11 / 108
第二章 回り出す歯車
1-10 「なに、叔父さんそういうことで悩んでるの?」
しおりを挟む「行ったよー、隣駅の歴史博物館! 日曜礼拝とかでごたごたしてたから話し忘れてたね。一日丸々そこに居たんだよー授業でしかああいうとこ行かないから面白かった~。自動車の模型に乗ってきたし、アニメも見てきた」
そうですか、と笑みを浮かべて叔父は頷いた。叔父とイヴェット・オーグレンとは七つ違う。きっと自分よりもたくさん物を知っているだろうに、話を聞いてくれるのが嬉しかった。
「授業でも昔やったけど、今改めて見ると昔って本当便利だったんだねー。今の蒸気があちこちで噴出されている街並みも好きだけど、背の高い建物が一杯あった昔の街並みも清潔感あるよね。石油って何にでも使われてて文明を豊かにしてたんだって! 化粧品にも薬にもシャンプーにも石油が入ってて、今よりずっと安かったんだって! 当時の人達、そんな便利な液体に囲まれて悩みなんてなかっただろうなー……」
ネットゲーム楽しそうだし、と付け加えてふふと笑う。海の向こうの人とも簡単に遊べたという当時の文明が羨ましかった。
「それはどうでしょう。昔から人間の欲は変わりませんから、案外私達と同じちっぽけな事で悩んでいたのではないでしょうか? お金が欲しい、とか」
「なに、叔父さんそういうことで悩んでるの?」
「私だって生きていますから当然悩みますよ。とはいっても、姪にハンカチくらいは買ってあげられますけどね?」
と叔父は続け、唐揚げを一つ口に入れる。ハンカチ、という単語で先程会った赤毛の少年の事を思い出した。
「あ、さっきの男の子……ノアさんね、中央公園横の喫茶ポピーで住み込みバイトしてるんだって。あそこ朝早いから、明日学校行く前に寄ってみようかな~ついでに紅茶をいただくの。絶対素敵な一日になるよ、楽しそうでしょっ!」
「……そうやって自分の機嫌を取れるのは素晴らしいことですが。個人的にはあの人が居るのでそこの店以外でやって欲しいですね」
「叔父さん、ノアさんの事嫌いすぎー。会ったばかりの人を嫌うのはどうかと思いまーす」
「そうは言いましても好きになる要素も無かったですし」
「いい人だったじゃん。あたし、ああいう優しい子好きだよ」
「え」
自分の言葉に、叔父は自宅の火事を目の当たりにしたかのように呆然とした表情を浮かべる。大袈裟な表情の叔父に何も言わず、イヴェットは唐揚げを口内に放り入れた。
本当、姪馬鹿だ。優しいと言っただけではないか。イヴェットは唐揚げを咀嚼しながら、明朝何と言ってノアに会いに行こうか考え始めた。
***
警察署に着いたノア・クリストフはシャワーを借り、クルトの替えだと言う学生の時のであろうシンプルなシャツに袖を通した。
警察署のシャワーなど二度と借りる機会がないだろうからもっとじっくり湯を浴びたかったが、自分は連れ去り事件の目撃者だ。長居もしていられない。カレーの匂いだけ流して外に出た。
シャワーを借りる前、眼鏡の青年、リチェがヴァージニアに電話をしておいてくれると言っていた。なので流し終わったら来るように言われた取調室に直行する。コンコン、とノックをしてから扉を開けた。
「……、ただいま」
開けた後、一瞬どうしようかと思った。部屋の中央に置かれた机で黙々と書類の整理をしているクルトしか部屋に居なかったからだ。彼とは今に至るまで一言も口を利いて貰っていない。
「なあ、リチェは?」
ドキドキしながら話し掛ける。クルトは無表情だったが、ノアが椅子に座るとこちらに視線を向けぼそっと口を動かす。
「…………リチェなら、電話しに行ったよ」
「そうか。じゃあ待ってた方がいいかな」
無視されなかったことに胸を撫で下ろし、机の上に置かれていた水の入ったグラスを飲んでいいか尋ねる。少年が頷いたのを見てグラスを口に運んだ。冷たい液体を流し込むと、火照った体が冷えていくのを感じる。事件を目撃してから昂っていた神経も、カレーの匂いが消え落ち着いてきたように思う。
ずっと無言なのも何だし視線を少年に向けた。
「クルト、だよな。お前いくつ? 僕この前誕生日だったから十六だけど、高校一年。お前も十代? もしかして歳近い?」
グラスの中身を飲み干し話し掛ける。黒髪の少年は一度こちらを窺うように見てから、安心したように小さく笑う。夜の海で灯台を見つけた船客を彷彿させる笑みだった。クルトはその表情のまま、そうだったんだ、と呟いた。
「近いよ、俺十八だし……。良かった、歳上も敬語も……苦手で。リチェはまだいいんだけど、でも何話していいか分からないし……」
「あーそれ分かるわー。特に警官はギロッとしてるし、見透かされてる気ぃして取っ付きづらそう」
途端に喋り始めた少年に嬉しくなり、頬を緩ませる。思った通りクルトは、人見知りを更に拗らせたタイプらしい。
「そうなんだよね……、事情聴取は受けてる方も殺気立つし……みんなもっと穏やかになればいいのに」
「だなぁ。まー僕が言えたことじゃねぇけど」
うんうんと首を縦に振る。どこかの牧師よりもずっと好感が持てる少年だ。
「ノアは怖くなかったの? ……事件を通報するの」
「いやーそういう怖さは。ところでリチェ遅くね?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる