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第一章
⑩幕間道中
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□□□
ガラガラと音を立てて馬車はルネの貴族街を走って行く。
邸宅が立ち並ぶ場所を抜けたら、王城へと向かうための深い森に入り、そこを抜けたらすぐに王城だ。
流れて行く景色を見ながら、俺は気まずい思いで目線を車内に戻したくなかった。
目の前にはムッとした機嫌の悪い顔をしたメイズが座っている。
俺の隣にはカルセインが座っていて、静かに本を読んでいるが、時々馬車の揺れに合わせて俺の足に触れてくるので、変な声を出しそうになって冷や汗が流れていた。
「言っておきますけど、ミケイドは私の侍従ですよ」
ぷっくりと頬を膨らませたメイズは、俺がいいと言ったワインレッドのドレスを纏っている。鮮やかに開花した大人への一歩は、会場中の視線を捉えて離さないだろう。
「それは知っている。だが、雇い主は俺だ」
結婚相手選び以外は、基本メイズに激甘な人が素っ気なく言い放ったので、俺もメイズも口を開けて驚いた。
今日のカルセインは黒のタキシード。ぴっちりと後ろに撫で付けられた黒髪は艶よく光っていて、鮮やかな紫の瞳がより際立って美しく見えた。
年下ながら、大人の男が醸し出す色気にクラクラとしてしまう。
そして、なぜ車内がこんな空気かと言えば、馬車に乗る際に一悶着あったからだ。
メイズをエスコートして馬車に乗った二人だったが、俺が遅れて乗り込もうとした時、メイズが私の隣に座って欲しいと言ったのだ。
俺は男なので未婚のメイズではなく、主人のカルセインの隣に座るのが本来の席なのだが、メイズはミケイドに来て欲しいのと我が儘を言い出した。
まあ、よくある事なので、カルセインは許可して何も言わないだろうと思ったら、だめだとメイズのお願いを断ったのだ。
ポカンとするメイズを無視して、カルセインは俺の腕を引いて自分の隣に座らせた。
そのまま出してくれと指示して出発してしまった。
当然自分の要求が通らなかったメイズはご機嫌ななめになってしまった。
いつもなら気を使ってご機嫌取りをするカルセインなのに、平気で本を取り出して読み始めたのだ。
そして気まずい今の状況に至るのである。
ちなみに輝く星のような二人に対して、俺は執事用のコートで、黒の上下で当然目立たない格好だ。
もちろんそれでいいのだが、いつもの見習い用の服ではなく、ピシッとした格好だからか、カルセインは時々やけに熱っぽい視線を送ってくる。
勘のいいメイズになにか悟られてしまったらと気が気ではなかった。
「執事服もよく似合っているじゃないか。気のせいか髪の焦茶色が濃くなったように見えるな……」
カルセインはごく自然に俺の髪に触れてきた。触れられるのもマズかったが、色を指摘されるのもマズい。
実は昨晩洗ってから髪を染めたのだが、いつもより多めに染料を溶かしてしまい、色が濃くなってしまった。
この染料はなるべく少なめに薄く使用すると長持ちする。濃いめに塗ってしまうと水に弱くなってしまう。
今日は晴れているので助かったが、違いをじっくり見られると色々と困るのだ。
「あ…そ……そうですか? 服が黒いから…ですかね…、外も暗くなってきましたし」
笑ってごまかしながら、後ろに距離を取ったが、カルセインはお構いなしに、その距離を詰めてきてしまった。
そして懐から何か取り出して、俺のコートのポケットに入れた。
不審に思いながら、ポケットに手を入れて取り出すと、それは金色の懐中時計だった。
「え……これは……」
「執事服はそれがないと格好がつかないだろう。作らせていたものが昨日やっと届いたんだ。間に合って良かった」
よく見れば繊細な細工がほどこされていて、文字盤には宝石まで入っている。明らかに高価な品物に時計を持つ手が震えてしまった。
「カルセイン様…! 私はこんな高価なものをいただく身分では……」
「返品はなしだ。仕事の支給品だから、文句を言わずに受け取ってくれ」
またかと思った。
不器用な人が見せるとっておきの優しさ。
そういうものに俺は弱い。
思わず目が潤んで、指で目尻を押さえた時、目の前のメイズと目が合ってしまった。
自分のお気に入りにカルセインが目をかけているからか、メイズの不機嫌度は最高潮になっていて、プルプルと唇が震えていた。
「そうだ、ずっと聞こうと思っていたのだが、俺もそんな兄でいたかった、あれはどういう意味だ?」
「は!?」
「ミケイドは六男で一番下だろう」
まさか今あの時の話をするなんてと、驚きすぎて息を呑んだ。
「え…と、それは…その、もし兄であったら…という、願望というか…そういう気持ちを常日頃持っていて……」
「なるほど…兄という立場に対して憧れがあったのか」
「そうです! その通りです」
そのまま話が発展してその後起こったことにまで及んだらどうしようかと青くなったが、カルセインは納得したように頷いてからクスリと笑った。
そして俺の頭に手を乗せて、ふわりと撫でてきた。
「ダメだな。ミケイドは可愛いから、兄より弟が似合ってる」
「………!!」
なんて事をこんなところで言うのかと、俺は真っ赤になって顔から火が出そうになっていると、ついにぷるぷる震えていたメイズがちょっと! と大きな声を上げた。
「お二人とも、こちらに美しい花が咲いているのをお忘れではなくて?」
「メイズ様! けっ…決してそんなつもりは……」
「これはすまない。今日のドレス、よく似合っているよ。綺麗で美しい」
「……お兄様、女性を褒めるのがずいぶんと下手になりましたね。取ってつけたような台詞ですわ」
同じ目をした二人の間に火花が散ったような気がした。
長年のわだかまりがあり、遠慮し合っていた二人の間に、新たな関係性ができたような気がしたが、これで良かったのか俺には謎だった。
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ガラガラと音を立てて馬車はルネの貴族街を走って行く。
邸宅が立ち並ぶ場所を抜けたら、王城へと向かうための深い森に入り、そこを抜けたらすぐに王城だ。
流れて行く景色を見ながら、俺は気まずい思いで目線を車内に戻したくなかった。
目の前にはムッとした機嫌の悪い顔をしたメイズが座っている。
俺の隣にはカルセインが座っていて、静かに本を読んでいるが、時々馬車の揺れに合わせて俺の足に触れてくるので、変な声を出しそうになって冷や汗が流れていた。
「言っておきますけど、ミケイドは私の侍従ですよ」
ぷっくりと頬を膨らませたメイズは、俺がいいと言ったワインレッドのドレスを纏っている。鮮やかに開花した大人への一歩は、会場中の視線を捉えて離さないだろう。
「それは知っている。だが、雇い主は俺だ」
結婚相手選び以外は、基本メイズに激甘な人が素っ気なく言い放ったので、俺もメイズも口を開けて驚いた。
今日のカルセインは黒のタキシード。ぴっちりと後ろに撫で付けられた黒髪は艶よく光っていて、鮮やかな紫の瞳がより際立って美しく見えた。
年下ながら、大人の男が醸し出す色気にクラクラとしてしまう。
そして、なぜ車内がこんな空気かと言えば、馬車に乗る際に一悶着あったからだ。
メイズをエスコートして馬車に乗った二人だったが、俺が遅れて乗り込もうとした時、メイズが私の隣に座って欲しいと言ったのだ。
俺は男なので未婚のメイズではなく、主人のカルセインの隣に座るのが本来の席なのだが、メイズはミケイドに来て欲しいのと我が儘を言い出した。
まあ、よくある事なので、カルセインは許可して何も言わないだろうと思ったら、だめだとメイズのお願いを断ったのだ。
ポカンとするメイズを無視して、カルセインは俺の腕を引いて自分の隣に座らせた。
そのまま出してくれと指示して出発してしまった。
