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閑話・美少年との遭遇

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 毎朝の義務として、王家の朝食に招かれ始めて三週間。何で俺なんだって叫び出したい気分だ。国王は宰相である父を抱き込みたいんだろうが、親父はあんたを廃して別の王を立てるつもりだ。この役立たずの王家なんか、早く潰してしまえば良いんだ。


「ジークフリート、食欲が無いのか?」
「いえ、頂いています国王様。お気遣い痛み入ります」

 ジークは表面上、貴族らしい微笑を浮かべている。


 こんな場で飯が食えるわけ無いだろう。長いテーブルの向こうには国王と王妃、俺の向かいにはアデルハイト殿下だ。殿下は俺を見ながら、ねっとり舐めるようにフルーツを口にしいて、さっきから気持ち悪くて吐き気がしそうだ。この席で唯一まともなはずの王妃様は、娘の無作法に注意もしないのか。くちゃくちゃと音を立てて咀嚼した物を見せてくる。こいつ、頭おかしいだろう。
 これが次期女王様だって? ふざけるな! ベアトリス妃は、この国に毒されてしまったのか? 良識あるお方だと聞いていたのに、一人娘の教育がまったく出来てないじゃないか!


「ジークフリート、食事が済んだならアデルを部屋までエスコートしてやってくれ」
「承知しました、では、アデルハイト殿下、参りましょう」

 王の侍従を先頭に、アデルの手を取って彼女の私室へ向かう。


 この部屋は何度来ても気味が悪い。それにこの匂い、香を焚くにしても限度があるだろう。匂いがきつ過ぎて頭がボーッとして、嫌な気分になる。


「ではお二人とも、仲良くお過ごし下さい。わたくしは下がらせて頂きます」

 王の侍従は二人きりにさせるため、護衛と侍女を下がらせて自分も退室した。

「ねぇ、ジーク。あなたもっと素直になったら? お父様は私の補佐役にあなたを選んだのよ? とても栄誉な事でしょう。不能なあなたには、そのくらいしか使い道も無いのだし。ふふふ」

 アデルハイトは絡みつくような視線をジークの下半身へ向け、嘲るように笑った。

「あなたには、もっと良いお相手が見付かりますよ。他国から王子を迎えるという話も出ております。私の本職は騎士でございます。政には向きません」

 ジークは騎士の礼をして、部屋を出た。


「もう嫌だ。親父に言ってこの任務を外してもらおう。ちょっとの我慢と言われて渋々引き受けたが、我慢の限界だ。他に適役が居ただろうが」

 ジークはぶつぶつ文句を言いながら、いつもの非難場所へ急ぐ。初めの頃は騎士団の詰め所に行っていたが、皆に冷やかされて質問攻めに合い、静かな場所を求めて図書館にたどり着いた。さらに階下へ行けば、殆ど人は来ない。たまに下りて来た者が居ても威圧的に話し掛ければ、すぐに居なくなる。
 この日も同様に追い払うつもりで少年に後ろから近づき声をかけた。

「お前、見ない顔だな」

 振り返った少年を見て、体に電流が走った。


 少年? だよな。しかし俺の知ってるどの女より可憐で儚げだぞ。その大粒のアメジストみたいな潤んだ目で見られたら、男でも惑わされるだろう。


「何ですか? この階は立ち入り禁止ではありませんよね」


 お? 意外と勝気だな。悪くない。なかなか面白そうなヤツだ。こいつ一人位なら居ても構わないな。


 ジークは意思の強そうなディーンを気に入り、それから毎日顔を合わせる事になる。

 懸命に分厚い本を読み、それだけでは足りず、もっと古い記録をと貪欲に知識を欲する勤勉なこの少年は、ジークには好感が持てた。もしこいつが女だったら、などと妄想して暇を潰していた事は内緒だ。

 だからなのか、夢にディーンが出て来た。
 着ている物は見慣れた少年の服だが、零れんばかりの胸のせいでシャツはボタンが留められず、谷間が露になり、いつもの厚手のジャケットを着ていない華奢な体はくびれが目立ち、しなやかな体の線を浮き彫りにしていた。近寄ればその目は自分を見つめ、体に触れても抵抗しない。これは夢だと気付いたら、いつの間にか場面は自分の寝室へと移り、どうせ夢ならばと、そこでジークは思うが侭にディーンを陵辱した。


 やばい。これは相当やばいだろ。


 朝目覚めたジークは夢の中とはいえ仲良くなった少年にあらぬ事をしてしまった事に罪悪感を感じ頭を抱え悶絶した。
 その日、義務の朝食会とアデルのエスコートを済ませたジークは、いつもの場所へ行けなかった。司書の休憩用に使われている部屋で、難しい本を読んで煩悩を払おうともがいていた。そこに珍しく慌てた様子で司書のベイジルが飛び込んできた。

「ジーク様! すぐに助けに行って下さい! あの少年が殿下に連れ去られてしまいました!」

 座っていた椅子を倒す勢いで立ち上がり、アデルの部屋へ走った。城内を走ることは本来許されないが、そんなことを考える余裕も無くとにかく早くと気が急いていた。部屋に入ればアデルに迫られ、振るえ青ざめるディーンの姿があった。守らなければとディーンの体を腕の中に閉じ込める。

 アデルを窘めるが話を聞く相手では無い。
男が好きだと思わせようとディーンに軽く口づけた。あくまで軽く、わざと音を出して数回繰り返すうちに夢の中のディーンを思い出す。駄目だと思っても本物の唇は想像以上に甘く、そのやわらかな感触に思わず夢中で貪り尽くした。ディーンの舌がピクリと動き、ハッと我に返る。
 荒くなった呼吸を何とか整え、ディーンを連れて湖へ行き、謝罪した。

 ディーンは許してくれたが、やはり男なのだと再認識した。女があんなに重いパンチを繰り出せるわけが無い。華奢に見えても男は男だ。
 これはもう、アデルハイト殿下には男色カップルだと認定されただろう。
 俺はそれを否定できる気がしない。

 目の前にいるこいつが可愛くて仕方ないんだ。
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