夜明け前に歌う鳥

朝顔

文字の大きさ
12 / 37
第二章

②白龍の王子

しおりを挟む
 会場へ着くと、カルセインの姿はすぐに発見することができた。
 今日は仕事の取引相手も多く来ると聞いていたが、その通りに大勢の人がカルセインの周りを囲んでいた。
 たくさんの人に囲まれながらカルセインは、いつも通り冷静に落ち着いた態度で表情を崩すことなく対応している。やはり誰よりも輝いていてカッコよく見えた。

 メイズはちょっと休憩すると言ってこの場を離れたはずだ。なかなか帰って来なければカルセインは心配するはずで、探しに行こうとするだろう。

 そこを俺が引き止めて時間を稼ぐ。
 あまり長く止められるとは思えないが、それでも少しでも長く二人の時間を作ってあげたいと思っていた。
 今のところカルセインは話に集中している様子だったので、ホッとしながら壁際で待機していると、横に誰かが立つ気配がした。
 他の使用人だろうと思って気にも留めず、カルセインばかり見つめていたら、やけに隣から視線を感じてゾクゾクと背中に寒気が走った。

 バッと顔をそちらに向けると、男が一人立っていた。
 男というか、俺より背が高くて白い軍服の正装をしているので、間違いなく男だと思われるが、女性と間違いそうなくらい美しい男が立っていて、俺と目が合ったらニッコリと微笑まれた。
 整った顔に少し垂れた目尻には、小さな黒子があった。女性のように長い白銀の髪を後ろで結んで緩く垂らしている。
 細められた目元には、深いブルーの瞳が妖しく輝いていた。

「やあ」

 カルセインよりは少し高めだが、耳に響くような声だった。
 この男はどう見ても使用人には見えない。
 まさか俺に話しかけてくるなんて思わなくて、キョロキョロと周りを見てしまった。

「いや、君だから」

 やはりそうかと緊張で体がビクッと揺れた。他の貴族への無礼などあってはならない。主人の顔をつぶす行為になってしまう。

「し…失礼しました。あの…私に何か御用でいらっしゃいますか?」

「君さ、マクシミル家の執事?」

「……はい。そうですが……」

 これだけ人がいる会場で一瞬で分かってしまうなんて、支給品のコートのどこかに名前でも書いてあったのかと、慌てて服を調べていると、男にぷっと軽く噴き出されて、クスクスと笑われてしまった。

「マクシミル公ばかり目で追っているからすぐに分かるよ」

「……失礼しました。それで……いったい何の……」

 気を取り直して、声をかけられた理由を聞こうとしたら、じっと瞳を覗きこまれた。

「うん……、やっぱりそうだ。本物はちゃんと見たことがないんだけど……こんな感じなのかな」

「あの……?」

 やけに顔が近くて、後ろに下がりたかったのに、あいにく後ろは壁でこれ以上下がれなかった。
 初対面の美しい男にまるでキスでもされるくらいの距離を詰められた。明らかに高位の貴族らしい男なので、顔を掴んで押し返すこともできずに、怯えながらゆっくり顔を上げた。

 その時、近くで叫ぶような大きな声が上がった。

「いい加減にしてちょうだい! さっきから、他の女性と話してばかりよ! しかも鼻の下を伸ばして、いやらしい目で見るなんて!」

「誤解だって、妻の君を差し置いて他の女性など……考えられない」

「あら? これで何度目なのかしら? また魔がさしたなんて言うつもり?」

 どうやら夫婦喧嘩がこんなところで始まってしまった。
 みんなの注目が集まり始めた時、夫人の方が近くにあった水の入ったカップを手に取った。

「この浮気者!」

 その手を顔の後ろに持っていって、勢いが付けられた。マズイと思ったらしい夫の方は素早かった。
 何と俺と横の男の方に身を翻して逃げて来たのだ。
 当然夫人は何としてでもと夫目掛けて当てようと腕を振ったが、明らかにその方向がズレていた。そして悲しいかな、このままだと、隣の男に直撃すると俺は瞬時に察知してしまった。

 バシャン!!

