魔法省魔道具研究員クロエ

大森蜜柑

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第1章

すべてはここから始まった

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 私の名前はクロエ。平民なので家名はありません。
 父はかつて、国の英雄と云われたエドモンド兵士長。2年前の魔物討伐で、初陣だった第三王子を庇って利き腕を失い、王室から多額の褒賞を受け取って兵士長の職を辞してしまいました。いえ、事実上解雇です。

 仕事を失った父は酒に溺れ、そんな父に耐えられなくなった母は去年、褒賞金の半分を持って男と町を出て行った。町一番の器量良しで気立ての良かった母の行動に、近所の人達は眉をひそめ、残された私達は同情の目を向けられることとなった。



「父さん、お酒は止めて。ちゃんとご飯食べよう? もう、こんなに痩せちゃって、こんなんじゃ兵士に戻れないよ」

 まだ傷が痛むと言って、残った腕の鍛錬をしない父親に、まだ8歳のクロエは甲斐甲斐しく世話をし、訓練すればまた兵士に戻れると助言しに来た父の同僚の言葉を信じて、一人頑張っていた。

 クロエの父はまだ26歳、働き盛りの青年だ。本来、腕が切断されただけなら魔法で元に戻せたのに、腕は丸呑みされ魔物の腹に収まり、その上王子の失態でその魔物を取り逃がしてしまったのだ。
 その事がさらに父のやる気を無くさせていた。あいつを倒していれば、俺の腕は元に戻ったのに。が、すっかり父の口癖になってしまった。

 魔物は頭と胴体を切り離せば魔力の流れが止まり、魔力を作り出す臓器が石のように固まる。体をめぐる魔力のバランスを崩した体は、砂になり崩れ去ってしまうものなので、その場できちんと討伐していれば、未消化の腕と、大粒の魔石が残った筈だった。
 数時間後にその魔物は討伐したが、時既に遅く、残った腕は再生不可能な状態になっていた。


 クロエはこのままでは駄目だと、父のために義手を作ることを考えていた。義手と言っても、自分の意思で自由に動かせる物を。
 この世界には魔法が存在し、魔物や魔力を帯びた植物も存在する。
それらから採取できる魔石を道具に組み込み、魔力で動かせる便利な物が、この国ではたくさん発明されていた。

 そこでクロエは考えた。
 義手の素材に魔石を組み込んだら、自由に動かせる義手が出来るんじゃない?

 それからクロエの生活は一変した。父を世話するのをやめ、図書館に通い、魔道具の仕組みを勉強した。毎日早朝に山へ入り、弱い魔物から魔石を採取し、質は悪いが魔力を帯びた植物の実や種も集めた。8歳のクロエに採れる魔石はそれが限界だった。
 半年後、9歳になったクロエはもともと賢い子だった事もあり、図書館通いが実を結び、ついに「自分の意思で動かせる義手」の構想が纏まった。

 骨組みを作るために、父の友人の鍛冶屋に弟子入りし、金属と魔石を融合させる実験を始めた。
 そんな事を考えた人は今までに居なかったので、鍛冶屋の親方は驚いていたが、彼は友人のために協力を惜しまなかった。
 実験開始から一ヶ月あまりで金属と魔石の融合は成功した。今度は骨組みに合う魔石の分量を調べる。その実験中に副産物として、強くしなやかな、折れにくい刃物が出来た。

「親方、この金属は親方が使ってください。剣やナイフを作れば売れると思います。ここまで協力してもらったお礼です」

 クロエにとって刃物に向いた金属は特に必要無かったので、そうしようと思ったのだが、親方はそれを断った。

「クロエ、他人のアイディアを盗むのは、この国じゃご法度だ。いくら一緒に作業したって、こいつはお前さんが考えた物だろ。お前さんが成人したら、こいつの製法を魔法省に申請して、それから俺に譲ってくれ。わかったな?」

 ポン。と頭に手を置かれ、クロエの髪が乱れる程にわしゃわしゃと撫でられた。

「成人て……あと六年も先じゃないですか」

 クロエは納得がいかない顔をして親方を見上げたが、もっと強くわしゃわしゃされただけだった。



 それからさらに一ヶ月が過ぎ、とうとう納得のいく金属が完成した。
 これで甲冑の籠手のような義手を作る。クロエは父親の体を採寸し、早速義手製作に取り掛かった。

 9歳の体で重いハンマーを振るのは難しく、大きなパーツは親方に手伝ってもらい、細々した所だけクロエが頑張って打つ事にした。手の甲に当るパーツには、魔法陣を彫って魔力の流れを作る。
 そして手のひらには滑り止めとして、魔石を混ぜて作った人工の皮を貼り、クロエの義手第一号は完成した。
 仕上げにクロエの魔力を注ぐと、魔法陣がパァッと輝き出して発動し、その反動なのか、魔法陣の輝きが収まり始めると、金属の輝きは無くなって、黒いつや消しの籠手になってしまった。
 あとは父の腕に装着すれば、父の魔力で義手が動くはずだ。




 この2ヶ月前、クロエの父エドモンドは娘の行動を知り、すっかり心を入れ替えていた。クロエが鍛冶屋に弟子入りしたと親方から聞き、何を作っているのかも教えられた。
 毎日の家事までこなし、父の為に朝から晩まで頑張っているクロエの為にも、エドモンドは兵士に復帰できるよう訓練場に足を運び、現役の頃と同じメニューをこなしていた。
 流石に何年も何もせず過ごした体は中々元の様には動けなかったが、最近ようやく勘が戻って来ていた。


「父さん、ただいま!」

 義手が完成したクロエは上機嫌で帰宅し、満面の笑みで父に抱きついた。

「お腹空いたでしょ、すぐご飯作るね」

 クロエはそう言って、鼻歌混じりに台所へ向った。

 エドモンドは泣きそうになる。
 これまでの自分の不甲斐無さに。
 2ヶ月前まで何も知らず、ただ遊びに行っているものと思っていた娘は、父に内緒で鍛冶屋で働き、こうして毎日文句も言わず、家事をしている。
 思えば、妻が出て行った時からずっとだ。
 自分は毎日酒を飲み、己の不運を恨み、まだ9歳の娘を顧みることもしなかった。

「クロエ、ご飯は外へ食べに行こう」
「どうして?」

 母が出て行ってから、父がそんな事を言ったのは始めての事だった。

「お前は疲れているだろう。たまには良いんじゃないか?」

 急に態度を変えられて、クロエは不安になった。
 ご飯を食べたら、その後で義手をプレゼントするつもりだったから。予定と違う父の言動に、どうしたら良いかわからなくなる。


 今あげた方が良いかな?


 クロエはまだ肩から下げたままだった鞄から、布で包んだ義手を取り出した。


 予定と違うけど、すぐに着けてみて欲しい。


 クロエは父に向き合い、手に持った包みを父に差し出した。
 何故か少しだけ緊張して、手が震えた。

「父さん、これ、私が作ったの。父さんが兵士に戻れるように、普通に生活できるように、考えて……」

 エドモンドは戸惑いがちにそれを受け取り、テーブルの上で布を開くと、中には黒い籠手こてが入っていた。


 クロエは鍛冶屋でこれを作っていたのか? 義手を作っているとは聞いていたが、これは甲冑の籠手ではないのか?


「あのね、それを無いほうの腕に着けてみて欲しいの。籠手の形だけど、義手だよ。私の考えた通りなら、自分の手みたいに動かせるはずなの」

 エドモンドはクロエを見て、義手だと言うそれを手に取り、言われた通り、無いほうの腕にはめた。
 それはグンっとエドモンドの魔力を吸い取り、魔法陣が浮かび上がった。驚いたエドモンドは咄嗟に利き手を前に突き出し、指を開いていた。

「動いた! 父さん、手を握ったり開いたりしてみて!」

 クロエはその場で手を叩き、飛び跳ねて成功したことを喜んだ。

 エドモンドはクロエの言うとおり、義手の手を握ったり、開いたりしてみた。
 普通に、自分の手の様に動いた。手首を回し、数を数えるように指を一本づつ折ってみる。テーブルの上の布を掴んでみると、ちゃんとその柔らかな感触も分かる。
 エドモンドは呆然として、クロエを見た。

「クロエ……お前、なんて物を作ったんだ。この国にはまだこんな技術は無いんだぞ。それを、9歳の子供が成し遂げるなんて……ぐすっ……ありがとう、クロエ。俺のために、頑張ってくれたんだな。ごめんな、駄目な父さんで、お前に心配かけたよな……ぐすっ……父さん、また……兵士に戻れる、ぐすっ……戻れるよう、頑張るから。今まで本当にごめんなぁ」

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃのエドモンドは、膝を着き、クロエをぎゅっと抱きしめた。クロエも、父の喜ぶその姿に涙していた。

「父さん、父さんのために頑張って良かった。ちゃんと動いて良かった」

 クロエは父を慰めるように背中をポンポンと優しく叩き、久しぶりの父からの抱擁に、今までずっと不安だった気持ちは徐々に無くなっていった。


 もう大丈夫だ。父さんは前の父さんに戻ってくれる。


 ぐうううううううううう

 どちらとも無く盛大に腹の虫が鳴った。二人は互いの顔を見て、笑った。

「父さん、ご飯食べに行こう。その前に顔洗わなきゃ、酷い顔だよ」



 その後食事に出た二人は、帰りに鍛冶屋に顔を出し、義手の出来栄えを披露した。親方は成功した事を喜び、「良い子をもって幸せだな」とエドモンドを見て微笑んだ。



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