夜明け前に歌う鳥

朝顔

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終章

③守護者

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「メイズ・マクシミル、国益を傷つけたとして、君を王国への反逆罪で告発させてもらう!」

 会場は一気に混乱の渦になった。
 今日の主役であるメイズが王子から告発されたのだから当然だろう。
 恐ろしいと抱き合う者、泣き出す者、怒り出す者、様々な反応があり、どういうことだという声が方々から上がった。

 メイズは真っ直ぐジュペルを見ながら立っていた。怯えたり混乱する様子は見られない。強い目をして立っていて、隣にいるアズールが支えていた。

「どういうことでしょうか? いくらジュペル殿下であっても、マクシミル公爵家の婚約パーティーで全てを壊すような発言、許せるものではありませんわ」

「ハっ…! これ以上失望させないでくれメイズ。皆の者、メイズ嬢はすでに妊娠していて、腹の中には新しい命が宿っている」

 会場中からわっと一斉に驚きの声が漏れた後、ガヤガヤとみんなが次々と喋り出してうるさくなった。

「アズール、君はもう知っているのだろう」

「………ええ。もちろんです」

「静粛に。貴族の、しかも高位の家の令嬢が結婚前に妊娠というのは、それだけでも恥だと思う人も多いだろう。しかもメイズの妊娠は国家の問題だ。皆驚かないでくれ、メイズの子は国家の宝になるはずだった。だが、それは叶わない。なぜなら相手の男は平民で龍の力のない者だからだ」

 女性達の叫ぶ声が聞こえてきた。
 信じられないと、誰もが顔を歪めている。
 平民の子と言えばアズールの子ではない。龍の乙女の子として最強の力を持つはずの子が、力が消えてただの普通の子になってしまうのだ。

「お恐れながら殿下、その情報はどこから得られたのですか?」

 ずっと黙って事態を見ていたカルセインが、ここでやっと前に出た。

「マクシミル家で働いていた侍女から得た信頼できる情報だ。メイズ嬢は平民の使用人と通じていて契約を交わした。侍女はその場面を目撃している。その平民が逃げたことにより、困ったメイズ嬢はアズールとの結婚を決めた。まったく浅はかでどうしようもない女だ」

「……殿下、そのような侍女の世迷言を本気で信じていらっしゃるのですか? 確かに妹と結婚について揉めた時期はありました。そのせいで順番が逆になったことは認めます。メイズはすでに妊娠していますが、アズールの子です。二人はすでに契約を交わしております」

「カルセイン……、妹の妄言を信じるとは……君にも失望したよ。当主としての監督責任を問われるだろう。おまけに男に夢中だというじゃないか。父親は優秀な男だったのに、マクシミル家は君の代で道を誤ってしまったらしい」

 父親のことに触れられたからか、いつも冷静なカルセインの顔が曇った。それを好機だとみたジュペルは一気に勝負を決めようと前に出た。

「どうやらアズールも結託しているようだな。となると、子が生まれる前に二人で国外逃亡もありえる。どうしても認めないのなら、守護者の力で決めてみるというのはどうだ?」

 ジュペルの提案にここにいる全員に動揺が走って、ザワザワと戸惑いの声が会場全体から上がった。

「まずいな……」

 俺の横で事態を見ていたロドリゴが珍しく真面目な顔になって顎に手を当てていた。
 俺の視線に気がついたロドリゴは眉間に皺を寄せながら口を開いた。

「強い龍の力を持つ者は、守護者が存在されると言われている。守護者はすでにこの世にいる者で、本人と同等もしくは近いくらいの同じ力を持つ者が選ばれる。これは魂の結び付きで、本人の身に危険が及んだ時、守護者が代わりに力を使って助ける。まだ未熟な子供時代に命を狙われて死なないようにという役割があるらしい。俺も詳しくは知らないが、キリシアンからそんな話を聞いた。もし…ジュペルが無理矢理それを証明しようとするなら……」

 ロドリゴの言葉にかぶるように、ジュペルが周りを黙らせるために、大きく咳払いをした。

「メイズ嬢の中にいる子に向けて、龍の力を使って攻撃を加える。見事守護者の力で防がれたなら、アズールの子で、メイズ嬢は国の宝を宿していると言える。もしそのまま攻撃を受けたなら、メイズは平民の子を宿し王家を謀ろうとした、これで分かりやすく判断できるだろう」

 ジュペルは自信満々だった。
 ティファナからは間違いなく血を飲ませたと報告を受けているし、ロドリゴも認めているからとそのまま信じているらしい。
 どうも素直過ぎると思ったが、きっと本人にそのつもりはないが、周りの人間に良いように利用されるタイプなのだろう。
 黒幕は会場の隅でほくそ笑んでいる、ジニアス侯爵かもしれない。
 ジュペルが自滅しても、上手いこと事業は自分のものにして富を得ることはできる。

「マズイぞ。確かにアズールの子であれば、龍の力は受け継がれるが、アズールは力が薄い。発現の夢までは見たが、それ以上の力を使うことはできないと聞いている。メイズが最強を作る素材を持っていても、アズールの力はそこまで反応しない。つまり、守護者を得ることができるほど強くない可能性がある。もし攻撃を受けて傷ついて、アズールの力が弱かったからだと言っても、ここまで来たら周囲はそうは受け取ってくれない。弁解するほど嘘をついていると思われる。それに龍の力で攻撃を受けたらメイズとお腹の子は死ぬかもしれない! ジュペルめ、どちらに転んでもいいように仕組んだな」

