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本編
⑲ 一人の力、みんなの力、大きな力
魔法剣術大会当日。
朝からたくさんの人が通りに溢れ、熱気と興奮に包まれている。試合会場前には次々と人が押しかけて、会場を今か今かと待っていた。
異世界部は全員駆り出され、もぎりと入口の整理を任されている。カガミは会場入り口近くで、観客のチケットを確認し、注意事項を説明して会場を案内していた。
純粋に楽しみにしている人もいれば、目が血走っている人もいた。年に一度、貴族も平民も熱狂するイベントなので、優勝者を賭けることも許されているのだ。
アレクサンドルの人気が一番と言いたいところだが、一番人気は大会の常連で、毎回優勝を決めている火の魔力使い、近衛騎士団長のポルカだ。
数々の戦で輝かしい戦績を挙げてきた伝説の英雄。
貴族のほとんどは彼に賭けており、優勝間違いないと言われていた。
カガミの応援で人気の出たアレクサンドルは、貴族票がないためオッズが高く、ダークホースと呼ばれている。
カガミはアレクサンドルの優勝を信じているが、更なる強者がいるのも分かっている。彼は優勝すると言っていたが、それは難しいだろうと思っていた。
「カガミさーん、本当に会場に入らないんですか? せっかくチケットがあるのに……」
「俺はいい。試合中もここの仕事があるし、フジタさんと行ってくれ」
アズマから視線を感じたが、カガミは客の対応に集中して、そちらに顔を向けなかった。
徐々に人が集まりだし、開場の時間となれば辺りは大騒ぎで、別のことを考える時間はなかった。
しばらくすると、ラッパの音が聞こえてくる。試合が始まったようだ。この頃になると、みんな中へ入っているので、観客をさばく必要がなくなる。
机と椅子を並べた簡易受付で、カガミは頬杖をつき、時間が過ぎるのを待った。
中へ入ったのはアズマだけ。フジタとカミムラはカガミの様子を心配そうな顔で見ていた。
時折聞こえてくる歓声や悲鳴、その度に立ち上がり入口の大きな鉄扉を見つめる。アズマが飛んで来て、首を振る様子を想像してしまい、右手で顔を覆った。
時間が過ぎるのを待っているが、怖くて仕方がない。だけど、少しでもアレクサンドルの側にいたくて、ここから離れることができない。
怪我をしないで、頑張って欲しい。
祈りながらまた椅子に座る、その繰り返しだ。
地獄のような時間を過ごしていると、会場からアズマが走ってくるのが見えた。
「カガミさん!! 決勝です! アレクさん、決勝まで進みましたよ」
「あ、相手は!?」
アズマの話を聞き、カガミは椅子から立ち上がった。アレクサンドルが頑張っている姿が目に浮かび、目頭が熱くなる。
「なんかすごい火をブワッって使うオジサンです。ポルなんとかって言う、恐い顔の……」
「ポルカ近衛騎士団長だ……やはりきたか……」
行きたい。
中へ入って応援したい。だけど、自分はファンとして超えてはいけない線を超えてしまった。本当は今すぐ消えないといけないくらいだと思っていた。
だけど、胸にある想いが足を引き留めている。
ただ、側にいたいと……。
まだ迷っているカガミの肩を、ポンと叩いたのはフジタだった。
「カガミくん。行った方がいいよ。彼、待ってるんじゃない?」
「そうですよ、カガミさん! 俺、仲良くなっていく二人を見て、自分のことじゃないのに、すごい嬉しかったんです」
走ってきたのか、息を切らしながら、アズマはカガミの手を掴んできた。
「俺、嘘ついてました。この世界に来たの、友達とお茶している時って言いましたけど、本当は嘘です」
「え……?」
「俺の両親、ハリウッドスターなんです!」
「はっっ!?」
話が冗談みたいな方向に飛んでいるが、アズマは冷静で真剣な顔をしている。
「二人とも何人も愛人がいて、世界中を飛び回る生活で、俺には贅沢な家と使いきれないくらいの金を置いて、ほとんど帰らなくなりました。だから、愛とか信じられなくて、彼氏持ちの女の子ばかり狙い寝取って捨てて、やりたい放題していました。いつも最後は虚しくて、愛なんてクソだって……。あの日、適当に遊んで捨てた女の子と喧嘩になって、駅のホームから落ちたんです」
「えええっ!?」
「それでここに……。カッコ悪くて嘘ついてました。カガミさんの推しへの愛も、本当はバカにしていて……婚約者選びに名前を入れたのも、遊びみたいな気持ちでした。カガミさんの推しへの愛が、粉々になったら楽しいかもって……」
「アズマ……」
「だけど、本当、カガミさん頑張って……何の見返りもないのに、泥だらけで、バカみたいに頑張るから。それで二人が仲良くなっていく姿を見るのが、嬉しくなって……。これが愛なんだ……自分もこんな風に誰かと愛し合いたい、そう思えたんです。だから……だから……」
咽び泣きながら、必死に思いを伝えてくるアズマに心を打たれ、気付いたらカガミの目からも涙が溢れていた。
「アズマ、でも……俺とアレクサンドル様は愛し合うとか……」
「何言ってんですか! 素直になってください! ファンなんてどうでもいいですよ。あんなに幸せそうに笑い合っていたくせに、いつまで自分をごまかすんですか!? なくしてもいいんですか? 大事な人なんでしょう?」
ついに核心を突かれて、カガミの心臓は激しく揺れる。超えてはダメ、超えたらダメと、カガミの中で、必死にかけていたブレーキが軋んだ音を立てた。
「カガミくん」
その声が聞こえてきて、カガミはハッと息を呑む。フジタとアズマも、驚いた顔で声の方向を見た。
いつもニコニコしていて、ほとんど喋ることのないカミムラが、静かに立ち上がりカガミのことを見ていた。
「目立ちたくないと、人生を諦めていたアレクサンドルさんが、決勝に行ったんだ。彼の背中を押したのは、カガミくん、君だよ。君の応援で、今彼は、人生を取り戻そうとしている。君はファン失格なんかじゃない。立派な、誰よりも立派な一番のファンだよ」
「カミムラさん……」
そこで、一際大きな歓声が会場から聞こえてきた。おそらく両者が入場した時の歓声だろう。まもなく試合が始まるのだと分かり、カガミは会場に目を向ける。
「行きましょう! カガミさん!」
アズマに手を引かれ、カガミは走り出した。
もう迷わない。
この目でアレクサンドルの勇姿を見届けたい。
決して目を逸らさず、応援し続ける。
この会場で、誰よりも、自分が彼の一番のファンなのだから。
会場に入ったカガミは、スタッフ用の席に行こうとしたが、見覚えのある屈強な男二人組に道を阻まれた。有無も言わさず、アズマと二人首根っこを掴まれ、連れて行かれたのは、上階の王族用特別席だ。
そこで優雅に座っていたのは王太子のトリスタンだった。
「遅いじゃないか。せっかくカガミのために席を用意していたんだ。ほら、ここが一番よく見えるから座ってくれ」
「トリスタン殿下……お心遣い、ありがとうございます」
まだ試合は開始していないようだが、早くアレクサンドルの姿が見たくて、挨拶もそこそこに席へ向かう。
「あら、あなた……」
そこでトリスタンの横に女性が座っているのが見えた。その顔に見覚えがあり、カガミは、アッと声を漏らす。するとその横で、なぜかアズマもアッと声を上げる。
「なんだ、エリス嬢と知り合いか?」
「は、はい。先日、宮殿でぶつかりそうになって……」
「カガミに、道案内をしてもらいましたの。父に会いに行って迷ってしまったのですわ」
そこにいたのは、先日宮殿で会った美しい女性だった。貴族の令嬢だと思っていたが、トリスタンの横にいるなんて、相当な家柄の女性のようだ。
「エリスはあそこにいる、私の護衛兼教育係の、ポルカの娘だ」
「えっ!?」
「まさか、あの二人が戦うことになるなんて、私どうしましょう。困ってしまいますわ」
何を困るのかよく分からないが、エリスの継父がポルカだと知って驚いた。彼を通じて、二人が仲の良い関係になったのなら頷ける。
今もトリスタンとエリスは肩を寄せ合い、楽しそうに語らい合っている。
その様子を横目で見ながら、カガミはアズマと席に座る。すると、アズマがすぐに小声で話しかけてきた。
「あの子、あれです。主人公ちゃんです」
「は?」
「この世界の元になったゲームのですよ。確か、母親が再婚して王都に住まいを移すんです。そこで、色々なイケメンと出会うんですけど、あの感じだと、王太子ルートを進んでいるみたいですね」
「それは……真のルートとやらではないのか? その……相手がアレクサンドル様かもという……?」
「違ったみたいです。邪魔が入らなそうでよかったですね」
気がかりだったことが無事に終わりそうで、カガミは安堵した。主人公なんて絶対チートがありそうだし、あんなに魅惑的な人にウロウロされたら、気になってしまうからだ。
そこで選手の紹介が終わり、いよいよ試合開始になる。選手が剣を合わせ、カチッと音が響いてから、戦いは始まった。
今までの試合で、アレクサンドルに疲弊した様子はない。着ているのは大会用の軽装備だが、破損や汚れたような箇所もない。アズマの話から、アレクサンドルはほぼ無傷で、あっという間に試合を終わらせてきたそうだ。
しかし今回は強敵だ。
二人とも自分の剣に触れ、柄から剣先まで手を滑らせる。すると、ポルカの剣は赤く、アレクサンドルの剣は緑に輝いた。
「魔力を込めたぞ、二人とも最初から本気でいくようだ」
トリスタンが興奮したように身を乗り出したのが見えた。カガミも試合についてもちろん調べてはいたが、実際に見るとゾクゾクするほどの威圧を感じる。
この国の剣術は、ノーマルと魔法剣に分かれる。ノーマルはその名の通り、魔力を込めず通常の剣技のみで戦うこと。長期戦が可能で、安定した戦いができるが、攻撃力は弱く、大型の魔獣相手では通用しない。
一方、魔法剣は、魔力を使いながらの攻撃を繰り出す。剣に魔力を込めると、通常の攻撃の数倍の威力を得られる。一振りで衝撃波が巻き起こり、離れた敵、広範囲に攻撃が可能だ。
魔力には属性があり、短期決戦で特性を活かし、相手より優位に立つことが勝利の絶対条件となる。
「アレクには分が悪いな。魔力には相性がある。苦手な属性相手だと、通常より弱体化してしまう。風は火に弱いんだ」
トリスタンの解説に、カガミの心臓は一気に冷えてしまう。
ポルカが円を描くように剣を回すと、大きな炎の輪ができて、容赦なくアレクサンドルに向かって放たれた。
アレクサンドルは俊敏に動き、炎の輪を避けるが、炎がわずかに触れた腕が燃え上がった。
「ああっ」
アレクサンドルは機転を効かせ地面に転がり、炎を消したが、腕から煙が立っている。ひどい火傷をしたように見えた。
いきなりの大技に会場から大きな歓声が上がるが、カガミは見ていられなくて、顔を覆う。
ポルカは短期決戦の体勢に入っている。怪我を負ったアレクサンドルに向かって、剣を振り、次々と炎の柱を繰り出し一気に襲いかかった。
「ひぃぃ、なんて攻撃……どうして、アレクさんは魔法剣で返さないのですか?」
「風魔法だからだ……。中途半端に風を返せば……」
「そうだ、カガミの言う通り。風にあおられ、炎はもっと巨大になり襲ってくる」
一つ二つ、アレクサンドルは炎の柱を避けていくが、その度に傷を負っていく。肩、耳、肘、膝、足、次々に燃えがり、何とか火を払って防御の体勢を取る。足がフラつき始め、どう見ても倒れてしまいそうだ。
こんな試合、見ていられない。
「もう……いいじゃないですか! 勝敗は十分につきました。これ以上やったら、死んじゃいます!」
「カガミ、これは真剣な勝負だ。誰にも止められない。勝利を祈れ、それしかできない」
「そんな……!」
カガミは立ち上がり、観客席の柵にしがみついた。
――何もできない。自分にできることが祈るだけなんて、それしかないなんて……。
「いや……ある。応援だ。応援するんだ。……アズマ!」
「はい、準備バッチリです」
全部キャンセルしたはずだ。
けれど一縷の望みにかけて、アズマを見ると、彼はニヤリと笑って懐から何かを取り出し、さっと柵の外に向かって投げた。
それは緑の旗だった。
風に舞って会場の上を飛んでいく。
それを皮切りに会場中で一際大きな歓声が響いた。
「す……すごい……」
至る所で緑色の旗が大きく開かれ、会場を緑に染めていく。そこには、アレクサンドル頑張れの文字が書かれていた。異世界部のみんなと町の人達で制作した旗だ。途中で終わらせたはずなのに、みんなちゃんと用意してきてくれたのだ。
通路には緑色の衣装を着た、ハンナ率いるダンスチームが走ってきて、応援歌を歌いながら、ダンスを始める。会場の壁には、カガミが特別に発注していた横断幕がかかる。アレクサンドルの似顔絵がデカデカと描かれていた。
黄色い声援部隊が至る所からアレクサンドル様頑張れーと声を上げる。
何もかも、予定していた通りの応援。全部ダメにしたはずなのに、それが完璧に行われている。
「どうして……みんな……」
「みんな、楽しかったって言っていました。カガミさんの一生懸命な熱意に惹かれて、とても楽しかったって。だから、ダメでもいいから、準備してくれたんです」
今まで、ポルカを応援する声が溢れていた会場が、アレクサンドル一色に染まる。
こんな光景を夢見ていた。感動して、涙が溢れてきた。
柵越しに対戦中の二人の姿を見る。
ポルカは圧倒されて攻撃の手が止まっていたが、一転歯を食いしばり、渾身の力を込めて炎の玉を作り出した。一点集中でそれを叩き込むようだ。
アレクサンドルは微動だにせず、直立不動でポルカを見ていたが、ふっと顔を上げた。
「…………!」
視線がぶつかる。
アレクサンドルはカガミのことを見ていた。
「な、なんで……こっちを……、アレクサンドル様、危ない……前を前を見てください!」
今まで大きな声援が耳に入っていたが、それが全部聞こえなくなる。対戦中に余所見なんてしたら、大怪我を負ってしまう。
カガミは柵から身を乗り出し、前を見てほしいと合図する。
ポルカの手から、大きな炎の玉がアレクサンドルに向かって放たれた。
アレクサンドルはまだ前を見ない。それどころかカガミのことを見て、微笑んだ。
来てくれてありがとう。
そう口元が動いたように見えて、カガミは絶叫した。
「アレクサンドル様――――!!」
朝からたくさんの人が通りに溢れ、熱気と興奮に包まれている。試合会場前には次々と人が押しかけて、会場を今か今かと待っていた。
異世界部は全員駆り出され、もぎりと入口の整理を任されている。カガミは会場入り口近くで、観客のチケットを確認し、注意事項を説明して会場を案内していた。
純粋に楽しみにしている人もいれば、目が血走っている人もいた。年に一度、貴族も平民も熱狂するイベントなので、優勝者を賭けることも許されているのだ。
アレクサンドルの人気が一番と言いたいところだが、一番人気は大会の常連で、毎回優勝を決めている火の魔力使い、近衛騎士団長のポルカだ。
数々の戦で輝かしい戦績を挙げてきた伝説の英雄。
貴族のほとんどは彼に賭けており、優勝間違いないと言われていた。
カガミの応援で人気の出たアレクサンドルは、貴族票がないためオッズが高く、ダークホースと呼ばれている。
カガミはアレクサンドルの優勝を信じているが、更なる強者がいるのも分かっている。彼は優勝すると言っていたが、それは難しいだろうと思っていた。
「カガミさーん、本当に会場に入らないんですか? せっかくチケットがあるのに……」
「俺はいい。試合中もここの仕事があるし、フジタさんと行ってくれ」
アズマから視線を感じたが、カガミは客の対応に集中して、そちらに顔を向けなかった。
徐々に人が集まりだし、開場の時間となれば辺りは大騒ぎで、別のことを考える時間はなかった。
しばらくすると、ラッパの音が聞こえてくる。試合が始まったようだ。この頃になると、みんな中へ入っているので、観客をさばく必要がなくなる。
机と椅子を並べた簡易受付で、カガミは頬杖をつき、時間が過ぎるのを待った。
中へ入ったのはアズマだけ。フジタとカミムラはカガミの様子を心配そうな顔で見ていた。
時折聞こえてくる歓声や悲鳴、その度に立ち上がり入口の大きな鉄扉を見つめる。アズマが飛んで来て、首を振る様子を想像してしまい、右手で顔を覆った。
時間が過ぎるのを待っているが、怖くて仕方がない。だけど、少しでもアレクサンドルの側にいたくて、ここから離れることができない。
怪我をしないで、頑張って欲しい。
祈りながらまた椅子に座る、その繰り返しだ。
地獄のような時間を過ごしていると、会場からアズマが走ってくるのが見えた。
「カガミさん!! 決勝です! アレクさん、決勝まで進みましたよ」
「あ、相手は!?」
アズマの話を聞き、カガミは椅子から立ち上がった。アレクサンドルが頑張っている姿が目に浮かび、目頭が熱くなる。
「なんかすごい火をブワッって使うオジサンです。ポルなんとかって言う、恐い顔の……」
「ポルカ近衛騎士団長だ……やはりきたか……」
行きたい。
中へ入って応援したい。だけど、自分はファンとして超えてはいけない線を超えてしまった。本当は今すぐ消えないといけないくらいだと思っていた。
だけど、胸にある想いが足を引き留めている。
ただ、側にいたいと……。
まだ迷っているカガミの肩を、ポンと叩いたのはフジタだった。
「カガミくん。行った方がいいよ。彼、待ってるんじゃない?」
「そうですよ、カガミさん! 俺、仲良くなっていく二人を見て、自分のことじゃないのに、すごい嬉しかったんです」
走ってきたのか、息を切らしながら、アズマはカガミの手を掴んできた。
「俺、嘘ついてました。この世界に来たの、友達とお茶している時って言いましたけど、本当は嘘です」
「え……?」
「俺の両親、ハリウッドスターなんです!」
「はっっ!?」
話が冗談みたいな方向に飛んでいるが、アズマは冷静で真剣な顔をしている。
「二人とも何人も愛人がいて、世界中を飛び回る生活で、俺には贅沢な家と使いきれないくらいの金を置いて、ほとんど帰らなくなりました。だから、愛とか信じられなくて、彼氏持ちの女の子ばかり狙い寝取って捨てて、やりたい放題していました。いつも最後は虚しくて、愛なんてクソだって……。あの日、適当に遊んで捨てた女の子と喧嘩になって、駅のホームから落ちたんです」
「えええっ!?」
「それでここに……。カッコ悪くて嘘ついてました。カガミさんの推しへの愛も、本当はバカにしていて……婚約者選びに名前を入れたのも、遊びみたいな気持ちでした。カガミさんの推しへの愛が、粉々になったら楽しいかもって……」
「アズマ……」
「だけど、本当、カガミさん頑張って……何の見返りもないのに、泥だらけで、バカみたいに頑張るから。それで二人が仲良くなっていく姿を見るのが、嬉しくなって……。これが愛なんだ……自分もこんな風に誰かと愛し合いたい、そう思えたんです。だから……だから……」
咽び泣きながら、必死に思いを伝えてくるアズマに心を打たれ、気付いたらカガミの目からも涙が溢れていた。
「アズマ、でも……俺とアレクサンドル様は愛し合うとか……」
「何言ってんですか! 素直になってください! ファンなんてどうでもいいですよ。あんなに幸せそうに笑い合っていたくせに、いつまで自分をごまかすんですか!? なくしてもいいんですか? 大事な人なんでしょう?」
ついに核心を突かれて、カガミの心臓は激しく揺れる。超えてはダメ、超えたらダメと、カガミの中で、必死にかけていたブレーキが軋んだ音を立てた。
「カガミくん」
その声が聞こえてきて、カガミはハッと息を呑む。フジタとアズマも、驚いた顔で声の方向を見た。
いつもニコニコしていて、ほとんど喋ることのないカミムラが、静かに立ち上がりカガミのことを見ていた。
「目立ちたくないと、人生を諦めていたアレクサンドルさんが、決勝に行ったんだ。彼の背中を押したのは、カガミくん、君だよ。君の応援で、今彼は、人生を取り戻そうとしている。君はファン失格なんかじゃない。立派な、誰よりも立派な一番のファンだよ」
「カミムラさん……」
そこで、一際大きな歓声が会場から聞こえてきた。おそらく両者が入場した時の歓声だろう。まもなく試合が始まるのだと分かり、カガミは会場に目を向ける。
「行きましょう! カガミさん!」
アズマに手を引かれ、カガミは走り出した。
もう迷わない。
この目でアレクサンドルの勇姿を見届けたい。
決して目を逸らさず、応援し続ける。
この会場で、誰よりも、自分が彼の一番のファンなのだから。
会場に入ったカガミは、スタッフ用の席に行こうとしたが、見覚えのある屈強な男二人組に道を阻まれた。有無も言わさず、アズマと二人首根っこを掴まれ、連れて行かれたのは、上階の王族用特別席だ。
そこで優雅に座っていたのは王太子のトリスタンだった。
「遅いじゃないか。せっかくカガミのために席を用意していたんだ。ほら、ここが一番よく見えるから座ってくれ」
「トリスタン殿下……お心遣い、ありがとうございます」
まだ試合は開始していないようだが、早くアレクサンドルの姿が見たくて、挨拶もそこそこに席へ向かう。
「あら、あなた……」
そこでトリスタンの横に女性が座っているのが見えた。その顔に見覚えがあり、カガミは、アッと声を漏らす。するとその横で、なぜかアズマもアッと声を上げる。
「なんだ、エリス嬢と知り合いか?」
「は、はい。先日、宮殿でぶつかりそうになって……」
「カガミに、道案内をしてもらいましたの。父に会いに行って迷ってしまったのですわ」
そこにいたのは、先日宮殿で会った美しい女性だった。貴族の令嬢だと思っていたが、トリスタンの横にいるなんて、相当な家柄の女性のようだ。
「エリスはあそこにいる、私の護衛兼教育係の、ポルカの娘だ」
「えっ!?」
「まさか、あの二人が戦うことになるなんて、私どうしましょう。困ってしまいますわ」
何を困るのかよく分からないが、エリスの継父がポルカだと知って驚いた。彼を通じて、二人が仲の良い関係になったのなら頷ける。
今もトリスタンとエリスは肩を寄せ合い、楽しそうに語らい合っている。
その様子を横目で見ながら、カガミはアズマと席に座る。すると、アズマがすぐに小声で話しかけてきた。
「あの子、あれです。主人公ちゃんです」
「は?」
「この世界の元になったゲームのですよ。確か、母親が再婚して王都に住まいを移すんです。そこで、色々なイケメンと出会うんですけど、あの感じだと、王太子ルートを進んでいるみたいですね」
「それは……真のルートとやらではないのか? その……相手がアレクサンドル様かもという……?」
「違ったみたいです。邪魔が入らなそうでよかったですね」
気がかりだったことが無事に終わりそうで、カガミは安堵した。主人公なんて絶対チートがありそうだし、あんなに魅惑的な人にウロウロされたら、気になってしまうからだ。
そこで選手の紹介が終わり、いよいよ試合開始になる。選手が剣を合わせ、カチッと音が響いてから、戦いは始まった。
今までの試合で、アレクサンドルに疲弊した様子はない。着ているのは大会用の軽装備だが、破損や汚れたような箇所もない。アズマの話から、アレクサンドルはほぼ無傷で、あっという間に試合を終わらせてきたそうだ。
しかし今回は強敵だ。
二人とも自分の剣に触れ、柄から剣先まで手を滑らせる。すると、ポルカの剣は赤く、アレクサンドルの剣は緑に輝いた。
「魔力を込めたぞ、二人とも最初から本気でいくようだ」
トリスタンが興奮したように身を乗り出したのが見えた。カガミも試合についてもちろん調べてはいたが、実際に見るとゾクゾクするほどの威圧を感じる。
この国の剣術は、ノーマルと魔法剣に分かれる。ノーマルはその名の通り、魔力を込めず通常の剣技のみで戦うこと。長期戦が可能で、安定した戦いができるが、攻撃力は弱く、大型の魔獣相手では通用しない。
一方、魔法剣は、魔力を使いながらの攻撃を繰り出す。剣に魔力を込めると、通常の攻撃の数倍の威力を得られる。一振りで衝撃波が巻き起こり、離れた敵、広範囲に攻撃が可能だ。
魔力には属性があり、短期決戦で特性を活かし、相手より優位に立つことが勝利の絶対条件となる。
「アレクには分が悪いな。魔力には相性がある。苦手な属性相手だと、通常より弱体化してしまう。風は火に弱いんだ」
トリスタンの解説に、カガミの心臓は一気に冷えてしまう。
ポルカが円を描くように剣を回すと、大きな炎の輪ができて、容赦なくアレクサンドルに向かって放たれた。
アレクサンドルは俊敏に動き、炎の輪を避けるが、炎がわずかに触れた腕が燃え上がった。
「ああっ」
アレクサンドルは機転を効かせ地面に転がり、炎を消したが、腕から煙が立っている。ひどい火傷をしたように見えた。
いきなりの大技に会場から大きな歓声が上がるが、カガミは見ていられなくて、顔を覆う。
ポルカは短期決戦の体勢に入っている。怪我を負ったアレクサンドルに向かって、剣を振り、次々と炎の柱を繰り出し一気に襲いかかった。