当然自分の要求が通らなかったメイズはご機嫌ななめになってしまった。
いつもなら気を使ってご機嫌取りをするカルセインなのに、平気で本を取り出して読み始めたのだ。
そして気まずい今の状況に至るのである。
ちなみに輝く星のような二人に対して、俺は執事用のコートで、黒の上下で当然目立たない格好だ。
もちろんそれでいいのだが、いつもの見習い用の服ではなく、ピシッとした格好だからか、カルセインは時々やけに熱っぽい視線を送ってくる。
勘のいいメイズになにか悟られてしまったらと気が気ではなかった。
「執事服もよく似合っているじゃないか。気のせいか髪の焦茶色が濃くなったように見えるな……」
カルセインはごく自然に俺の髪に触れてきた。触れられるのもマズかったが、色を指摘されるのもマズい。
実は昨晩洗ってから髪を染めたのだが、いつもより多めに染料を溶かしてしまい、色が濃くなってしまった。
この染料はなるべく少なめに薄く使用すると長持ちする。濃いめに塗ってしまうと水に弱くなってしまう。
今日は晴れているので助かったが、違いをじっくり見られると色々と困るのだ。
「あ…そ……そうですか? 服が黒いから…ですかね…、外も暗くなってきましたし」
笑ってごまかしながら、後ろに距離を取ったが、カルセインはお構いなしに、その距離を詰めてきてしまった。
そして懐から何か取り出して、俺のコートのポケットに入れた。
不審に思いながら、ポケットに手を入れて取り出すと、それは金色の懐中時計だった。
「え……これは……」
「執事服はそれがないと格好がつかないだろう。作らせていたものが昨日やっと届いたんだ。間に合って良かった」
よく見れば繊細な細工がほどこされていて、文字盤には宝石まで入っている。明らかに高価な品物に時計を持つ手が震えてしまった。
「カルセイン様…! 私はこんな高価なものをいただく身分では……」
「返品はなしだ。仕事の支給品だから、文句を言わずに受け取ってくれ」
またかと思った。
不器用な人が見せるとっておきの優しさ。
そういうものに俺は弱い。
思わず目が潤んで、指で目尻を押さえた時、目の前のメイズと目が合ってしまった。
自分のお気に入りにカルセインが目をかけているからか、メイズの不機嫌度は最高潮になっていて、プルプルと唇が震えていた。
「そうだ、ずっと聞こうと思っていたのだが、俺もそんな兄でいたかった、あれはどういう意味だ?」
「は!?」
「ミケイドは六男で一番下だろう」
まさか今あの時の話をするなんてと、驚きすぎて息を呑んだ。
「え…と、それは…その、もし兄であったら…という、願望というか…そういう気持ちを常日頃持っていて……」
「なるほど…兄という立場に対して憧れがあったのか」
「そうです! その通りです」
そのまま話が発展してその後起こったことにまで及んだらどうしようかと青くなったが、カルセインは納得したように頷いてからクスリと笑った。
そして俺の頭に手を乗せて、ふわりと撫でてきた。
「ダメだな。ミケイドは可愛いから、兄より弟が似合ってる」
「………!!」
なんて事をこんなところで言うのかと、俺は真っ赤になって顔から火が出そうになっていると、ついにぷるぷる震えていたメイズがちょっと! と大きな声を上げた。
「お二人とも、こちらに美しい花が咲いているのをお忘れではなくて?」
「メイズ様! けっ…決してそんなつもりは……」
「これはすまない。今日のドレス、よく似合っているよ。綺麗で美しい」
「……お兄様、女性を褒めるのがずいぶんと下手になりましたね。取ってつけたような台詞ですわ」
同じ目をした二人の間に火花が散ったような気がした。
長年のわだかまりがあり、遠慮し合っていた二人の間に、新たな関係性ができたような気がしたが、これで良かったのか俺には謎だった。
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