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第2章
彼女の本性
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ランスの記憶が戻った事はその時グレンに悟られていた。ランスが立っていた場所はグレンがランスと初めて会った場所で、まさにその場所に3歳のランスがしゃがんで母親を待っていたのだ。
しかしグレンは知らない振りをした。ランスが誤魔化したと言う事は、今は話したく無いという事だ。当時の事を自分から話してくるのを待つつもりで、「何やってんだ、馬鹿」と言ってランスの頭をくしゃくしゃに撫でて二人で配達の続きを始めたのだった。
「クロエ、オレはランスって名前だってそのおばさんに言ってくれよ」
ランスは捨てられた時の不安な気持ちを思い出し、クロエの後ろで服の裾をぎゅっと掴んで隠れた。
「父さん、お昼ご飯はまた今度にしてもらって良い? シイラさんも、すみません」
ランスの気持ちを考えて、二人には帰ってもらうことにした。クロエは勝手口まで二人を送り、外に出てドアを閉めた。
「何か事情があったにせよ、子供を捨てる母親は許せません。あの子の心の傷は一生消えることはありませんよ」
クロエは厳しい口調で責めた。シイラは悲しげに目を伏せ、うつむいて涙を流した。
「クロエ、違うんだ、シイラは母親代わりであの子を育てただけで母親は別にいる。確かに、道に置き去りにしたのが彼女なのは間違いない。それは間違った行動だと俺も思うが、あの子を産んだのはカミラなんだ。そして父親はダミヤン。ダミヤンとカミラが二人であの子を連れて現れて、彼女の預金を全て持ち出し、生まれたばかりのあの子を置いて行ったらしい。そして、さっき話しただろう、カミラとダミヤンには恨みがあるんだ。シイラも複雑なんだよ。あの子を可愛く思う反面、だんだん憎いダミヤンに似てくるのが苦痛だったんだ。あの子に事情を話したところで捨てた事実は変わらないが……」
エドモンドはシイラを庇おうと懸命に説明するが、クロエはシイラの心情よりも大変な事実を耳にして困惑した。
「父さん、ランスは私の弟なの? 母さんとダミヤンの子供? だから私、ランスを見て急にダミヤンを思い出してしまったのね……目は確かに私と似てるなって前から思っていたのよ。でもまさか、そんな……」
勝手口のドアが急に開き、中から現れたイザークは不機嫌そうにクロエの腕を引いて家の中に入れると、エドモンドに視線を向けた。
「悪いが話は聞かせてもらった。エドモンドはカミラと話す為に、今日その女の店へ行ったのではなかったのか? いつのまにか話しが摩り替わって、その女に上手く利用されただけではないか。
おおかた、初めからどこかでクロエが魔法省で研究員をしていると耳にしていたのではないか? 再生魔道具の移植手術は今は順番待ちだ。コネを使って割り込もうと目論んだのだろう。俺はその女の身の上話が全て本当だとは思っていない。堕胎に失敗したのが本当だとしても、それがダミヤンの子なのか、そもそもダミヤンがその女をレイプしたのかすら疑問だ。そんな事をして何のメリットがある? 金に困っているやつが、酒場で女を買うなんて真似はしないだろう。そんな事をせずとも、それなりにモテていたあいつが女に不自由などする訳がない。逆に、ダミヤンに相手にされなかった腹いせにランスを捨てたのではないか?」
エドモンドは顔色を変えてシイラを背に庇った。
「イザーク様、その言い方はあんまりです。シイラはそんな女ではありません」
「よくそこまで断言できるな。俺はお前の記憶が美化されているだけだと思うがな」
イザークの言葉を聞いてもまだシイラを庇おうとするエドモンドは、イザークの言葉にショックを受けたのではとシイラの顔を覗きこむ。
「フッ、アハハハハハッ、これだから賢い男は嫌いよ。あーあ、このままエドとよりを戻して結婚してもらおうと思ってたのに、ちょっと話を盛りすぎちゃったかしら? エドは良い感じに同情してくれたんだけどね。まぁ、目的の物は手に入ったから、良しとするわ。エド、クロエを守りたかったら相手が貴族だろうと躊躇しちゃ駄目よ。姉さんは本気で王族と親戚になろうとしているの。田舎から出て来た時の姉さんの目標は王子様と結婚する事だったのよ。自分では叶えられなかった夢を、娘を使って叶えようとしているわ。あれだけ可愛くて賢い子だもの、選ばれる可能性は高いでしょうね。ああ、姉さんにはクロエが魔法省で研究員をしてる事、話してないから。あの子の本当の価値をまだ知らないのよ。それを知ったときの姉さんの顔が見物だわ。じゃあね、エド。今度は客として店に遊びに来て頂戴ね、サービスするわ」
シイラはエドモンドにウインクして、背中を向けた。それからクロエに貰った紹介状の入った封筒をヒラヒラと振り、足早に立ち去った。背中を向けたシイラがどんな表情をしていたのかは、誰にも見えなかった。残されたエドモンドは自分の愚かさを思い知った。
「くそっ、俺は今までの経験から何も学ばなかったのか。カミラだって初めは気立ての良い女だと思ったんだ。それが本当は身勝手で冷血な女だったじゃないか。シイラは温和で優しい性格だと思っていたが、本当は姉と同じしたたかな女だったのか。本当に俺は女を見る目が無い!」
イザークは冷たい視線を送りながら、エドモンドに問う。
「エドモンド、お前は自分の娘よりあの女を優先させたのだな。散々世話になっておいて、なんて薄情な男だ。それでも父親か。それで? 今日は店にカミラは居なかったのか?」
エドモンドはハッとして本来の目的を思い出した。娘を馬鹿王子から守りたくて走り回っていたはずなのに、イザークが指摘した通り、元恋人に篭絡されていいように使われてしまっただけであった。
「そうでした、カミラは子爵の屋敷に招待されていて、滞在中に子供が出来たと迫り妻に納まるつもりだそうです。貴族の屋敷に居ては約束を取らなければ面会する事も難しいので、イザーク様の力をお借りしたいのですが」
「……俺はリトバルスキー家から離れた身だ。それほど力は無いぞ。だが、そうだな、お前の都合の良い日を教えてくれ。夜に時間を取ってくれたらカミラに会えるよう手配しよう」
エドモンドは遠方での魔物討伐で休みをまったく取っていなかったので、クロエの問題を解決させるためにまとめて休みをを取っていた。イザークにその事を伝え、その日は家に帰った。クロエとちゃんと話をしたかったが、後はイザークに任せることにした。
昼食の席はおかしな空気になってしまい、皆黙々と食事を済ませ、ランスは一人工房へ行ってしまった。クロエはそんなランスを追いかけ工房に向かった。
「ランス、ちょっと話たい事があるの。聞いてくれる?」
ランスは作業台の前にある椅子に座り、振り返った。その表情は暗く、落ち込んでいる様だった。
「何? クロエはオレが捨て子だって知ってたんだな。アニキに聞いたのか?」
クロエはコクリと頷き、薄らと微笑んだ。これから話す内容がランスに受け入れられるか分からないが、父親の事を伏せて話す事にした。
「あのね、ランス。さっきの女性はあなたのお母さんじゃなくて叔母さんなんですって。母親の代わりに頑張ってあなたを育てていたそうよ。色々あってあなたを置き去りにしたと言っていたけど、あの人を恨んで良いと思うわ。それにあなたの本当のお母さんはね、私の母のカミラだったの。ランスと私は同じお母さんから生まれたのよ。私達、姉弟だったの。私を姉として受け入れてくれる?」
クロエは優しく微笑みランスを見つめた。ランスは上手く話しが飲み込めず、目をパチクリさせてクロエを見た。そして徐々に理解し始め、信じられないといった表情で椅子を降り、嬉しそうにクロエに抱きついた。
「本当に? オレ、クロエの弟なのか? 本当に本当?」
クロエは笑顔で頷きぎゅっとランスを抱きしめた。
「オレに血の繋がった姉ちゃんが居たんだ! それもクロエが姉ちゃんだなんて最高だ!」
ランスは大喜びでクロエに抱きつき、ぐりぐりと頭を胸にこすり付けた。先ほどまでの暗い気分はどこかへ行ってしまったのか、ニコニコと満面の笑みでクロエを見上げた。
「クロエ姉ちゃん。ひひ、オレの姉ちゃんだ。アニキに言ったら驚くぞ!」
