特売小説短編

杉山

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#16 How to write a shitty novel 2

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 空はドーム状、多少のグラデーションは見られるが灰色一色。延々と続く雲海、その中に渡された綱の上をわたしは往っている。そんなイメージ。

 いずれどこかにたどり着く保障はなくきっと力尽きて落ちるだけの綱渡り、それを続けるか或いは思い切って底の見えない雲海に飛び込んでみるか、そういう選択をわたしは迫られている。

 いわゆる進路問題。

 悩むまでもなく自分の気持ちは決まってる。綱渡りを続ける。だけど世間体を考えたらその選択は決して正解と言えず、経験則を語りたがる諸先輩方からの邪魔な助言などの外的要因が気持ちの脆い部分をつつくと、決意が揺らぐ。

 そんな雑音を遮断したい時には現実逃避が有効、韓流や梅酒作り、テルミンやレトロゲーム蒐集などに手を出してみたものの、しかし嵌まるに至らず已むなく、弱気になってしまった時の会話相手として想像上の友人を設定した。

 我ながら随分と思い詰めたものだ。

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 昔に遊んだテレビゲームの主人公を参考にした。

「よう国見、久し振りだな」

 想像上の友人の名前は小虫(コムシ)。

 恵まれた体格と負けず嫌いな性格を武器に自らの人生と喧嘩をしながら方々を渡り歩く放浪剣士。

「相変わらず俺を電動こけしかなにかと勘違いしてるようだが、知ってるか、耳元で甘く囁いてやる器用さも実は持ち合わせてんだぜ」

 歳は、わたしが接し易いよう一回り下の十代前半と設定した。

 けれどいっちょ前の厭世観を以て斜に構えた態度から妙に大人びた意見を言う事もある。

「いずれたっぷり湿らせてやる」

 だから相談相手として頼もしい。

「さあ、股を開きな」

 この致命的なデリカシーの欠如に目を瞑れば。

「そんなものは子宮に置き去りにしてやったぜ」

 都度都度反応してあげていては著しく体力を消耗するだけ、なので適宜に聞き流す技術が肝要。

「へっ。へっへっへっ」

 さて。

「しかしあれだな、お前が俺を呼び出す場所は毎度毎度陰鬱だな」

 デパート屋上の遊園地、その飲食コーナー。天板の肉抜きデザインがひどく安っぽい、アルミ製の丸いガーデンテーブルにわたしたちは向き合って座っている。しとどと降る雨の雫が激しくビニールパラソルを叩く、その勢いに負け無意識に肩をすぼめ頭を低くして構えてしまう。

「まぁ、お前の今の心持ちが反映されてりゃそれも当然なんだろうがよ」

 自前の水筒から温かい紅茶牛乳をマグカップに注ぎ、小虫くんに渡す。

「いずれ鬱陶しい天気をとっとと打っ棄るか」

 パラソルが小虫くんに対する信頼感の表れなら紅茶牛乳は現実逃避願望、それを啜るわたしを見据え小虫くんが口角を持ち上げた。

「昔の恋人から結婚式の招待状が届いた。捨てた女に手前の幸せを祝福してもらえると考えるような間抜けにも腹が立つがそんな相手と懇ろだった自分も肯定し難く足が進まねえ、だから踏ん切りをつけたい。そういう話だな」

