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本編
⑱ 健闘を祈ります
「えええっ! 全部中止って、どういうことですか!?」
アズマの声が響き、異世界部の部屋が揺れる。完成した横断幕が今朝届き、カガミはみんなの前で頭を下げた。
「悪い、本当に申し訳ない。俺のリサーチ不足だ。アレクサンドル様は、昇進の話や、魔法剣術大会も自ら断っていたんだ。家の問題で目立たないようにされていたらしく……悪かった。先走って用意してしまった俺の責任だ。みんなには色々と手伝ってもらい申し訳ない……」
アレクサンドル応援隊、突然の解散宣言で、部屋の中に信じられないという空気が流れる。横断幕に書かれた、頑張れ我らのアレクサンドル様という文字が風に虚しく揺れていた。
頭を下げ続けるカガミの背中を、ポンと叩いたのはフジタだった。
「それなら、仕方ないよ。家の事情なんて表に出ていないし、分かるはずもないじゃない。今からでもキャンセルできるものはしよう」
「サプライズってなかなか上手くいかないものですよね。俺らは全然いいっス。色んなこと経験できて、楽しかったですから」
フジタの後ろでカミムラもニコニコ笑い、手を振ってくれていた。
「フジタさん、カミムラさん、アズマも……本当に……ありがとう」
面倒なことを頼み、それが全部なしになったのに、みんな笑って許してくれた。なんていい人達なんだろうと目頭が熱くなる。
これがカガミの両親なら、烈火の如く怒り、息子ではないと言われるだろう。本当の家族ではないのに、ここにいる人達の方が本当の家族のように思える。
切なくて温かい気持ちになった。
「ハンナ達の応援ダンスも中止しますか?」
「あれは、大会側からやってほしいって話だからそのまま進行する。飾りとか声援とかはなしだな」
「でも、もったいですね。アレクさんあんなに才能に溢れている人なのに、家のために目立たないように生きなければいけないなんて……。ご本人はそれで納得してるんですかね」
アズマは理解できないという顔をしている。
カガミにだって想像できない話だ。
努力しても光ることができず、親から見放されて沈んだ自分と、才能も実力も群を抜いて圧倒的に持ち合わせているのに、親のせいで隠して生きなければいけないアレクサンドル。
正反対のように、生きてきた場所も環境も全然違う。
理解したいと思うのに、胸につっかえてしまった。
「……複雑なんだよ。当人でないと、分からない事情もある。彼には今までのことを伝えて謝るつもりだ。これからは騒がないと約束する。魔法剣術大会も観にはいけないし、婚約者候補も辞退させてもらう」
「カガミさん……そこまで……」
「推しに迷惑をかけていたんだ。俺は……ファン失格だ」
項垂れて引き篭もりたい気分だが、そうはしていられない。準備していたものを、一つずつキャンセルしていかないといけない。
アレクサンドルには、なぜそんなことをしていたのか聞かれるだろう。もちろんファンであったことを伝えるつもりだ。
心が通じ合えたような気がしたが、水の泡になって消えていく。
カガミはアレクサンドルがくれた髪留めに触れた。
全部自分のせいだ……。
カガミは静かに立ち上がり、フラフラと歩き、異世界部の部屋を出た。
◇◇◇
パタンと音を立て、インク壺が机に倒れた。慌てて元に戻し、布で汚れを拭き取ったアレクサンドルは、深いため息をつく。
今日は部下の評価をまとめるため、一日兵舎にこもっていたが、ほとんど進まなかった。未記入の報告書が重なり、一枚も減っていないのを見てまた息を吐く。
自分の中に溜まったものは、もう無視できないほど重くなっている。
週末、飲み過ぎて酔ったアレクサンドルは、カガミと同じベッドで寝てしまった。心地よい朝を迎え、一緒に出かけたところまでは良かった。
しかし、カガミが元の世界に帰る話になり、一気に重い気持ちになった。彼と過ごす時間は楽しいが、その先に何があるのか考えてしまう。
カガミがこの世界の人間ではない、ということが、自分にとってどうでもよくても、彼にとっては大事なことなのだ。
どうしても気がかりで、聞かずにはいられなかった。
やはり、彼の口から出たのは、帰れるなら帰るつもりだということだった。
それを聞き、胸に剣が突き刺さったような痛みを感じた。口元まで出かかって言えなかった言葉。
帰らないでほしい。
その一言が喉まで出かかったが、言えなかった。
カガミは大事な友人だ。
彼のためを思うなら、彼の幸せを願うべき。
それなのに、心の中で嫌だ嫌だと騒いでいる、子供のような自分がいた。
行かないで。
帰らないで。
一緒にいて。
だって……だって俺は……。
友人じゃなく、もっと……もっと……。
ガチャっとドアが開き、同僚がまだ帰らないのかと顔を出した。これ以上やっても仕事にならないので、ランプの灯りを消したアレクサンドルは、重い体を持ち上げた。
邸まで真っ直ぐ帰るつもりが、なぜだか今日は月に誘われ、別方向に足を向けた。
町の中心部まで歩いたアレクサンドルは、噴水広場に足を踏み入れる。いつも人で賑わっている広場だが、夜になると人気は消え、水の音だけが静かな夜に響いている。
「あ……、アレクサンドル様……?」
フラリと噴水のふちに腰掛けようとすると、先にカガミが一人で座っており、こちらを見て驚き立ち上がった。
「カガミ、こんな時間にこんなところでどうした?」
「あの……色々と用事があって遅くなってしまい……疲れてここに座っていました」
カガミも自分と同じく、悩んでいるようだ。目を細め、遠くを見ている横顔がやけに綺麗に見えた。
「……俺も、仕事が手につかなくて、ここへ……」
そう言ってアレクサンドルはカガミの横に座る。
二人で月を眺めるようなかたちになった。今夜の月は明るくて、特別に大きく感じる。
「この噴水……、我々異世界人はここから出てきたのです」
「ああ、そうらしいな。こんな水の中から……苦しくなかったのか?」
「一瞬に感じたので、苦しさはありませんでした。ここに来る前は車に……あの、こちらの世界だと、馬車のような乗り物に轢かれそうになったところで移動してきたので、そのままだったら死んでいたと思います」
初めて聞く話にアレクサンドルは息を呑む。そんな大変な状態だったのかと、背中に汗が流れた。
「推しを……ええと、憧れていた女性がいたのですが、その子が惹かれそうになって、助けるために咄嗟に体が動いたのです」
「なんと……、その女性を愛していたのか?」
「愛………、あの、恋愛という意味とはちょっと違いまして、ファンとしての愛はありましたけど……あくまで応援していただけです」
カガミに好きな相手がいたというので、なんとも苦い気持ちになったが、否定されても、どうもよく違いが分からない。ただの憧れというところで、なんとか自分を納得させてみる。
「私は……本当に自分に自信も何もなくて……、輝いている人にすごく憧れる人間なんです。その人を応援することを生き甲斐に頑張れるというか……。それでこの世界に来ても、憧れの……ファンになった人がいるんです」
「それは誰だ?」
「それは……ええと……覚えていらっしゃらないと思いますが、以前、王国の防御壁の外へ出てしまい、魔物に襲われそうになったところを、アレクサンドル様に助けられました」
「俺が…………?」
アレクサンドルはぼんやりしている記憶を呼び覚ました。防御壁の亀裂は時々起きることがあり、気づかずにそこへ入り込んでしまう人がいるのは、よくあることだ。街を巡回する時は、気をつけて見回りするようにしている。今までも何人も声をかけた。襲われているところに出くわせば、助けに入っていた。
それは職務として当然のことだ。異世界人であっても、変わらず助けに行く。
そう思って掘り返すと、確かに異世界人のような変わった格好をした男を助けた時があった。
あの頃は、ロナパルムの本家にいる母と話せば喧嘩になり、気持ちの落ちる日々を送っていた。
だから、ぼんやりとしているが、眼鏡をかけたいかにも弱そうな男だったと記憶していた。
「ああ…………そうだ。異世界人を助けた……そうか、あれがカガミだったのか」
「そうです。その時、とても強くて、カッコ良くて、私は……アレクサンドル様のファンになったのです」
「そうか………………ん? ファン? カガミが? 俺の?」
「アレクサンドル様に、言わなければいけないことがあります。今までご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ございません!」
カガミに頭を下げられ、アレクサンドルは目を瞬かせる。なぜ謝られているのかサッパリ分からなかった。
「私はファンになったら、推しを全力で推す、応援したいんです。それで、今までアレクサンドル様が喜ぶだろうと、町で話をしてファンを増やしたり、魔法剣術大会特別枠の票を集めたりしました。優勝し昇進できたらもっと高みに上ってもらいたいと……。お家の事情も知らず、本当に勝手なことを致しました」
カガミは真剣な目でアレクサンドルを見た後、深々と頭を下げる。そんな姿を見たくなくて、アレクサンドルはカガミの肩に触れた。
「確かに困ったことになったと思っていたが、貴族の中で噂程度に広まるだけで、家の事情などカガミが知れるはずがない。君には世話になったんだ。頭を上げてくれ」
カガミは頭を上げない。それどころか、もっと地面につきそうなくらい下がってしまい、肩を震わせていた。泣いているのかもしれない。
カガミの姿を見たアレクサンドルは、頭から雷に打たれたように強い痛みを感じた。
自分は何をしているのだろう。
ようやく目が覚めたような気がする。
逃げ隠ればかりしている自分は、愚かで小さな男だった。覚悟一つ決めれば、状況を変えられる可能性もある。それなのに、人のせいにして逃げてばかりいた。
こんなにも自分を思い、応援してくれていた人を悲しませている。
これではダメだ。ダメだと、全身から力が溢れ出した。
「カガミ、違うんだ。これは不甲斐ない俺の問題だ。君は悪くない」
「いいえ、それだけでない……私はいけない想いを……ファンとして失格です。申し訳なく、これ以上顔見せをできません。今日から異世界部の宿舎へ戻ります。魔法剣術大会が無事に終わりますことを祈っております」
下を向いたまま、カガミは立ち上がりアレクサンドルに背中を向ける。
「待ってくれ!」
アレクサンドルは、そのまま走り出そうとするカガミの手を掴んだ。
「カガミ、大会に来てほしい。俺は必ず優勝する」
「そんなことをしたら……」
「いいんだ。このままではいけない。そう思っていたが逃げてきた。優勝者は望みを一つ叶えられるんだ。どうか、そこへ……君にいて欲しい」
カガミは考えているように動かなかったが、しばらくして首を横に振り、何も言わずに走って行った。
掴んだ手がするりと自分の手から抜けていく時、胸が張り裂けそうな思いになった。
離したくない。
そう思ったが、今の自分ではダメだと何とか堪えた。
ザザッと音が強くなり、後ろにある噴水から水が大きく噴き出してきた。静かだった水面が激しく揺れ、またしばらくすると静かになる。
「必ず……」
アレクサンドルは手を強く握る。心に誓うと、全身に魔力が漲ってくる。風が巻き起こり、空に向かって飛んでいった。
アズマの声が響き、異世界部の部屋が揺れる。完成した横断幕が今朝届き、カガミはみんなの前で頭を下げた。
「悪い、本当に申し訳ない。俺のリサーチ不足だ。アレクサンドル様は、昇進の話や、魔法剣術大会も自ら断っていたんだ。家の問題で目立たないようにされていたらしく……悪かった。先走って用意してしまった俺の責任だ。みんなには色々と手伝ってもらい申し訳ない……」
アレクサンドル応援隊、突然の解散宣言で、部屋の中に信じられないという空気が流れる。横断幕に書かれた、頑張れ我らのアレクサンドル様という文字が風に虚しく揺れていた。
頭を下げ続けるカガミの背中を、ポンと叩いたのはフジタだった。
「それなら、仕方ないよ。家の事情なんて表に出ていないし、分かるはずもないじゃない。今からでもキャンセルできるものはしよう」
「サプライズってなかなか上手くいかないものですよね。俺らは全然いいっス。色んなこと経験できて、楽しかったですから」
フジタの後ろでカミムラもニコニコ笑い、手を振ってくれていた。
「フジタさん、カミムラさん、アズマも……本当に……ありがとう」
面倒なことを頼み、それが全部なしになったのに、みんな笑って許してくれた。なんていい人達なんだろうと目頭が熱くなる。
これがカガミの両親なら、烈火の如く怒り、息子ではないと言われるだろう。本当の家族ではないのに、ここにいる人達の方が本当の家族のように思える。
切なくて温かい気持ちになった。
「ハンナ達の応援ダンスも中止しますか?」
「あれは、大会側からやってほしいって話だからそのまま進行する。飾りとか声援とかはなしだな」
「でも、もったいですね。アレクさんあんなに才能に溢れている人なのに、家のために目立たないように生きなければいけないなんて……。ご本人はそれで納得してるんですかね」
アズマは理解できないという顔をしている。
カガミにだって想像できない話だ。
努力しても光ることができず、親から見放されて沈んだ自分と、才能も実力も群を抜いて圧倒的に持ち合わせているのに、親のせいで隠して生きなければいけないアレクサンドル。
正反対のように、生きてきた場所も環境も全然違う。
理解したいと思うのに、胸につっかえてしまった。