 カップの中に入っていた水が、盛大にかかった。
 頭からボタボタと水を垂らして、濡れた鼠状態になっているのは俺だった。

「まぁ!! この期に及んで逃げるなんて! アナタのせいで他の方に当たって……あっ…あああ…そっ……そんな………」

 仕方がない。
 貴族らしい隣の男に直撃したら大問題だ。ここは使用人の俺が水をかぶることで、事態は丸く収まるだろうと思った。

 当然貴族のご夫人は、使用人の俺が相手なら気にも留めないと思ったが、夫人は俺の後ろの方を見て、言葉をなくしてガタガタと震え出した。

「バンフリー子爵夫人、君も苦労しているみたいだね。勇ましい姿は素敵だが、ずいぶんと狙いが外れたようだから、練習が必要かもね」

 震えながら夫人は頭が床につきそうなくらいに崩れ落ちて、逃げていた夫も慌てて駆け寄って来て隣に並んで頭を下げた。

「申し訳ございません!! キリシアン殿下! 何というご無礼を!!」

「私は特に被害はなかったよ。彼が前に出て庇ってくれたからね」

 俺は下を向いたまま固まっていた。
 まさか、さっきまで話をしていて、俺の後ろにいる男はこの国の王族でしかも……。

「君、庇ってくれてありがとう。おいで、服を用意しよう。着替えを手伝ってあげる」

「はい!? あの……え……なっ……??」

 キリシアンと呼ばれた男は、俺の手を取って甲に口付けた。
 まさか、使用人にそんなことをするなんてと、周囲は口を開けて全員ぽかんとする中、ぐっと手を引かれてそのまま連れて行かれそうになった。

 その時、反対側の腕を強い力で掴まれて引き寄せられた。

「キリシアン殿下、御心遣いありがとうございます。しかし、こちらは当家の使用人でして、王子殿下にお手を煩わせるようなことはできません。お気持ちだけありがたく頂戴します」

「カルセイン、久々に顔を見たな。元気そうじゃないか」

「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。王族の方々は謁見の間に集まっているとお聞きしておりましたので……」

「退屈な集まりだから出てきたんだ。おかげでなかなか良いものに会うことができた」

 カルセインは俺を引き寄せた後、後ろから抱きしめるように体を付けて来るし、キリシアンの手は離れたが、ウィンクしながら俺を見てくるので、これは一体なんだろうと俺の頭は混乱で限界を迎えていた。

「名前を教えてくれないか?」

「ミケイドです」

「カルセイン…君に聞いていないけど」

 俺の頭の上で、バチバチと火花が散りそうなくらいの強い視線が飛び交っていて、この二人は仲が悪いのかと心配になってきてしまった。

「殿下、我々はそろそろ失礼します。賑やかな場を、中断させてしまったら申し訳ありませんので……」

「ああ、またね。カルセイン、ミケイド」

 強い視線を送っていたと思ったら、キリシアンは今度はふわりと花が咲くような美しい顔で笑った。
 わけの分からない人だ。

 思わず見入ってしまったら、カルセインに腕を引かれてその場から離れることになった。
 とりあえず頭だけ下げておいたが、キリシアンは優雅に微笑んで手をひらひらと振っていた。



「あ…あの、カルセイン様…どこへ……」

「決まっているだろう。濡れた髪と服をどうにかするんだ。それと……」

 離さないというくらい強めに腕を取られて、ズンズンと廊下を歩いて行った。足がもつれて転びそうになったが、カルセインが支えてくれた。
 そのままカルセインは俺の耳元に口を寄せてきた。

「色々と聞かせてもらおうか、ミケイド」

 いつもの低い声にやけに甘い響きがあって、恐る恐る見上げると、カルセインは満面の笑みで俺を見つめていた。

 ある意味カルセインの足止めをすることは成功したが、ゾクゾクと寒気がして背中を冷たい汗が流れていった。





 □□□
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される

Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。 中1の雨の日熱を出した。 義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。 それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。 晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。 連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。 目覚めたら豪華な部屋!? 異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。 ⚠️最初から義父に犯されます。 嫌な方はお戻りくださいませ。 久しぶりに書きました。 続きはぼちぼち書いていきます。 不定期更新で、すみません。

転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~

トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。 突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。 有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。 約束の10年後。 俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。 どこからでもかかってこいや! と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。 そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変? 急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。 慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし! このまま、俺は、絆されてしまうのか!? カイタ、エブリスタにも掲載しています。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

好きな人に迷惑をかけないために、店で初体験を終えた

和泉奏
BL
これで、きっと全部うまくいくはずなんだ。そうだろ?

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

処理中です...