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本編
にじゅうさん 顔のいい男④
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「ほんとぉぉぉうにすまない! この通りだ!」
パチンと手を合わせて謝られたが、それで状況が変わるわけではないので、ビリジアンは苦い顔をした。
「あそこで断ったら、推薦の話は無かったことにされるかもしれない。侯爵は人が良さそうに見えるが、かなり気まぐれで、思い通りいかないとキレるタイプなんだよ」
「そう言われても……、本当に出ないといけないのか? 勘弁してくれよ。狩りなんて……」
名前を呼ばれて、ミモザとともに会場に入ったビリジアンだったが、テントには戻れずに、出場者の集合場所まで連れて行かれてしまった。
「狩りは初めてか、でも大丈夫だ。やり方は教えるし、初心者でも簡単にできる」
ここまで来て後戻りができなくなってしまった。
森の中を歩くのに鞄が邪魔だが、置いていけないので、ビリジアンは仕方なく紐を伸ばして体に括り付けた。
侯爵家所有の森林地帯で行われる狩り大会は、年に一度、小動物の動きが活発になる時期に開催される。
貴族の中でも一番多くの土地を所有している侯爵は、狩りの名人で、ただの趣味でなく、これを商売にしようと思いついたらしい。
出場者は参加費を払う必要があり、大きなイベントとして国からも補助金が出ている。
待機場所には様々な出店が出ていて、見れば貴金属店や、ドレスショップ、エステみたいな店まであった。
貴族向けのお店も揃っていて、大変な賑わいだった。
ビリジアンはできればそちらの方で楽しみたかったが、そう上手くはいかなかった。
突然狩りの方に出場することになり、参加用のバッチまで用意されてしまった。
この世界の狩りは、各々が持つ魔力によって行われる。
使用できる武器は弓のみ。
魔法弓と呼ばれて、見た目は一般的な弓と変わらないが、矢は弓を構えた時に出現する。
使用者の属性矢となっていて、射ったときに属生特有の力が加わるそうだ。
つまり、火属性なら燃える矢が飛んでくる、みたいなものらしい。
魔法弓はミモザが言った通り、初心者の女性でも簡単に扱えるようだ。
必要なのは上手く的を射るコントロールのみ、魔力のサポートがあるので、矢を射る力は必要ないからだ。
まさにゲームの世界という感じだった。
そこまで聞いたら、ビリジアンはできるような気がしてきた。
ちなみに、簡単に扱えるが、狩りは女性には好まれない。
可愛い小動物を狩るなんて、可哀想だとか、野蛮だわという感覚らしい。
しかし、大会後に出される大鍋のウサギのスープは、みんな喜んでよく食べると聞いた。
若干の矛盾は感じるが、今はそんなことはどうでもいい。
ビリジアンは狩り大会に出場することになってしまった。
これはお見合いと関係あるのか、考え出すとキリがないので、今は目の前のことをやろう頭を切り替えた。
参加者が集まっている中に、バーミリオンと友人達、マゼンダの姿はない。
彼らは絶好の狩場が近い入り口から森に入って、先にスタートすると聞いた。
中で会うことになるのかと考えたが、目の前に広がるのは大森林で、山もあれば崖もあり、川が流れ、湖まであると聞いた。
いくら彼らが目立つ存在であるとしても、中で会うことはないだろなとビリジアンは思った。
マゼンダが振り返って自分を見てきた時の顔が忘れられない。
すぐにでも駆け寄って、声をかけたかった。
しかし、自分にその資格はない。
ビリジアンの心は目の前の大森林よりも、深く深い複雑な迷路に入り込んでしまった。
狩り開始を知らせるラッパの音が高らかに響いた。
誰もが一斉に森の中に飛び込んでいく。
ミモザに付いて来いと言われて、ビリジアンはミモザの背中を追った。
テントがある本部は、虹色の狼煙が上げられていて、遠くから見てもどこにあるのか分かるようになっている。
万が一、何かあった時の緊急連絡用の魔法具もあると聞いた。
ほとんどの者が足を使って森を走る中、馬を利用して奥まで最短で向かう者もいた。
良い狩場は人里から離れた場所にある。
