夜明け前に歌う鳥

朝顔

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第二章

④夢

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 風に吹かれてサラサラと草の擦れる音が聞こえてきた。
 青々として水気をたっぷり含んだ草が風にあおられて揺れる様が海の波を思わせる。

 太陽の光がこれでもかと俺を照らして眩しくて目を細めた。

 どこへ行くの?

 俺は草原を歩きながら、自分の手を握る人に向かってそう問いかけた。
 その人は何も言わず太陽の光を見つめたまま、目を瞑ることもなく、前を見据えて歩き出した。

 知らない人だった。
 だけど、その人に手を握られていた時は、とても安心して温かい気持ちだった。
 だが、ずっと握っていてくれたのに、急に力が抜けて俺の手はするりと抜けてその人と離れてしまった。

 その人はどんどん歩いていってしまった。
 追いかけたいのに、俺の足は動かなかった。

 待って

 俺は太陽の光に飲み込まれてしまいそうな背中に向かって声をかけた。
 その人はゆっくりとこちらに向かって振り返った。

 君に会ってみたかった

 そう言ったその人の顔は知らない人のはずなのに、どこかで会ったことがあるような気がした。

 幸せに

 突然突風が吹いて、俺は飛ばされそうになりながら体を丸めて目を瞑った。

 何もない。
 静寂が辺りを包んで、俺は恐る恐る目を開けた。

 そして目の前に飛び込んできた光景に息を呑んだ。

 真っ白な龍だった。
 白銀に輝く鱗を纏っていて、一つ一つが宝石のように輝いていた。
 恐ろしさは微塵もなかった。
 その迫力と美しさに目は釘付けになって言葉をなくした。

 龍は俺を見ていた。
 まるで先ほどまでそこにいたあの人が、龍に変わってしまったみたいだった。

 龍は優しい目をして俺を見た後、大きな翼を広げて、太陽の方に向かって飛んでいった。








「龍の夢ですか……?」

「そうだ、見たことはないか?」

 まさに心を読まれたようなタイミングにそんな話題を振られて、驚きながら俺はハイと言って頷いた。

「そ…その、起きたらぼんやりしてしまって、よく覚えていないんですけど……龍が飛んでいく夢を見たような気がします」

 たったの一度きりだったが、そんな夢を見てやけに心に残っていて気になっていたのだ。

「それはいつだ?」

「え……ええと、あの…初めて……その、カルセイン様と……」

「ああ、体を繋いだ日。舞踏会の夜か」

 目の前で恥ずかしくて言いづらかったのに、カルセインは涼しい顔をして口にしてしまうので俺の方が顔が熱くなってしまった。

「どうした? また恥ずかしいのか? こんなに何度もしているのに……」

「あ……ぁ…だ…だって……」

 向かい合って抱きしめられながら、ベッドで寝ていたのだが、カルセインは俺の尻に手を回してソコをぐっと押して来た。
 中から先ほどまでの情交の名残りがとろりと溢れ出てきた。

「カルセイン様…も……」

「ミケイド…君が可愛過ぎてまた……」

 カルセインはむくりと起き上がって、俺の手を取って自分のソコへ導いてきた。

「うそ……またこんなに……」

「まだまだ足りない……」

 すっかり目の色まで変わってしまい、もうこれでは収まりがつかない状態だ。

「分かりました。でも…これでもう今日は終わりに……んっ……ぁぁ……」

 龍の血の一族が、人より身体能力に優れているとか、体力があるというのは身に染みて理解した。
 とにかく底なしの男に呆れながら、仕方なく起き上がった俺はカルセインの股間に顔を埋めた。
 間もなくカルセインから気持ち良さそうな息づかいが聞こえたきた。上目遣いで咥えたら、カルセインは嬉しそうな顔になった。
 足りないというだけのことはある。まだまだ硬度があって元気すぎる。
 口で受け止めただけではすまなそうだと、俺は覚悟しながら喉の奥まで深く飲み込んだ。



 カルセインと最後の一線を越えてしまった舞踏会の夜。
 あれ以来、堰を切ったようにほぼ毎日カルセインに抱かれる日々が続いている。

 仕事終わり、カルセインに呼ばれて人目を気にしながら部屋へ行き、終わったらコソコソと自分の部屋へ戻るという繰り返しだ。

 血のおかげか、カルセインは朝までヤリ続けても、そのまま仕事に平然と行けるという底なしの体力おばけだ。
 俺の方はそこまで体力はないし、疲れると次の日に響くので途中で何とか終わりに持ち込むという状態だ。

 だが、こんな生活に慣れてしまったからなのだろうか。最近ヘトヘトに疲れ切っても、すぐに体が軽くなり元に戻るのだ。
 いい事なのだが逆に怖くなり、自分の変化については考えないようにしていた。





