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人造神編
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富士宮市の城山公園の北側に着いた。
時間は18時前10分を切っている。
「ギリギリだ」
危なかった。
僕は急いで運転手に教えてもらった慰霊平和塔に向かうと、その前にある数段しかない階段の2段目に座っている莉乃がいた。
「莉乃!」
僕の声が届いたのか、顔を上げてこちらを見て立ち上がり笑みを浮かべ、足早に近づいてきた。
「京平・・・くん?」
そして僕の名前を呼ぶ声の最後に?マークが何故か追記された。
「そうだよ」
「え? どうしたの? 顔がパンパンになってるよ!」
「そんなに酷い?」
「うん。アンパンマ」
「そんなに酷いのか」
確かにここに来るとき、何台かタクシーを捕まえることができずに嫌な思いをしたが、もしかしたらそのせいだったのかもしれない。
「京平くん、こっち来て」
莉乃に手を引かれて、さっき莉乃が座っていた石階段に戻ると彼女は座って自分の太ももをパンパンと叩いた。
「ほら、寝て頭をここに置いて! さっ! はよ、はよ!」
周囲に人気はないが、何となく恥ずかしくて寝るのを躊躇っていたが、莉乃が太ももを叩く手を止めず、何だか赤くなってきたので覚悟を決めて横になった。
程よい弾力が僕の頭を刺激する。
「私を受け入れてね」
莉乃が僕の頬を撫でる。
そして、続くように火照った顔を冷たい風が覆った。
顔が気持ちいい。
しばらくじっとしていると、冷たい風が止まって莉乃が僕の顔を撫でた。
「うん。これで大丈夫だよ。今更だけど何があったの?」
「ちょっと・・・殴り合いしただけです」
「誰と? ・・・言いたくないかな?」
「高校の頃のいじめっ子ですよ。無駄に強くなったやつで・・・」
「ふーん。・・・負けちゃったか」
「・・・何で分かるんですか」
ムッとして莉乃を見ると、彼女は笑いながら自分のこめかみを指差した。
「ここが凄く紫色になってたから、良いもの貰ったんだろうなって思ったの。決め手の記憶が無いんじゃない?」
「・・・正解です」
そういえば、莉乃の格闘センスもかなり上だったのを思い出した。
戦うことはないだろうが、木下と莉乃が戦ったら良い勝負になるかもしれない。
僕は体を起こして莉乃の隣に座って彼女の顔を見る。
あの時から少しも変わっていない・・・僕が大好きな人の顔。
「莉乃・・・」
「うん・・・」
僕の呼びかけに、彼女は悲しそうに頷く。
何が彼女をそんな表情にさせるのか分からないが、今日はそれを知るために僕は来たんだ。
下手に押したりせず、じっと莉乃の顔を見つめた。
「京平くんは・・・もう知っているんだもんね」
「・・・?」
「鬼木さんに聞いたよ・・・聞かされたって言った方がいいかな・・・私の事情を話して・・・童貞を奪ったって」
「はぁっ!!?」
衝撃の言葉に、僕の思考が停止した。
「大丈夫だよ! 私分かっているから! 京平くんももう大人だもんね。そういう衝動ってあるよね! 鬼木さんも言ってた。性欲が1番高くなる時期に、側に居ないのが悪いって。私もそう思ったの。本とか読んだら、京平くんの年齢が1番激しいって書いてたから。そんな時に近くにいなくてごめんね。私のせいだね。2番目はまだしてないよね? それは私が貰ってもいいかな? 無理なら無理でいいよ。ごめんね。私無理言っちゃってるね。京平くんって鬼木さんぐらいの胸が好きなんだよね。私の胸は大きすぎたかな。大きくなったら15センチから20センチの間だって聞いたよ。先っぽが感じやすいって。ごめんね。私そういう経験がまだ無いから、鬼木さんが何を言っているのか分からなかったの。男の人でも乳首を舐められたら感じるんだね? 大丈夫だよ。実戦では私も頑張るから、失望されない様にするから! だから!」
「待って待って待って!!」
周囲に人がいないとはいえ、言ってる内容が流石にマズイと思って急いで莉乃の口を両手で塞いだ。
涙を浮かべた莉乃が僕を見ている。
・・・莉乃の不安を解消する言葉を・・・発しないと。
彼女を安心させる言葉を・・・パワーワードを!
「僕はまだ童貞です!!」
言ってまた顔が熱を持つのを感じた。
「え? だって・・・鬼木さんが」
「戦いの時でしょ? 言ってましたよ。殺されても仕方がないぐらい煽ったって」
「えっ・・・」
莉乃の目が震えて、色々な方向に視線を送り、最後に顔を赤く染めて足下を見た。
「えっと・・・じゃあ・・・」
「僕は莉乃の事情は知らないし・・・まだ童貞です」
「そ・・・そっか・・・そうなんだ」
莉乃が、ちょっと嬉しそうに口の端を上げた。
僕もそんな莉乃を見てホッとし、緊張が解れていく。
「私、後悔していたの。何であの時言わなかったんだろうって・・・あの花火の日は絶対言える時間だったのに、何で私は京平くんを信じれなかったんだろうって、鬼木さんに言われて凄く後悔した」
莉乃が僕を見る。
唇が震えている。
言うべき言葉を出すために・・・恐怖を乗り越えようとして・・・。
僕もそれを受け止めるため莉乃の両目をしっかりと見た。
「私ね・・・アルツハイマー病遺伝子保有者なの」
莉乃が言った病名が一瞬分からず、何も言えなかった。
「ごめんね・・・どんな症状の病気か分からないよね。認知症って知ってる?」
「ええ。歳とったらなるボケを酷くした状態のことですよね?」
「大まかにはそう。アルツハイマーはね、それが若いときから発症するの。ほら、私って結構忘れっぽい人だったでしょ?」
そういえば、莉乃は人から言われたことをよく忘れていた。
最初、鬼木さんに色々怒られていたことを思い出す。
「でも、発症しないこともあるんでしょ?」
「あるにはあるけど、50%の確率。それに、私はもう既に発症しているの。京平くんと出会って、何故か状態が良くなったように感じるけど、治ったわけじゃないの」
僕は口を閉じた。
正直に言って、僕には認知症やアルツハイマーに関する重みが全く分からない。
それは、自分の周辺にそういう人が1人もいなかったことが原因だろう。
興味も全くなかったため、調べるということすらしていなかった。
「私はね、遺伝子から問題のある人間なの。大元が欠陥しているの。だから・・・京平くんの告白に・・・答えることができなかった」
「莉乃・・・」
僕は莉乃に手を伸ばそうとした・・・ある言葉と共に。
だけど、それを読んでいたかの様に莉乃が首を振る。
「やめてね、どんな私でも受け入れるとか、自分は受け止めてみせるとか・・・絶対に言わないで」
「・・・」
「どうしようもないよね。こればっかりは体験しないと分からないことだから。私と京平くんの間には、この経験の差が深い溝としてあるの」
「埋められない? その溝は」
「・・・想像してみて」
莉乃が目を閉じた。
僕も彼女に倣って目を閉じる。
「京平くんが実はもう既に私と結婚していて、子供までいる。なのに、今の京平くんにはその記憶が全くない。気付いたら、急に歳とった私が目の前にいて何事かとビックリする。子供たちが駆け寄ってきてお父さんって呼ぶけど、京平くんには子供の記憶が無いから気持ち悪くなって突き離す。・・・本当に起きる出来事だよ」
ゾクリと背筋が凍った。
目を開けても寒気が取れずに腕をさする。
「莉乃は・・・その病気を治すためにレベルを求めていると?」
「うん。だって、レベルを上げて知力や精神力が上がれば、そもそも忘れるということがなくなるよね? 例え脳が萎縮したとしても、衰えることはないし、もしかしたら脳自体が活性化して改善するかもしてない。少なくとも今以上に悪くはならないでしょ」
「ポーション系で万能薬とか認知症関連に効く物を待つことは・・・」
「それって何年待てば私の手元に来るのかな?」
「・・・」
「私もね、考えたの。ダンジョン時代だから、万能薬とか記憶が良くなる薬とか錬金術とか・・・。でも、いくら探しても出てこなかった。ポーション1つすら出てこなかった。ビギナーズラックっていうスキルを色々な人に使ってもらったのにね。本当に1つも・・・出なかったんだよ。自分でもずっとダンジョンを探してた。何のために潜っているのかを、何度も忘れるぐらい・・・」
ふーっと深い溜息が莉乃の口から漏れた。
「だからもう、薬には期待していないの。私が最後の希望を託したのは、レベルシステム。神様が人類に授けるのを止めた力。それしかないんだよ」