日暮れまでの時間制限で、どこまで行っても、戻ってくればいいことになっている。
とにかくミモザの後ろを走っていると、ミモザが走りながら弓を構えたのが分かった。
ミモザの手に炎が噴き出す火の矢が出現した。
かなりの熟練者なのか、ミモザは走りながらその矢を放った。
容姿も完璧なら運動神経も抜群らしい。
キィィと声が上がって、すぐにボタッと地面に鳥が落ちてきた。
雀ほどの大きさの鳥で、ミモザはそれを指で掴んで持ち上げた。
火の矢は鳥に当たった後も燃えていたが、ミモザが掴むとスッと矢ごと溶けるように消えた。
この矢は、魔力が尽きるまで射ち続けることができるらしい。
「ふむ、小物だが、まずはこんなところだろう」
「すごいな……走りながら射るなんて……狩りが趣味だったのか?」
「いや、舞台で狩人の役をやるために、練習したんだ」
役のために覚えたのかと、ビリジアンは驚いてしまった。
女性関係は派手でルーズな男だが、役者としての努力は怠らないというところは評価できる。
「伝説を作るって話も嘘じゃないかもな」
「ははは、それはやめてくれ。とりあえず周りと比べて遜色ない程度までできればいい。侯爵は面白いことが好きだから、どうせ色男が女も名声も奪っていったみたいな構図にしたいのだろう」
口ではそう言っていながら、本当に伝説を作りそうな勢いでミモザは弓を射った。
次々と鳥やネズミにウサギまで仕留めて、ぺしゃんこだった袋はたちまち大きくなった。
ビリジアンも教えてもらった通りに弓を射ってみたが、かすりもせず明後日の方向に飛んでいった。
だいたい土属性の矢は、なんの変哲もない普通の矢なので、少しも魔法を使っている感じがしなかった。
チラリと覗いたが、鞄の中のロクローも大人しく寝ていてくれたので、ビリジアンはホッとしていた。
「少し休むか。狩りには、体力が必要だ。魔力もかなり減ったから休んで補給しなくてはいけない」
太陽が高くなった頃、大きな木下にミモザは休憩用の布を広げた。
予め支給されていた、水や軽食を食べることにした。
「そういえば、この森には小動物しかいないのか? あの……恐そうな猛獣とか……」
「野生の魔獣のことか? そりゃいるよ。だけどヤツらは人間を恐れて森の奥から出てこない。奥へ入ったとしても、音がすれば警戒して隠れてしまう」
「へぇ、人が襲われる、なんてことはないのか」
「魔獣にか? 生物学の教師なら、生物のトップが人だというのは知っているだろう。野生の魔獣は人が放った魔力が溜まってできたもので、彼らは人の恐さを知っている。ただ、抵抗できない子供や老人、弱っていたり負傷していたり、もしくは死んだ人間については襲う可能性はある」
ビリジアンも知識としては、この世界の生態系についての情報は入っていた。
魔力を持っている分、人間は強い生き物で、人間の敵は人間という構図がこの世界にはある。
しかし、弱い者、弱った者に容赦しないのは、自然界の掟である。
そこはあまり変わらないらしい。
「まぁ、心配するな。ミドルクラスの魔獣なら戦ったことがある。苦戦はしたが、勝てるレベルの腕はある」
「魔獣と戦った? それも……役作りのため?」
「そうだ。魔法剣闘士の役だったかな。まだ、うんと若い頃だ」
「なるほど、役者バカってやつか。本当に好きなんだな」
「そりゃ、天職ですからね」
何を言っているんだとビリジアンが笑うと、ミモザも笑った。
何度か会って話して、同じ時間を過ごすうちに、だいぶ打ち解けた雰囲気になった。
初対面印象が酷いものだったので、やっとまともに人としてミモザを見れるようになった。
「ビリジアンはさ、好きなヤツがいるんだろう?」
「え?」
「隠しても分かるって。数え切れないくらい遊んできたんだ。お前みたいな目をしているヤツはすぐに分かる。結婚しなくてはいけないが、事情があってソイツとは一緒になれない。だから、こっちの話も進められないんだろう?」
さすが百戦錬磨の恋愛の達人だ。
ビリジアンの青臭い気持ちなど、すぐに見抜いていたというわけだ。
「……まあ、そうだな」
「私の方は最初に言った通り、それでも構わない。お前が誰に恋していようと、そいつと遊んでも、他にたくさん関係を持っても、何をしてもいい。こちらも好き勝手やるからには、それくらい何ともないと思っている」