 暗くなった廊下をコソコソと足音を立てないように進んで自分の部屋の前まで着いたら、安堵のため息をついた。

 誰にも見られずに帰って来られたとドアを開けて中に入ったら、ランプの灯がついていた。

「あら? 遅いお帰りね。どこへ行っていたのかしら」

「ティファナ……」

 俺のベッドの上には待ちくたびれたように大きな欠伸をしながら、ティファナが腕を組んで座っていた。

「そういえば、アンタ元男娼だったのよね。驚きよね。まさか、主人の部屋に通っているなんて、アホらしくて報告できないんだけど」

「……………」

「分かるわぁー。旦那様って勇ましくてカッコいいし、リクルニア戦争の英雄でしょう。何十年続くと言われた戦いを、五年で勝利に導いた立役者。古龍の力を発現して、次々と敵の部隊を壊滅。聞いただけて私も熱くなっちゃう。そんな人ならぁ、弄ばれてもいいやって感覚なのかな。どうせエロジジィ達に使い古された体なワケだし」

「何が言いたい……」

 ベッドの上でケラケラと笑っていたティファナだったが、スッと音もなく床に降りて、俺の目の前にやって来たと思ったら、目にも止まらぬ速さで、俺の首筋にナイフが当てられた。

「アンタさ、分かってる? 任務放棄したら生きてここからは帰れないんだよ。私は清掃屋って呼ばれてて、血生臭い仕事が専門なの。アンタがもし任務に失敗したり、放棄した時は、すぐこのナイフで息の根を止める、それが私の仕事」

 ティファナがただの監視役ではないだろうとは勘づいていた。
 分かっている。
 後戻りなんてできない。
 毎日カルセインに触れるたびに、生まれてくる生の喜び。俺はちゃんと生きていると幻のような願望をかき集めていた。
 見失ってなどいない。どんなに目を瞑ろうとしても、焼きついたように離れないからだ。

「分かってる」

 首に当てられたナイフが動いて、チクリと小さな痛みが走った。
 ぽたりと真っ赤な血が垂れて、真っ白なシャツの上に落ちてじんわりと広がった。

「メイズの相手はアズールに決まってしまったようね。結婚式はまだ先だけど、何としてでも早く血を飲ませるのよ」

 それだけ言うと、ティファナはナイフを持つ手を降ろした。

「別の人間でもいいのに、ロドリゴはわざわざアンタを使えって譲らないのよ。こっちの身にもなって欲しいわ」

「え?」

「一応父親になるわけだから使える可能性もあるし、自分の配下の人間の方が後々始末するにも生かすにも楽だからでしょう」

 ティファナの言ったことは確かにロドリゴなら考えそうなことだ。利用できるものは利用する、冷酷にも思えるが、彼はもともとそういう人間だ。そうやってのし上がって来た。

「血を…飲ませることで本当に子供ができるのか?」

「そうよ。龍の血を持つ一族の女は、最初の子だけは血によって子を成す。相手の血は龍の繋がりがあれば強大な力を持つ子に、なければ力は望めないだろう。そう、言い伝えられているし、本人も分かっているはずよ。龍の夢で啓示があったはずだから」

「龍の……夢?」

「龍の血を継ぐものは一度は見ると言われているわ。女は初潮を迎えた時に、男は初めて発現した時に……何よ、ボケっとしちゃって……」

 俺が考え込んでしまったから、ティファナは訝しんだ目で俺を見てきた。

「いや……その、発現と…いうのは、カルセイン様のように大きくなってからというのはよくあるのか?」

「ああ、あの方は特殊よ。普通は幼少期に兆候、子供の頃にほとんどが発現して、それがなければ力を受け継がなかったというのが一般的みたいね。稀に幼少期に精神的に強いショックを受けるとか、栄養状態が悪いとかで遅れることはあるみたいね」

 頭の中に何かぼんやりと浮かんできたような気がしたが、考えれば考えるほど煙のように掴めなくて、やがて消えてしまった。

「公爵に弄ばれるのは勝手だけど、身の丈に合わない欲は抱かないことね。とにかく任務はちゃんと終わらせて。どうやって飲ませるかは私に考えがあるから」

 ティファナがじりじりと近づいて来て、近くで俺を睨みつけて来た。

「三日後、メイズの友人、ローズリーナ嬢の家でティーパーティーがあるでしょう。私も行く予定だから、そこで決行するわ」

 体がさっと冷えて、喉の奥に嫌な苦みを感じた。
 ティファナが出て行った後も、その場から動くことができなかった。
 逃れる事はできない現実を突きつけられて、下を向いたまま震えるしかなかった。










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