異世界モブおじセンセーの婚活大作戦

朝顔

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本編

さんじゅう 愛を恐れる男④

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「いやぁ、ビリジアンくん! 本当に助かったよ」

 ベッドに腰掛けたミモザが両手を広げて抱きしめようとする仕草をしたので、手を前にかざしてビリジアンが遠慮すると、それならばと手を掴まれて荒っぽい握手をされた。

「あっつつ!」

「足が折れていたんだろう。無茶しないで大人しく寝ていろ」

 身を乗り出したことで負担がかかったのか、ミモザは足首を押さえてベッドに転がった。
 せっかく上級治療師が治療しているというのに、これでは無駄になってしまう。

 病院のベッドは硬くて嫌だとか文句を言うので、だったら早く治せと言って布団をかけた。

 少しは大人しくなっているかと見舞いに来たのに、変わらないミモザの態度に呆れながらもホッとしていた。

 狩り大会で魔獣に襲われたビリジアンは、怪我を負ったマゼンダとともに救助された。
 崖の途中にあった洞窟から、巨大化した泥人形を使っての脱出が成功して、無事に崖の上まで運ばれた。
 地面に降り立ったところで、泥人形は消えてしまった。

 まるで夢でも見ていたような出来事の連続に、ぼけっとしていたら、そこに救助隊がやってきた。
 事情を聞かれてビリジアンが戸惑っていると、マゼンダは、怪我を負っていた魔獣が自ら崖の上から落ちたと説明した。
 魔法生物のこともあるので、詳しい情報をどこまで伝えていいのか分からず、とりあえずは伏せることにした。

 狩り大会は、怪我人が出たことで途中で中止になったが、人々の話題はミモザのことでもちきりだった。
 魔獣は何らかの事情で暴走したことになったが、ミモザの放った矢によって、暴走魔獣は致命傷を負い、崖から転落したことになったのだ。
 魔獣をひとりで倒した男として、誰もがミモザを讃えていた。
 ミモザを狙っていた連中は生きていたが、それぞれ傷を負っていて、回復次第取り調べを受けることになっている。
 罪に問われることは間違いないと言われていた。


 ということで、ミモザは治療のために入院中で、ビリジアンはその見舞いに訪れたのだった。

 この世界の外傷の治療方法は、治癒魔法師によって行われる。
 本人の治癒能力を高めるもので、一度ではなく、繰り返し行われて、少しずつ治していくシステムになっている。

「暴走魔獣を倒した功労者として、侯爵が推薦してくれて、男爵位を受けることになった。これで俺も、貴族の仲間入りだよ」

「あー、それはよかったな」

「それでだな、申し訳ないんだが、例の見合いはなかったことにしてくれ。結婚したいわけではないし、悪いが次々と可愛い子達から連絡が来て、とてもじゃないが、お前まで手におえないんだ」

「ああ、それは……」

「ちょっと待ってください」

 またもやビリジアンのお見合いが終わったところで、隣のベットのカーテンがシャーっと音を当てて開けられた。

「その言い方だと、貴方に夢中な先生が、フラれたみたいな感じになっていて、どうにも納得できません!」

 仲良く隣のベッドで入院中なのは、マゼンダだった。彼もまた、肩から布を掛けて怪我を負った右腕をつるしていた。
 同じく治療中なので、友人だと勝手に誤解した侯爵の手配によって隣のベッドになった。
 ビリジアンとしては、見舞いをするのに移動しなくて楽だが、二人はそうはいかない様子だった。

「あ? ガキが。大人の話に首を突っ込むな。しっしっ、指でも咥えて寝てろ」

「とうとう本性を現しましたね。やってることもクズですが、性格も右に同じでしたか」

「はいはい、甘ったれ坊やが何を言ってるんだ。俺はクズを公言してんの。隠してないから。だいたいお前に納得してもらう必要なんてねぇの」

「おい、ちょっ、二人ともいい加減にしろ! 他の患者さんに迷惑だろう」

 病院は誰もが平等という精神で運営しているらしく、病室は貴族であっても四人部屋になっている。
 部屋の反対側のベッドには、おじいちゃん二人組がのんびりお茶を飲んでいて、ビリジアンと目が合うとペコリと頭を下げられた。

「ミモザとの見合いの件は、何かの間違いだと思っていたくらいだから、こちらとしてはそのままだったと思うだけだ。色々巻き込まれて大変だったが、自分で蒔いた種でもあるし、もうこの話はよそう」

 ビリジアンは話をさっさと終わらせて喧嘩を止めようとした。
 マゼンダとミモザは、火と水の相性が悪いと言われている属性なので、その通りに入院中とにかく言い合ってばかりらしい。
 看護師さんから、お互いカーテンを開けないようにと注意されるほどだった。