 ジュペルにとってお腹の子がどちらであるかは重要ではないのかもしれない。
 やつの本当の目的はメイズと黒龍の血を継ぐお腹の子。
 二人をまとめて亡き者とすることができればマクシミル家は終わると考えたのではないか。
 拒否したとしても疑惑をもたせれば、他国の者もいる中、これだけ派手にやったのでそれだけも疑惑は大きくなり、マクシミル家の影響力を減らすことができる。
 無事生まれたとしても、お腹の子が育ち発現する前に、疑惑を理由に田舎に追いやって秘密裏に何か手を加える……。
 いかにも悪者が考えそうな話だった。

「……まあいい、こんなありえない提案をメイズが受けるはずがない。この後、キリシアンがジュペル追い込めば……」

「いいでしょう。その提案をお受けします」

 メイズの迷いのない言葉が会場に響いて、会場は悲鳴と怒号の嵐になった。
 誰もがか弱いメイズがそんな無茶で危険な行為を受け入れるはずがないと思っていた。
 それはもちろんこちらの人間も同じで…。

「おいおい…何考えてんだあのお嬢ちゃんは…。守護者の守りなんて、旧時代の平民と浮気した女の腹の子を探るための悪しき風習の名残りだ。ジュペルの挑発に乗ってどうするんだ…。俺達の計画が完全に狂っちまうじゃねーか」

 シナリオから外れつつある事態にロドリゴは焦り出した。
 メイズは何を考えているのだろう。
 そんな危ないことをするなんて、名誉を傷つけられたとしても、命の方を選ぶはずだ。
 すぐにカルセインが駆け寄って、アズールと共にメイズを止めに入った。

 俺もじっとしていられなくて立ち上がった。今出て行ったら突然部外者が入って来たと、会場をもっと混乱させてしまうかもしれない。
 だが、こんな命知らずなバカなことをするなんて見ていられない。

「おっ…おい! 待て、エミリオ!」

 計画がもっと狂ってしまうとロドリゴに腕を掴まれてもがいていたら、会場にいるメイズがこちらを見てきた。
 向こうからは暗がりに見えていると思うが、確かに俺と目が合った。
 メイズは大丈夫だという顔をして微笑んできた。

「私の意思は変わりません。それでおかしな疑惑が晴れるなら構いません。どうぞ、早く判断してください。その代わり、無事であったなら、ただの侍女のおかしな妄言に騙されたジュペル殿下は、このような事態になった責任を取っていただけますか?」

 剣を突きつけたと思ったら反対に返されて、ジュペルは苦い顔をして口を震わせた。
 キリシアンの実力が徐々に認められつつある今、ジュペルは焦っているようだった。何か大きな事をして、誰もの注目を浴びて頭ひとつ抜きに出たいのかもしれない。
 ジュペルは勝負に出た。

「いいだろう。責任はとる」

 事態を見守っていた人々もまさかこんな事になるなんて信じられないと、誰もが言葉を失って静寂に包まれた。

「本来ならば旧式に乗っ取って立会人と、教会から執行者が選ばれるが、メイズ自身も早急に進めたいようなので今ここで私が選ぼう、ルーセント卿」

 ジュペルに呼ばれて前に進み出たのは、銀の甲冑を付けた体の大きな男だった。ルーセント卿は白龍の力の流れ継ぐ者で、王国騎士団所属の騎士。今王国で一番実力があり力が強いと言われている。ジュペルは徹底的にやるつもりらしい。

「ならば立会人は私が……。王よ、よろしいですか?」

 ここで黙っていたキリシアンが立ち上がった。しかも王に許可を求めて、王は無言で頷いた。
 こうなったらキリシアンに何か考えがあるのだろうと思うが、本当に大丈夫なのか気が気ではなかった。

 ジュペルは自分の独壇場に、突然キリシアンが出て来た事に不満げな様子だったが、王の許可を得てしまったら今は文句が言えないのだろう。黙ってキリシアンが壇上から降りてくるのを見ていた。

「本当によろしいのですか? メイズ嬢」

「ええ、構いません。私の疑いを晴らしてください」

 キリシアンの問いにも、メイズは一切揺らぐことなく真っ直ぐに前を見ていた。

 仕方ないという顔で息を吐いたキリシアンが手を挙げると、ルーセント卿がメイズの前に出て剣に手をかけた。


 ぴくり。


 急に心臓が掴まれるような感覚があって、俺は身震いした。まるで強い殺気を感じて恐ろしくなったような感覚に似ている。

 ルーセント卿が剣を引き抜いた。
 龍の力を込めているのか、頭を下に向けながら手を震わせていると、今まで普通の剣だったのに、刃の部分がまるで燃えるように赤く光り出した。

「おうおう……ドラゴンソードのお出ましだ。一振りで百人薙ぎ倒すっていうバケモンの剣だ。本気であれでメイズに斬りかかるつもりか? 頭がおかしいだろう……」

 熱かった。
 身体の奥底から恐怖を感じて、煮えたぎるような熱さが生まれて身体中を駆け巡っていく。
 怖い…怖い、助けて。
 これは俺ではない。誰かの感情だ。
 誰かが必死に助けを呼ぶ感情に引っ張られるように、俺の全身から熱さが膨れ上がってきた。
 下を向いたままの俺の様子がおかしいと思ったのか、俺の顔を覗き込んだロドリゴは、あっという驚いたような声を上げた。

「お……おい、まさか……エミリオ」


「ルーセント卿!」

 キリシアンの声に、力を目一杯溜めていたルーセント卿が剣を振り上げた。
 メイズの腹を目掛けて一直線に弧を描くように、赤く燃える剣を振り下ろした。








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