 ふわっとさせておいたのに。進路問題と言い換えて最大公約数に落とし込んどいたのに。

「泥濘に嵌まった己が姿を見とうもないと感じてるなら褒めてもやるが、また歩き出すなら茶なんか啜ってる場合じゃねえだろ」

 だって美味しいよ、紅茶牛乳。今日みたいな肌寒い日は特に。

「柔和に在れば柔軟にもなるか。悪くねえ方術だがそろそろ飽きてこねえか」

 そこは忖度しないで額面通りに、焦ってる、て言っちゃってもいいところ。

「へっ。冷静かよ」

 性分だね。自尊心をくすぐってくる口説き文句に対してはもう反射的に疑うように仕上がってるから。

「だから自己肯定感も内側から生み出さなきゃなんねえ道理か。難儀な事だ」

 結果、打たれ弱くて傷の治りも遅い強情張りが出来上がる寸法。負の螺旋構造だねえ。育てられ方ってやっぱり影響するねえ。

「だから茶ぁ啜ってんじゃねえよ、ぽんこつ」

 小虫くんはいつもそうやってさ、外的要因を持ち出そうとすると責任転嫁って言うけどさ、不可避のそれってあると思うんだわたしは。世捨て人にはなれないんだしさ。

「刃物揃えて歩行者天国に特攻なんて賢くはねえな、確かに」

 やっぱり、復讐を動機にしないと始まらないって結論になっちゃう。

「それが正しいかどうかで足踏みしてるなら救えねえ、自殺しろ。お前が前進するのに誰に遠慮も要らねえ筈だ」

 理屈はね。理屈はそうだけど。

「社会性なんてものを俺は考慮しねえぞ。そういう立場だ」

 他人を祝福してあげられる余裕もないんだよ、わたし。

「笑わせんな。自分が器用な人間だなんていつから勘違いしてたんだよ、お前」

 雨が、パラソルを叩くばたばたした音が止んだ。返す言葉のないわたしを尻目に懸けつつ小虫くんが紅茶牛乳を啜った。

「ぬる。まず」

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 少し乱暴に戻されたマグカップが立てた音が合図。

 ガーデンテーブルを爆心地にして陰鬱な景色が吹き飛び、一面、荒野が広がった。高い空は曇り勝ち、だけど体をリラックスさせる事は出来る。

「自分にゃ出来ねえ事を見極めて分際を弁えたならやらねえで居る事は開き直りじゃねえ。詰まり体裁を繕うなんて愚の骨頂だ」

 無意識に正しく在ろうとするわたし自身も確かに見とうもないか。

「或いはその姿こそが正しくねえって、そういう理屈でどうだ」

 納得いっちゃうね。

「だけど、虚仮の後知恵を予防に活かすほど強かにゃあなれねえから空も晴れねえ、か」

 だって不安だもん。失敗したら嫌だな、醜態を笑われたくないな、て。

「強情張ろうぜ。それで通常運行だ」

 ルーチンに突入するとね、心が死ぬんだよ。

「嘘吐き続けんのも心が石みてえに重くなるぜ。我慢して殺されるよか幾分ましだろ」

 そうなんだよねえ。悩むまでもなく気持ちは決まってるんだよねえ。

「釈然としねえか」

 悩んで見せないと冷淡て言われるんだよ。人間味がないとか言われるんだよ。

「煩悶するだけ金に生るなら食いっ逸れがなくて安泰だな。死ぬまでやってろ悩み多き人生を」

 はぁ。紅茶牛乳が美味しい。

「知らん顔してんじゃねえよ。ちょうどいいぶす呼ばわりされてえのか」

 コンプラ度外視発言は今は命取りだよ。

「こちとら常に蔑ろにされてる命だ、人質の価値なんかねえよ馬鹿が」

 そうして小虫くんが、きっとずっと足下辺りに置いていたそれを右手で掴み上げてテーブルの上に載せた。

 それの重量を感じさせるどすんという音を合図に、空が晴れ渡った。

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「いいか、黒神国見」

 くろかみくにみ、わたしの名前。

「生きるか死ぬか、極論で事を単純化しちまえ」

 天板の肉抜きされた穴から血液が滴り落ちた。小虫くんがテーブルに置いたものはわたしの生首だった。

「都度に清算する技量もなくいつか過重で転けると承知なら、お前もう、覚悟も極まってんだ。或いは無意識に対策を講じてんだ、俺の存在がその証左だ」

 乾いてひび割れた地にわたしの黒ずんだ体液が染み込んだ。いつかそこから花が咲くかもしれないと想像した。

「お前充分、強かだぜ」

 空は晴れて陽も射していた。

 マグカップに紅茶牛乳を注ぎ直して小虫くんに渡した。

「あち。うま」

 自分の生首と睨めっこしながらわたしも、もう一杯だけここで紅茶牛乳を飲もう。

「その余裕の通りにな」

 そして脳内会議を閉じたら、先ず、結婚式の招待状を破り捨てよう。



('05.3.10)
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