「最初の話から、そうだったな」
「だが、お前にはそういう世界は似合わなそうだ」
「え………」
「庭に咲き乱れる花々を愛でるより、一輪の花を抱えていたいんだろう? 誰にも邪魔されることなく、二人の世界で生きていきたい、違うか?」
この男はどこまで射抜くつもりなのか。
ビリジアンの心臓は大きく揺れて、全身が痺れた。
今にも胸に抱えた花が見えそうな気さえしてきた。
「どんな事情かは知らんが、ここまで付き合ってもらったんだ。見合いはもう関係ない。困っているなら力になるぞ」
ミモザがカッコよくウィンクして、片手を上げた時、話し声が聞こえていた。
二人でハッと気がついて辺りを見回した。
どうやら他の参加者と狩場がかぶってしまったらしい。
その場合、お互い喧嘩にならないようにすぐ移動しなければならない。
「おい、いたか?」
「こっちにはいなかった」
「ったく、どこへ行ったんだ。あの黄色頭」
「さっきまで見えていた。ここまで追いかけたのに」
何やらコソコソと話す声が聞こえしまい、ミモザと目を合わせたビリジアンは、木の陰に身を隠して小さくなった。
「本当にヤル気ですか?」
「ああ、俺の女、ネイビーを奪った恨みは果たさねぇと」
「それにしたって国の宝と呼ばれて……」
「うっせーな! 知ったことか。殺しはしない。流れ矢が当たったってことにして、野郎のイチモツにくらわせて使い物にならなくしてやる!」
とんでもない会話が聞こえてきて、ビリジアンはぶるっと身を震わせた。
どうかしなくてもこの話は、目の前の男のものだろうと思って視線を送った。
「これは困った……、この手のトラブルは対処してきたつもりだったが、まだ残っていたか。モテる男は辛いねぇ」
「お前……どんな人に手を出したんだよ。自業自得だ」
木の陰に隠れながら、見つからないようにビリジアンとミモザは声をひそめて話した。
「さて、私の息子が狩られないためには、どうしたらいいと思う?」
「そりゃ、逃げるしかないだろう」
なんでこんなことに巻き込まれるのか、頭に手を当てながらビリジアンはそう答えるしかなかった。
⬜︎⬜︎⬜︎
パチンと手を合わせて謝られたが、それで状況が変わるわけではないので、ビリジアンは苦い顔をした。
「あそこで断ったら、推薦の話は無かったことにされるかもしれない。侯爵は人が良さそうに見えるが、かなり気まぐれで、思い通りいかないとキレるタイプなんだよ」
「そう言われても……、本当に出ないといけないのか? 勘弁してくれよ。狩りなんて……」
名前を呼ばれて、ミモザとともに会場に入ったビリジアンだったが、テントには戻れずに、出場者の集合場所まで連れて行かれてしまった。
「狩りは初めてか、でも大丈夫だ。やり方は教えるし、初心者でも簡単にできる」
ここまで来て後戻りができなくなってしまった。
森の中を歩くのに鞄が邪魔だが、置いていけないので、ビリジアンは仕方なく紐を伸ばして体に括り付けた。
侯爵家所有の森林地帯で行われる狩り大会は、年に一度、小動物の動きが活発になる時期に開催される。
貴族の中でも一番多くの土地を所有している侯爵は、狩りの名人で、ただの趣味でなく、これを商売にしようと思いついたらしい。
出場者は参加費を払う必要があり、大きなイベントとして国からも補助金が出ている。
待機場所には様々な出店が出ていて、見れば貴金属店や、ドレスショップ、エステみたいな店まであった。
貴族向けのお店も揃っていて、大変な賑わいだった。
ビリジアンはできればそちらの方で楽しみたかったが、そう上手くはいかなかった。
突然狩りの方に出場することになり、参加用のバッチまで用意されてしまった。
この世界の狩りは、各々が持つ魔力によって行われる。
使用できる武器は弓のみ。
魔法弓と呼ばれて、見た目は一般的な弓と変わらないが、矢は弓を構えた時に出現する。
使用者の属性矢となっていて、射ったときに属生特有の力が加わるそうだ。
つまり、火属性なら燃える矢が飛んでくる、みたいなものらしい。
魔法弓はミモザが言った通り、初心者の女性でも簡単に扱えるようだ。
