきた。

「ちょっ…エド……!」

「シッ! 大人しくしてくれ!すぐにここを離れるぞ! ランスロット!」

 深く被せられたのでほとんど見えなくなった視界から、布越しに焦ったようなエドワードの声が聞こえてきた。

「ああ、三人こっちを見ていた。先に行け…俺が引きつける」

「なっ…何? えっ!? うううわぁぁ!!」

 見えなくなった視界に慌てる暇もなく、突然体を掴まれて浮遊感がした。身動きが取れなくなり、足がブラブラと揺れていて、どうやら持ち上げられたようだった。
 いきなり何をするのかと暴れたかったが、何やら獣のような声が低い聞こえて、私でも分かるくらい周囲から緊迫した空気を感じた。シャリンと剣を抜くような音が聞こえて、一気に恐怖を感じて、肌に鳥肌が立ちゾクゾクとした震えが体を駆け上がった。

 浮遊感はそのまま続き、ガクガクと体が上下に揺れた。近くに呼吸の音が聞こえてきて、私を持ち上げたままエドワードが走っているようだった。
 間もなくしてドカンと硬い椅子のようなところに転がった。投げられるように置かれたらしい。
 わずかに開いている視界に、馬車の椅子の木目が見えて戻ってきたのだと分かった。そしてすぐに動き出したので、エドワードが馬車を動かしたのだと思われた。

「え…しゅっ…出発するんですか? ランスロット卿は?」

「不測の事態には町のはずれで落ち合うようになっている! フードを深く被って身を小さく! 絶対に動かないで!」

「は…はい!」

 どうやら質問などする余裕は無さそうだ。震えながら身を小さくして、馬車のガタガタと激しく揺れる音に耐えていたら、こっちだと言う声がして馬車の速度が落ちた。
 ドカンと振動がして誰かが飛び乗ってきた。白い騎士服が目に入ってきてほっと胸を撫で下ろした。

「大丈夫だ。全員気絶させてきた。この格好で殺すわけにもいかないからな」

「よくやった。とりあえず次の村で宿を取ろう。アリサを連れていたら夜は危険すぎる」

「ったく! こんな事になるなら、俺の隊を連れてきたのに!」

「いや、少なくとも、団では団長か俺とお前くらいしか無条件抑制はできないだろ。抑制具は高価過ぎて大臣クラスしか持てないし、わざわざ用意はしてくれないだろうな。これで俺達が指名された理由が分った」

 二人が何を話しているのかよく分からなかったが、何やら私の事でよくない事態が起きていることは分かった。フードを取ったことと関係がありそうだ。

「あのー……、私、何かまずいことをしてしまいましたか……?」

 一瞬沈黙が訪れて、微妙な空気を感じた。私はまだ小さく丸くなっていたが、きっと二人の間で目配せでもして何をどう話すか確認したのかもしれない。そんな時間が流れた。

「お前、自分のことについて何も聞いていないのか?」

「聖女とは判定できない、くらいのことだけです。女性が持つと言われている白の魔力もないみたいだし、ダミーじゃないかとか言われていました」

「聖女や魔力についてはそうかもしれないが、大事なことを伝えていないな…、おいおいこっちに丸投げかよ」

 ランスロットとエドワードのため息が揃って聞こえた。どうやら、二人は短時間でかなり息が合うようになったらしい。

 仕方ないと言いながら、ランスロットがこの世界の事情について話してくれることになった。

 のんきに平民生活と恋を望んでいた私は衝撃の話に耳を疑うことになる。
 私はすっかり忘れていたのだ。
 ここはただの西洋っぽい世界なので、聖女や魔法と関係なければそれで終わりだと思っていた。
 しかしここはやはり異世界、私の生きてきた世界とは見た目は似ていても全く違うのだということを思い知らされることになるのだった。






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