ファンの鑑のカガミさんは、推しの騎士様を幸せにしたい!

朝顔

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本編

④推しは舞台を駆け上がる!

 ラブマジック王国繁栄の象徴である白亜の宮殿。
 豪華絢爛に造られた建物の中で、一際贅を尽くして造られたのが王族専用の庭だ。
 金細工に、瞳を宝石で飾られた女神の石像が至る所にある。一年中花が咲き誇り、枯れ葉すら落ちていない。人々はここを楽園と呼ぶが、自分はそう思えない。
 花びら一枚まで徹底的に作られた世界に見えて、ここに呼ばれるといつも居心地の悪さを感じてしまう。
「アレク、浮かない顔だな」
 ガゼボの中心で一人優雅にカップを口に寄せている男を見て、アレクサンドルは心の中でため息をついた。
「いつもと同じです」
「疲れているならお前の分も用意するぞ。ここに座れ」
「職務中です。他の者に示しがつきません」
「堅いことを言うな。貴族学校時代は親友だったのに」
「恐れ多いです。今は王太子殿下と下級騎士でございます。本来ならこのように話すことすら叶わない関係で……」
「つまらん!」
 カチンと音を鳴らしてカップを皿に置いたのは、ラブマジック王国第一王子、王太子であるトリスタンだ。
 青い空のような美しい瞳は、王族の血を色濃く継いでいることを表し、その目で見られると誰もが緊張してしまう。
 アレクサンドルはロナパルム伯爵家の三男で、王国の下級騎士を務める貴族の令息である。
 ロナパルム家は領地も少なく、父親が事業に失敗したことから、貴族の世界では問題が多いと敬遠されている。
 ましてや何の影響力もない三男が、王太子の茶の時間に同席できるような身分ではない。
 だが、同じ歳であり、貴族学校時代に机を並べたことから、恐れ多くも学友の一人として認められた。
 アレクサンドルとしては、取り巻きの一人というくらいの意識であったが、卒業後も度々話し相手として呼び出されている。
 それだけでも好奇の目で見られるのに、毎回のごとく繰り広げられる同じ会話に辟易していた。
「やはりお前は、近衛騎士団に転属し、私の近くで働いてもらおう」
「勿体無いお話ですが、私には実力不足です」
「名誉職だぞ? これほど功績を上げているというのに、どうして少しも出世を望まないんだ!?」
「今のままが性に合っておりますので、どうかこのままで務めさせてください」
「まったく……アレクは変わらないなぁ。私の提案をこれほどまで頑なに断るのはお前だけだ」
 トリスタンは金色の髪を靡かせて、両手を上げ首を横に振った。困った表情で大袈裟な動きをするのも毎回同じだ。
 強要してこないだけ助かっているが、王太子の提案を何度も断ると言うのは心臓が痛いものがある。
 一通り断れば話は終わるだろうと思っていたのに、今日のトリスタンはどこか違う。
 何か言いたそうに、じっとアレクサンドルの顔を見てきた。
「……そういえば、最近民の間でアレクの人気が高まっているらしいな」
「はい? 私のですか!?」
「ああ、何人もの部下が口を揃えて言っていた。騎士のアレクサンドルは、圧倒的な魔力を持ち、剣術に優れているだけではなく、その人柄も完璧で、優しさと逞しさを両方兼ね揃えている、だそうだ。どの店に行ってもお前の話が聞こえてきたようだぞ」
「そ……そんな……バカな……」
「若い娘達が、似姿絵を持ってカッコいいと騒いでいるそうだ。概ね間違いではないから、いよいよ世間の目がお前に向いてきたということだろう」
 アレクサンドルは目立つのが苦手なので、毎年推薦者は何人もいるが、民に人気がある魔法剣術大会への出場を拒んできた。
 普段の警備で町を走ることはあるが、民と直接語り合うような場面はほとんどない。私的な時間も訓練に費やしてきたので、他の連中のように町で遊ぶことすらしていなかった。
 容姿だけとっても、民の人気は完璧な美を誇る、金髪に青い目のトリスタンに集中しているはずだ。自分のような銀髪の赤目はあまり好まれず、人が近寄ってくることは少なかった。
 首を傾げているアレクサンドルを見て、トリスタンはポンと手を叩いた。
「そこで、だ。やっとお前の素晴らしさに注目が集まったこの時を、逃してはいけないと気づいた。今、いくつになった?」
「二十七ですが……」
 自分と同じ年のくせに年齢を聞いてくるので、嫌な予感しかない。アレクサンドルが喉の奥に苦みを感じていると、トリスタンはニヤリと笑った。
「その歳で婚約者もいないとは、いったいどういうことだ?」
「こ……婚約者ですか? ロナパルム家は、兄が家督を継ぎます。私は急ぐ必要もないので……」
「そんなことを言っていると、人生はあっという間だぞ。さっさと相手を見つけろ、……いや俺が見つけてやる! どんな相手がいいんだ?」
「……特に望むものはないですが、今は職務に忙しくそのような時間が……」
「心配するな。広く相手を募ればたくさん集まるだろう。望むのものがないなら、その中で、私が決めるから、しばらく行動を共にして相性を確かめてみろ」
「……………仰せの通りに」
 悪い人ではない。
 しかし、何もかも自分の思い通りにいかないと気がすまないところがあり、時々お遊びが過ぎるのだ。
 同じ質問をされるだけならまだよかった。まさか、自分の結婚まで踏み込んでくるとは思わず、アレクサンドルは頭の中で大きくため息をついた。


