異世界モブおじセンセーの婚活大作戦

朝顔

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本編

にじゅう 光と影

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 夜の帳が下りて、空が漆黒に染まった頃。
 馬車は街灯が並ぶ大通りを進んでいたが、ついに人混みに巻き込まれて止まることになった。
 御者にここからは歩いてくださいと言われて、ビリジアンとマゼンダは劇場からは少し離れた場所に降り立った。

 ミモザが所属する劇団の本公演最終日、チケットは金を積んでも手に入らないと言われていた。
 こんなに混んでいるのは、チケットが買えなかった人が、諦めきれずにどうにかして手に入れようと集まっているからだ。
 外に漏れ聞こえてくるミモザの声を聞こうと、劇場の石壁に耳を寄せているという話を聞いて、すごい人気だと開いた口が塞がらなかった。

 黒いタキシードに正装したビリジアンとマゼンダは、人の波が流れていく方向に向かって歩き出した。

「すごい人混みだ。中に入れるか?」

「近くには誘導係がいるので大丈夫でしょう」

 人が多すぎて、次々と肩をぶつけてしまったので、伸びてきた手がビリジアンの手を掴んだ。

「離れないでください。どこに行ったのか分からなくなります」

「ああ、スマン」

 若者に手を引かれているオッサンなんて悲しい光景だと思うのだが、マゼンダの方はそういうことは全く気にしない様子だ。

 今は繋いでいても、マゼンダの女友達が現れて、パッと手を放されてしまうかもれない。
 ただ歩いているだけでも絵になる男と、借りてきた衣装のおどおどしている中年の男は、周りの目からどう映っているのだろうか。

 ビリジアンは、そんなことばかり考えていた。

「先生、着きましたよ」

 あれこれ考えて歩いていたら、いつの間にか劇場に到着していた。
 マゼンダが指差す方向には、入場用の長い列ができていた。
 チケットを持っていてもこの状態だ。
 二人で列の後ろに並んだ時、マゼンダと声がかかった。

「お前も来ていたのか? 言ってくれたらよかったのに」

 マゼンダの肩を叩いた男は、ゲームの攻略対象者であるバーミリオンだった。
 長髪の赤毛をかきあげながら、ポーズをキメてカッコよく立っていた。

「殿下、それと……バイオレット嬢、こんばんは。いい夜ですね」

 バーミリオンの後ろから、ドレスアップしたバイオレットが姿を表した。
 満月のような黄色いドレスに、長い髪はハーフアップにして、金色の大きな髪飾りが光っていた。
 マゼンダに向かってにこりと微笑んでから、軽くドレスを掴んで頭を下げた。

「俺達はあちらの入り口から、王族用の席に行くが、お前も来たらどうだ? 二階席の中央にある
 んだ。生徒同士、気楽な気持ちで一緒に観よう」

 まさか王子も並ぶのかと思ったが、やはり専用の入り口から入るようだ。
 それにしても、デートかと思ったのに、友人を気軽に誘うなんて大丈夫かと思ったら、案の定、バイオレットはムッとした顔をしていた。

「いえ、私は一人ではないので」

 隣に美女の姿がないからか、バーミリオンは不思議そうにキョロキョロと辺りを見回したが、ビリジアンと目が合うと、あっと声を上げた。

「うわぁ、コンドルト先生!? え? なんで、先生がここに……」

「あー、ええと……」

「先生にはいつもお世話になっているので。たまたまチケットが手に入ったので、私がお誘いしたのです。先生は演劇が好きだとお伺いしたので」

 答えに詰まっていると、一歩前に出たマゼンダが話を合わせてくれた。
 しかし、いつも両手に花の男が、オッサン教師と一緒だなんて信じられないのだろう。
 バーミリオンは納得できない顔で、眉を寄せていた。

「コンドルト先生、お話しするのは初めてですね。魔法学園の生徒のバイオレット・レオニーと申します」

「ああ、君は魔法生物学を選択していなかったね。ビリジアン・コンドルトだ。よろしく」

 手を差し出すと、バイオレットはにっこりと微笑んで、握手をしてくれた。
 ビリジアンとしては、主人公との初めての接触になるので、色んな意味でドキドキして緊張してしまった。

 それにしても若い生徒達の中に、場違いな教師がひとり、これは気まずい状態になってしまったと思った。

「あー、俺は一般席でいいから、マゼンダ、殿下と一緒に行ったらどうだ? せっかくお誘いいただいたのだし」

「先生!」

 友人同士とはいえ、王子の誘いを断るのはマゼンダの立場が悪くなってしまう。
 それに同学年で盛り上がろうというのに、教師がいては場の空気が重くなってしまう。
 自分は邪魔者だと思ったビリジアンは、引くことにした。

 マゼンダはビリジアンの腕を掴んで首を振り、目で訴えてきたが、バーミリオンがいいじゃないかと声を上げた。

「先生もそう言っているし、演劇が好きならひとりで落ち着いて見たいんだろう。お前はこっちに来いって。酒と料理も用意している」

 そこまで誘われては断るわけにいかない。
 マゼンダは渋々という顔でビリジアンの腕から手を離した。
 むしろそんな機嫌が悪そうな顔をしていいのかというくらい、マゼンダは隠さなかった。

 その時、ビリジアンの視界にふわりと広がる紫の髪が見えた。
 ビリジアンとマゼンダが並んで立っている間に、バイオレットが入ってきたのだ。
 バイオレットはマゼンダの腕に手を絡ませて、自然に頭を腕に寄せた。

「行きましょう。マゼンダ様」

「ば、バイオレット」

 サッサと切り替えてマゼンダにくっ付いたバイオレットを見て、バーミリオンはポカンと口を開けて慌てていた。

 バイオレットはぐいぐいとマゼンダを引っ張って入り口に向かって歩き出した。
 バーミリオンは一足遅れて、待ってくれと言って二人の後ろを追いかけた。
 体はデカいは中身はお子ちゃま王子となっていたが、まさにそんな感じに見えた。

 一度だけ、マゼンダが振り返って見てきたが、ビリジアンは笑顔で手を振った。

 これでいい
 そう思いながら、胸が痛くてたまらなかった。

 自分は単純な人間だと思う。
 優しくされたら嬉しいし、冷たくされたら悲しい。
 強引すぎる男だけれど、マゼンダに触れられるようになって、ダメだと思うのに、いつしか心が動いていた。

 若い父親と言ってもいいくらいの歳の差、教師と生徒、華やかな男と、地味でどうしようもない男。
 世界が違いすぎるのに、愛に背を向けて寂しそうにしている横顔を見たら、自分が助けてあげたいなどと、思ってはいけない気持ちを抱いてしまった。

「バカだなぁ、俺は……。どうしようもないバカだ」

 ミモザの提案に、すぐ答えが出せないでいるのも、そのせいだ。
 婚活が終わってしまえば、マゼンダとの繋がりがなくなってしまう。
 男なんて好きになる自信がない、なんて言っていたはずなのに、自分でも笑ってしまうくらい、簡単に落ちてしまった。

 だけど、この気持ちをこれ以上自覚するわけにはいかない。
 言葉にしてもいけない。
 忘れなきゃ忘れなきゃと思いながら、ビリジアンは胸に手を当てた。

 バイオレットとマゼンダが、まるで恋人同士のように並んで歩く背中を見たら、あれが正解だろうと、悲しいくらいおかしくなって笑った。

 ビリジアンはひとりで、入場待ちの長い列に並んだ。
 周りは女性が多くて、気後れしてしまうくらい、甘い香りと賑やかな笑い声にあふれていた。
 そんな中、ひとりで並んでいる自分は滑稽だなと思いながら、マゼンダがくれたチケットを握りしめて、小さくため息をついた。



 大劇場はたくさんの人を収容できるが、劇場内はほぼ満席、空いているところと言えば、ビリジアンの隣、マゼンダが座るはずだった席だけだった。
 それも、係の人に声をかけられて、お連れ様が来られないのならと、別の人が誘導されて座ってしまった。
 一般席ではあるが、舞台から二列目の真ん中という、なかなかの良い席だった。

 幕が上がると、女性達はいっせいに立ち上がり、ミモザの名前を呼んだ。
 ミモザが登場すると、劇場内は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
 むしろそのせいで、演技が始まっても台詞も聞こえないし、しばらくしてやっと静まったが、うるさいと思うほどだった。

 演目は、F・Dという作家が書いたという恋物語。
 貧しい青年が、美しい領主の娘と恋をして、お互いの家族の反対にあいながらも愛を貫き、最後は愛のために命を断つという悲恋のお話だった。

 ミモザは確かに舞台上に立つと、その美しさは恐ろしいほど引き立って、彼が喋るたびに周りの女性達は興奮しすぎて倒れていた。
 ミモザの演技については、本人のキャラが濃すぎるので、どうも役に入り込めていないというか、浮いているような気がした。
 それが、演技が話題に上がらない一因かもしれない。

 それでもビリジアンは、いつの間にかミモザの演技に吸い込まれて、息を吸うのも忘れるくらい、夢中で見入ってしまった。
 特に、歌やダンスには力を入れているようで、素晴らしいと言えるほどの出来だった。

 ラストシーンでは静まり返ったところで、声を上げて泣いてしまった。
 この歳になると涙腺が弱くなって仕方がない。
 周囲の注目を浴びて、顔を下に向けるしかなかった。
 こんな時、マゼンダが隣にいたら、何と言っただろうと考えてしまった。
 先生、静かにしてくださいと言って、人差し指を口元に当てる姿が目に浮かんで、もっと泣けてしまった。

 公演は拍手喝采の大成功で終わった。
 帰りはマゼンダに声をかけようかどうしようか迷っていたら、トントンと肩を叩かれた。
 見ると、前に会ったミモザの秘書の男性が立っていた。

「コンドルトさん、今日は来ていただきありがとうございます。今少し、お時間よろしいですか?」

「大丈夫ですが……」

 観ていたことを気づかれたので、ビックリしたが、わざわざ呼び出すなんて、何の用だろうと思ってしまった。

 その場にいた劇場係の人をつかまえて、王族用の席にいるマゼンダ宛に、先に帰るように連絡を頼んだ。
 秘書にこちらですと言われて、ビリジアンはその後を追った。





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