最後の希望。
彼女がレベルシステムを望む理由。
莉乃はそこまで言って僕から視線を外して俯いた。
「夢を見るの・・・京平くんと結婚した未来の夢を・・・。私がね後悔しているの。京平くんのことを忘れて不審者扱いしたことを。それに対して『大丈夫だよ』って微笑む京平くんを見て後悔し続けるの。そしてね、私と同じ遺伝子を持ってしまった子供に恐怖するの。この事実を伝えなければならない。貴方は人として欠陥していると・・・。そこで目を覚ますの・・・そんな未来しか、私は見ることしかできないの」
ポタリポタリと莉乃の足元に雫が落ちて地面を濡らした。
「莉乃!」
思わず僕は彼女を抱きしめた。
「ごめんね・・・ごめんね。普通じゃなくて・・・欠陥品で・・・。私には・・・京平くんと普通の人生を送ることが・・・許されていないの・・・」
「莉乃・・・」
抱きしめる手に力を込める。
大丈夫だと言いたい。
でも、それは許されない言葉だ。
彼女が使う『普通』という言葉の重みがどれだけ重いか。
恐らく今の僕では知ることができない。
知ったとしても理解できないかもしれない。
僕は「ごめんね、ごめんね」と泣き叫ぶ莉乃を必死に抱きしめて、彼女の涙が止まるのを待った。
しばらくして莉乃の涙が止まり、僕が差し出したハンカチで顔を拭いて「ああ、化粧が大惨事だ」と言いながら手鏡などの小道具を小さなバッグからばら撒き、僕に見せないように何かをして、程よくできたのか「よしよし」と納得してから僕を振り返った。
「ごめんね、重い話だったよね」
「莉乃・・・。僕は話をしてくれて嬉しかったよ。莉乃が何でそっち側に居るのかも理解できた・・・。その上で訊かせて欲しい」
「・・・いいよ。何でも訊いて。私の答えれる範囲で答えるよ」
莉乃の言葉に頷き、僕は空を一度見上げてみんなの顔を思い浮かべる。
そして、莉乃の目を正面から見る。
「それは、人が大勢死んでも・・・殺してでも欲しいももなの?」
莉乃の表情が歪んだ。
彼女も思い出したのだろう。
高城さん、麻生さん、植木さん・・・。
3人以外にも僕と関わった人たちであの戦いで亡くなった人もいっぱいいる。
「・・・私たちはね・・・普通になりたいだけなの」
「うん」
「その過程で・・・人を殺さないと進めない場面があるのなら・・・私も殺すかもしてない。他のみんなもそう。彼らなりの基準があってその中でどうしても必要なときにしているはず・・・。少なくとも私はそう信じてる」
「・・・安部は老人たちは食料問題のため殺してるって言ってたよ」
「そうだね。だからレベルがあれば老人たちも動けるようになって無駄飯食いにならずに働くことができて俺が殺さずに済むって言ってた」
「アイズは僕の知り合いの恋人だった人を殺して目を持ち去ったって聞いてる」
「そうだね。かなり衝動を抑えているけど、どうしても欲しい人やそういう状況にならないと手を出さないようにしているって言ってる。レベルがあれば精神力を上げてこの衝動を抑えたいって言ってたよ」
「・・・何でそんな人たちが集まっているんですか・・・」
「他にもいるよ。気に入った人を安全な場所に閉じ込めておきたい人、他の誰かに依存しすぎて離れられない人、生まれたときから何処かが欠損していたり、見た目が明らかに違う人・・・いっぱい居るんだよ」
みんなレベルシステムを求めて集まっている。
反神教団の下に・・・。
「百乃瀬はレベルシステムに何を求めていたんですか?」
「あの人は、全人類の知能がほぼ同レベルになることを求めてたみたい。そうすれば仲間はずれなんて起きないって」
そうか・・・。
あの人の・・・息子が仲間はずれにされて自殺した・・・そこからか・・・。
僕は何も言えずに地面に視線を落とす。
全て・・・確かに全てレベルがあれば解決するのだろう。
でも、だからこそ・・・理解を得なければならないからこそ・・・。
「人を殺しちゃ・・・ダメだよ・・・同意できないよ・・・」
「そうか・・・そうだよね・・・」
風が優しく僕たちを撫でる。
僕たちの苦しみをわかっているかのように、優しく・・・どこまでも優しく。
無言の時間が過ぎて、莉乃がゆっくりと立ち上がった。
もうこれ以上の時間は僕らには許されていない。
僕も立ち上がって莉乃の手をとる。
「必ず迎えに行く!」
ピクッと莉乃の肩が動いた。
「僕は諦めない。万能薬でも何でも探し出してレベルなんて必要ないことを証明する!」
莉乃は僕の手を振り払わず、顔を見せないようにして肩を震わせる。
「・・・主人・・・ちょいといいですかい?」
「エイジ?」
「奥方を抱きしめてあげて欲しいのぜ。俺様が一旦目を閉じて主人の右腕に感覚を戻すから、全身で抱きしめればいいんだぜ」
「出来るのか・・・そんなこと」
「スキルをオフにするだけですぜ。本当は危険なんでやらない方がいいだけど、今なら大丈夫だと思うからだぜ」
そう言うと、エイジはその目を閉じて僕の右腕に感覚が戻った。
「莉乃!」
僕は莉乃を抱きしめる。
僕の腕を莉乃はキツく握って・・・熱い雫がそこに落ちた。
「ばかぁぁぁぁぁ・・・」
「迎えに行く! 絶対に! 絶対!」
「ばかばか・・・ばかぁぁぁぁぁ・・・」
涙を流す莉乃を最後にグッと抱きしめてゆっくり解放する。
次は離さない。
そう近いながら一歩一歩離れていく彼女を見届ける。
そして、彼女の側にいくつもの影が現れた。
顔が見えた。
ゴツイ男の人。
皮肉げな表情をした女の人。
髪をポニーテールで纏めた女の人。
安部と久我山・・・。
そして・・・黒ずくめの人・・・アニキか?
全員が僕を一瞥して夜に溶け込んでいった。
そして、今まで忘れていたかのように鳴かなかった虫の音が息を吹き返したかのように小さく響き始める。
エイジも目を開けて、僕の右腕からまた感覚がなくなった。
「終わりましたよ。出てきてください」
僕の声を聞いて、後ろからガサリと音がした。
「気づいていたのかよ」
「当たり前だ」
振り返ると、木下を始め日野さん、小荒井さん、藤森さん、真壁さんが姿を見せる。
僕はもう一度莉乃が消えた場所に目を向けた。
覚悟はできている。
だからまずは彼らを止めよう。
例え莉乃に嫌われるとしても・・・。
時間は18時前10分を切っている。
「ギリギリだ」
危なかった。
僕は急いで運転手に教えてもらった慰霊平和塔に向かうと、その前にある数段しかない階段の2段目に座っている莉乃がいた。
「莉乃!」
僕の声が届いたのか、顔を上げてこちらを見て立ち上がり笑みを浮かべ、足早に近づいてきた。
「京平・・・くん?」
そして僕の名前を呼ぶ声の最後に?マークが何故か追記された。
「そうだよ」
「え? どうしたの? 顔がパンパンになってるよ!」
「そんなに酷い?」
「うん。アンパンマ」
「そんなに酷いのか」
確かにここに来るとき、何台かタクシーを捕まえることができずに嫌な思いをしたが、もしかしたらそのせいだったのかもしれない。
「京平くん、こっち来て」
莉乃に手を引かれて、さっき莉乃が座っていた石階段に戻ると彼女は座って自分の太ももをパンパンと叩いた。
「ほら、寝て頭をここに置いて! さっ! はよ、はよ!」
周囲に人気はないが、何となく恥ずかしくて寝るのを躊躇っていたが、莉乃が太ももを叩く手を止めず、何だか赤くなってきたので覚悟を決めて横になった。
程よい弾力が僕の頭を刺激する。
「私を受け入れてね」
莉乃が僕の頬を撫でる。
そして、続くように火照った顔を冷たい風が覆った。
顔が気持ちいい。
しばらくじっとしていると、冷たい風が止まって莉乃が僕の顔を撫でた。
「うん。これで大丈夫だよ。今更だけど何があったの?」
「ちょっと・・・殴り合いしただけです」
「誰と? ・・・言いたくないかな?」
「高校の頃のいじめっ子ですよ。無駄に強くなったやつで・・・」
「ふーん。・・・負けちゃったか」
「・・・何で分かるんですか」
ムッとして莉乃を見ると、彼女は笑いながら自分のこめかみを指差した。
「ここが凄く紫色になってたから、良いもの貰ったんだろうなって思ったの。決め手の記憶が無いんじゃない?」
「・・・正解です」
そういえば、莉乃の格闘センスもかなり上だったのを思い出した。
戦うことはないだろうが、木下と莉乃が戦ったら良い勝負になるかもしれない。
僕は体を起こして莉乃の隣に座って彼女の顔を見る。
あの時から少しも変わっていない・・・僕が大好きな人の顔。
「莉乃・・・」
「うん・・・」
僕の呼びかけに、彼女は悲しそうに頷く。
何が彼女をそんな表情にさせるのか分からないが、今日はそれを知るために僕は来たんだ。
下手に押したりせず、じっと莉乃の顔を見つめた。
「京平くんは・・・もう知っているんだもんね」
「・・・?」
「鬼木さんに聞いたよ・・・聞かされたって言った方がいいかな・・・私の事情を話して・・・童貞を奪ったって」
「はぁっ!!?」
衝撃の言葉に、僕の思考が停止した。
「大丈夫だよ! 私分かっているから! 京平くんももう大人だもんね。そういう衝動ってあるよね! 鬼木さんも言ってた。性欲が1番高くなる時期に、側に居ないのが悪いって。私もそう思ったの。本とか読んだら、京平くんの年齢が1番激しいって書いてたから。そんな時に近くにいなくてごめんね。私のせいだね。2番目はまだしてないよね? それは私が貰ってもいいかな? 無理なら無理でいいよ。ごめんね。私無理言っちゃってるね。京平くんって鬼木さんぐらいの胸が好きなんだよね。私の胸は大きすぎたかな。大きくなったら15センチから20センチの間だって聞いたよ。先っぽが感じやすいって。ごめんね。私そういう経験がまだ無いから、鬼木さんが何を言っているのか分からなかったの。男の人でも乳首を舐められたら感じるんだね? 大丈夫だよ。実戦では私も頑張るから、失望されない様にするから! だから!」
「待って待って待って!!」
周囲に人がいないとはいえ、言ってる内容が流石にマズイと思って急いで莉乃の口を両手で塞いだ。
涙を浮かべた莉乃が僕を見ている。
・・・莉乃の不安を解消する言葉を・・・発しないと。
彼女を安心させる言葉を・・・パワーワードを!
「僕はまだ童貞です!!」
言ってまた顔が熱を持つのを感じた。
「え? だって・・・鬼木さんが」
「戦いの時でしょ? 言ってましたよ。殺されても仕方がないぐらい煽ったって」
「えっ・・・」
莉乃の目が震えて、色々な方向に視線を送り、最後に顔を赤く染めて足下を見た。
「えっと・・・じゃあ・・・」
「僕は莉乃の事情は知らないし・・・まだ童貞です」
「そ・・・そっか・・・そうなんだ」
莉乃が、ちょっと嬉しそうに口の端を上げた。
僕もそんな莉乃を見てホッとし、緊張が解れていく。
「私、後悔していたの。何であの時言わなかったんだろうって・・・あの花火の日は絶対言える時間だったのに、何で私は京平くんを信じれなかったんだろうって、鬼木さんに言われて凄く後悔した」
莉乃が僕を見る。
唇が震えている。
言うべき言葉を出すために・・・恐怖を乗り越えようとして・・・。
僕もそれを受け止めるため莉乃の両目をしっかりと見た。
「私ね・・・アルツハイマー病遺伝子保有者なの」
莉乃が言った病名が一瞬分からず、何も言えなかった。
「ごめんね・・・どんな症状の病気か分からないよね。認知症って知ってる?」
「ええ。歳とったらなるボケを酷くした状態のことですよね?」
「大まかにはそう。アルツハイマーはね、それが若いときから発症するの。ほら、私って結構忘れっぽい人だったでしょ?」
そういえば、莉乃は人から言われたことをよく忘れていた。
最初、鬼木さんに色々怒られていたことを思い出す。
「でも、発症しないこともあるんでしょ?」
「あるにはあるけど、50%の確率。それに、私はもう既に発症しているの。京平くんと出会って、何故か状態が良くなったように感じるけど、治ったわけじゃないの」
僕は口を閉じた。
正直に言って、僕には認知症やアルツハイマーに関する重みが全く分からない。
それは、自分の周辺にそういう人が1人もいなかったことが原因だろう。
興味も全くなかったため、調べるということすらしていなかった。
「私はね、遺伝子から問題のある人間なの。大元が欠陥しているの。だから・・・京平くんの告白に・・・答えることができなかった」
「莉乃・・・」
僕は莉乃に手を伸ばそうとした・・・ある言葉と共に。
だけど、それを読んでいたかの様に莉乃が首を振る。
「やめてね、どんな私でも受け入れるとか、自分は受け止めてみせるとか・・・絶対に言わないで」
「・・・」
「どうしようもないよね。こればっかりは体験しないと分からないことだから。私と京平くんの間には、この経験の差が深い溝としてあるの」
「埋められない? その溝は」
「・・・想像してみて」
