婚約破棄するのは私

大森蜜柑

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第一章・婚約破棄

友人達に気付かされた気持ち

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 突然ですが、私は今日、馬に乗って登校しています。おわかりかと思いますがこんなご令嬢は他に居ません。皆さん馬車で通学するのが一般的なのです。男子生徒も同様です。では何故馬車を使わないのか。


「レギーナ! あなた何故登校しているの? 体は大丈夫なの?」
「お姉ちゃん、やだ、馬に乗って来たの? 信じられないわ、恥ずかしくないの?」

 まさか妹が普通に登校しているなんて思いもしませんでした。いつもなら二人一緒に登校して、馬車を降りた瞬間から赤の他人の様に私を無視する妹ですが、私を置いて先に登校した事だけは無いのです。
 今朝馬車が無いのはお父様が急用で使ったからだと思っていた私は、仕方なく愛馬に跨って登校したわけですが、この子の態度に少々腹が立ってしまいました。しかしどうしてか妹の方が私に悪態をつきます。

「ちょっと、私に話しかけないでくれる? 恥ずかしくて姉妹だと思われたくないの。アキムにも言われたでしょ、身形をきちんと……」

 我が家の馬車の横で馬を降り、私がサラリと髪を後ろへ流す姿を見てレギーナは言葉を失いました。私の全身を何往復も見て口をポカンと開けています。

「私を置いて行くなんて酷い子ね。いくら今、仲たがいしているといってもこれは駄目よ。私は卒業式までの間にあと何度か登校します。なので馬車を勝手に使うのは止めてちょうだいね。それから、体が辛くなったらすぐに医務室へ行くのですよ」

 我が家の御者に私が乗って来た馬を預けて校舎へ向うと、いつもレギーナの到着を待っている男子生徒に囲まれてしまいました。身形を整えただけで中身はいつもの私だというのに我先にと話しかけてきます。レギーナはいつもこんな景色を見ているのですね、私からすればただ鬱陶しいばかりです。

「皆さんおはようございます。ごめんなさい、急いでいるので通して下さる? お話ししたいのでしたらお昼休みにでも。今は失礼いたしますね」

 男子生徒の人垣の向こうに友人達が見えて、困っていた私を救いに来てくれました。

「どうしちゃったのユーリア様? これはどういう心境の変化なのかしら?」
「あら、それは結婚式が近いのだもの、当然よね? それにしても、毎日レギーナ様を口説いていたくせに、ユーリア様が綺麗だとわかるとすぐに乗り換えるなんてこの学園の男性達には呆れてしまうわ。気付くのが遅すぎます」

 友人達は私の変化を喜んでくれました。しかし、からかいはしても、それほど驚いてはいないようです。

「話したい事はたくさんあるけれど、まずは教室へ行きましょう。これでは落ち着いて話もできませんわ」

 私は友人達にグランフェルト様との婚約を破棄し、和の国へ嫁ぐ事になった経緯を説明しました。彼女達は私より遥かに高位の貴族令嬢です。誰かにこの事を話すような方達ではないので、ありのままを話しました。

「そうですか……寂しくなりますわね。グランフェルト様は真面目なお方だと思っていたけれど、人は見かけによらないものですね。それにしてもあの子は本当に妊娠しているの? あなたの妹を悪く言いたくはないけれど、嘘かもしれませんわ。和の国からお迎えが来た時に妊娠がわかるなんてタイミングが良すぎるもの。医者に診てもらってはどう? 妊娠を疑ってではなく妊婦検診として診てもらえば不快に思われないと思うわ」
「ええ、私も出発前にあの子の体の状態を診てもらうつもりだったのよ。だって心配だもの。今日にでもお医者様を呼んでもらうわ。そう言えばあの子どうやって自分の妊娠に気付いたのかしら?」
「おおかた月の物が遅れているのでしょうね」