ランスは舞い上がり、父親が誰かまでは気にならなかったらしい。その事についての質問は無く、その日はずっとクロエにべったりくっついて離れなかった。
しかしグレンは知らない振りをした。ランスが誤魔化したと言う事は、今は話したく無いという事だ。当時の事を自分から話してくるのを待つつもりで、「何やってんだ、馬鹿」と言ってランスの頭をくしゃくしゃに撫でて二人で配達の続きを始めたのだった。
「クロエ、オレはランスって名前だってそのおばさんに言ってくれよ」
ランスは捨てられた時の不安な気持ちを思い出し、クロエの後ろで服の裾をぎゅっと掴んで隠れた。
「父さん、お昼ご飯はまた今度にしてもらって良い? シイラさんも、すみません」
ランスの気持ちを考えて、二人には帰ってもらうことにした。クロエは勝手口まで二人を送り、外に出てドアを閉めた。
「何か事情があったにせよ、子供を捨てる母親は許せません。あの子の心の傷は一生消えることはありませんよ」
クロエは厳しい口調で責めた。シイラは悲しげに目を伏せ、うつむいて涙を流した。
「クロエ、違うんだ、シイラは母親代わりであの子を育てただけで母親は別にいる。確かに、道に置き去りにしたのが彼女なのは間違いない。それは間違った行動だと俺も思うが、あの子を産んだのはカミラなんだ。そして父親はダミヤン。ダミヤンとカミラが二人であの子を連れて現れて、彼女の預金を全て持ち出し、生まれたばかりのあの子を置いて行ったらしい。そして、さっき話しただろう、カミラとダミヤンには恨みがあるんだ。シイラも複雑なんだよ。あの子を可愛く思う反面、だんだん憎いダミヤンに似てくるのが苦痛だったんだ。あの子に事情を話したところで捨てた事実は変わらないが……」
エドモンドはシイラを庇おうと懸命に説明するが、クロエはシイラの心情よりも大変な事実を耳にして困惑した。
「父さん、ランスは私の弟なの? 母さんとダミヤンの子供? だから私、ランスを見て急にダミヤンを思い出してしまったのね……目は確かに私と似てるなって前から思っていたのよ。でもまさか、そんな……」
勝手口のドアが急に開き、中から現れたイザークは不機嫌そうにクロエの腕を引いて家の中に入れると、エドモンドに視線を向けた。
「悪いが話は聞かせてもらった。エドモンドはカミラと話す為に、今日その女の店へ行ったのではなかったのか? いつのまにか話しが摩り替わって、その女に上手く利用されただけではないか。
おおかた、初めからどこかでクロエが魔法省で研究員をしていると耳にしていたのではないか? 再生魔道具の移植手術は今は順番待ちだ。コネを使って割り込もうと目論んだのだろう。俺はその女の身の上話が全て本当だとは思っていない。堕胎に失敗したのが本当だとしても、それがダミヤンの子なのか、そもそもダミヤンがその女をレイプしたのかすら疑問だ。そんな事をして何のメリットがある? 金に困っているやつが、酒場で女を買うなんて真似はしないだろう。そんな事をせずとも、それなりにモテていたあいつが女に不自由などする訳がない。逆に、ダミヤンに相手にされなかった腹いせにランスを捨てたのではないか?」
エドモンドは顔色を変えてシイラを背に庇った。
「イザーク様、その言い方はあんまりです。シイラはそんな女ではありません」
「よくそこまで断言できるな。俺はお前の記憶が美化されているだけだと思うがな」
イザークの言葉を聞いてもまだシイラを庇おうとするエドモンドは、イザークの言葉にショックを受けたのではとシイラの顔を覗きこむ。
「フッ、アハハハハハッ、これだから賢い男は嫌いよ。あーあ、このままエドとよりを戻して結婚してもらおうと思ってたのに、ちょっと話を盛りすぎちゃったかしら? エドは良い感じに同情してくれたんだけどね。まぁ、目的の物は手に入ったから、良しとするわ。エド、クロエを守りたかったら相手が貴族だろうと躊躇しちゃ駄目よ。姉さんは本気で王族と親戚になろうとしているの。田舎から出て来た時の姉さんの目標は王子様と結婚する事だったのよ。自分では叶えられなかった夢を、娘を使って叶えようとしているわ。あれだけ可愛くて賢い子だもの、選ばれる可能性は高いでしょうね。ああ、姉さんにはクロエが魔法省で研究員をしてる事、話してないから。あの子の本当の価値をまだ知らないのよ。それを知ったときの姉さんの顔が見物だわ。じゃあね、エド。今度は客として店に遊びに来て頂戴ね、サービスするわ」
シイラはエドモンドにウインクして、背中を向けた。それからクロエに貰った紹介状の入った封筒をヒラヒラと振り、足早に立ち去った。背中を向けたシイラがどんな表情をしていたのかは、誰にも見えなかった。残されたエドモンドは自分の愚かさを思い知った。
「くそっ、俺は今までの経験から何も学ばなかったのか。カミラだって初めは気立ての良い女だと思ったんだ。それが本当は身勝手で冷血な女だったじゃないか。シイラは温和で優しい性格だと思っていたが、本当は姉と同じしたたかな女だったのか。本当に俺は女を見る目が無い!」
イザークは冷たい視線を送りながら、エドモンドに問う。
「エドモンド、お前は自分の娘よりあの女を優先させたのだな。散々世話になっておいて、なんて薄情な男だ。それでも父親か。それで? 今日は店にカミラは居なかったのか?」
エドモンドはハッとして本来の目的を思い出した。娘を馬鹿王子から守りたくて走り回っていたはずなのに、イザークが指摘した通り、元恋人に篭絡されていいように使われてしまっただけであった。
「そうでした、カミラは子爵の屋敷に招待されていて、滞在中に子供が出来たと迫り妻に納まるつもりだそうです。貴族の屋敷に居ては約束を取らなければ面会する事も難しいので、イザーク様の力をお借りしたいのですが」
「……俺はリトバルスキー家から離れた身だ。それほど力は無いぞ。だが、そうだな、お前の都合の良い日を教えてくれ。夜に時間を取ってくれたらカミラに会えるよう手配しよう」
エドモンドは遠方での魔物討伐で休みをまったく取っていなかったので、クロエの問題を解決させるためにまとめて休みをを取っていた。イザークにその事を伝え、その日は家に帰った。クロエとちゃんと話をしたかったが、後はイザークに任せることにした。
昼食の席はおかしな空気になってしまい、皆黙々と食事を済ませ、ランスは一人工房へ行ってしまった。クロエはそんなランスを追いかけ工房に向かった。
「ランス、ちょっと話たい事があるの。聞いてくれる?」
ランスは作業台の前にある椅子に座り、振り返った。その表情は暗く、落ち込んでいる様だった。
「何? クロエはオレが捨て子だって知ってたんだな。アニキに聞いたのか?」
クロエはコクリと頷き、薄らと微笑んだ。これから話す内容がランスに受け入れられるか分からないが、父親の事を伏せて話す事にした。
「あのね、ランス。さっきの女性はあなたのお母さんじゃなくて叔母さんなんですって。母親の代わりに頑張ってあなたを育てていたそうよ。色々あってあなたを置き去りにしたと言っていたけど、あの人を恨んで良いと思うわ。それにあなたの本当のお母さんはね、私の母のカミラだったの。ランスと私は同じお母さんから生まれたのよ。私達、姉弟だったの。私を姉として受け入れてくれる?」
クロエは優しく微笑みランスを見つめた。ランスは上手く話しが飲み込めず、目をパチクリさせてクロエを見た。そして徐々に理解し始め、信じられないといった表情で椅子を降り、嬉しそうにクロエに抱きついた。
「本当に? オレ、クロエの弟なのか? 本当に本当?」
クロエは笑顔で頷きぎゅっとランスを抱きしめた。
「オレに血の繋がった姉ちゃんが居たんだ! それもクロエが姉ちゃんだなんて最高だ!」
ランスは大喜びでクロエに抱きつき、ぐりぐりと頭を胸にこすり付けた。先ほどまでの暗い気分はどこかへ行ってしまったのか、ニコニコと満面の笑みでクロエを見上げた。
「クロエ姉ちゃん。ひひ、オレの姉ちゃんだ。アニキに言ったら驚くぞ!」
ランスは舞い上がり、父親が誰かまでは気にならなかったらしい。その事についての質問は無く、その日はずっとクロエにべったりくっついて離れなかった。
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