莉乃が目を閉じた。
僕も彼女に倣って目を閉じる。
「京平くんが実はもう既に私と結婚していて、子供までいる。なのに、今の京平くんにはその記憶が全くない。気付いたら、急に歳とった私が目の前にいて何事かとビックリする。子供たちが駆け寄ってきてお父さんって呼ぶけど、京平くんには子供の記憶が無いから気持ち悪くなって突き離す。・・・本当に起きる出来事だよ」
ゾクリと背筋が凍った。
目を開けても寒気が取れずに腕をさする。
「莉乃は・・・その病気を治すためにレベルを求めていると?」
「うん。だって、レベルを上げて知力や精神力が上がれば、そもそも忘れるということがなくなるよね? 例え脳が萎縮したとしても、衰えることはないし、もしかしたら脳自体が活性化して改善するかもしてない。少なくとも今以上に悪くはならないでしょ」
「ポーション系で万能薬とか認知症関連に効く物を待つことは・・・」
「それって何年待てば私の手元に来るのかな?」
「・・・」
「私もね、考えたの。ダンジョン時代だから、万能薬とか記憶が良くなる薬とか錬金術とか・・・。でも、いくら探しても出てこなかった。ポーション1つすら出てこなかった。ビギナーズラックっていうスキルを色々な人に使ってもらったのにね。本当に1つも・・・出なかったんだよ。自分でもずっとダンジョンを探してた。何のために潜っているのかを、何度も忘れるぐらい・・・」
ふーっと深い溜息が莉乃の口から漏れた。
「だからもう、薬には期待していないの。私が最後の希望を託したのは、レベルシステム。神様が人類に授けるのを止めた力。それしかないんだよ」
最後の希望。
彼女がレベルシステムを望む理由。
莉乃はそこまで言って僕から視線を外して俯いた。
「夢を見るの・・・京平くんと結婚した未来の夢を・・・。私がね後悔しているの。京平くんのことを忘れて不審者扱いしたことを。それに対して『大丈夫だよ』って微笑む京平くんを見て後悔し続けるの。そしてね、私と同じ遺伝子を持ってしまった子供に恐怖するの。この事実を伝えなければならない。貴方は人として欠陥していると・・・。そこで目を覚ますの・・・そんな未来しか、私は見ることしかできないの」
ポタリポタリと莉乃の足元に雫が落ちて地面を濡らした。
「莉乃!」
思わず僕は彼女を抱きしめた。
「ごめんね・・・ごめんね。普通じゃなくて・・・欠陥品で・・・。私には・・・京平くんと普通の人生を送ることが・・・許されていないの・・・」
「莉乃・・・」
抱きしめる手に力を込める。
大丈夫だと言いたい。
でも、それは許されない言葉だ。
彼女が使う『普通』という言葉の重みがどれだけ重いか。
恐らく今の僕では知ることができない。
知ったとしても理解できないかもしれない。
僕は「ごめんね、ごめんね」と泣き叫ぶ莉乃を必死に抱きしめて、彼女の涙が止まるのを待った。
しばらくして莉乃の涙が止まり、僕が差し出したハンカチで顔を拭いて「ああ、化粧が大惨事だ」と言いながら手鏡などの小道具を小さなバッグからばら撒き、僕に見せないように何かをして、程よくできたのか「よしよし」と納得してから僕を振り返った。
「ごめんね、重い話だったよね」
「莉乃・・・。僕は話をしてくれて嬉しかったよ。莉乃が何でそっち側に居るのかも理解できた・・・。その上で訊かせて欲しい」
「・・・いいよ。何でも訊いて。私の答えれる範囲で答えるよ」
莉乃の言葉に頷き、僕は空を一度見上げてみんなの顔を思い浮かべる。
そして、莉乃の目を正面から見る。
「それは、人が大勢死んでも・・・殺してでも欲しいももなの?」
莉乃の表情が歪んだ。
彼女も思い出したのだろう。
高城さん、麻生さん、植木さん・・・。
3人以外にも僕と関わった人たちであの戦いで亡くなった人もいっぱいいる。
「・・・私たちはね・・・普通になりたいだけなの」
「うん」
「その過程で・・・人を殺さないと進めない場面があるのなら・・・私も殺すかもしてない。他のみんなもそう。彼らなりの基準があってその中でどうしても必要なときにしているはず・・・。少なくとも私はそう信じてる」
「・・・安部は老人たちは食料問題のため殺してるって言ってたよ」
