近未来都市 アバンドル

ゴウキ

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第1話:就任の日、街は嘘を吐いた

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都市国家《ユニオン》には、格差がないことになっている。
少なくとも、公式には。

空に浮かぶ広告は、雲の粒を数えて最適な色温度で光る。
無人の輸送車は一台も止まらず、交差点に信号はない。
人々の健康は腕輪型端末で管理され、病気は“発生する前に”消される。
通貨は触れず、書類は存在せず、名前は顔認証に置き換わった。

そんな時代に——

アバンドルだけが、置き去りにされていた。

街の上空を飛ぶのは、外の都市なら当たり前の配送ドローンではなく、
錆びた送電線にとまるカラスだ。

道路には古いアスファルトの継ぎ目が走り、
電灯は夜になると気まぐれに明滅する。
改修されるはずだった高架は、途中で工事が止まり、骨組みだけが残った。

行政手続きは紙が混ざり、
住民台帳は“端末”ではなく“ファイル”に残り、
修理に呼ばれるのはAIではなく、人間の手だ。

ここは“遅れている”。
だが、遅れているのに——壊れない。

まるで、最初からそういう街として設計されたみたいに。



市庁舎の前に、久しぶりに人が集まっていた。
その数だけ、街の呼吸がざわついている。

「新しい市長だってよ」
「またか。どうせ変わらん」
「若いらしい。中央から来た改革派」
「中央の犬だろ」

期待は小さく、疑いは大きい。
アバンドルでは、希望を語ること自体が贅沢だった。

演台の横には、古いスピーカーが二つ。
一つは雑音を混ぜ、もう一つはたまに音が途切れる。
それでも、今日だけは“式”を成立させるために修理されていた。

黒い公用車が停まった。
ドアが開き、男が降りる。

背筋がまっすぐで、スーツは新品の硬さを残している。
だが、その目だけは妙に静かだった。
数字だけじゃないものを、見てきた目だ。

朝霧 恒一(あさぎり こういち)
三十四歳。
本日付で、アバンドル新市長に就任。

拍手が起きた。
歓迎というより、「試験開始」の合図みたいな拍手だった。

朝霧は深く一礼して、マイクを握った。
音が少し遅れて、街に広がる。

「アバンドル市民の皆さん。本日より——」

言葉を続けようとした、その瞬間。

市庁舎の裏手で、乾いた音が鳴った。
“破裂”というより、“空気が割れた”に近い音。

パン、と。

次に、悲鳴。

誰かが「爆発だ!」と叫び、
人波が一斉に裏へ振り向く。
黒い煙が、ゆっくりと天へ昇っていく。

「……落ち着いてください!」
朝霧は叫びながら演台を降りかけた。

だが、足が止まった。

耳の奥で、古い通知音が鳴ったからだ。
市長用の行政端末——この街ではまだ現役の旧式機。

画面に赤い警告が踊る。

【緊急:市長専用口座より大規模送金を確認】

送金?

思考が追いつく前に、次の通知が重なる。

【監視ログ:市長側近IDによる制限区域の開錠】

制限区域?
俺は、そんな指示を出していない。

背中に冷たいものが走る。

この街は遅れている。
なのに、こういう“都合のいいデータ”だけは、やけに速い。

そして、決定打が落ちた。

市庁舎前の大型モニターが切り替わった。
誰かが遠隔で繋いだのだ。
まるで、最初からその瞬間を待っていたかのように。

映像が流れる。

薄暗い倉庫。
積まれた金属ケース。
ケースの側面には、危険物を示す古いマーク。

その前に立つ男がいた。

カメラが寄る。
照明が顔を照らす。

——朝霧 恒一。

ざわめきが凍る。
人々の目が変わる。
拍手が、嘘だったみたいに消えた。

「……違う」

喉の奥から漏れた声は、あまりにも弱い。

「合成だろ!」と誰かが叫ぶ。
だが、別の誰かが吐き捨てた。

「合成かどうかなんて関係ねえよ」
「“そういうこと”にされる街だろ、ここは」

朝霧は、初めて理解した。

これは事故ではない。
これは事件でもない。

儀式だ。

“新市長を迎える儀式”ではなく、
“新しい悪役を作る儀式”。

背後から、ブーツの足音が揃って近づく。
警備局の部隊。
中央製の黒い装甲服。
この街には似合わないほど、無駄がない。

隊長が朝霧の前で止まった。

「朝霧市長。あなたを拘束します」
「罪状は——都市破壊テロの疑い」

都市破壊テロ。

その言葉が、現実味を持って胸に刺さる。
彼は自分の手を見た。
震えていない。
震える暇すら、奪われていた。

「俺は……やってない」

そう言った瞬間、誰かが笑った。
乾いた、救いのない笑いだ。

「それを信じるほど、この街は新しくない」

隊長が、片手を上げた。
手錠が鳴る。

——その時、朝霧の耳に、別の音が届いた。

市庁舎の中のラジオ。
古い回線がつながったままの、公用放送。

機械音声が読み上げる。

【速報:総理、緊急会見。息子の事件に言及】

息子?

空気が一瞬止まった。

周囲の誰かが、驚きと確信が混ざった声で言った。

「……総理の、息子?」
「だから、こんなに早いのか」

大型モニターが再び切り替わる。

眩しいスタジオ。
完璧に整った照明。
別世界の清潔さ。

そこに立つのは——この国の頂点。

朝霧総理大臣。

そして、その総理の目が、画面越しに市庁舎前を見据えた瞬間、
朝霧は自分の身体から血の気が引くのを感じた。

父は、感情を見せなかった。
怒りも、悲しみも、動揺も。

まるで最初から結末を知っている人間の顔だった。

総理は、淡々と言った。

「法の下、厳正に対処します」
「身内であっても例外はありません」

その言葉は、国民向けの宣言であり、
同時に——息子への“判決”だった。

朝霧は息を呑む。

助けは来ない。
来るわけがない。

この瞬間から、自分は市長ではない。
市長ですらない。

**国家が必要とした“犯人”**だ。

手錠が、手首を冷たく締めた。

朝霧は、ようやく理解する。

アバンドルが遅れている理由。
この街が潰れない理由。
そして、自分がここへ送られた理由。

すべてが、一本の線で繋がり始めていた。

その日、アバンドルは“新市長”を迎えた。
そして同時に、“総理の息子という罪人”も迎えた。
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