特売小説短編

杉山

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#11 PHANTOM SEARCH OPERATOR

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 紛失してしまった大事なくまのぬいぐるみを捜して欲しいという、五歳の少女からの依頼。

 紛失時の状況など、心当たりを訊いたところ、一番の友達が盗んだ筈はないと答えた。直ぐに彼女の一番の友達を問い詰め隠し場所を自白させた。解決まで一時間も要さない簡単な事件だった。

『あれは円満解決が本当の望みだろ。友情は壊れずぬいぐるみも戻る形の。なのに犯人の子を引き摺って依頼人に直接謝罪させるとかお前は鬼か。あの子たちの泣きじゃくる姿を見て心が痛まなかったのか』

 罪は罪だ。それとも、人間は感情の生き物だなどと戯言を繰って事実を都合よく書き換え、実際の額面の通りに受け止めない事も許容するなら政府が市民を殺そうとする現状から目を逸らす事も容易だと言うのか。

『パンツの中まで極端だ』

 ともあれそのぬいぐるみ捜索が二件目の依頼、以降半年ほど開店休業状態が続いている。

『冷酷で人情も理解しないと知られたならデリケートな相談はそりゃあ、持ち込まれないだろうよ』

 PHANTOM SEARCH OPERATOR。

『略してPSO』

 行方不明者捜索が俺の稼業だ。

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 移民船パイオニア2が惑星ラグオルに到着してそろそろ一年が経つが、未だ市民は船内での生活を強いられている。ただ漫然と過ぎる時間を眺め、それがいつまで続くか分からない不安な日々を送っている。

 政府の要請に応え軍部内に組織された自然環境調査団、開示されているそれの地上に於ける活動報告には曖昧な部分が多く、進捗状況についても明言が為されない。先発隊の報告にはなかった原生生物の存在が明らかにされており、狂暴化したそれの駆除を最優先にせざるを得ない状況が巷間では噂されているが、政府は、遅延は飽く迄も人員不足が理由であり計画変更の必要はないとしている。

 いずれ一年が経過しても出口の見えない軟禁生活を市民に強いるのならばその集団は烏合の衆、詰まり、政府は俺たちを殺す気でいるという事だ。

『だから極端だって。悲観が過ぎるって』

 違う、現実を額面通りに理解する事を悲観とは言わない。貧富も老若男女の区別もなく人間は平等に死ぬ。俺は冷静なんだよ。

『ラグオル移民計画は失敗したと、お前はそう考えるんだな』

 人類は緩慢な自殺へと向かっている、そう認識してるよ。

『人間は努力するよー。簡単には死なないよー』

 根拠がねえな。説得力がねえよ。

『認める。なんか賑やかそうと思って適当な事喋った』

 いずれ政府が機能しなくなれば今は腑抜けている市民も黙っちゃいられないだろ。そこは楽観してるぜ。

『無政府状態の混沌を期待とか、お前の人格はほんとどうなってんだよ』

 人が独りで出来る事なんて高が知れてる。徒に不安の拡散に加担していないだけでも褒められて然るべきだ。

『はいはい、ご立派な事で』

 だけど退屈だけは我慢がならない、そこで行方不明者捜し専門の探偵業を始めたという訳だが、その切っ掛けとなった一件目の依頼こそが厄介だった。

 持ち込まれたのは半年前、実体のない言わば霊魂による己が亡骸の捜索依頼。どこで、どのように死を迎えたか記憶が一切ないと言う。名前も年齢も性別さえも思い出せないと言う。詰まり手掛かりは皆無、着地点どころか進展の見込みもない難題。

『やっぱハンターになるしかないな。船外にも出られるしな』

 きっと、それの気配を感じているのは俺だけ、間違いなくそれの声が聴こえているのも俺だけ。

『改めて聞くと相当危険な情態だな。現実逃避に薬物だけは止めとけよ』

 便宜上、俺はその霊魂に日光と名付けた。

『想像上の友人も扱いを間違えると厄介、遅くとも童貞喪失と同時に卒業しとかないと拙いぞ』

 以来、斯様に賑やかで退屈などと感じる暇のない日々を送らせてもらっているという次第。

『だったらもっと俺に感謝をしたって罰は当たらないと思うぜ』

 嫌味だ馬鹿垂れ。

 いずれPHANTOM SEARCH OPERATORなどとうそぶいてみたところで有名無実、現実を額面通りに理解したなら俺も緩やかな自死を受け容れた亡骸に過ぎない。

『そう悲観するなよ。生きてりゃ好い事もあるって』

 ほんと説得力が凄えな。

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『なぁ月光』

 俺の名前。

『どうしてもハンターになる気はないのか』

 ハンターとは、政府の認可を得て地上に降り自然環境調査団の真似事をしている市民連中の事。害獣退治が主となる為適性を問われる事はほぼなく、希望すれば乳飲み子でもライセンスを手に出来る。

 以前にハンター制度の説明会に出席をした事がある。参加者は一様に遊び半分、遣り甲斐や名誉という実のない報酬を餌に志願を募り安全の保証がない地帯に誰でも無条件で送り込んでいる実情の裏側を想像しようともしない頭の沸いた連中に見えた。

 そいつらと肩を組むなどぞっとする。

『団体行動が絶対じゃなけりゃ関係なくね。知らんけど』

 或いはほぼ無条件と言いながら許可制である点も気に入らない。生き方とは死に方の事、ものの考え方の事、それが自由でなくなるという事はむざむざ殺される事と同義。

 時機が来たなら死ぬのもいい、納得がいけば指図にも従う、だけど生き方に許可を得るなど我慢がならない。

 俺は、ハンターにはならない。

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「なのでハンターライセンスもこちらでご用意させていただきました」

 俺の対面に座る女がそう言って、白く細い指でテーブルの上を滑らせたものが、自由を望みながら無責任でいられるようなお前は屑なのかと俺を煽った。

『願い出たのではなく要請されたならこれは請けざるを得ないんじゃないか』

 背筋の伸びた座姿の美しい彼女の名刺には、政府総督秘書の肩書きがあった。探偵仕事の依頼で俺を訪ねて来ていた。

 整理するぜ。

 ハンター制度のテストケースとして自ら地上に赴き行方の分からなくなった総督の一人娘、リコ=タイレルの捜索依頼が俺のところに持ち込まれた、しかしハンター制度が政府の管理下に運営されているならその仕事の順当な依頼先も自明、そう言って断ったが、個人的事情に公的機関を動員するなど論外と手をこまねく総督の憔悴する姿に心を痛め独断で彼女が俺を訪ねて来た次第、矛盾点を突くべく踏み込むほどに雁字搦めにされる厄介な事案。

 例えば軍で特殊訓練を受けた経験もなければ探偵としての実績もない俺に対する好待遇は、藁にも縋る思いと言うより用意周到ななにかに感じる。俺こそが適任とは如何なる事情か、全く以て理解し兼ねる。

「いずれお解りいただけると存じます」

 いいだろう、あんたの指図で踊ってやるよ。

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『あっさりハンターになっちまいやんの』

 依頼内容が人捜しなら看板書き換えの必要もない、ライセンスは精々、手札の一枚として使わせてもらうさ。

『銘より実という訳か』

 さて。

 対象のものの考え方を知る事が人捜しに於いては最短の近道、先ず俺は、船内唯一の新聞社の公開資料室に出向きリコに関する情報を集めた。

 番記者でも帯同させていたのか、ほぼ連日のように伝えられていた彼女の活躍、その記事を日付順に並べると才色兼備にして完全無欠の優等生がその無垢さに付け入られて意図的に、英雄に祭り上げられる過程が酌み取れた。

『ハンター制度の広告塔として彼女は利用された、詰まりそういう解釈か』

 或いは違う読み解きをした人間がいるならそいつがリコ=タイレルだ。

『飛躍と言いたいところだが、反証材料が見当たらないな』

 求められる役割を演じてしまったならものの考え方を知る事は不可能、しかし、足跡をたどるだけならその為の資料は豊富、最早発見したも同然だ。

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    あーあー。

    ゴホン!

    あたしはリコ。

    ハンターのリコ=タイレル。

    これからこのカプセルを記録として残していくことにする。

    後にあたしに続いてくる者のために。

    今、これをきいているなら解るはずよ。

    この惑星ラグオルに何らかの異変が起きつつあることを。

    忠告しとくわ。

    気を抜かず、常に周囲に気を配る事。

    もし生き抜く事を望むなら、ね。

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 明瞭な声も自信に満ち溢れた喋りもいけ好かないが、最悪な点は別にある。

 誰でも接続可能な状態でリコが後続の為に残していた音声データカプセル、これが彼女の開拓者精神と指導者としての資質、或いは自己顕示欲のどちらを証明するものにせよ、俺の事前調査を無駄にしてくれたという事。

 ただ機械的に俺は、リコの足取りを追う事にした。

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 船を降りて直ぐの森にはそれぞれ熊と兎に似た二種類の原生生物が生息している、しかし危険はなく言わば練習エリア。

『とは言えリコの言う通り、気を抜かず行こうぜ。軍でのレクチャーは飽く迄レクチャー、実地では俺たちはど素人だ』

 先ずは森の奥を目指す。洞窟へ繋がる転送装置が設置されているらしい。

『ハンドガン、いつでも使えるよう準備しとこうぜ』

 楽な道程だった。リコの音声データは当然としても、日光の助言が驚くほど的確で役に立った。きっと生前はハンターだったのだろう。考え得る着地点として想定はしていたが、確信に変わった。

 日光の依頼を解決した際、詰まりその亡骸を発見した時、奴の霊魂がどうなるかそう言えば考えた事がなかった。なにしろ半年間も一緒だった。

『お前でも感傷的になる事があるんだな、月光』

 いずれ事実は額面通りに受け止めるべきなら心の準備をしておくに越した事はないか。

『僕は死にましぇーん。何故ならもう死んでるからな』

 そうして。

 危なげなく森を踏破した事ですっかり気を抜いていた俺は、転送先の洞窟で俺の亡骸と対面する。

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 半年前も俺は練習エリアの温さを退屈に感じ、転送装置を使う頃にはすっかり舐めた気持ちになっていた。或いはハンター制度の説明会に参加していた頭の沸いた連中よりも救い難く。

 そして現実に叩き潰された。

 自らの死を受け入れられない塩梅で。

 毒にでもやられたのか身体に損壊箇所はなく、行き止まりの壁に凭れるように座り、死んでいた。その亡骸から抜き取ったハンターライセンスには確かに俺の名前が記されてあった。疑いの余地のないその現実と向き合うよう、リコを案内役にして俺を手引きした総督秘書に依頼内容とは別の目論見がある事は最早確定だが、それは一体なんだ。

『それ以前に生きてる積もりが本当は死んでた事に先ずは驚こうぜ』

 お前の存在にも疑問の目を向けなきゃな、日光。

『冷静か』

 お前は俺だ。現実を額面通りに受け入れようとした俺自身だ。その事実をお前は半年前から分かっていたのか。

『いや、実際一切の記憶を失くしてたよ。ただ全てに於いて必然が働いたが故のこの結果と考えれば納得がいかないか』

 それを言い出したら整合性も糞もなくなっちまう。

『それとも探偵が嘘を吐かない生き物ならばいずれたどり着いた結末だ』

 疾うに心の準備は出来ていた、という訳か。

『僕は死にましぇーん。何故ならもう死んでるからな』

 リコを見付けるぞ。

『突っ込めよ、また俺を行方不明にする気かよ』

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 果たして。

 断崖の底で見付けた小型旅客宇宙船のロビーにて、捜索対象人、リコ=タイレルを発見した。

 彼女の向こう側の空間に濃い緑色の塊があり、そこから伸びた蔦が彼女の両手に絡み付いている。ちょうど十字架に磔にされたような格好でリコは宙に浮かされている。長い黒髪に引っ張られるように頭を垂れている為、その表情は分からない。

 或いは生死も不明、呼び掛けて確認をしたいところだが声を出した途端に俺自身も緑色の塊に取り込まれてしまうのではと感じさせる。

 鋭利な刃物みたいに張り詰めた空気。

 或いは俺とリコの間に張った薄膜を破らないようにするみたいにゆっくりと、左手を伸ばしてみたところ、人差し指の先端がミリ単位で見えないなにかに切削された。噴き出した鮮血を僅かに浴びた事でリコが目を覚ました。