「そうだね。だからレベルがあれば老人たちも動けるようになって無駄飯食いにならずに働くことができて俺が殺さずに済むって言ってた」
「アイズは僕の知り合いの恋人だった人を殺して目を持ち去ったって聞いてる」
「そうだね。かなり衝動を抑えているけど、どうしても欲しい人やそういう状況にならないと手を出さないようにしているって言ってる。レベルがあれば精神力を上げてこの衝動を抑えたいって言ってたよ」
「・・・何でそんな人たちが集まっているんですか・・・」
「他にもいるよ。気に入った人を安全な場所に閉じ込めておきたい人、他の誰かに依存しすぎて離れられない人、生まれたときから何処かが欠損していたり、見た目が明らかに違う人・・・いっぱい居るんだよ」
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そうか・・・。
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僕は何も言えずに地面に視線を落とす。
全て・・・確かに全てレベルがあれば解決するのだろう。
でも、だからこそ・・・理解を得なければならないからこそ・・・。
「人を殺しちゃ・・・ダメだよ・・・同意できないよ・・・」
「そうか・・・そうだよね・・・」
風が優しく僕たちを撫でる。
僕たちの苦しみをわかっているかのように、優しく・・・どこまでも優しく。
無言の時間が過ぎて、莉乃がゆっくりと立ち上がった。
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「必ず迎えに行く!」
ピクッと莉乃の肩が動いた。
「僕は諦めない。万能薬でも何でも探し出してレベルなんて必要ないことを証明する!」
莉乃は僕の手を振り払わず、顔を見せないようにして肩を震わせる。
「・・・主人・・・ちょいといいですかい?」
「エイジ?」
「奥方を抱きしめてあげて欲しいのぜ。俺様が一旦目を閉じて主人の右腕に感覚を戻すから、全身で抱きしめればいいんだぜ」
「出来るのか・・・そんなこと」
「スキルをオフにするだけですぜ。本当は危険なんでやらない方がいいだけど、今なら大丈夫だと思うからだぜ」
そう言うと、エイジはその目を閉じて僕の右腕に感覚が戻った。
「莉乃!」
僕は莉乃を抱きしめる。
僕の腕を莉乃はキツく握って・・・熱い雫がそこに落ちた。
「ばかぁぁぁぁぁ・・・」
「迎えに行く! 絶対に! 絶対!」
「ばかばか・・・ばかぁぁぁぁぁ・・・」
涙を流す莉乃を最後にグッと抱きしめてゆっくり解放する。
次は離さない。
そう近いながら一歩一歩離れていく彼女を見届ける。
そして、彼女の側にいくつもの影が現れた。
顔が見えた。
ゴツイ男の人。
皮肉げな表情をした女の人。
髪をポニーテールで纏めた女の人。
安部と久我山・・・。
そして・・・黒ずくめの人・・・アニキか?
全員が僕を一瞥して夜に溶け込んでいった。
そして、今まで忘れていたかのように鳴かなかった虫の音が息を吹き返したかのように小さく響き始める。
エイジも目を開けて、僕の右腕からまた感覚がなくなった。
「終わりましたよ。出てきてください」
僕の声を聞いて、後ろからガサリと音がした。
「気づいていたのかよ」
「当たり前だ」
振り返ると、木下を始め日野さん、小荒井さん、藤森さん、真壁さんが姿を見せる。
僕はもう一度莉乃が消えた場所に目を向けた。
覚悟はできている。
だからまずは彼らを止めよう。
例え莉乃に嫌われるとしても・・・。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
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クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
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本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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