必要なのは上手く的を射るコントロールのみ、魔力のサポートがあるので、矢を射る力は必要ないからだ。
まさにゲームの世界という感じだった。
そこまで聞いたら、ビリジアンはできるような気がしてきた。
ちなみに、簡単に扱えるが、狩りは女性には好まれない。
可愛い小動物を狩るなんて、可哀想だとか、野蛮だわという感覚らしい。
しかし、大会後に出される大鍋のウサギのスープは、みんな喜んでよく食べると聞いた。
若干の矛盾は感じるが、今はそんなことはどうでもいい。
ビリジアンは狩り大会に出場することになってしまった。
これはお見合いと関係あるのか、考え出すとキリがないので、今は目の前のことをやろう頭を切り替えた。
参加者が集まっている中に、バーミリオンと友人達、マゼンダの姿はない。
彼らは絶好の狩場が近い入り口から森に入って、先にスタートすると聞いた。
中で会うことになるのかと考えたが、目の前に広がるのは大森林で、山もあれば崖もあり、川が流れ、湖まであると聞いた。
いくら彼らが目立つ存在であるとしても、中で会うことはないだろなとビリジアンは思った。
マゼンダが振り返って自分を見てきた時の顔が忘れられない。
すぐにでも駆け寄って、声をかけたかった。
しかし、自分にその資格はない。
ビリジアンの心は目の前の大森林よりも、深く深い複雑な迷路に入り込んでしまった。
狩り開始を知らせるラッパの音が高らかに響いた。
誰もが一斉に森の中に飛び込んでいく。
ミモザに付いて来いと言われて、ビリジアンはミモザの背中を追った。
テントがある本部は、虹色の狼煙が上げられていて、遠くから見てもどこにあるのか分かるようになっている。
万が一、何かあった時の緊急連絡用の魔法具もあると聞いた。
ほとんどの者が足を使って森を走る中、馬を利用して奥まで最短で向かう者もいた。
良い狩場は人里から離れた場所にある。
日暮れまでの時間制限で、どこまで行っても、戻ってくればいいことになっている。
とにかくミモザの後ろを走っていると、ミモザが走りながら弓を構えたのが分かった。
ミモザの手に炎が噴き出す火の矢が出現した。
かなりの熟練者なのか、ミモザは走りながらその矢を放った。
容姿も完璧なら運動神経も抜群らしい。
キィィと声が上がって、すぐにボタッと地面に鳥が落ちてきた。
雀ほどの大きさの鳥で、ミモザはそれを指で掴んで持ち上げた。
火の矢は鳥に当たった後も燃えていたが、ミモザが掴むとスッと矢ごと溶けるように消えた。
この矢は、魔力が尽きるまで射ち続けることができるらしい。
「ふむ、小物だが、まずはこんなところだろう」
「すごいな……走りながら射るなんて……狩りが趣味だったのか?」
「いや、舞台で狩人の役をやるために、練習したんだ」
役のために覚えたのかと、ビリジアンは驚いてしまった。
女性関係は派手でルーズな男だが、役者としての努力は怠らないというところは評価できる。
「伝説を作るって話も嘘じゃないかもな」
「ははは、それはやめてくれ。とりあえず周りと比べて遜色ない程度までできればいい。侯爵は面白いことが好きだから、どうせ色男が女も名声も奪っていったみたいな構図にしたいのだろう」
口ではそう言っていながら、本当に伝説を作りそうな勢いでミモザは弓を射った。
次々と鳥やネズミにウサギまで仕留めて、ぺしゃんこだった袋はたちまち大きくなった。
ビリジアンも教えてもらった通りに弓を射ってみたが、かすりもせず明後日の方向に飛んでいった。
だいたい土属性の矢は、なんの変哲もない普通の矢なので、少しも魔法を使っている感じがしなかった。
チラリと覗いたが、鞄の中のロクローも大人しく寝ていてくれたので、ビリジアンはホッとしていた。
「少し休むか。狩りには、体力が必要だ。魔力もかなり減ったから休んで補給しなくてはいけない」
太陽が高くなった頃、大きな木下にミモザは休憩用の布を広げた。
予め支給されていた、水や軽食を食べることにした。
「そういえば、この森には小動物しかいないのか? あの……恐そうな猛獣とか……」
「野生の魔獣のことか? そりゃいるよ。だけどヤツらは人間を恐れて森の奥から出てこない。奥へ入ったとしても、音がすれば警戒して隠れてしまう」
