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第一章・婚約破棄
領民との別れ
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妹レギーナとグランフェルト様は部屋での謹慎を言い渡され、外から鍵を掛けられた状態で一晩を過ごしました。お父様は二人をまだ許せないようで、気持ちが落ち着くまで二人には会わないと仰っています。
今日は休日なので、いつも通り領地を回ろうと支度して一階に下りると藤堂様がわが国の衣装に着替えてすでに食堂にいらっしゃいました。昨日見た着物というお召し物も大変お似合いでしたが、ラフなシャツとズボン姿はとても素敵で、恥ずかしながら見惚れてしまいました。
藤堂様は長い黒髪を高い位置で一つに結い、そのせいか少しつり上がった目はとても凛々しく涼やかで、すっと通った鼻筋はこの国の人達よりも低いけれど、お顔全体のバランスが整い大変美形です。よく鍛えた体はこの国の騎士とも並ぶたくましさ。身長も大柄な父と変わらぬほど高く、こんな素敵な殿方のもとへ私なんかが行って良いのかと不安になりました。
「おはようございます、藤堂様、お父様。私が一番遅かったのですね。お待たせしてしてしまって申し訳ありません」
「おはよう、ユーリア」
「おはようございます、ユーリア殿。我々も今来たところです」
藤堂様の隣には昨日は見なかった青年が二人並んで座っていました。
「ユーリア殿には昨日紹介できませんでしたな。この者達は私の側近で、名を丹羽康高と木島仁乃進と申します」
丹羽様と仰る方は無骨な武人といった風貌のお方で、木島様の方は何事も冷静に見極める参謀といった雰囲気の少し冷たい目をしたお方です。二人は名を言われた時に軽く会釈するだけで一言も言葉を発しませんでした。
「はじめまして、私はユーリア・シェルクヴィストと申します。半月後の帰国の際には一緒に和の国へ行かせて頂きますので、どうぞよろしくお願い致します」
藤堂様は私の言った言葉を和の国の言葉で通訳してくれたようで、お二人は同時に頭をお下げになりました。言葉の通じぬ国に行くのだという事をこの時初めて意識した私は、和の国の言葉を早急に覚えねばならないと少々焦りを感じました。期間は卒業までの二週間と船での移動中しか無いのです。
「ユーリア殿はこの後領地を回られるのですか?」
「あ、はい。皆に私がこの地を離れることを説明して回らねばと思っております。私の代わりに畑を手伝える方も探さねばなりませんし」
「でしたら我々も共をさせてはくれませんか? 畑仕事は慣れておりますゆえ、この者達もお使い下さい」
藤堂様のお申し出は大変助かりますが、お客様にその様な事、させる訳には参りません。
「船旅の疲れもございましょうし、ご無理はなさらず、ゆっくり寛いでいて下さいませ」
「ははは、一晩寝れば回復しますよ。今は収穫時期、人手は少しでも多い方が良いのではありませんか? それにこの地を見てみたいのです。どのような作物がとれるのか気になりますし、視察を兼ねた手伝いですよ」
お父様も頷いていらっしゃるし、私が領地内を案内する事になっていたのかもしれません。気は引けましたが、お手伝いして頂く事に致しました。
「では、よろしくお願い致します」
藤堂様はにっこり笑って頷きます。その屈託の無い笑顔にまた私の心はキュウっとなり、むず痒い何とも言えない気持ちになりました。
食後、私達は馬を使って領地を巡りました。藤堂様達も乗馬は慣れたもので、とてもお上手です。私は行く先々で別れを惜しまれましたが、私が一目惚れし、グランフェルト様との婚約を破棄して藤堂様のもとへ嫁ぐ事にしたのだと説明すると、皆分かってくれたようです。共のお二人と一心不乱に収穫を手伝って下さるお優しい藤堂様のお人柄は領民にはとても好印象に映ったようで、皆私達を祝福し、快く送り出してくれました。私の代わりは少年達が担ってくれるそうで、家の手伝いをしながら近所の手伝いもすると約束してくれました。
「ユーリア様には幸せになって欲しいのです、私達の事ばかり構って自分の事は後回しにしてしまう、そんなお人なので、父親に言われるまま結婚を決めてしまわれた時は本当にそれで良いのかと心配しておりました。しかし、あなた様という立派な男性にめぐり会えて今日のユーリア様の笑顔は輝いて見えます。あの方を大切にして下さい。離れたこの地からお二人の幸せを願っております」
長老と藤堂様がそんな話をしているとは知らず、私は皆にお別れの挨拶を済ませていました。
途中の木陰で持参したお弁当を食べ、少し休憩です。
「あと何件回るのですか?」
「お疲れでしたら、この木陰で休んでいて下さい。あとの1件は収穫量の少ない個人の畑ですから、一人でも大丈夫です。やはり男性が手伝って下さると早いですわね、来週行くつもりだった家まで全て回る事ができましたわ」
丹羽様と木島様は何かを話していますが、言葉の分からない私には何を言っているのかサッパリわかりません。
「あなたが見た目以上に体力があると関心しておるのですよ。それに人の心を掴む事に長けているとも。この丹羽はここへ来るまであなたを迎え入れる事を反対しておりました。しかし、朝から一緒に畑仕事をするうちに、すっかり気に入ってしまったと言っています」
「まぁ、そうでしたの。早く和の国の言葉を覚えなくては、お二人とも話しが出来なくて不便ですわね。明日から言葉を教えていただけますか?」
「勿論です。明日からと言わず、今からでも少しずつ覚えていって下さい」
残りの1件はあっという間に収穫が終わり、最後に別れを告げて家路に着きます。道中、藤堂様は目に見える物を指差し単語を一つ一つ丁寧に教えて下さいました。
屋敷に帰ると執事からレギーナとグランフェルト様が父の書斎に呼び出され、話をしていると聞かされました。
昨夜私と父とで話し合って、父を訪ねてきた藤堂様に一目惚れした私が一方的に婚約を破棄した事にしようと決めました。そして帰国する彼に付いて行く事になったと。こうでもしなければ、領民は快く二人を新しい領主だと受け入れてはくれないだろうという私の判断です。そして父はまだ若く元気である事から爵位を譲る時期は延期となりました。
父の書斎から出て来たレギーナは、もう何年ぶりかに私の部屋へやって来ました。学園で話をしてから顔を合わせる事も無かった妹が、全てが思い通りになったと言わんばかりに上機嫌で私に話します。
「お姉ちゃん、私知っていたのよ。野蛮な和の国から今月私を迎えに来る事をね」
今日は休日なので、いつも通り領地を回ろうと支度して一階に下りると藤堂様がわが国の衣装に着替えてすでに食堂にいらっしゃいました。昨日見た着物というお召し物も大変お似合いでしたが、ラフなシャツとズボン姿はとても素敵で、恥ずかしながら見惚れてしまいました。
藤堂様は長い黒髪を高い位置で一つに結い、そのせいか少しつり上がった目はとても凛々しく涼やかで、すっと通った鼻筋はこの国の人達よりも低いけれど、お顔全体のバランスが整い大変美形です。よく鍛えた体はこの国の騎士とも並ぶたくましさ。身長も大柄な父と変わらぬほど高く、こんな素敵な殿方のもとへ私なんかが行って良いのかと不安になりました。
「おはようございます、藤堂様、お父様。私が一番遅かったのですね。お待たせしてしてしまって申し訳ありません」
「おはよう、ユーリア」
「おはようございます、ユーリア殿。我々も今来たところです」
藤堂様の隣には昨日は見なかった青年が二人並んで座っていました。
「ユーリア殿には昨日紹介できませんでしたな。この者達は私の側近で、名を丹羽康高と木島仁乃進と申します」
丹羽様と仰る方は無骨な武人といった風貌のお方で、木島様の方は何事も冷静に見極める参謀といった雰囲気の少し冷たい目をしたお方です。二人は名を言われた時に軽く会釈するだけで一言も言葉を発しませんでした。
「はじめまして、私はユーリア・シェルクヴィストと申します。半月後の帰国の際には一緒に和の国へ行かせて頂きますので、どうぞよろしくお願い致します」
藤堂様は私の言った言葉を和の国の言葉で通訳してくれたようで、お二人は同時に頭をお下げになりました。言葉の通じぬ国に行くのだという事をこの時初めて意識した私は、和の国の言葉を早急に覚えねばならないと少々焦りを感じました。期間は卒業までの二週間と船での移動中しか無いのです。
「ユーリア殿はこの後領地を回られるのですか?」
「あ、はい。皆に私がこの地を離れることを説明して回らねばと思っております。私の代わりに畑を手伝える方も探さねばなりませんし」
「でしたら我々も共をさせてはくれませんか? 畑仕事は慣れておりますゆえ、この者達もお使い下さい」
藤堂様のお申し出は大変助かりますが、お客様にその様な事、させる訳には参りません。
「船旅の疲れもございましょうし、ご無理はなさらず、ゆっくり寛いでいて下さいませ」
「ははは、一晩寝れば回復しますよ。今は収穫時期、人手は少しでも多い方が良いのではありませんか? それにこの地を見てみたいのです。どのような作物がとれるのか気になりますし、視察を兼ねた手伝いですよ」
お父様も頷いていらっしゃるし、私が領地内を案内する事になっていたのかもしれません。気は引けましたが、お手伝いして頂く事に致しました。
「では、よろしくお願い致します」
藤堂様はにっこり笑って頷きます。その屈託の無い笑顔にまた私の心はキュウっとなり、むず痒い何とも言えない気持ちになりました。
食後、私達は馬を使って領地を巡りました。藤堂様達も乗馬は慣れたもので、とてもお上手です。私は行く先々で別れを惜しまれましたが、私が一目惚れし、グランフェルト様との婚約を破棄して藤堂様のもとへ嫁ぐ事にしたのだと説明すると、皆分かってくれたようです。共のお二人と一心不乱に収穫を手伝って下さるお優しい藤堂様のお人柄は領民にはとても好印象に映ったようで、皆私達を祝福し、快く送り出してくれました。私の代わりは少年達が担ってくれるそうで、家の手伝いをしながら近所の手伝いもすると約束してくれました。
「ユーリア様には幸せになって欲しいのです、私達の事ばかり構って自分の事は後回しにしてしまう、そんなお人なので、父親に言われるまま結婚を決めてしまわれた時は本当にそれで良いのかと心配しておりました。しかし、あなた様という立派な男性にめぐり会えて今日のユーリア様の笑顔は輝いて見えます。あの方を大切にして下さい。離れたこの地からお二人の幸せを願っております」
長老と藤堂様がそんな話をしているとは知らず、私は皆にお別れの挨拶を済ませていました。
途中の木陰で持参したお弁当を食べ、少し休憩です。
「あと何件回るのですか?」
「お疲れでしたら、この木陰で休んでいて下さい。あとの1件は収穫量の少ない個人の畑ですから、一人でも大丈夫です。やはり男性が手伝って下さると早いですわね、来週行くつもりだった家まで全て回る事ができましたわ」
丹羽様と木島様は何かを話していますが、言葉の分からない私には何を言っているのかサッパリわかりません。
「あなたが見た目以上に体力があると関心しておるのですよ。それに人の心を掴む事に長けているとも。この丹羽はここへ来るまであなたを迎え入れる事を反対しておりました。しかし、朝から一緒に畑仕事をするうちに、すっかり気に入ってしまったと言っています」
「まぁ、そうでしたの。早く和の国の言葉を覚えなくては、お二人とも話しが出来なくて不便ですわね。明日から言葉を教えていただけますか?」
「勿論です。明日からと言わず、今からでも少しずつ覚えていって下さい」
残りの1件はあっという間に収穫が終わり、最後に別れを告げて家路に着きます。道中、藤堂様は目に見える物を指差し単語を一つ一つ丁寧に教えて下さいました。
屋敷に帰ると執事からレギーナとグランフェルト様が父の書斎に呼び出され、話をしていると聞かされました。
昨夜私と父とで話し合って、父を訪ねてきた藤堂様に一目惚れした私が一方的に婚約を破棄した事にしようと決めました。そして帰国する彼に付いて行く事になったと。こうでもしなければ、領民は快く二人を新しい領主だと受け入れてはくれないだろうという私の判断です。そして父はまだ若く元気である事から爵位を譲る時期は延期となりました。
父の書斎から出て来たレギーナは、もう何年ぶりかに私の部屋へやって来ました。学園で話をしてから顔を合わせる事も無かった妹が、全てが思い通りになったと言わんばかりに上機嫌で私に話します。
「お姉ちゃん、私知っていたのよ。野蛮な和の国から今月私を迎えに来る事をね」
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