ファンの鑑のカガミさんは、推しの騎士様を幸せにしたい!

朝顔

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本編

⑪ 切り過ぎても問題なし!

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「嬉しそうですねー。何かいい事あったんですかぁ?」
 アズマに肩を叩かれて、カガミはビクッと体を揺らす。無意識にニヤけていたらしく、慌てていつもの顔を作った。
「た……大したことじゃない。アレクサンドル様と、軽く握手をしただけで……」
「おーーー!! 凄いじゃないですか!」
 気にしてくれていたのか、フジタとカミムラも一緒になって拍手をしてくれた。カガミは耳をかきながら、ありがとうございますと言ってぺこぺこと頭を下げる。異世界部の部屋に、和やかな空気が流れた。
「やりましたね、カガミさん! 推しを幸せにしよう大作戦、成功じゃないですか!」
「あ……ああ、喜んではいたが……」
 アレクサンドルの邸を綺麗にしたことにより、彼は確かに喜んでくれた。何度もお礼を言われたし、握手までしてくれた。
 だが、カガミは、アレクサンドルの困ったような苦い表情を思い出していた。あれは、とても幸せそうには見えない横顔だった。
 困り事があれば何とかしてあげたいと思うが、友人でもなく、赤の他人である自分がそこまで踏み込めるはずがない。
 できることはここまで、そう思うと少し気持ちが落ちてしまう。
「そう言えば、アレクさん、魔法剣術大会の特別枠に選ばれてましたね。やっぱり、カガミさんが商会のじーちゃん達を説得した甲斐がありましたね」
「カガミくん、頑張って票集めしていたからねー。彼は喜んでいた?」
 フジタののんびりとした問いに、カガミの心臓はドキッと跳ねる。気がかりなところを突かれてしまった。
「それが……ギャザーさんも話題にしていないし……何もないと言うか……」
 頑張って推し活してきたつもりだったが、どうも空回りしているような気がしてならない。
 魔法剣術大会は全騎士の憧れで、選ばれたら祝いのパーティーを開くほど名誉なことだと聞いていた。成果を上げれば、昇進待った無しで大チャンスのはず。
 それなのに、やはり浮かない顔をしていたアレクサンドルのことが、頭から離れない。
「アレクさんって、きっとシャイなんじゃないですか? 緊張するから、騒がないでね的な」
「確かに……あまり派手なものは好まないように見えたが……」
 アレクサンドルはまだ若いが、部下も多く、しっかりと人間ができているように思える。自分より年下というのも信じられないくらいの落ち着きぶりだ。
 彼なりに喜んでいる、そう思っていったん気持ちを収めた。
「そうだ、カガミさん。助けてくださいよぉ。町食堂女将の探し物クエスト、マジ無理っす! 俺一人じゃ見つけられないですー!」
「あぁ、女将、またなくしたのか。口じゃ私は忘れものなんてしないと言うのに何度も何度も……。あれを探すのにはコツがあるんだ。まず女将の話を聞いて……」
 アレクサンドルのことになると、余計なことまで考え過ぎてしまう。今は頭を空にして、仕事に集中することにした。
 
 

 まず、一呼吸してから……。
 深く息を吸って吐いた後、カガミは背筋を伸ばしてドアをノックする。
 すぐに、入ってくれと返事があったので、失礼しますと言ってドアを開けた。
 ゆっくり顔を覗かせ、辺りを見渡したがこの部屋の主人の姿がない。入りますよと言ってから、恐る恐る足を踏み入れた。
「あの……アレクサンドル様?」
 魔法ランタンの柔らかな光で室内は明るい。衣服が床に散らばっているのが見えて、ゴクッと唾を飲み込む。
 ガサガサと音が聞こえて来たので、その方向に向かって歩き出す。
 すると……。
「来たか」
「わぁっ、は、はい!」
 突然目の前に、ぬっと顔が出て来たので、カガミは変な声を上げてしまった。
「もう寝ていたか? 呼び出して悪かったな」
「い、いえ。まだ書き物をしていたので……。あの、探し物だとか……?」
「そうだ。こっちに来てくれ」
 アレクサンドルは、自室の奥にある洗面所の方へ来るように促した。
 見ればアレクサンドルは上半身裸だった。彫刻のような肉体を前にして、目のやり場に困ってしまう。
 夜も更け、就寝時間を過ぎた頃、アレクサンドルが帰宅した音が聞こえてきた。邸を綺麗にして以来、アレクサンドルは毎日帰宅するようになった。
 なんでも普段は騎士団の宿舎を使っていたが、お気に入りの部屋が取られてしまったらしい。理由はどうあれ、主人が帰ってくるので、ギャザーさんは嬉しそうにしている。
 カガミとしても、リラックスできる空間だと思ってもらえたなら、頑張って綺麗にした甲斐があった。
 しかし、ちゃんと同じ邸で過ごしてみてよく分かったことがある。
 アレクサンドルは、剣のこと以外、どうも大事なネジが抜けているようだ。
「髪を切ろうと思ったのだが、ハサミが見当たらないんだ。この辺に入れたと思ったのだが……どこを探してもなくてな……困っているんだ」
「…………ハサミですか…………」
 基本的に夜帰ってきた時、出迎えはいいと言われている。だから、カガミも自室で休んでいるのだが、呼ばれない日はないと言っていい。
 洗面所に入ったカガミは、ギョッとしてしまう。
 どうやら派手にハサミを探し回ったらしく、洗面所の棚が全部開けられて、中身が飛び出ているか、床に転がっているという、ひどい有様だった。
「……順を追って考えてみましょう。最後に使ったのは?」
「二週間……いや、三週間前か? シャツから飛び出ていた糸を切って元に戻した……いや、いらない紙を切った時に……」
 アレクサンドルの説明はハッキリしない。この感じだと、覚えていないというのに等しい。
 毎日のように何がないとか、どこが壊れたとか、そんなことが次々と起こり、その度にドアがノックされるようになった。
 推しのためではあるが、さすがに多過ぎないかと思うところだ。
 なくしたものを探すのが得意だと言った時、ギャザーが目を光らせたのを思い出す。推しのためだと腹を決めたカガミは、腕を組んで周囲を見渡した。
 手紙の類は専用のナイフで開けているはずだ。
 普段使うハサミは洗面所ではなく、机の周辺にあるのではないかと、アレクサンドルの仕事机に向かう。
 山になった書類の束、その隙間に光るものが見えて、カガミは手を伸ばす。
「ああ、ありました。これですね」
「それだ!! 助かった! ありがとう」
 また遠慮なく手を掴まれてお礼を言われてしまう。本心はドキドキしているが、顔を作り必死に頭を働かせる。とにかく、上半身に何か着てくれないと目が眩んでしまう。
 盛り上がった筋肉は、強く硬そうだ。それでいて腰は細く引き締まり、絶妙なバランスを保っている。
 これは焼き付けておかねばと目を開いたその時、アレクサンドルがアッと声を上げた。
「少し、整えてくれないか? 理容師を呼ぶのが面倒なんだ。適当で構わない」
「ええっ、わ……私がですか!?」
「そうだ、植木を綺麗に切っていたじゃないか。あれと変わらないだろう?」
 全然違うと言いたいが、間近に期待のこもった目で見つめられてしまい、何も言えなくなる。推しから頼むと言われて、嫌ですと言えるファンがいるだろうか……。
「わ……かりました。椅子に座ってください」
「ああ、よろしく頼む」
 鏡の前に座ったアレクサンドルは無防備に目を閉じてしまう。刃物を持った得体の知れない男に任せて大丈夫なのか心配になる。達人の域にある彼なら、殺気を感じたら避けることも可能なのか……。
「どうした? 適当でいいぞ」
「は、はい」
 余計なことはばかり考えてしまい、カガミは慌てて集中した。適当と言われても、髪型は外見を左右する大きな要素だ。推しに恥ずかしい思いをさせるわけにはいかない。
 アレクサンドルのカッコよさを引き立たせるように、カガミは緊張しながら、パチンパチンとハサミを鳴らして髪を切っていく。
 切り過ぎないように努めて、形よくまとめたら完成だ。出来栄えを確認しふぅと息を吐く。鏡の中には涼しげなイケメンが浮かんでいた。
「どうでしょうか?」
「おおっ! 頭が軽くなった。なかなかいいな」
 アレクサンドルは頭を左右に振り出来栄えを確認する。本人が喜んでくれたらそれでいい。カガミは汗を拭った。
「カガミの手捌きを見ていたが、かなり慣れているな。ハサミを使うのが上手い」
「ありがとうございます」
 もっと褒めてくれーと思いながら、カガミは必死で喜びを隠して冷静な顔を作る。すると、アレクサンドルはじっとカガミの顔を見つめてきた。
「あ……あの……」
「カガミの前髪も少し長いな。見え難くないか?」
「そうですね。確かに、しばらく切っていないから……」
「よし、俺が切ってもいいか?」
「え………………うええ!?」
 推し自ら手を貸してくれるなど、青天の霹靂。
 こんな機会は滅多にない。
「あの……じゃあ、ぜひ……」
 カガミはハサミを手渡した後、座って目をつぶる。ドキドキしながら待っていると、アレクサンドルが前髪を引っ張ってきた。
「ん? こんな感じか? いや、違うな…………あっ…………うっ……大丈夫……ん? ……うん…………」
 掛け声が不穏でどうも心配だが、推しが切ってくれるなら、前髪なんてなくなってもいいという思いで、カガミは目をつぶり続けた。
「…………できた」
「あ………ああ、いい……ですね」
「そうか。少し切り過ぎたような気もするが、そう言ってくれてよかった」
 鏡の中には、ずいぶんと上がり下がりの激しい前髪が映っていた。見たことのない自分に新鮮な驚きを感じ、興奮で瞬きしてしまう。推しに前髪を切ってもらったなんて、これほど嬉しいことはない。
「あの、ところで……この部屋の中はどうするのですか?」
 目的は果たしたが、そうすると目に入るのは、物が散乱した有様だ。毎回こうなのかと思っていると、アレクサンドルはフフンと笑う。
「魔法を使うところは見たことがあるか? 人によって動きが違うが、俺の場合はこうだ」
 アレクサンドルが片目を軽く閉じると、どこからか風が吹いてきて、部屋に散らばった物が浮き上がった。
「わっ……す、すごい!」
「浮遊魔法は風使いが得意とするところだ」
 散乱した衣服は籠に収まり、散らばった小物は次々と引き出しに入っていく。なんてわくわくする光景なんだと、カガミは感動して大き口を開けた。
「戻すには戻せるのだが、正確にはできないところが難点ではある」
 風が止んで収まるところに収まったようだが、よく見るとペン立てにヘアブラシが突っ込まれ、鏡台の引き出しには靴下が放り込まれており、これが物をなくす原因かと思われた。だが、実際の魔法を自分の目で見たカガミは、胸が震えるほど感動を覚える。
「すごいですね! 痺れました! 風がまるで手のように動いて……こんなに細かいことが可能なんですね。感動しました。もしかして、人を浮かせたりもできるのですか?」
「ああ、可能だ。実戦で使うこともある」
「か……カッコいい!! そんなことができるなんて! すごいです!」
 興奮したカガミは、思わず熱が入り褒めまくってしまった。さすがに引かれたかと思ったが、アレクサンドルは驚いた顔をした後、照れたように笑った。
「そうか? そんな風に言われたのは初めてだ……。風は他の属性に比べると地味で注目されないからな」
「いやいや、すごいですよ。眠気も何もかも吹っ飛んでいきました。見せてくださりありがとうございます」
 謙遜するアレクサンドルに感動を伝えたいと、カガミは思わず彼の腕を掴んでしまう。ハッと気がついてから慌てて離し、後ろに下がると尻餅をついて転んでしまった。
「あたた……」
「大丈夫か? カガミは時々、変わった動きをするな」
「あ、すみません。ありがとうございます」
 床に座ってしまったカガミは、アレクサンドルに手を引っ張ってもらいやっと起き上がった。推しの優しさにまた感動しながら、カガミは頭を下げる。
「感謝しなければいけないのはこちらの方だ」
「え……?」
「いや……俺は異世界人について偏った考えを持っていた。閉鎖的で関わりを持つことを嫌っていると……。周囲の言葉を鵜呑みにしていたんだ。でもカガミに会って気づいたよ。魔力はないが、こちらの人間と変わりないし、むしろよく気がついて助けになってくれる。何より君が来てくれて、この家は明るくなったし、居心地がよくなった」
「喜んでいただけたら、私は嬉しいです」
 感謝と言われて、カガミは心の中で大粒の涙を流す。推しにそんなことを言ってもらえたことなど一度もない。それでいいと思っていたが、実際に言われると震えるほど嬉しかった。
 アレクサンドルが時々見せる悲しげな表情、その意味はまだ分からないけれど、少しでも力になりたい。
「また何かあれば言ってください」
 アレクサンドルのためなら、深夜でも早朝でも、飛んできますと思いながら、カガミは元気よく笑ってそう言った。
 
 
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