23 / 108
第四章 廃工場のお姫様
1-22 「お前のラジオじゃねぇし。ほら」
しおりを挟む第四章 廃工場のお姫様
「すみません……私は直接事件を見ていない物で、あまりお力になれず。ノア君、どうしてか工業区が怪しいって行っちゃいまして。……危ない目に遇ってないと良いんですが」
店の外まで警察官の見送りに出たヴァージニア・エバンスは、刑事課の人だというその小太りな人に向かって言う。昨日の事を知っている人なので、ノアが再び事件を目撃したことに、「運が良いのか悪いのか」とぼやいていた。
「これから私たちも工業区に向かいますので、もしご子息を見掛けたら帰るように言っておきますよ。あそこはまあ危ないですしね。ご子息の特徴は?」
「いえ、息子ではなくてノア君はうちで預かっている子なんです。でも心配なことには変わりませんから、有り難う御座います……安心しました。身長は百七十足らずでつい先日十六になった高校生です。ワインレッドの髪に青と緑が混ざった灰色の瞳をした勝ち気な子で、ホワイトシャツに黒色のパンツを履いたシンプルな出で立ちです。見かけたらどうか宜しくお願いいたします」
「了解しました。では失礼します」
一度礼をし、壮年の男性はポピーの前に止まっていた馬車に乗る。御者が振った鞭の音が響き渡ると同時に駆け出していく馬車を見送り、ヴァージニアはその場で軽く伸びをした。
忙しくはあったが、喫茶店をやるのは子供の頃からの夢だったし、息子のようなノアの頼みならば苦にならなかった。開業資金の用意の方がずっと苦労した。
ノアがいつの間にか少女を助けようと動く男に成長してたのが、嬉しくもあり寂しい。
警察が来ていたので、やらなければいけない事が幾つも溜まっている。
緑に囲まれた階段を上がって店内に戻り、待っていて貰っていた客に声を掛け、会計のやり取りを済ませる。怒っているかと不安だったが、目の前の客は笑顔だったのでホッとする。
「有り難う御座いました」
店を出ていく客に礼を言い、ふうと一息ついた。人の居なくなった店内を見渡し、観葉植物と椅子の配置を直す。
客も居なくなったので次は皿洗いをしようと思ったが、その前にラックから掌サイズの紙袋を取り出す。その中からグミを一粒摘み口に放った。気付けばグミがもう数える程しか残っておらず、補充しておこうと思った。紅茶やコーヒー豆の仕入れ先にも何件か電話をしておく必要があった事も同時に思い出す。
「あーそうだそうだ……!」
グミに歯を立てて飲み込んだ後、インテリアを兼ねて買った黒電話がある長机の隅に向かった。
次に客が来る前に電話を終わらせておこう。ヴァージニアはそう心に決めた。
***
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
見知らぬ作業員に挨拶をされたアンリ・アランコは、何食わぬ顔で挨拶を返した。蒸気機関車を作っている工場に侵入したのは、イヴェット探しの為だった。
機械音が響く現場にはさすがに行けないが、作業服とゴーグルのおかげか入り口程度で咎められることはなく、十分用を果たしてくれた。
ガバガバすぎないかと内心思ったが、現実になったスチームパンクと言われる今、ある程度仕方ないことなのだろう。あれは基本十九世紀なのだから。
自分達は二十四世紀を生きていると言うのに、今の時代の技術を下に見てしまう。歴史の授業を受けていれば誰だって抱く感情だ。十九世紀では成しえなかった蒸気飛行機が今存在しているのは素晴らしい事だとは思うが、運航数は昔と比べると笑える程少ない。
損な時代に生まれてしまった、なんて言い回しもある。イヴェットの事を考えると、本当に損な時代に生まれてしまった。
これも豊かな昔ならすぐに解決していた事件の筈だ。あの少女が今頃怖い思いをする事もなかっただろう。
「っと……駄目だ駄目だ」
文句が頭を占めそうだったので考えないでおく。何の手がかりも得られなかった工場から、むっとする外に出た。肌にまとわりつく不快感に思わず眉を潜める。
道を映し「ん?」と気が付くことがあった。先程歩いていた時は全く見なかった警察官が、今は視界に何人か居るのだ。通報のおかげだろう。
心強い光景にアンリは一度伸びをし、自分が担当している方面に足を向けた。
***
ノア・クリストフはユスティンと大手食品工場の周囲を一周していた。が、ラジオはピクリとも反応しなかったのですぐに次に行こうと思う。
「ちょっと待ってくださいよ、ラジオ返してください。一旦貴方に託しましたが、私が聞いている方が効率が良いでしょう」
「お前のラジオじゃねぇし。ほら」
希望通りユスティンの手にぽいとラジオを放る。イヤホンが指の隙間から半端に落ちた。
「っと、物はもっと大事に扱ってください!」
「扱ってんだろ! そんなんじゃいつか損すんぞ、へ、っわ!」
どうやら人にぶつかったらしい。重心を崩してノアは尻から地面に崩れ落ちてしまった。
「何やってるんですか。……申し訳ありません、連れがご迷惑をお掛け致しました。大丈夫ですか?」
「っつぅ……悪い、大丈夫か? ってお前」
声をかけて気が付いた。
プラチナブロンドの髪に眼鏡をかけ警察官の制服を着た人物を見て口をぱくぱくと動かす。彼の後ろには無表情の少年もいる。まさか知り合いに会うとは思わなかった。
「リチェ! クルトも」
「ノアじゃんか、良くぶつかるな~。どうしたんだこんな所で」
こちらに気付いたリチェは、膝を突いたまま人懐こい笑みを浮かべて話し掛けてくる。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる