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トン、トン、トン
私の予想に反して、伸ばされた手が私に触れることはなく、瞑っていた目を開けると指先だけが机の上でリズムを刻んでいた。
再びゆっくりと顔を上げると、すでに伯爵様は明後日の方向を向いていて。
机を叩く一定のリズムだけが続いている。
トン、トトン、トン
(……よく聞くと、一定じゃない)
よくよく見てみると、どうやら机を叩いているのではなくなぞっているらしく。
その動きは文字を書こうとしている仕草にも見えた。
「あの、伯爵様。こちらを」
合っているかは分からないが、伯爵様は何かを書こうとしている。
恐る恐る私がペンを差し出すと、伯爵様はそれを受け取って、
「……」
相変わらず一言も発さぬままだが、スラスラと文字を書き進めていく。
たまにこちらの反応をうかがうように赤い瞳が動いているが、目が合いそうになると逃げられてしまう。
(もしかしたら、見た目ほど怖い人じゃないのかもしれない……)
そんな私の予想が、返答として紙に書かれた文字で確認に変わった。
『ありがとう、助かった』
印象に似合わない、細い文字でつづられた感謝の言葉。
無言だったのではなくて、なんらかの理由で話すことが出来なかったらしい。
「ご不便に気付かず申し訳ございません」
「……」
感謝に謝罪を返されたせいか、次の言葉を探すように伯爵様の手の中でペンがくるくると回る。
ここまでくると私の中にあった最初のイメージは完全に払拭されていて、この静かな時間も少し心地よくなっていた。
(聞いてもない自慢話をべらべらと話し出すより、ずっといいし)
『謝らないでくれ。むしろ気づいてくれたのはキミが初めてだから』
依然として目を合わせてはくれない伯爵様。これも含めてきっと何か、理由があるのだろう。
醸し出す雰囲気も含めて、すごく不思議な人。
ここまで他人に興味をひかれるなんて、今まで生きてきて一度もなかった経験だ。
『私なんかで、よろしいのですか?』
気付けば、私は伯爵様の置いたペンを拝借して筆談を返していた。
こんな言葉が自分から出てくるとは。
そのこと自体も驚きだが、自然に手が動いてしまったことと併せて二重の驚きだ。
「……」
伯爵様が考え込んでいる。
「……」
こうなると私からできることはないので、返答を待ってそのお姿を見つめる。
そして流れる静かな時間。
「あのー、娘に何かお気に召さないところがございましたでしょうか……?」
そんな私たちの様子は、どうやら第三者から見ると実に険悪に映っていたらしく。
最高に最悪なタイミングで、母が会話に割り込んできた。
「……」
「あ、あのう……」
いつもは私が何をされようが黙っているくせに、今回は何を思って口を挟んできたのだろうか。
失敗できない縁談だというのならば、黙っていてほしい。
「……きゃっ!?」
突然、体が浮き上がる。
完全に不意を突かれたせいで、思わぬ声まで上げてしまった。
「……」
伯爵様が右腕で私を抱えたまま、左手で懐から袋を取り出した。
重みだけで机を揺らすことのできる袋の中身は、ぎっしりと詰まった金貨。
(あぁ、そういえば私売られたんだった)
形式的にはそうもいかないとはいえ、正直こんなもの払わずとも伯爵様の元であればついていったのだが。
「……」
これで用事は済んだ、と言わんばかりに私を抱えたまま部屋を後にする伯爵様。
(とりあえず、野良令嬢にはならなくてすみそうだ)
そそくさと金貨袋をしまう両親の姿を横目に見ながら、私はそんなことを考えていた。
私の予想に反して、伸ばされた手が私に触れることはなく、瞑っていた目を開けると指先だけが机の上でリズムを刻んでいた。
再びゆっくりと顔を上げると、すでに伯爵様は明後日の方向を向いていて。
机を叩く一定のリズムだけが続いている。
トン、トトン、トン
(……よく聞くと、一定じゃない)
よくよく見てみると、どうやら机を叩いているのではなくなぞっているらしく。
その動きは文字を書こうとしている仕草にも見えた。
「あの、伯爵様。こちらを」
合っているかは分からないが、伯爵様は何かを書こうとしている。
恐る恐る私がペンを差し出すと、伯爵様はそれを受け取って、
「……」
相変わらず一言も発さぬままだが、スラスラと文字を書き進めていく。
たまにこちらの反応をうかがうように赤い瞳が動いているが、目が合いそうになると逃げられてしまう。
(もしかしたら、見た目ほど怖い人じゃないのかもしれない……)
そんな私の予想が、返答として紙に書かれた文字で確認に変わった。
『ありがとう、助かった』
印象に似合わない、細い文字でつづられた感謝の言葉。
無言だったのではなくて、なんらかの理由で話すことが出来なかったらしい。
「ご不便に気付かず申し訳ございません」
「……」
感謝に謝罪を返されたせいか、次の言葉を探すように伯爵様の手の中でペンがくるくると回る。
ここまでくると私の中にあった最初のイメージは完全に払拭されていて、この静かな時間も少し心地よくなっていた。
(聞いてもない自慢話をべらべらと話し出すより、ずっといいし)
『謝らないでくれ。むしろ気づいてくれたのはキミが初めてだから』
依然として目を合わせてはくれない伯爵様。これも含めてきっと何か、理由があるのだろう。
醸し出す雰囲気も含めて、すごく不思議な人。
ここまで他人に興味をひかれるなんて、今まで生きてきて一度もなかった経験だ。
『私なんかで、よろしいのですか?』
気付けば、私は伯爵様の置いたペンを拝借して筆談を返していた。
こんな言葉が自分から出てくるとは。
そのこと自体も驚きだが、自然に手が動いてしまったことと併せて二重の驚きだ。
「……」
伯爵様が考え込んでいる。
「……」
こうなると私からできることはないので、返答を待ってそのお姿を見つめる。
そして流れる静かな時間。
「あのー、娘に何かお気に召さないところがございましたでしょうか……?」
そんな私たちの様子は、どうやら第三者から見ると実に険悪に映っていたらしく。
最高に最悪なタイミングで、母が会話に割り込んできた。
「……」
「あ、あのう……」
いつもは私が何をされようが黙っているくせに、今回は何を思って口を挟んできたのだろうか。
失敗できない縁談だというのならば、黙っていてほしい。
「……きゃっ!?」
突然、体が浮き上がる。
完全に不意を突かれたせいで、思わぬ声まで上げてしまった。
「……」
伯爵様が右腕で私を抱えたまま、左手で懐から袋を取り出した。
重みだけで机を揺らすことのできる袋の中身は、ぎっしりと詰まった金貨。
(あぁ、そういえば私売られたんだった)
形式的にはそうもいかないとはいえ、正直こんなもの払わずとも伯爵様の元であればついていったのだが。
「……」
これで用事は済んだ、と言わんばかりに私を抱えたまま部屋を後にする伯爵様。
(とりあえず、野良令嬢にはならなくてすみそうだ)
そそくさと金貨袋をしまう両親の姿を横目に見ながら、私はそんなことを考えていた。
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