吸血鬼令嬢と無口伯爵

ハナミツキ

文字の大きさ
9 / 15

9

しおりを挟む
「……お前、まさか」

「……」

 一瞬、相手の声色が変わった気がした。
 何がまさか、なのだろうかと、私は少しだけ顔を出して様子をうかがう。

「まさか、そちらの令嬢はキミの婚約者なのか?」

 まさかの言葉に驚かされて、

「……」
 
 まさかの返答に、さらに驚かされる。

(私が、婚約者……?)

 見間違いでなければ、ノル様は確かに小さな頷きを返していた。
 私が、婚約者。
 並みの使用人よりも役に立たないどころか、ノル様に何もしてあげれていないというのに。
 婚約者など、もってのほかなわけで。
 あーだがこーだなわけで。

「……」

「おや、見せつけれくれるね」

 そんな私のぐちゃぐちゃになった思考が、ノル様に強く抱き寄せられたことでさらにぐちゃぐちゃに絡まってしまう。
 
「あの、えと、ノル様?これは、その……」

「……」

 私が慌てふためく姿をみせても、ノル様が姿勢を崩すことはなく。
 しかしそれは普段の凛とした姿ではなく、むしろ子供が駄々をこねているようなそんな雰囲気を感じた。

(……ギャップ萌え)

「まさかエルシンク家の長男たるこの私が、お前に後れを取ることになろうとはな……」

 妙なポーズを決めながら、また仰々しく驚く訪問者の男性。

(いやそれより、エルシンク家って……)
 
 エルシンク家。
 私でさえしているその名は、この辺り一帯の家々を取り纏める一流貴族の名前で、本来私のように小さな家出身の者では姿を見ることさえ難しい存在だ。

(そんな方とこんなに、親しい?関係だなんて)

 持参金の時点で上流階級の方なのだろうとは思っていたが、改めて自分との差をまた一つ痛感させられる。

「そう硬くならなくていいよ。レディに困り顔は似合わない」

 ノル様に心を読む力があるのかも知れないと思っていたが、どうにも私の感情が表に出やすいだけだったのかもしれない。
 初対面の相手にすらこうして察されてしまうとは。

『こいつの言うことは、気にしなくていい』

 視線を隠すように伸ばされたマントの内側で、秘密のやり取りが行われる。

『いきなり来て何の用だ』
『さっさと帰れ』
『これ以上サラを困らせるな』

 多数の書きなぐられた言葉が斜線で消されて、最後に残されていたのが先ほどの一言。
 その冷静沈着な表情とあまりにかけ離れたありさまに、

「……ふふっ」

 私は思わず吹き出してしまった。

「いいね。やはりレディは笑顔が一番だ」

 マントに隠されて姿は見えていないはずなのに、声だけでそんなことを言われた。
 きっとマントの向こうで頭に手を当て、存分に体をくねらせていることだろう。

『妙なやつと知り合わせてしまって、本当にすまない』

 更新された走り書きごとノル様の手を握り、そこへ額をこつんと当てる。

「悪い方ではないようですから、問題ありません。ただ少し驚いただけですので」

 ノル様の友人(?)であることを差し引いても、悪い人でないと思ったのは本心で。

(……苦手なタイプではあるけれど)

 この真逆な二人がどういった経緯で出会ったのか。
 ノル様について知りたいことがまた一つ、増えてしまった。

「まぁ、元気そうで安心したよ。様子を見に来た身としてはね」

 その刹那、声が少し近くなったと思ったら、

「それじゃまた会おう。麗しきレディ」

 頬に何かが、触れる感触がした。
 
「……!」

 再びマントが私の視界を遮ったかと思うと、隣に立っていた気配が遠ざかっていくのを感じる。

(今の、って……)

 とぼけるにはあまりにも具体的すぎる感触で。
 十人に聞けば九人は、同じ答えを返すだろう。

(キス、された……?)

 キスくらいは挨拶、なんて話を聞いたことがある。
 上流階級の人たちにとってはこのくらい、日常茶飯事なのかもしれない。
 だって現に今も、ノル様の顔が目の前にあって。

「えっ……」

「……わぁ」

 今度は頬になどではなく、正真正銘のまごうことなきキス。

(ほらやっぱり、挨拶みたいなものなんだ。でもあれ、口にするのって、あれ)

 なんとか平静を保とうとしても、次から次に制御不能の感情が押し寄せて、完全にパンクしてしまった頭がかろうじて意識だけは繋ぎとめようと頑張っている。

「それじゃ、噛みつかれないうちに退散させてもらおうかな」

「……二度と、来るな」

「おおぅ……そうさせてもらうかもしれん」

 遠くで声が、聞こえた気がする。
 隣にいるはずなのに、なぜか遠く、遠く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女性が少ない世界に転生した控えめ伯爵令嬢、なぜか五人の婚約候補に選ばれて少しずつ恋を知っていきます

ノッポ
恋愛
女性が極端に少ない異世界に転生した私は、気づけば伯爵令嬢になっていた。 前世は日本で普通に生きていたせいか、貴族令嬢らしい強気な振る舞いがどうしても苦手。 社交界デビューを迎えても、「どうして私が選ばれるの?」と戸惑うばかりだった。 けれど今年デビューする高位令嬢はわずか三人。 家同士の思惑も重なり、騎士団長家の息子、宰相子息、魔術師団長の息子、幼なじみの侯爵子息、そして英雄騎士―― 五人の若きエリートとのお見合いが次々と始まってしまう。 遠慮がちで控えめな性格は、この世界では珍しく、気づけば少しずつ距離を縮めていく彼ら。 異世界での恋愛に戸惑う日々。けれど出会いを重ねるたびに、私は少しずつ変わっていく――。 女性希少世界の社交界で、自分の幸せを選べるようになるまでの ほのぼの甘い逆ハーレム恋愛ファンタジー。

怠惰令嬢の玉の輿計画 昼寝してたら侯爵様と面倒なことになりました

糸掛 理真
恋愛
頑張りたくない 働きたくない とにかく楽して暮らしたい そうだ、玉の輿に乗ろう

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

拝啓。私を追い出した皆様へ! 化け物と噂の辺境伯に嫁がされましたが噂と違い素敵な旦那様と幸せに暮らしています。

ハーフのクロエ
恋愛
 公爵家の長女のオリビアは実母が生きている時は公爵家令嬢として育ち、8歳の時、王命で王太子と婚約して12歳の時に母親が亡くなり、父親の再婚相手の愛人だった継母に使用人のように扱われていた。学園の卒業パーティーで婚約破棄され、連れ子の妹と王太子が婚約してオリビアは化け物と噂のある辺境伯に嫁がされる。噂と違い辺境伯は最強の武人で綺麗な方でオリビアは前世の日本人の記憶持ちで、その記憶と魔法を使い領地を発展させて幸せになる。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された皇后を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

処理中です...