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第六章 不便な世界
1-43 「イヴェットォ?」
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「ちげぇよ! 私情を挟んでくれんなこの姪馬鹿牧師! 牧師の心で聞くってさっき言ったばっかだろ! なんつーの、隣人だよ。ご近所トラブル」
「それなら良いんですけど、ふむ。隣人との付き合いも面倒臭いですね。どう言ったトラブルで?」
向かいに座ったユスティンは早速紅茶を飲み尋ねてくる。厳密に言うとヴァージニアは隣人ではないが、そこは言わなくても支障が無さそうなので伏せておいた。
「と、お前怒んなよ。なんつーか、その人、犯罪に関わってるっぽくて。ぽくて、ってか確実っつか。見ちまったつーの? あー、そこは聞いてくれんなよ」
纏まらないながらも言うと、ユスティンはチラッとこちらを見た後、再びティーカップに口をつける。
「けど隣人だろ。言って関係を壊すのも嫌だし、かといって咎めないのも嫌だし。じゃあどうしろって話なわけで。そもそも何で、とか、今までのその人は嘘だったのか、とか思ったら……もう意味が分からなくなって。明日には警察に言う約束をクルトとしてるんだけど、こんなんで本当に言えんのか不安だし、上手くも言えないだろうし……僕、何が正しくて、何をしたら良いかもう分かんねぇよ」
「……支離滅裂ですね。とりあえず紅茶でも飲んで落ち着かれては?」
「……だな」
改めて突っ込まれると内容の支離滅裂っぷりを自覚出来た。
「ところでノアさん。姪がお世話になっているお礼です。紅茶を飲んでいる間、特別に私の昔話でも聞きませんか? 誰にも話したことがないやつにしてあげます」
嬉しくもない提案だが、特別という言葉に心も動いた。訝しげにではあるが頷き、自分の前に置かれたティーカップを取る。温かい液体が喉を通るのが心地よい。
「……私が十歳の時ですから、十二年前ですね。実は私も、程度は違いましょうが、今の貴方と同じ立場に立たされたことがあるのです。スーパーでクラスメートが、お菓子を万引きしているのを目撃してしまったのです。その事に気付いたのは、私だけでした」
昔話とやらを始めたユスティンの表情が苦々しい物に変わっていった。
「……私はどうした物か分かりませんでした。今ならその手を掴んで首を横に振ることは容易でしょうが、当時の私にそんな頭はありません。私は友人がアンリしか、あーっと……、いえそのクラスメートと親しかったわけではありませんが、だからと言ってそれを正直に言い、彼との関係を壊すのが恐ろしくて……私は見ない振りをしました」
雄弁なユスティンにしては歯切れが悪かった。途中で言い直す所もあり、この話をし慣れていない事が伝わってくる。ティーカップを机に置き、ユスティンの話に耳を傾ける。
「ですが結局は父に話しました。クラスメートの万引きを目撃してしまったのですが、何も出来なかったと。そうしたら父は大変怒りましてね。父も牧師ですから、こと息子が見過ごしたことが許せなかったようです。クラスメートを嗜めた後、反省しろ、と父も母も姉も義兄も、父に何か言われたらしいアンリも暫く口を利いてくれなくなりまして。……なかなかキツかったですよ、世界中に見放されたような気分で、あの時は塞ぎ込んだものです」
目を逸らして苦笑うユスティンを見て、初めて会った時、どうしてあんなに自分にキツかったのか理解できた気がした。あの時ユスティンは、自分の過去を思い出していたのだ。
「つまり、なんだ。辛くなるから向き合っとけ、ってお前は言いてぇのか?」
「そうは言いませんよ、私の環境は特殊でしょうし、悩みも貴方と全く同じとは思いません。ですが、人のミスを聞いたら人間落ち着く物でしょう? ほら、秘密にしておきたい特大の事を話してあげたんです。貴方も落ち着きましたかね」
確かに落ち着いた。紅茶を飲んで人の話を聞いて、自分だけがこの立場にいるのではないと気付いた。
「ではノアさん、改めて言います。隣人とどう付き合うかは、貴方が笑える道を選んでください」
ユスティンはそう言い、ティーカップを手に取った。
昨日よりもずっとスッキリした頭で一番に思ったのは、どうしてヴァージニアがそんな事をしたのか知りたい、ということだった。
明日ヴァージニアが警察に捕まったら、次に会えるのは何時になるか分からない。もしかしたらもう二度と会えないかもしれない。殺人に及んでいたのなら尚更だ。だとしたら動機をラジオで知ってもおかしくないし、真実を大いに捻じ曲げられる可能性もある。
ヴァージニアが何を語るとしても、耳を塞ぎたくなるような事だろう。
しかしどこかで間違った内容を聞くよりもずっと良い。直接聞けなかった方が後悔する。あの時の笑顔の意味を一生分からぬまま生きる。そんなの嫌だった。
ヴァージニアの口から真実を聞きたい。
そう決めたら昨日から靄がかっていた気持ちがスッと晴れたように感じた。
「……ったく、おかげで僕のしたい事が分かっちまったよ。そこは感謝する、有り難う。まあお前には言わねぇけど」
「結論が出たのなら別に良いですよ。私も話した甲斐がありました。ではどうぞお帰りください」
人に話してスッキリした。話も一段落付いたし、紅茶を飲み干して席を立つ。
