四角い世界に赤を塗る

朝顔

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⑪ もう一つの目

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「ん……ぁっ……くっ……」

 わざとジュルジュルと音を立てて、口いっぱいに含んで、根元まで飲み込んでから、パッと口を開けると、ダーレンは切ない声を上げた。

「だ……め、……だめだ……よ」

「何がだめ、なのですか?」

「で……ちゃ……汚い……だめ」

「ダーレン様の体は、どこもかしこも美しいです。神々を模した彫刻のようです。全て私に預けてくれませんか?」

「ん……んっ……、ああっ」

 今度は手を添えて、ゴシゴシと扱きながら先端を咥えて舌で刺激をした。
 ソファーに寝転んだダーレンは、たまらないという顔で、熱い息を漏らした。

 始めは手で優しく導いた。
 それから何度か手でしてあげると、授業の終わりには、ダーレンの方から体を寄せてくるようになった。
 ロランお願いと言いながら、硬くなった下半身を押し付けてくるので、ロランはそろそろ頃合いだと思い、口淫をすることにした。
 今日は手でなく、口でしますと言うと、ダーレンは真っ赤になって汚いからダメだと言ったが、ロランの巧みな愛撫ですっかり力が抜けてしまい、その隙に口を使うことにした。
 手でするのとは比べものにならない快感に、ダーレンは首を振りながら悶える声を上げた。

「ロラ……だめ……本当に……も……」

「い……です、よ。だー……れんさま……」

 口に含みながら、舌を使ってぐりぐりと刺激したら、ダーレンは掠れた声を上げて、びくびくと腰を揺らした。
 口の中に苦いものが溢れて、雄の香りが漂ってきたが、ロランは気にせずにゴクリと飲み込んだ。

「う……うそっ、ロラン? の、飲んだの!?」

「ええ、苦いですが、不味くはありません」

「ダメだよ、汚いのに……」

 喜んでくれるかと思ったのに、ダーレンは困った顔をしていた。
 ハンカチで口元を拭われて、心配だという目を向けられてしまった。
 さすがに刺激が強すぎたかと、ロランは少し反省をした。

 達した後のダーレンは、トロンとした目をして、体をソファーに預けたまま動かなかった。
 ロランはダーレンの胸を撫でていた手を下へ滑らせて、ダーレンの後ろに這わせた。

「ロラン?」

 次は何をするのだろうとダーレンの目に期待のようなものが見えたが、ロランはそこで手を止めた。

「少し、無理をさせてしまいましたね。今日はここまで、綺麗にして着替えましょう」

「う……うん、分かった」

 何度も着たり脱いだりしているからか、ダーレンはすっかり自分でシャツのボタンを留められるようになった。
 自分もコートを羽織りながら、ロランは頭の中でため息をついた。

 できない。
 なんとかここまで持ち込んだが、この先がどうしてもできない。

 こんなことをしていて何を言っているのだと思うが、ここから先は、普通の男女の行為とは違う。
 もちろん目的が、ダーレンを女性相手で不能にすることなので、それで間違ってはいない。
 しかし、人の所業としては立派なくらい間違っている。
 後ろの快感を覚えたら、普通の行為では物足りなくなってしまうと聞いたことがある。
 ロランは両方経験済みだ。
 ガッシュは気まぐれな男で、だいたいが抱かれる方だったが、時々ふと気分が乗ったと言って、上になることがあった。
 そういう時は、前戯や丁寧に慣らしてくれることもなく、無理やり突っ込まれるので、ロランは痛い思いしかしたことがない。
 自分の好きなように動いて、勝手にひとりで達して満足したら、寝てしまうような男だった。
 ロランは行為の後で、ひとり虚しく血が滲んだ後ろを洗って、傷口を保護する薬を塗った。
 受ける側はロランにとって苦痛で、快感を得たことはなかった。
 それでも優しい時があったから、ロランは痛みを我慢してでも側にいた。
 その思いも、ミリアムに会ったことで虚しいものに変わっていた。
 本当はロランも分かっていた。
 ガッシュは若い男が好きで、その気まぐれがいつか自分に向けられることを……
 いくら愛していると言われても、それが永遠ではないことも……

「ロラン? 大丈夫? 苦しそうな顔をしている」

「大丈夫です。夜更かししたので、疲れが出たようです。今日は早く休みます」

 ダーレンの前でひどい顔をして考え込んでしまった。
 ロランは笑みを作って大丈夫だという顔をした。
 するとダーレンは、なんとも言えない顔をしたと思ったら、突然近づいてきて、ロランをぎゅっと抱きしめてきた。

「嫌なことは忘れて、僕のことだけ考えて」

「ダーレン様」

 幼い心が見せた優しさなのか、おそらく意味はないとロランは思ったが、人の温もりに触れると力が抜けてしまう。
 しかもダーレンは自分よりも大きくて、しっかりとロランを受け止めて包み込んでくれた。
 まるで危険な毒。
 バロックが言っていた意味が少し分かった気がした。
 これは仕事だと思わなければ、この温かさに全て委ねてしまいそうになる。
 そして、囚われてしまうのは自分だ。

「ダーレン様は優しいですね。ありがとうございます」

 線を引かなければいけない。
 それはきっと、間違いを間違いだと思わないように、目を閉じて、前に進まないといけないということだ。

「ロランのままでいいんだ」

 ダーレンが呟いた言葉が、まるで迷い続けている背中を押すように、ロランの耳に響いた。
 

 
 
 
 授業を終えて、コツコツと長い廊下を歩いていると、箒を持った使用人とすれ違った。
 もう半年近く住み込みで働いているが、この邸で使用人をあまり見かけることはない。
 それはルーラーが、人が多いとダーレンの負担になるという理由で、邸に置く人数を最小限にしているらしい。
 それもあると思うが、警備のためだろうと思っていた。
 ホルヴィン公爵家の別邸にあたるこの邸は、もともと爵位を後継に譲った後の、元公爵達の隠居先として使われていたようだ。
 本宅よりも小さな建物なので、それほど手がかからないのかもしれない。
 ルーラーの指示が行き届いているのか、廊下や窓辺を見ても、埃ひとつ落ちていない。
 埃だらけで、屋根に穴が空いた家で暮らしていたロランからしたら、綺麗すぎて落ち着かないくらいだった。
 シャツと黒いズボン姿の男は、初めて見る顔だった。
 ロランは軽く会釈して、足を進めようとした。
 その時、男が箒の柄をロランの前に横から出してきたので、ロランは足を止めるしかなかった。
 男は軽く顎を動かして、近くの部屋に視線を送った。
 何となく意味が分かった気がして、ロランは小さく息を吐いて頷いた。


「俺の名前はダン。バロックから話を聞いていないか?」

 使われていない倉庫なのか、雑然と物が置かれている部屋に入ったら、男はすぐに名乗ってきた。
  ダンという名前の男は、見た目はどこにでもいる大人しそうな男、という感じだが、目だけはやけに鋭かった。
 バロックの名前が出てきたら、答えはもう決まっていた。

「ああ、他にも密偵がいるとは聞いている」

「俺は依頼人に信頼されていて、直接話ができる立場だ。バロックなんかより上だと考えてくれ」

 同じ雇われの身で、上も下もないだろうと思ったが、威張りくさった態度から、そういうのが好きなんだろうと読み取れた。

「分かった。それで、話はなんだ?」

「俺は情報を流すのが仕事だが、お前の監視も務めている。上手く接近はできたが、まだ本来の目的を果たしてないな」

「はっ、覗きが仕事ってことか、そりゃご苦労だな」

 一部始終を見られているのかは分からないが、このダンという男は、レッスンの様子をどこかから見ているようだ。
 視線があると思ったら、ゾッとしてしまった。

「こっちだって仕事だ。あの無垢な坊ちゃんを無理やり女にするのは、抵抗があるかもしれないが、それがお前の仕事だ。お前が使えなければ、次のやつが来るだけ。このままだと俺は、失格だと報告することになる。その忠告だ」

 クビになったとして、ここまで色々と知ってしまったら、無事には帰してもらえないだろう。
 ロランは唇を噛んで悔しさに震えた。

「アンタさ……、見てるこっちもヤバくなるくらい、いい体じゃないか」

「は?」

 ダンは、壁に背中をつけて立っているロランの胸元に手を這わせて、ボタンが開いたシャツの隙間から指を入れてきた。

「俺とも遊んでくれるなら、上手いこと報告してやってもいいぞ。その方がもらえる額が上がる」

 鎖骨をスッと撫でられて、寒気がしたロランは、ダンの手をパンと叩いて弾いた。

「気安く触るなっ!」

「おお、怖い。まるで猫のようだ。しっかりやってくれよ、今の調子だ、押し倒してみろ」

 見ているからなと言って、ダンはニヤッと笑った後、先に部屋から出て行った。
 カタンと扉が閉まった音がしたら、ロランは壁に背中を預けたまま、力が入らなくなってその場に座り込んだ。
 
 やるしかない。
 崖の上に立たされた状況で、必死で足に力を入れているようなものだ。
 監視がいるとは聞いていたが、邸の中は静かだったので、安心してしまった。
 それにしても、あのルーラーが見逃してしまうほど、ダンという男は優秀な密偵なのか、それも謎だった。

 こんな時になって、できればダーレンを傷つけたくはないと考えてしまう。
 どうすればいいのか、問題が山のようになっていくが、どれにも手がつけられなくて、ロランはガクンと項垂れて大きく息を吐いた。
 


 
 
(続)
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