「ひぃぃ、なんて攻撃……どうして、アレクさんは魔法剣で返さないのですか?」
「風魔法だからだ……。中途半端に風を返せば……」
「そうだ、カガミの言う通り。風にあおられ、炎はもっと巨大になり襲ってくる」
一つ二つ、アレクサンドルは炎の柱を避けていくが、その度に傷を負っていく。肩、耳、肘、膝、足、次々に燃えがり、何とか火を払って防御の体勢を取る。足がフラつき始め、どう見ても倒れてしまいそうだ。
こんな試合、見ていられない。
「もう……いいじゃないですか! 勝敗は十分につきました。これ以上やったら、死んじゃいます!」
「カガミ、これは真剣な勝負だ。誰にも止められない。勝利を祈れ、それしかできない」
「そんな……!」
カガミは立ち上がり、観客席の柵にしがみついた。
――何もできない。自分にできることが祈るだけなんて、それしかないなんて……。
「いや……ある。応援だ。応援するんだ。……アズマ!」
「はい、準備バッチリです」
全部キャンセルしたはずだ。
けれど一縷の望みにかけて、アズマを見ると、彼はニヤリと笑って懐から何かを取り出し、さっと柵の外に向かって投げた。
それは緑の旗だった。
風に舞って会場の上を飛んでいく。
それを皮切りに会場中で一際大きな歓声が響いた。
「す……すごい……」
至る所で緑色の旗が大きく開かれ、会場を緑に染めていく。そこには、アレクサンドル頑張れの文字が書かれていた。異世界部のみんなと町の人達で制作した旗だ。途中で終わらせたはずなのに、みんなちゃんと用意してきてくれたのだ。
通路には緑色の衣装を着た、ハンナ率いるダンスチームが走ってきて、応援歌を歌いながら、ダンスを始める。会場の壁には、カガミが特別に発注していた横断幕がかかる。アレクサンドルの似顔絵がデカデカと描かれていた。
黄色い声援部隊が至る所からアレクサンドル様頑張れーと声を上げる。
何もかも、予定していた通りの応援。全部ダメにしたはずなのに、それが完璧に行われている。
「どうして……みんな……」
「みんな、楽しかったって言っていました。カガミさんの一生懸命な熱意に惹かれて、とても楽しかったって。だから、ダメでもいいから、準備してくれたんです」
今まで、ポルカを応援する声が溢れていた会場が、アレクサンドル一色に染まる。
こんな光景を夢見ていた。感動して、涙が溢れてきた。
柵越しに対戦中の二人の姿を見る。
ポルカは圧倒されて攻撃の手が止まっていたが、一転歯を食いしばり、渾身の力を込めて炎の玉を作り出した。一点集中でそれを叩き込むようだ。
アレクサンドルは微動だにせず、直立不動でポルカを見ていたが、ふっと顔を上げた。
「…………!」
視線がぶつかる。
アレクサンドルはカガミのことを見ていた。
「な、なんで……こっちを……、アレクサンドル様、危ない……前を前を見てください!」
今まで大きな声援が耳に入っていたが、それが全部聞こえなくなる。対戦中に余所見なんてしたら、大怪我を負ってしまう。
カガミは柵から身を乗り出し、前を見てほしいと合図する。
ポルカの手から、大きな炎の玉がアレクサンドルに向かって放たれた。
アレクサンドルはまだ前を見ない。それどころかカガミのことを見て、微笑んだ。
来てくれてありがとう。
そう口元が動いたように見えて、カガミは絶叫した。
「アレクサンドル様――――!!」
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家のため、いい噂のないシェリールに婿入りしたルイはいつも不機嫌そうだ。
でもシェリールは、長年の推しであるルイにどれだけ冷たくされようと、同じ屋根の下にいるだけで幸せいっぱい!
二人の関係は発情期を機に変わっていく。シェリールの仕事ぶりや意外な一面を目にするたび、ルイの態度は軟化していくが、オメガを狙った盗賊団の活動が二人の住む領に迫ってきて……?
真面目で無愛想な騎士アルファ✕推しが夫になって幸せすぎる敏腕領主オメガ
独自設定の異世界オメガバースです。ハッピーエンド。
基本明るい受け視点。中~長編になります。