吸血鬼令嬢と無口伯爵

ハナミツキ

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「……?」

 考え事をしていた私の不意をついて、何かが髪に触れた。
 
『サラに似合うと思って、つい買ってしまったよ』

「へ……?」

 あまりに予想外の行動で、先ほどまで考えていたことが全て押し流されていく。

「私、こんな高価なもの、受け取れません……」

『もしかして、気に入らなかったかな?』

 ほんの少し、筆圧の弱まった文字。

「いえ、私も好きです。この色」

 誤解を招かぬよう、言葉を返す。
 そういうことではない、好みとかそういう話ではなくて。

『それなら、受け取ってほしい』

 私の言葉を待たずに走り書きされた文字を見て、なんだか顔が熱くなってくる。
 お金持ちの道楽だなんて、なんと失礼なことを考えてしまったのか。
 こうなってしまったら、贈り物は素直に受け取るべきなのだろう。
 たとえそれが、似合う気全くしなくとも。

「ありがとう、ございます」

 こんなことならば、少しは身だしなみを整える作法を学んでおくのだった。
 がさがさの髪に入れられる髪飾りに忍びない。

『やっぱり思った通りだ、似合っているよ』

 なんて事まで言われてしまったら、忍びない気持ちはどんどん加速する。

(本当、なんで私なんかに)

 お前がもっと美しければ。
 お前にもっと愛嬌があれば。
 昔からずっと、両親にはそう言われて育ってきた。
 
「あの、ノル様」

『あぁ、何だろうか』

 以前は理由も意味も気にする必要などない、と。そう思っていたが。
 ここまでされると流石に、意味も理由も気になりすぎる。

「どうして、私にここまでよくしてくださるのですか?」

 その言葉は自然に、口をついて出ていた。

「……」

 いつもならここで、質問を読んでいたかのように返答がすぐに返ってくるのだが。
 所在なさげにくるくると回されるペンから、答えに困っているのが見て取れる。

(あぁ、困らせてしまうことは分かっていただろうに)

 こういうのを愛嬌が無い、というのだろうか。
 素直に喜んで、感謝して、それで終わりでいいものを。

(ほんと、かわいくないやつ……)

 そろそろ帰りの馬車へと辿り着く頃になっても、ノル様はまだ悩んでいる様子で。
 それが返答のようにも思えた。

「変なことを聞いて申し訳ありませんでした。もう、お気になさらないでください」

 逆効果かもしれないとは分かりつつも。
 自分のためにもそう、言っておかねばならない気がした。

「さ、ノル様。帰りましょう」

 気になったのはただの気まぐれ。
 ここまで困らせると知っていたら、こんな疑問は口になどしなかった。


「……キミの」


 聞いたことのない、声がした。
 あまりの驚きに、自分で自分の目が丸くなっているのが分かる。

「キミの気を惹きたくて、つい」

 弱弱しくてたどたどしい、日頃のイメージとはまた違った声。

「だから、変な事は、聞いていない」

 声は後半につれてどんどん小さくなって、最後のほうはほとんど聞こえていなかった。
 
(……すごく澄んでいて、美しいお声)

 なぜ普段お声を隠していらっしゃるのだろうか。なんて疑問は、今は捨て置いて。

「その、なんというか、ありがとうございます」

 懐疑心などを一切取り払った、素直な気持ち。
 ノル様が私のことを気にかけてくれた。
 その気持ちがしっかりと伝わってきて、理由や意味はとりあえずどうでもよくなってしまった。

(また、顔が熱くなってきた)

 ノル様の表情はこんな時でも変わりがない。
 だがその内心まで表情と同じでないことは容易に分かる。

「……」

 再び無言に戻ってしまったノル様が、私の手を引いて馬車へ促す。
 帰路につく間、再びノル様が口を開くことはなく。
 心地よい沈黙の中に一抹の寂しさも生まれていた。

(またお声を聞ける機会が、来るといいな)

 きっとそんな事があれば、またノル様が困っている状況であろうに。
 そんな不届きなことを、思ってしまうのだった。
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