機械油と男爵令嬢 ~婚約破棄されて出会った侯爵様は私を必要としてくれるようです~

ハナミツキ

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「……今日は国王陛下の誕生会に出席する」

 毎朝の点検を終え、ロイドの定期整備をしていると、ジン様から声をかけられた。
 普段外出されるときは何も言わずにふらりと出かけてしまうのに。
 重要な式典だから、一応言付けておこうということだろうか。

「分かりました。留守は任せてください」

 私はゴーグルを外しながら振り返ると、ジン様へそう言葉を返した。

「……」

 しかしなぜだかジン様の反応は芳しくなく。
 その理由はすぐにジン様本人の口から語られた。

「……キミも行くんだぞ」

「私も……?」

 一瞬、真意を測りかねてオウム返ししてしまいそうになったが。
 すぐに自分自身で合点がいった。
 ジン様の義手は今でこそ安定しているが、やはりいつ何があるか分からない。
 まして国王陛下の誕生会ともなれば、不測の事態に備えて技師を同行させるのも当然と言える。

「すぐに支度をいたします」

「……いや、キミは特に何もしなくても大丈夫だ」

「それは……」

 どういう事ですか、と尋ねようとする私の声に被せるようにリン、と玄関の呼び鈴が鳴った。

「後のことは任せよう」

 玄関から入ってきたのは、多種多様な仕立て屋たち。
 その波にさらわれた私はあれよあれよという間に、大鏡の前に座らされていた。
 いつも乱雑に束ねている髪が一本一本丁寧に櫛で梳かされ、それと並行して服の採寸も行われる。
 
「このような感じで、いかがでしょうか」

 ほどなくして着せ替え人形のような作業が終わり、仕立て屋の一人が声をかけてきた。

(いかがでしょうか、と言われても……)

 ドレスを着るのは初めてではないが、こんな上等な物を着るのは初めてだし。
 いつも束ね上げていたから、髪を真っすぐ降ろすのも落ち着かない。
 だからいかがでしょうか、と聞かれても。

「どう、なんでしょうかね」

 なんて、むしろ聞き返すことしかできないわけで。

「とても似合っておられますよ」
 
 しかし、客にどうなのか聞かれてこれ以外の返答をする仕立て屋などいない。
 いわゆる愚問というやつだ。

「侯爵様もそう思われますよね?」

 侯爵様、という単語に反応して思わず私は顔を上げると、鏡の中でジン様と目が合った。
 仕立てが終わったので誰かが呼びに行ったのだろう。
 見られてしまった。
 今、鏡に映っている私の姿を。
 すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいなのに、ジン様の瞳に捉えられて逃げられない。

「……あぁ、悪くないな」

 いっそのこと笑い飛ばしてもしてくれたら、笑い話に出来たのに。
 ジン様は小さくつぶやくようにそういうと、私の手を取った。

「仕立て屋、代金は足りていたか」

「はい。前金で十分すぎるほどにいただいておりますので」

「……よし、では出発だ」

「え、あっ……」

 私はジン様に手を引かれるままに機械自動車へ乗せられて。
 その少し後を追うようにロイドも続いた。

「ねぇロイド、この格好変だよね」

 私はうつむきがちに小声で、ロイドへ問いかける。
 別にジン様に聞かれて問題があるわけではないが、なぜか自然と小声になっていた。

「そうですね。普段のお嬢様と比較するのであれば、変と言えます」

 そんな私のことなど意に介さず、いつものトーンでいつものように返すロイド。
 
「……それは違うな」
 
 案の定ジン様にも聞こえていたようで。
 ロイドの返答に反応するように、屋敷を出てから一言も発さなかったジン様が口を開いた。

「こういうときは『お綺麗ですよ、お嬢様』と答えるのだロイド」

「なっ、ジン様……?」

「お綺麗ですよ、お嬢様」

「もう、ロイドまで……」

 そこまで言って私は、小さく笑いながら息を吐く。
 恰好が違うからなんだ、私は私だ。
 そんなことでペースをみだされるなんてどうかしている。

「ロイドにあまり変なこと、教えないでくださいね」

「……間違ったことは教えてないつもりだが」

「……」

 そう、どうかしているのだ。
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