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第二章

(17)裸の王様

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「君が一番愛している男は誰なんだ?」

 恐れていた答えを求められた。
 私には決めることができなかった。
 全員のことを愛していたから……。
 だから、こう言うしかなかった。

「私は全員愛しています。同じグラスに同じだけの愛をそれぞれ寸分違うことなく注げるように、私は、全員平等に愛してます」

 こう言えば、誰もが嫉妬することなく、仲のいい関係がずっと続くものだと思っていた。

 それなのに……。
 私は愛というものを何も分かっていなかった。









 バッと目を開いて飛び起きた。
 ブンブンと首を振って辺りを見渡したが、記憶にあるのと同じ部屋の景色で、私は頭を抱えてまたベッドに転がった。

 夢を見ていた。
 寝汗をかくほど、何かよくない夢だった気がする。
 しかし起きた瞬間に全て忘れてしまう。

 ずっと気にしないようにしていたけれど、この世界に来てからこういう朝が何度もあった。
 ここに来てからはもっとひどくなって、毎朝嫌な夢を見て飛び起きるという繰り返しをしている。

 ぼんやりした頭でまた周りを見渡した。
 金の装飾がある豪華なベッド、だが急遽用意されたのか、広い部屋の中にあるのはそれくらいで、後は真っ赤な絨毯が敷かれた床が広がっている。
 窓から外を見れば、山々の間から遠くに海が見えるはずだ。
 ここは崖の上に立つ王城の中でも、高い位置にある部屋なので眺めだけは格別だ。

 三日前、私はこの部屋で先ほどと同じように飛び起きた。
 初めて見る辺りの光景に、唖然として言葉が出なかったが、だんだんと記憶が戻ってきてもっと混乱してしまった。
 私は敵国であるエルジョーカーにセイラを救うために潜入して、見つけ出すことに成功した。だが、魔導士の軍団に見つかってしまった。敵と戦い毒に侵されたベルトランを救うために、用意していた帰還用の種で二人を送ったのだ。
 行き先は聞いていなかったが、たぶん屋敷か神殿だと思われる。
 一瞬でベルトランの体にありったけの癒しの白魔法をかけた。
 少しは効いていてくれるだろうかと思いながら、寝返りを打った。

 セイラはたいそうひどい扱いを受けていたので、私も生かされたとしても同じ牢に入れられるだろうと思っていた。それがどうやら鍵は掛かっているが、まともな部屋だったので驚いたくらいだった。
 意識を失う直前、エルジョーカーの王、ユリウスの姿が見えたので、きっと殺す前に何か聞き出すつもりなのだろうと思っていた。

 だが、それから七日間、ただ食べて寝て過ごしている。世話人として若い女性が来てくれているが、特に何も話すこともなく淡々と世話をして、体の様子を聞いてから部屋を出ていってしまう。

 目が覚めたのは伝えているはずだから、尋問するような兵士が入ってくるかと思っているのだが、いっこうにその様子はない。

 コンコンとドアが叩かれて、また今日も女性が入ってきた。確か名前はアンナと言っていた気がする。

「体の調子はいかがですか?」

「ええ、もうすっかり。回復しました。……それで、私は話を聞かれたりとか……特に何もない……のですか?」

 困ったように眉を下げたアンナは、実はと言いながら今周りで起きていることを話してくれた。


 まず、私の身については、王命令で丁重に扱うようにと言われているそうだ。
 そして、放置されているような理由だが、今エルジョーカー国内が非常に騒がしく対応に追われているという状態なのだという。

「反乱軍ですか!?」

「ええ、今ここを目指して各地で火が上がっていて、なんとか食い止めようと大変なのです。実は、私もいつまでここにいられるか……村には夫もおりますので、状況次第では逃げようと考えています」

 血も涙もない独裁者、それがエルジョーカーの王、ユリウスだ。
 強いカリスマ性で人々を導いていたが、それがあまりに残虐すぎると離れていき、やがて反抗心を溜めていた人々が立ち上がったのだろう。

「貴方の国の王を悪く言うつもりはないんだけど、ひどいことばかりしていたら…こうなる事は当然のような気がする」

「そう…ですね。陛下は確かに誰もが恐れている方です。……ですが、ご兄弟はもっと残虐な方達でその中を何とか生き抜いて来られたという話も聞きます。普段、私のような末端の使用人にも声をかけてきてくれます。……私にはみんなが言うほど、悪魔のような人には見えなくて……、あっ…ごめんなさい私、他国の方にこんなことを……」

 つい非難めいた言葉を言ってしまったが、アンナは冷静に答えてくれた。こんな混乱した状況で、仕事はいえ、他国から来たわけの分からない女を逃げずにちゃんと面倒をみてくれている。
 アンナが王のことをどう思っているかが伝わってきたような気がした。

 何かあれば呼んでくださいと言ってアンナが部屋を出ていったので、また一人で何もすることがなくなってしまった。
 体を動かすのはもう問題ない。魔力も体に戻っているようだ。
 今日もまたすることが無く、寝たり起きたりしながら過ごしていたら、空がだんだんと赤くなり始めた。