「へぇ、人が襲われる、なんてことはないのか」
「魔獣にか? 生物学の教師なら、生物のトップが人だというのは知っているだろう。野生の魔獣は人が放った魔力が溜まってできたもので、彼らは人の恐さを知っている。ただ、抵抗できない子供や老人、弱っていたり負傷していたり、もしくは死んだ人間については襲う可能性はある」
ビリジアンも知識としては、この世界の生態系についての情報は入っていた。
魔力を持っている分、人間は強い生き物で、人間の敵は人間という構図がこの世界にはある。
しかし、弱い者、弱った者に容赦しないのは、自然界の掟である。
そこはあまり変わらないらしい。
「まぁ、心配するな。ミドルクラスの魔獣なら戦ったことがある。苦戦はしたが、勝てるレベルの腕はある」
「魔獣と戦った? それも……役作りのため?」
「そうだ。魔法剣闘士の役だったかな。まだ、うんと若い頃だ」
「なるほど、役者バカってやつか。本当に好きなんだな」
「そりゃ、天職ですからね」
何を言っているんだとビリジアンが笑うと、ミモザも笑った。
何度か会って話して、同じ時間を過ごすうちに、だいぶ打ち解けた雰囲気になった。
初対面印象が酷いものだったので、やっとまともに人としてミモザを見れるようになった。
「ビリジアンはさ、好きなヤツがいるんだろう?」
「え?」
「隠しても分かるって。数え切れないくらい遊んできたんだ。お前みたいな目をしているヤツはすぐに分かる。結婚しなくてはいけないが、事情があってソイツとは一緒になれない。だから、こっちの話も進められないんだろう?」
さすが百戦錬磨の恋愛の達人だ。
ビリジアンの青臭い気持ちなど、すぐに見抜いていたというわけだ。
「……まあ、そうだな」
「私の方は最初に言った通り、それでも構わない。お前が誰に恋していようと、そいつと遊んでも、他にたくさん関係を持っても、何をしてもいい。こちらも好き勝手やるからには、それくらい何ともないと思っている」
「最初の話から、そうだったな」
「だが、お前にはそういう世界は似合わなそうだ」
「え………」
「庭に咲き乱れる花々を愛でるより、一輪の花を抱えていたいんだろう? 誰にも邪魔されることなく、二人の世界で生きていきたい、違うか?」
この男はどこまで射抜くつもりなのか。
ビリジアンの心臓は大きく揺れて、全身が痺れた。
今にも胸に抱えた花が見えそうな気さえしてきた。
「どんな事情かは知らんが、ここまで付き合ってもらったんだ。見合いはもう関係ない。困っているなら力になるぞ」
ミモザがカッコよくウィンクして、片手を上げた時、話し声が聞こえていた。
二人でハッと気がついて辺りを見回した。
どうやら他の参加者と狩場がかぶってしまったらしい。
その場合、お互い喧嘩にならないようにすぐ移動しなければならない。
「おい、いたか?」
「こっちにはいなかった」
「ったく、どこへ行ったんだ。あの黄色頭」
「さっきまで見えていた。ここまで追いかけたのに」
何やらコソコソと話す声が聞こえしまい、ミモザと目を合わせたビリジアンは、木の陰に身を隠して小さくなった。
「本当にヤル気ですか?」
「ああ、俺の女、ネイビーを奪った恨みは果たさねぇと」
「それにしたって国の宝と呼ばれて……」
「うっせーな! 知ったことか。殺しはしない。流れ矢が当たったってことにして、野郎のイチモツにくらわせて使い物にならなくしてやる!」
とんでもない会話が聞こえてきて、ビリジアンはぶるっと身を震わせた。
どうかしなくてもこの話は、目の前の男のものだろうと思って視線を送った。
「これは困った……、この手のトラブルは対処してきたつもりだったが、まだ残っていたか。モテる男は辛いねぇ」
「お前……どんな人に手を出したんだよ。自業自得だ」
木の陰に隠れながら、見つからないようにビリジアンとミモザは声をひそめて話した。
「さて、私の息子が狩られないためには、どうしたらいいと思う?」
「そりゃ、逃げるしかないだろう」
なんでこんなことに巻き込まれるのか、頭に手を当てながらビリジアンはそう答えるしかなかった。
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