「終わりだと言われると、それはそれで寂しいな」

「あ?」

「いや、さ。手放すとなると、惜しいってやつだ」

「意味がわからん」

「一回くらいキスしとくか? 大サービスだ」

「必要ありません! 先生! 早くこっちへきてください!」

 ミモザが変な冗談を言い始めたので、やめろと言おうとしたら、倍の声量でマゼンダが怒鳴ってビリジアンを呼んだ。
 すぐ隣なので、わかったわかったと言ってビリジアンが移動すると、マゼンダはすぐにカーテンを閉めてミモザを視界から消した。

「先生、もうあの男の見舞いはいいですよ。私の方にだけ来てください」

「そうは言っても隣だからな」

 ムッとした顔のマゼンダが手招きしてくるので近づくと、左手で掴まれて腕をグッと引かれてしまった。

「わっ、んんっ!」

 倒れた拍子に、マゼンダの顔が近づいてきて、唇を奪われてしまった。
 こんなところでダメだと、ビリジアンはマゼンダの胸を押そうとしたが、痛めた腕に当たってしまいそうで、強く押せなかった。

 するとマゼンダは、左手をビリジアンの首の後ろに乗せてぐいぐい押してきた。
 おかげで逃げることができずに、マゼンダとの口付けがどんどん深くなり、舌が入ってきてしまった。

「んっ……ばっ……だめっ……だ……ぅぅ……はぁ……」

「せんせ……もっと……離れないで」

 マゼンダとのキスはずいぶん久しぶりに感じた。
 避けまくっていた時からずっとご無沙汰だったので、舌を絡ませた瞬間、後ろが疼き出したのを感じた。

「はぁ……んっ……はっ……マゼ……あっ」

 頭が真っ白になって、一瞬自分がどこにいるのか分からなくなった。
 その勢いで、マゼンダと体を弄り合って、夢中になってキスをしていると、ゴホンと咳払いをする声が聞こえてきた。

「お二人さん、ここ大部屋なんで。他の患者さんにご迷惑ですよ」

「お気になさらず。若いってのはいいですな」

 ミモザの声と、向こうのベッドにいるご老人達の笑い声が聞こえてきて、一気に我に返ったビリジアンは真っ赤になって口を押さえた。

「ちっ、良いところだったのに」

「アホっ、俺は恥ずかしいからもう帰るぞ。……明日また来るから」

 あまりの恥ずかしさに、さっさと消えようと思ったビリジアンだったが、マゼンダが片腕で腰に抱きついてきたので、ベットから降りれなくなった。

「先生、退院したら、すぐに先生の家に行きます」

「あ……ああ」

「本気で抱きますから」

「ちょっ……ええっっ」

 耳元に唇を寄せられて、とんでもない言葉が耳に入ってきたので、ビリジアンは火がついたように赤くなった。

「と、とりあえず……きょう、か、帰るから。また明日」

 ベッドから転がるように降りたビリジアンは、カーテンを開いたら顔を下に向けて歩いた。
 とでも他の人達の顔を見る勇気がなかった。

「お前ら、さっさと付き合っちまえよ」

「アンタは黙っててください」

 病室から出た瞬間、背中にマゼンダもミモザの会話が聞こえてきて、ビリジアンは顔を覆いながら歩いていくことになった。



 ビリジアンとマゼンダは、お互い気持ちを口出して、確認したわけではない。
 それに近い思いを感じたわけだが、慌ただしさで肝心なことを口にしてはいなかった。
 付き合う、という言葉がようやく目の前に見えてきて、ビリジアンはやらなければいけないことがあった。

 ふぅと息を吐いて立ったのは、学園長室の前だった。
 どうぞと声が聞こえてきて、襟を正したビリジアンは失礼しますと言って中に入った。

「おぉ、今日から復帰だったな。大変だったな、魔獣に襲われるなんて、心配したんだぞ」

「ご心配おかけしました。私の方は幸い怪我もなく、無事でした。調査も、終わったのでご報告に。ありがとうございました」

 久々に見る学園長の顔は、暑さのせいか少し疲れたように見えた。
 心配してくれることに感謝をしながら、ビリジアンは頭を下げた。

「おい、そんなかしこまらんでも……」

「申し訳ございません。お見合いの件ですが、もうこれ以上受けることはできません」

「……何かあったのか?」

「好きな人が……できました。色々と手を尽くしてくれたのに、勝手なこと言って、本当にすみません」

「頭を上げてくれ。なんだ、そういうことなら私はそれでいい」

 ビリジアンが頭を上げると、学園長は目尻に皺を寄せて嬉しそうに笑っていた。
 友人であった父に託されたからということで、学園長にはかなりお世話になってきたはずだ。
 迷惑をかけることは避けたかったが、想う相手が胸にいて、お見合いを続けることなどできなかった。

「結婚はまぁ、国から言われていることだが、それは何とでもなる。私から上手く言っておこう。大事なのは、ビリジアン、お前が他人を想うことができるようになったことだ。学生時代、同級生にひどく揶揄われてから、お前はすっかり殻に閉じこもってしまった。そんなお前から、好きな人がいるなんて言葉を聞くのは夢のような気持ちだ。教えてくれ、相手は誰なんだ?」