 私は窓辺に立って、外を眺めてみた。
 とても静かだった。
 反乱の火が向かっているとは思えないくらい、のんびりとした空気が流れていた。

「こんな風に、お前にまた会える日が来るとはな」

 低い声がした。
 初めて聞いた時のゾクゾクを背中を這うような恐ろしいものではなかった。
 棘が抜けたように、穏やかな聞こえた。

「……どういうことですか? ほぼ初対面だと思いますけど……」

 私は背中にかけられた声に応えて体を声の方へ向けた。
 いつの間にか部屋の中に、ユリウスが立っていた。今日は鎧ではなく、金の装飾が付いた黒い軍服に身を包んでいた。
 真っ赤な髪は今日も燃えるような色だったが、どこかくすんで見えた。

「……長い時を経て、とっくに整理できたものだと思っていたが、こうして目の前にするとやはり気持ちは変わらない。虚しいな、俺だけ取り残されているようだ……いや、過去に囚われているというのが正しいのか……」

「あの……いったい……何を?」

 下を向いてよく分からないことを呟いていたユリウスは、顔を上げて私を視界に捕らえると、ツカツカと歩いて来てすぐ隣に並んだ。

「もう一度結婚するか?」

「はい!?」

 誰かと間違えているのか、ますますおかしな事を言い出したので、私は大口を開けて驚いた。目の前にいるのは本当に殺戮を繰り返す独裁者なのだろうか。
 私の驚いた顔を見て、ユリウスは強面の顔を綻ばせて笑った。
 こんな怖い人の冗談なんてシャレにならないのでやめて欲しい。

「いや、違うな。あいつはそんな顔はしなかった。もう……違うのだな」

 やはり誰かと重ねていたのだろうか。私の頬を触って今度は寂しそうな目をしてきた。
 敵国の王で、こちらは捕らわれの身。ひどくされているわけでもないので、どういう反応をしたらいいのか分からない。

「あの…、いったい何を考えているのか分からないのですが、私を……どうするつもりですか?」

「………俺の目的は聖女だった。もともと俺の政権はもう崩れていた、最後の悪あがきに聖女を捕まえてうるさいヤツらを黙らせようとしたが失敗した。余計に火をつけてこういうザマだ。こうなっては、今さらお前を利用して延命するつもりはない」

 ユリウスは自嘲めいた笑みを浮かべながら、私の隣で外の景色に目を向けて遠くを見つめていた。

「俺には前世の記憶がある。太古から続く血脈の家ではたまにそういう者が生まれる。前世でも俺は兄弟で殺し合った。そして、今世でも……そういう星の下にいるのだと諦めた。現実から逃げるように、ひたすら戦争に身を投じて来たが、結局周りにいいように使われてしまった。だが、俺がやってきた結果だから受け入れるつもりだ」

 にわかに信じ難い話ではあったが、前世うんぬんは、また異世界ならではの変わった出来事として考えれば少しは納得できた。
 なにより聞いていた残虐で冷酷な王というイメージからは、ずいぶんと離れたような印象を受けた。

「とは言っても、俺の手が汚れていないわけではない。それなりに殺してきた。敵はうんといたからな。俺が恐ろしいか?」

「え…ええ、その…は…はい」

「……そうか、素直だな。そういえばベルトランはお前の恋人なのか?」

「は!? なっ…なんですか!? 急に……」

 寂しそうな目をしたり、面白そうな顔になったりユリウスはおかしな男だった。全然理解できないし、何か策略なのかと考えていたら頭が痛くなってきた。

「アリサ、お前が一番愛している男は誰だ?」

 また特大のナイフみたいな質問をされて、私は唖然として言葉が出てこなかった。
 しかし、なぜだかその質問が妙に懐かしく思えてしまった。
 遠い昔、いつか誰かに……。
 いや、この男に…………。


 ワワァァァという歓声のようなものが遠くから聞こえて来た。
 よく見ると、城へと続く長い橋に次々と小さな火が集まって来ているのが見えた。

「時間切れだ。最後になかなか楽しい時間が過ごせた」

 窓の外に向いたユリウスの顔が赤く染まっていた。ふと、ユリウスはこれからどうなるのだろうと考えた。
 反乱軍はもうすぐそこまで来ている。
 王はとっくに戦意を喪失している。鮮やかにこの城は陥落する。

 前の世界の記憶だが、歴史上にあった似たような例を思い出してみた。
 反乱によって王位を奪われた王は、きっと捕縛され首を落とされる。
 背中に嫌な汗が流れて、ごくりと唾を飲み込んだ。

「……本当に……最後なのですか」

「なんだ……。また俺を看取ってくれるのか?」

 何を言っているのか分からない。こんな時にまで冗談を言うのか。
 戸惑いの目で見つめ返すと、ユリウスはクスリと笑った。

「ここから出て右、廊下の突き当たりの赤い扉、その部屋に城下へ出る抜け道がある。他の使用人達も出ているはずだから、一緒に行くといい」

「え………」

「早く行け」

 ユリウスはもう私を見る事はなかった。
 彼の目に何が映っているのか、私に分かるはずもなかったが、なぜか胸は締めつけられるように痛かった。

 私は後退りしながら、くるりと向きを変えてドアへ走った。ドアを開けると案の定、逃げ惑う人々が走り回っていた。

 私は外に出ようとしてから立ち止まった。どうしても気になって振り向いて、ユリウスの姿を見てしまった。
 ユリウスは先ほどと変わらず、窓の外を見ていた。その大きな後ろ姿はこんな状況であっても力強い王の風格が漂っていた。

 何か声をかけようとしたが、ほとんど関わりのない私が最後にかける言葉が見つからなかった。
 私はそのまま前に向き直って、外への抜け道を目指して走り出したのだった。









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