 私としてはどちらに転んでももう嫁ぎ先は変わりませんが、そこはしっかり確認すべき所です。もし子供が出来ていなかった場合、あの二人はどうするのかしら。お父様には生まれてくる孫の為に怒りを鎮めて下さいと申し上げて、やっと二人の結婚を認めてもらったけれど……一度は堕胎させるとまで仰ったのだもの、「妊娠は勘違いでした」では相当お怒りになるでしょうね。姉の婚約者とふしだらな行為をした事に変わりは無いのだから。

「あの、お聞きしても良い? その和の国の方はどのようなお方ですの?」
「私、数年前に港で見た事がありましてよ。皆、黒髪に黒い瞳で変わったお召し物を着ていました。野蛮な国と噂されていますけれど、私はとても紳士的な方達だと感じましたわ」

 和の国とは交易はありますが、その実態はあまり知られておらず、私も初め藤堂様に失礼な態度を取ってしまったように、お恥ずかしい事ですがよく知りもせず後進国であり野蛮な国と思われているのがこの国の現状なのです。あのお三人を見る限りでは、それは間違った認識であると今ならわかるのですが。

「ええ、紳士的な方達でしてよ。優しくて、とても礼儀正しくて。私と一緒に領地を巡って畑仕事を手伝って下さったのよ。それに笑う時は子供の様に心からの笑顔を見せて下さるの。そのおかげですっかり警戒心が解けてしまいましたわ」

 藤堂様の笑顔を思い出しながら話をしていた私はどうやら無意識に微笑んでいたようです。

「私、旦那様になる方はどのような方かお聞きしたのですけど、その顔を見る限り素敵な方のようですわね。ユーリア様ったら、まるで恋する乙女のようですわよ」

 まさかの指摘に顔がどんどん赤くなるのが分かり、私は本当に一目惚れしてしまっていたのだと、この時初めてわかったのです。この地に残される妹とグランフェルト様の立場を考えて、一目惚れした私が婚約者を捨て藤堂様に乗り換えたのだと触れ回ったけれど、嘘のつもりがそれこそが真実でした。

「恥ずかしいですわ……私ったらあんなに堂々とはしたないことを言って回っていたなんて。作り話だと思っていたからこそ言えたのに、もう皆に顔見せできないわ」

 友人達は私の初恋を応援してくれました。この国で、好いた方と結婚できる貴族の娘はそうは居ません。皆、親が決めた相手と政略結婚をして、生涯仮面夫婦を貫くのです。中にはうちの両親の様に結婚してから恋愛を始める夫婦もいますが、それはほんの一握りと言えましょう。

 その日の帰り、レギーナを連れて馬車で帰宅する間に何故今日登校したのかと問い詰めると、友達に会いたかったからだと言いました。彼女の友達とは男の子達です。残念ながら同性に友人は一人も居ません。グランフェルト様という伴侶を迎えるというのに、他の男の子達との交流は控えて欲しいものです。

「レギーナ、あなたは私の卒業と同時に学園は退学させると決まったのですよ。もう登校する必要はありません。お腹の子に何かあったらどうするつもりなの? 馬車の揺れは妊娠初期の体には辛いのではなくて?」

 レギーナはハァ、と大げさに溜息を吐き、私を睨み付けました。

「妊娠した事もないくせに、知ったような口きかないでよ! 妊娠は病気ではないのだから、学園に通う事もできるわ。結婚しても学園に通いたいの! 家に閉じ込められるのなんて我慢できないわ。お姉ちゃんは外国に行くんだから、もう私の事は放っておいてちょうだい。イライラするのよ、その優等生面。ちょっと綺麗になったからって、いい気にならないで! 私の友達を取り上げるお姉ちゃんなんか大嫌い!」

 言いたい事はまだまだあったけれど、これ以上興奮させては体に障ると思った私はグッと言葉を飲み込みました。面と向って嫌いと言われて、これまでも決して仲の良い姉妹とは言えなかったけれど、さすがにこれは傷つきます。黙って窓の外を眺め、自分の何がいけなかったのか考える事にしました。

 レギーナはそんな私をチラリと見てまた深い溜息を吐いたのです。
 今の発言を後悔しているのかしら? 勝手にそう思う事にしたら、少しは気持ちが浮上できそうな気がします。

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