吸血鬼令嬢と無口伯爵

ハナミツキ

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 ガサガサッ

 何かが強く、草むらを揺らす音。
 これまでかと、私は強く目を瞑る。
 
「……?」

 何か別の、大きな気配が背後に現れたかと思ったら、

 キャウンッ

 野犬の情けない声がその後に続いた
 まさか、まさか。

「……無事か」

 腕から血を流しながらも、私の身の方を案じて下さるノル様。
 私の代わりに野犬の攻撃を受けたのは明白で、流れる血の量からかなりの深手なのが見て取れた。

「私なんかより、ノル様、腕が……っ!」

 動転してあたふたとうろたえるだけの私に、ノル様の手のひらがそっと優しく添えられる。

「……このくらいなら、問題はない」

 それは私の安心させるための強がりなどではなく。
 私の見ている目の前で、腕の傷はみるみるうちに塞がっていった。

「ノル様、これは……」

「……聞きたいことは、山のようにあるだろう」

 深紅の瞳がまっすぐと、私のことを捉えながら言う。

「逃げることでキミを危険に晒すぐらいなら、もう逃げない。全てに答えよう」

 全てに答えよう、というその言葉へ反射的に。

「ノル様がなぜ、私にここまでしてくださるのか。それが私には分かりません」

 これまでずっと思ってきた気持ちが、口をついてでた。
 
「……え」

 表情こそ変わらないものの、その声からは明らかな動揺が感じ取れる。
 恐らくは先程のことについて質問されると思っていたからなのだろうが、今の私はそれどころではないのだ。

「私は美しくありませんし、家柄もよくはありません。並の使用人の方がまだ仕事はできますし、私がノル様にここまでしていただける理由など、心当たる部分が一つも……」

「キミのことが好きだ、というだけでは理由として足りないだろうか」

 優しく諭すような、ノル様のお言葉。
 そんな優しい言葉だけでは足りないなんて、私はなんと強欲な女なのだろうか。

「私からは何も、返せるものもございません……」

 質問などではなく、ただの自虐にしかなっていない。
 
「……」

 それでもノル様は真剣に、言葉を思案してくださっている。

(……本当にこんな自分、大嫌いだ)

 顔を上げれない私の顎に、ノル様の手が唐突に添えられて。
 そのままぐい、と無理やり上を向かされた。

「サラ、キミは少し勘違いをしている」

 今までに見たことのない、鋭い視線に射すくめられて思わずごくりと喉が鳴る。

「私はキミが思うほど人格者ではないし、まして優しい人間などでもない」

 一言一言言葉を選んで紡ぐノル様の口元に、獣のような白い牙が光った。

「むしろ真逆だ。私は……汚らわしい吸血鬼、なのだから」

(吸血鬼……)

 私も吸血鬼令嬢などと呼ばれてはいたが、それはあくまでも蔑称のようなもの。
 ノル様はそんなものとは比べようのない、正真正銘の吸血鬼だったのだ。

「恐ろしいだろう、こんな化け物」

 言いながら、ノル様が自分の腕を握りしめる。
 あんなにおびただしい血が流れていたというのに、残された痕跡が破れた服のみとなった腕を。

「多くの人々が私を恐れた。この呪われた瞳を、声を、力を、全てを」

 目を合わせようとしてくれなかった理由。
 会話を筆談で行っていた理由。
 きっとノル様はこれまでに、たくさん悲しい思いをしてきたのだろう。

「キミに行ってきた全ては、キミにだけは逃げられたくない私の利己的な感情によるものだったんだ」

 ノル様が初めて、はっきりと分かりやすく表情を見せた。
 それは後悔のようにも、諦めのようにも見えるもので。
 とにかく深い悲しみが広がっていることだけは十二分に伝わってくる。
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