 パタンと馬車のドアが閉まると、アレクサンドルは頭を掻きむしって唸り声を上げる。
「……いつもに増して、お怒りですね」
「クソッ、こんなことになるなら、腹でも壊したと言えばよかった」
 そんなことで一度火がついたトリスタンのお遊びから逃れられるとは思えない。分かってはいるが、苛立ちを抑えてはいられなかった。
 対面に座るのは騎士見習いのコモン。十五になったばかりだが、よく気がつき、相談すれば的確な意見を言ってくれる。
「何度断っても昇進させようとしてきたが、今日はいきなり俺の婚約者を見つけると言い出した」
「それは……大変な話になりましたね」
 コモンは眉を下げ、困ったような顔をしている。
 そう、困ったことになったのだ。
 今までで一番かもしれない。
 深く息を吐き、背もたれに体を預けたアレクサンドルは窓の外を見た。
 流れていく景色の中に、気苦労が多かった今までの人生が浮かんできた。

 ロナパルム家は問題が多い。
 社交界では誰もがそう噂をして、次は何が起こるか楽しみに待っている。
 現当主であるロナパルム伯爵は、若い頃から大変な遊び好きだった。その悪癖は際限を知らず、借金を繰り返し、先祖代々守り抜いてきた領地を半分に減らしてしまった。
 ギャンブルに酒、違法な薬、何でも手を出したが、女遊びも相当だった。
 伯爵には何人も子供がいる。全部母親が違う。
 誰もが知っているところだ。
 認めたのは男子三人だけ。他は自分の子と認めず、問答無用で放り出した。
 だから実際のところ、何人兄弟姉妹がいるかは知らない。
 貴族は複数妻を持つことが許されており、アレクサンドルの母は第三夫人に収まり、アレクサンドルは三男として邸に留まることができた。
 幼い頃から繰り返し言われてきたのは、お前は決して目立ってはいけない、ということだ。
 第一夫人は本宅に住み、使用人達を味方につけて大きな権力を持った。跡継ぎは長男と決められてはいるが、アレクサンドルの登場でそれが怪しくなってしまった。
 この国では魔力が多いほど尊ばれる。三人の息子と中で、アレクサンドルは一番魔力を多く持ち、使いこなす能力にも長けていた。
 伯爵の関心がアレクサンドルに移れば、殺される危険がある。だから母は、とにかく目立たず大人しく、他人に力を見せないように繰り返し言い聞かせた。
 アレクサンドルも大きくなるうちに、この家の異常性に気づいてくる。何度も母に逃げようと言ったが、首を横に振るばかりだった。
 母は伯爵を愛しており、ここから出たくないと言って泣くのだ。男から見れば、どうしてあんな男を好きになるのか少しも分からない。妻にも子供にもほとんど関心がなく、遊んでばかりいる人だ。
 必死の説得も聞き入れず、成人を迎えたアレクサンドルは、騎士団候補生となり一人家を出た。
 無事騎士試験に合格し、第一騎士団に入団したアレクサンドルは、順調に剣の腕を上げ認められていく。
 それでも、目立ってはいけないという母の言葉を忘れてはいない。
 あの男の気がいつ変わるか分からない。
 そうなれば、あの家に残っている母がどんな仕打ちに合うか分からないのだ。人質に取られているような中で、避けられるものは避け、息を潜めるように生きてきた。
 どんどん昇進し、高い位置に上り詰めることになれば、親戚からもロナパルムの当主にと言われるだろう。
 それと、結婚だ。
 上二人の兄は三十を超えているが、未婚なのだ。
 夫人達の理想が高いこともあるが、二人とも父によく似た性格をしており、ロナパルム家の醜聞のおかげで、良家の女性は寄りつかない。
 そんな中で自分が結婚などしたら、もっと目立ってしまう。
 ましてや、王太子が相手を選んだとなれば、これほどの良縁はないと言われ、周囲から期待の目を向けられることになる。
「殿下は小隊長のお家のご事情も分かってらっしゃるのですよね?」
「何かあればいくらでも取り計らうと仰っているが、気まぐれなお人だからな。この話も気に入らなければ断ってもいいと言われた。……穏便にすませるようにするしかない」
「穏便に……というと?」
「相手の方には悪いが、気が合わないという方向に話を進める。何人も続けば殿下も諦めるだろう」
「隊の揉め事からご自身のことまで……小隊長は本当に大変ですね」
 部下にまで哀れみの目で見られてしまったが、もうどうでもいいとアレクサンドルは目を伏せる。
 昇進も縁談のことも考えるだけで疲れてしまった。
 家のことが片付いても、誰かと生きるのは無理だと思う。朝から晩まで女同士の戦いを目にし、威張る兄達に追いかけられ、両親のゴタゴタに巻き込まれてきた。
 もう懲り懲りだ。
 今まで心から何かを欲したことなどない。
 これからもそうだ。
 乾いた心を抱えて、静かに消えるだけ。
 ガタガタと揺れる道に入り、アレクサンドルは眉間に皺を寄せ、ますます強く瞼を閉じた。

 
 
◇◇◇
 

「でもねぇ。あの赤い目が冷たく見えて恐いわ」
 この台詞が出たらカガミはよし来たと眼鏡をキラリと光らせる。
「それは彼のことをよく見ていないからだ。あの目には情熱の炎が宿っている。王のため、国民のために持てる力を使い守り抜く! 熱い男の魂! 彼こそまさに、騎士の鑑だ!」
「まぁ、カガミさんにそう言われると、素敵に思えてきたわ。整い過ぎて恐かったのかも。神々の彫刻のような体つきが魅力的だと思っていたのよ」
 酒場のカウンターに並び、カガミの横で話を聞いていたのは、看板娘のハンナだ。顔が広くお喋りな彼女を味方につければ、もう勝ったも同然だと、カガミは心の中で手を握って突き上げた。
 開店前の下ごしらえをしながら話を聞いていた、この店のマスターが呆れた顔をして息を吐く。
「また、あの騎士さんの話かい。うちの娘まで乗り気にさせるとは……。何だっけ……おし……」
「推し活ですよ、マスター。チラシは配っていただけましたが?」
「おう、カガミさんは世話になってるからな。町の連中に配ったよ。みんな彼に一票入れると約束してくれた」
「フッフッフ……。あんなに強いのになぜか毎年選ばれないので不思議だったが、出場者は投票枠がある。今年こそ、魔法剣術大会でアレクサンドル様の勇姿を……」
 眼鏡のブリッジを指で押し上げながら、カガミは不敵な笑みを浮かべる。マスターはまた始まったという顔になり、ハンナは面白そうと興味津々に身を乗り出した。
 町の中心にあり、町民の憩いの場となっている酒場は、カガミの行きつけの店だ。仕事を頼まれたのがキッカケで、それから何度も異世界部のみんなで飲みに来ている。
 様々な人間が訪れるので、この店には情報が集まってくる。カガミの推し、アレクサンドルの情報もここで集めた。
 あまりに熱心に聞いて回るので、マスターはカガミの推し活についてすっかり詳しくなっていた。
「それよりカガミさん。ここの水が上手く流れないんだ。配管を見てくれないか?」
「お安い御用です。ちょうど道具を持っているので、任せてください」
 壮年のいかにも人が良さそうな顔をしたマスターと、赤毛のポニーテールが可愛らしい看板娘のハンナ。異世界で初めてできた行きつけの店は居心地が良く、開店前から訪れては長居してしまう。
 いつも世話になっている彼らの頼みなら、応えたい。
 ちょっとした修理は得意なので、カガミはカウンターの裏に回り、足元の配管を修理することにした。
 その時、ドカドカと足音が聞こえてきて、バンと音を立てて酒場のドアが開かれた。
「まだ準備中ですよって……あっ、新人君」
「お忙しいところすみませーん! あっ、カガミさんのお尻発見! やっぱりここにいた」
 カラッとした明るい声が聞こえてきて、アズマだとすぐに分かる。狭い配管スペースに頭を突っ込んでいるのだが、お尻だけで見つけられてしまい、おいおいと息を吐いた。
「何だよ、今忙しいんだ」
「チラシですよ! アレクさんのことが書いてある、すごいチラシを拾ったんです!」
「おっ、だいぶ文字が読めるようになったな。それは魔法剣術大会の人気投票のチラシで俺が作った……」
「結婚って書いてあります! アレクさんの結婚相手募集って!」
「なっ、う、ぐあぁっ!!」
 驚いて頭を上げたカガミは、配管の天井に強打し、ゴンっという大きな音と共に、苦悶の声をあげてその場に倒れた。
 
 
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