「それ以上近付いては駄目」

 やはり、いけ好かない声だ。しかしその顔は、新聞記事で見た写真に比べ随分と憔悴していた。

「あたしに触れては駄目。直ぐにこの場を離れなさい」

 歓迎しろとは言わないが、拒絶されるのも心外だ。俺はあんたを助けてやろうとしてるんだぜ。

「そんな事が問題じゃないの。あたしの身体には邪悪な意識体が封じ込められている。そいつは、人類を滅ぼそうとしている闇の申し子よ」

     ====================

 ダークファルス。

 それが闇の意識体とやらの名前らしい。

 ちなみにファルスとはラテン語で陰茎を指す言葉。

 肉の身体を得る為に優秀な素体を探していたそれに侵入を許してしまった罪は自らが負うべきもの、体内にそれを留めたまま支配する事も許さず自らの肉体を朽ちさせる、とリコはその悲壮な決意を語った。

「そうすればラグオルに平和が戻るの。そう、全ての元凶はダークファルス、原生生物を凶暴化させているのもこいつよ」

 あの親にしてこの子あり、陰茎と心中を覚悟とはとんだ欲しがりさんだ。だが、それをあんたにやらせる訳にはいかねえな。なにせ市民を代表する英雄であり希望の星であるあんたこそが平和の訪れを移民団に伝えるに、適任だからだ。

 総督秘書の思惑もやっと理解が出来た。

『綺麗な顔してとんだ食わせ者だったな』

 俺が取り込む、ダークファルスを解き放て。

「あなたが肉体を乗っ取られないという保証がないわ。だから駄目、出来ない」

 封じ込め、見張り続けて表に出さなければ滅ぼせるなら俺ほど打って付けの人材もいない、俺の肉体は俺が、思い込みで実体化させちまった代物だ。俺は自らの死を、現実を額面通りに受け止められずにいる意識の成れの果てだ。

「そんな。だって。あなたは呼吸をしてる、確かに生きてるわ」

 うるせえ豚ビッチ。難しい理屈は分からねえ、だけど実際、道中で俺は俺の亡骸を確認してる。

 自称なら余程の逸材、闇の申し子なんて気取る間抜けは面白半分で嬲るに最適、或いは道連れが可能なら成仏ついでに消し去れる。

「駄目、出来ない。あなたを見殺しには出来ない」

 僕は死にましぇーん。何故ならもう死んでいるからな。

『おい、月光』

「あなたに責任転嫁してしまう事をあたし自身が許せない」

 伝票を奪い合う主婦友達じゃねえんだ、そろそろ押し問答は止めて合理的に考えようぜ。

『おい、月光』

 なんだようるせえな、取り込み中だ。

『俺、たぶん、ダークファルスとやらを捉えたぞ。今対峙してる相手がきっとそれだ』

 でかした。さすがは人捜し専門の探偵だ。

 じゃあな、リコ=タイレル。頑張って他者の期待に応えるのも気持ちいいだろうが、分相応に生きな。

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 二つに別れてしまっていた自分の意識を一つに束ねた。

 宇宙空間のような場所に俺はふわふわと浮いていた。

 目つきの悪い禿げ頭の、泣きそうな顔をした小さな子供が目の前にいた。

 拍子抜けだ。

 嫉妬、羨望、逆恨みに劣等感、染みっ垂れた陰性思念の集合体がその正体、詰まり人類を滅ぼそうとしたダークファルスとは人間が畏れ、目を背けたが故に歪んだ自らの本質、その一部。

 それを指して闇の申し子とは随分と美化したもんだ。

 全く以てくだらねえ。

 寂しがる事はねえ、俺がお前を認めてやる。封じ込める為ではなく俺の成分として取り込んでやる。

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 さて、そろそろお定まりの文句で閉めようか。

 人類が今後も生き続ける限り第二、第三のダークファルスが現れるかもしれない。

 その時はただ受け入れろ。

 現実を、額面通りにな。

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 あ、BVDの伏線回収するの忘れてた。



('02.12.10)
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