 よほど嬉しかったのか、学園長は頬を赤らめて上機嫌な顔で、お気に入りの葉巻に火をつけた。
 ここから先は、少し複雑なことになるので、ごくっと唾を飲み込んだビリジアンはゆっくり口を開いた。

「生徒です。うちの……」

 一瞬間があったが、学園長から空気を呑み込む変な音が聞こえて、すぐに吐き出すようにゲホゲホと咽せてしまった。

 よほど衝撃だったらしい。

「お、おまっ、禁止されているわけではないが、いったい誰なんだ?」

「マゼンダ・グラスです」

「グラス家の……モテ長男じゃないか! ……ビリジアン、彼を悪く言いたくはないが……」

「分かっています。でも、私は、本気で好きで……もう、自分に嘘をついて閉じこもるのはやめると決めたのです。色んな噂があるかもしれませんが、自分が見てきたマゼンダを信じたい。ちゃんと、告白したわけじゃないですけど、この気持ちを諦めたくはないんです。教師を辞する覚悟で来ました」

「ビリジアン……」

 学園長は半開きにした口から葉巻を取って灰皿の上に置いた。
 真顔でしばらく考えている様子だったが、視線が動いてビリジアンと目が合うと、スッと立ち上がった。

「分かった。もし交際することになったら、私も一緒に親御さんに挨拶に行こう。私にとってお前は、本当の息子のようなものだ。何か飛んできたとしても、私が守ってやる」

「……おじさん」

「とにかく好きなら、ビシッと気持ちを伝えて来い。私は応援するし、話はそれからだ」

 学園長は力いっぱい背中を叩いて励ましてくれた。
 ビリジアンは目頭が熱くなって、下を向いてしまったが、何とかお礼を言って頭を下げた。

「ところで、先日魔法省から送られてきた。魔法生物の個体だが、その後どうだ? 変わりなく元気にしているか?」

「えっ!? え、ええ。はい、も、もちろんです」

「何でも、王国始まって以来の大魔法師が生み出したものらしい。召喚魔法の失敗は残念だが、何か変化があったらすぐに知らせるように手紙が来ている」

「わ……わかりました」

 感動で胸が震えていたが、いきなり飛んできたパンチに、汗が噴き出してきた。
 ビリジアンは、それ以上深く追及されないように、忙しくてすみませんと言いながら、転がるように学園長室を出た。

 交際について話はできたが、まさか、魔法生物について触れられるとは思っていなかった。
 あの日、蝶になったロクローは、芋虫に戻ることなく、そのままマゼンダの影の中に入ってしまった。
 時々出てきては、飛んでいって、またふらりと戻ってくるそうだ。
 まるでマゼンダの召喚獣になったように、一緒に生活をしているらしい。

 マゼンダいわく、今まで魔力を抑える薬を飲んでいたが、ロクローが吸い取って行くので、その必要がなくなって助かっているらしい。
 それは、よかったなと言いたいところだったが、いちおう魔法生物は国からお借りしているわけなので、このままだとマズいと思い始めていた。
 ロクローについて知らせようと思うのだが、例の現象が説明できなくて、考えているうちに遅くなってしまった。

「はぁ、もう、狩り大会に無断で持ち込んだことを白状するしかないな……、それで飛んでいったことにして、探しているという体で……」

 ブツブツ言いながら廊下を歩いていたら、ポンと背中を叩かれてビリジアンは飛び上がって驚いた。

「あら、驚かせちゃってすみません。お名前お呼びしたのですけど……」

「わっ、キャメル先生、い、いえ大丈夫です。お久しぶりです」

 振り返ると、後ろにはキャメルが立っていた。
 今日も谷間がバッチリ見えるシースルー素材のドレスを着用していて、セクシー過ぎて目が痛い。

「聞きましたよ。ミモザとのお見合い、残念でしたね」

「……ああ、はい。せっかく紹介してくださったのに、すみません」

「いえ、私はいいんですよ。それに、ミモザとは上手くいかないかなって思っていましたし」

「え?」

「バレバレでしたよ。それなのにどっちも動かなそうだから、いいスパイスになるかなと。私はお二人、とってもお似合いだと思います。本命くんと上手くいくといいですね」

「あ……はあ、ありがとうございます」

 ふわっと髪を靡かせて前に出たキャメルは、くるりと回転して、可愛くウィンクした後、軽い足取りで走って行ってしまった。
 さすが恋愛学の教師である。
 手のひらで踊らされてしまった気分だった。

 残されたビリジアンは、キャメルの小さくなっていく背中を見ながら頭をかいた。

 そしてその日の午後、いよいよマゼンタの退院が決まったという連絡が来た。
 近日中とだけ知らされたので、ビリジアンはソワソワしながら退院の日を待つことになった。







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