蒸気の中のエルキルス

上津英

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第五章 工業区

1-33 「そういう問題じゃない……! 女の子は別だよ……」

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「うっせ。考え事だ考え事」
「そう? はい、発信器とラジオ。使ってくれるなら紛失しても返さなくていいよ」

 サンキュ、と発信機と小型ラジオを二つ受け取り、スクールバッグの内側のポケットに発信器を入れる。ここなら見つかることも無いだろう。それにしてもやっぱりこの人が分からない。

「で、君はなんでやるの? 良くやるよね、人のクビがそんなに大事?」
「……それもあっけど、僕のプライドのが問題だな」
「ふーん、若いねぇ。まあ止めないよ、痛い目は見ておいた方がいいし」

 先程と同じく祭壇前の長椅子に座ったアンリが、失敗すること前提で口を動かす。少しだけ癪に触ったが流せる程度だ。

「そういりゃ、イヴェットは?」

 話題を変えようとしたが、口に出してから失敗したと思った。絶対にからかわれる。

「イヴェットちゃん? ん? 気になるの?」

 予想通り含み笑いが返ってきて視線を逸らした。黙っているともう一度笑ったアンリが口を動かす。

「学校は休んだけど怪我もしてないし元気に家にいるよ。会ってく?」
「いや良い。元気なら良いんだ」

 そっか、とアンリが頷いた時、礼拝堂に面してる扉が開いた。振り返り、皺一つないシャツを着たクルトを映す。
 借りた時から思っていたが高専で使用していたシャツなのだろう。それだけに警官服のズボンだろうと違和感がなかった。

「お、お待たせ……アイロン掛けてくれたんだね、有り難う」
「お帰り、気にすんな店長が掛けたんだし! うんうん、全然学生に見えるな」
「……良いのかなあ、卒業してるのに……恥ずかしいんだけど……」
「大丈夫だって、恥ずかしがってる方が怪しまれるもんだ」

 自分の言葉にクルトが僅かに背筋を正した。無事発信器も借りられたし、着替えも済んだ。もう工業区に行っても問題ないだろう。

「んじゃ、もう行くわ。有り難うな、おかげで助かった」

 立ち上がり、礼拝堂を出て出入口へ向かう。クルトもアンリも、同じく出入口にやってきた。

「どういたしまして。ま、気を付けてね。……あれ、イヴェットちゃん」

 扉を開けてくれたアンリがふとイヴェットの名前を呼ぶ。外を見ると、イヴェットが丁度玄関の植木鉢に水をあげているところだった。

「ん? なに、あ……ノアさんー!」
「イヴェット!?」

 パンツスタイルに身を包んだ栗色の髪の少女が、こちらを見ていた。緑色の目は嬉しそうに孤を描いている。

「昨日は本当有り難うね! ノアさんが来てくれなかったらって思うと、あたし、あたしー……っ」
「おっおい泣くなよ忙しい奴だな!」

 先程まで笑顔だったイヴェットが近寄ってくる。その目尻に浮かんだ物に夕陽が反射し、慌てふためきたくなる気持ちを抑えた。アンリがじゃあね、と言って早々に教会の扉を閉めたのも、一層焦るものがある。

「だってぇー……。って、あれ? 昨日の刑事さんも?」
「……っ!」

 イヴェットに認識されたクルトは初対面の時みたく目を逸らし、逃げ場所を求めるように自分の後ろに身を隠した。もしや年齢で苦手意識を持ったのかと思い、首を後ろに回して囁く。

「おい、イヴェットは僕とタメだぞ。それに二度目ましてだろ?」
「そういう問題じゃない……! 女の子は別だよ……」

 小声で返してくれるものの、一向にクルトはイヴェットと目を合わせようとしなかった。イヴェットは昨日でクルトとの接し方を学んだのか一歩後ずさって微笑んだ後、改めて自分に視線を向けてくる。

「どうしてノアさんが刑事さんと二人で教会から出てきたの? アンリさんに用事?」
「あーっとそうそう。ちょっと昨日の事で話が」
「それってあたしの事、だよね? 警察には午前ちゃんと話したけど……ね、何かあったならあたしにも教えてよ」

 ニコニコと笑みを浮かべているが、その瞳はじっとこちらに向けられていた。どうも少し話しただけで何かを感じ取ったらしい。ヴァージニアも良く少しの会話で核心を突いてくることがあるが、これも女の勘とやらなのだろうか。
 別にリチェの事は秘密にしているわけではないが、ホイホイと話して良いものなのか。しかもイヴェットのトラウマを抉りかねない。
 ちらりとクルトを見たが、当のクルトはこちらを見ることなく石のように固まっていた。その様子に乾いた笑いを溢し、頷く。クルトに動きはないし、イヴェットがこの件に積極的なら、話してもいいと思ったからだ。

「リチェ……昨日の白髪っぽい眼鏡の刑事が一連の事件でやらかしちまって、責任問題に問われそうなんだ。それはクルトも僕も嫌だから、責任問題以上の手がかりを見つけて話を流そうと思って、アンリにその相談をしに来たんだ」

「えっ? あの刑事さんクビ飛ばされちゃうの!?」

 目を見開いて驚いたイヴェットは、改めて自分とクルトをその大きな瞳に映した。

「まだ確定じゃねーけど。イヴェット、何か犯人グループの居場所に繋がりそうな事知ってるか? ちょっとした会話とか聞いたんだろ?」

 昨日の事を思い出そうとする間があった後、イヴェットが申し訳なさそうに首を横に振る。

「うん。でもごめん、警察に話した以上の事は……うーん」
「……ま、だよな。変なこと聞いちまって悪かった。僕らは行くから、お前はゆっくり休んでろよ」

 少女がすまなそうに項垂れるが、その表情にはある種の決意が秘められているように見えた。後ろで石像になっているクルトに声をかけようとした、その時。
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