「……複雑なんだよ。当人でないと、分からない事情もある。彼には今までのことを伝えて謝るつもりだ。これからは騒がないと約束する。魔法剣術大会も観にはいけないし、婚約者候補も辞退させてもらう」
「カガミさん……そこまで……」
「推しに迷惑をかけていたんだ。俺は……ファン失格だ」
項垂れて引き篭もりたい気分だが、そうはしていられない。準備していたものを、一つずつキャンセルしていかないといけない。
アレクサンドルには、なぜそんなことをしていたのか聞かれるだろう。もちろんファンであったことを伝えるつもりだ。
心が通じ合えたような気がしたが、水の泡になって消えていく。
カガミはアレクサンドルがくれた髪留めに触れた。
全部自分のせいだ……。
カガミは静かに立ち上がり、フラフラと歩き、異世界部の部屋を出た。
◇◇◇
パタンと音を立て、インク壺が机に倒れた。慌てて元に戻し、布で汚れを拭き取ったアレクサンドルは、深いため息をつく。
今日は部下の評価をまとめるため、一日兵舎にこもっていたが、ほとんど進まなかった。未記入の報告書が重なり、一枚も減っていないのを見てまた息を吐く。
自分の中に溜まったものは、もう無視できないほど重くなっている。
週末、飲み過ぎて酔ったアレクサンドルは、カガミと同じベッドで寝てしまった。心地よい朝を迎え、一緒に出かけたところまでは良かった。
しかし、カガミが元の世界に帰る話になり、一気に重い気持ちになった。彼と過ごす時間は楽しいが、その先に何があるのか考えてしまう。
カガミがこの世界の人間ではない、ということが、自分にとってどうでもよくても、彼にとっては大事なことなのだ。
どうしても気がかりで、聞かずにはいられなかった。
やはり、彼の口から出たのは、帰れるなら帰るつもりだということだった。
それを聞き、胸に剣が突き刺さったような痛みを感じた。口元まで出かかって言えなかった言葉。
帰らないでほしい。
その一言が喉まで出かかったが、言えなかった。
カガミは大事な友人だ。
彼のためを思うなら、彼の幸せを願うべき。
それなのに、心の中で嫌だ嫌だと騒いでいる、子供のような自分がいた。
行かないで。
帰らないで。
一緒にいて。
だって……だって俺は……。
友人じゃなく、もっと……もっと……。
ガチャっとドアが開き、同僚がまだ帰らないのかと顔を出した。これ以上やっても仕事にならないので、ランプの灯りを消したアレクサンドルは、重い体を持ち上げた。
邸まで真っ直ぐ帰るつもりが、なぜだか今日は月に誘われ、別方向に足を向けた。
町の中心部まで歩いたアレクサンドルは、噴水広場に足を踏み入れる。いつも人で賑わっている広場だが、夜になると人気は消え、水の音だけが静かな夜に響いている。
「あ……、アレクサンドル様……?」
フラリと噴水のふちに腰掛けようとすると、先にカガミが一人で座っており、こちらを見て驚き立ち上がった。
「カガミ、こんな時間にこんなところでどうした?」
「あの……色々と用事があって遅くなってしまい……疲れてここに座っていました」
カガミも自分と同じく、悩んでいるようだ。目を細め、遠くを見ている横顔がやけに綺麗に見えた。
「……俺も、仕事が手につかなくて、ここへ……」
そう言ってアレクサンドルはカガミの横に座る。
二人で月を眺めるようなかたちになった。今夜の月は明るくて、特別に大きく感じる。
「この噴水……、我々異世界人はここから出てきたのです」
「ああ、そうらしいな。こんな水の中から……苦しくなかったのか?」
「一瞬に感じたので、苦しさはありませんでした。ここに来る前は車に……あの、こちらの世界だと、馬車のような乗り物に轢かれそうになったところで移動してきたので、そのままだったら死んでいたと思います」
初めて聞く話にアレクサンドルは息を呑む。そんな大変な状態だったのかと、背中に汗が流れた。
「推しを……ええと、憧れていた女性がいたのですが、その子が惹かれそうになって、助けるために咄嗟に体が動いたのです」
「なんと……、その女性を愛していたのか?」
「愛………、あの、恋愛という意味とはちょっと違いまして、ファンとしての愛はありましたけど……あくまで応援していただけです」
カガミに好きな相手がいたというので、なんとも苦い気持ちになったが、否定されても、どうもよく違いが分からない。ただの憧れというところで、なんとか自分を納得させてみる。
「私は……本当に自分に自信も何もなくて……、輝いている人にすごく憧れる人間なんです。その人を応援することを生き甲斐に頑張れるというか……。それでこの世界に来ても、憧れの……ファンになった人がいるんです」
「それは誰だ?」
「それは……ええと……覚えていらっしゃらないと思いますが、以前、王国の防御壁の外へ出てしまい、魔物に襲われそうになったところを、アレクサンドル様に助けられました」
「俺が…………?」
アレクサンドルはぼんやりしている記憶を呼び覚ました。防御壁の亀裂は時々起きることがあり、気づかずにそこへ入り込んでしまう人がいるのは、よくあることだ。街を巡回する時は、気をつけて見回りするようにしている。今までも何人も声をかけた。襲われているところに出くわせば、助けに入っていた。
それは職務として当然のことだ。異世界人であっても、変わらず助けに行く。
そう思って掘り返すと、確かに異世界人のような変わった格好をした男を助けた時があった。
あの頃は、ロナパルムの本家にいる母と話せば喧嘩になり、気持ちの落ちる日々を送っていた。
だから、ぼんやりとしているが、眼鏡をかけたいかにも弱そうな男だったと記憶していた。
「ああ…………そうだ。異世界人を助けた……そうか、あれがカガミだったのか」
「そうです。その時、とても強くて、カッコ良くて、私は……アレクサンドル様のファンになったのです」
「そうか………………ん? ファン? カガミが? 俺の?」
「アレクサンドル様に、言わなければいけないことがあります。今までご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ございません!」
カガミに頭を下げられ、アレクサンドルは目を瞬かせる。なぜ謝られているのかサッパリ分からなかった。
「私はファンになったら、推しを全力で推す、応援したいんです。それで、今までアレクサンドル様が喜ぶだろうと、町で話をしてファンを増やしたり、魔法剣術大会特別枠の票を集めたりしました。優勝し昇進できたらもっと高みに上ってもらいたいと……。お家の事情も知らず、本当に勝手なことを致しました」
カガミは真剣な目でアレクサンドルを見た後、深々と頭を下げる。そんな姿を見たくなくて、アレクサンドルはカガミの肩に触れた。
「確かに困ったことになったと思っていたが、貴族の中で噂程度に広まるだけで、家の事情などカガミが知れるはずがない。君には世話になったんだ。頭を上げてくれ」
カガミは頭を上げない。それどころか、もっと地面につきそうなくらい下がってしまい、肩を震わせていた。泣いているのかもしれない。
カガミの姿を見たアレクサンドルは、頭から雷に打たれたように強い痛みを感じた。
自分は何をしているのだろう。
ようやく目が覚めたような気がする。
逃げ隠ればかりしている自分は、愚かで小さな男だった。覚悟一つ決めれば、状況を変えられる可能性もある。それなのに、人のせいにして逃げてばかりいた。
こんなにも自分を思い、応援してくれていた人を悲しませている。
これではダメだ。ダメだと、全身から力が溢れ出した。
「カガミ、違うんだ。これは不甲斐ない俺の問題だ。君は悪くない」
「いいえ、それだけでない……私はいけない想いを……ファンとして失格です。申し訳なく、これ以上顔見せをできません。今日から異世界部の宿舎へ戻ります。魔法剣術大会が無事に終わりますことを祈っております」
下を向いたまま、カガミは立ち上がりアレクサンドルに背中を向ける。
「待ってくれ!」
アレクサンドルは、そのまま走り出そうとするカガミの手を掴んだ。
「カガミ、大会に来てほしい。俺は必ず優勝する」
「そんなことをしたら……」
「いいんだ。このままではいけない。そう思っていたが逃げてきた。優勝者は望みを一つ叶えられるんだ。どうか、そこへ……君にいて欲しい」
カガミは考えているように動かなかったが、しばらくして首を横に振り、何も言わずに走って行った。
掴んだ手がするりと自分の手から抜けていく時、胸が張り裂けそうな思いになった。
離したくない。
そう思ったが、今の自分ではダメだと何とか堪えた。
ザザッと音が強くなり、後ろにある噴水から水が大きく噴き出してきた。静かだった水面が激しく揺れ、またしばらくすると静かになる。
「必ず……」
アレクサンドルは手を強く握る。心に誓うと、全身に魔力が漲ってくる。風が巻き起こり、空に向かって飛んでいった。
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