椅子を戻そうと思った時、ふと気になったので尋ねる。
「ああ帰るよ。……なぁお前さ、塞ぎ込んだ後どうしたんだ? 立ち直っただろうけど、どうやって?」
「お察しの通り立ち直りましたよ。私が十分理解したので周りが元に戻ったのもあるでしょうが……一番はイヴェットさんの存在ですかね」
「イヴェットォ?」
「三歳だったイヴェットさんは空気なんて合わせられませんから、一人になった私に唯一話し掛けてくれる存在でした。叔父さん、叔父さん、って姉に教えられただろう呼称を一生懸命呼んで、向日葵のような笑顔を向け続けてくれたんです。私はその笑顔にどれだけ励まされ救われたか分かりません。同時に、この笑顔を守る為なら私は何でもしようと思った物で……ってこんな話どうだって良いでしょう。話が終わったならとっとと帰ってください」
「それなら良いんですけど、ふむ。隣人との付き合いも面倒臭いですね。どう言ったトラブルで?」
向かいに座ったユスティンは早速紅茶を飲み尋ねてくる。厳密に言うとヴァージニアは隣人ではないが、そこは言わなくても支障が無さそうなので伏せておいた。
「と、お前怒んなよ。なんつーか、その人、犯罪に関わってるっぽくて。ぽくて、ってか確実っつか。見ちまったつーの? あー、そこは聞いてくれんなよ」
纏まらないながらも言うと、ユスティンはチラッとこちらを見た後、再びティーカップに口をつける。
「けど隣人だろ。言って関係を壊すのも嫌だし、かといって咎めないのも嫌だし。じゃあどうしろって話なわけで。そもそも何で、とか、今までのその人は嘘だったのか、とか思ったら……もう意味が分からなくなって。明日には警察に言う約束をクルトとしてるんだけど、こんなんで本当に言えんのか不安だし、上手くも言えないだろうし……僕、何が正しくて、何をしたら良いかもう分かんねぇよ」
「……支離滅裂ですね。とりあえず紅茶でも飲んで落ち着かれては?」
「……だな」
改めて突っ込まれると内容の支離滅裂っぷりを自覚出来た。
「ところでノアさん。姪がお世話になっているお礼です。紅茶を飲んでいる間、特別に私の昔話でも聞きませんか? 誰にも話したことがないやつにしてあげます」
嬉しくもない提案だが、特別という言葉に心も動いた。訝しげにではあるが頷き、自分の前に置かれたティーカップを取る。温かい液体が喉を通るのが心地よい。
「……私が十歳の時ですから、十二年前ですね。実は私も、程度は違いましょうが、今の貴方と同じ立場に立たされたことがあるのです。スーパーでクラスメートが、お菓子を万引きしているのを目撃してしまったのです。その事に気付いたのは、私だけでした」
昔話とやらを始めたユスティンの表情が苦々しい物に変わっていった。
「……私はどうした物か分かりませんでした。今ならその手を掴んで首を横に振ることは容易でしょうが、当時の私にそんな頭はありません。私は友人がアンリしか、あーっと……、いえそのクラスメートと親しかったわけではありませんが、だからと言ってそれを正直に言い、彼との関係を壊すのが恐ろしくて……私は見ない振りをしました」
雄弁なユスティンにしては歯切れが悪かった。途中で言い直す所もあり、この話をし慣れていない事が伝わってくる。ティーカップを机に置き、ユスティンの話に耳を傾ける。
「ですが結局は父に話しました。クラスメートの万引きを目撃してしまったのですが、何も出来なかったと。そうしたら父は大変怒りましてね。父も牧師ですから、こと息子が見過ごしたことが許せなかったようです。クラスメートを嗜めた後、反省しろ、と父も母も姉も義兄も、父に何か言われたらしいアンリも暫く口を利いてくれなくなりまして。……なかなかキツかったですよ、世界中に見放されたような気分で、あの時は塞ぎ込んだものです」
目を逸らして苦笑うユスティンを見て、初めて会った時、どうしてあんなに自分にキツかったのか理解できた気がした。あの時ユスティンは、自分の過去を思い出していたのだ。
「つまり、なんだ。辛くなるから向き合っとけ、ってお前は言いてぇのか?」
「そうは言いませんよ、私の環境は特殊でしょうし、悩みも貴方と全く同じとは思いません。ですが、人のミスを聞いたら人間落ち着く物でしょう? ほら、秘密にしておきたい特大の事を話してあげたんです。貴方も落ち着きましたかね」
確かに落ち着いた。紅茶を飲んで人の話を聞いて、自分だけがこの立場にいるのではないと気付いた。
「ではノアさん、改めて言います。隣人とどう付き合うかは、貴方が笑える道を選んでください」
ユスティンはそう言い、ティーカップを手に取った。
昨日よりもずっとスッキリした頭で一番に思ったのは、どうしてヴァージニアがそんな事をしたのか知りたい、ということだった。
明日ヴァージニアが警察に捕まったら、次に会えるのは何時になるか分からない。もしかしたらもう二度と会えないかもしれない。殺人に及んでいたのなら尚更だ。だとしたら動機をラジオで知ってもおかしくないし、真実を大いに捻じ曲げられる可能性もある。
ヴァージニアが何を語るとしても、耳を塞ぎたくなるような事だろう。
しかしどこかで間違った内容を聞くよりもずっと良い。直接聞けなかった方が後悔する。あの時の笑顔の意味を一生分からぬまま生きる。そんなの嫌だった。
ヴァージニアの口から真実を聞きたい。
そう決めたら昨日から靄がかっていた気持ちがスッと晴れたように感じた。
「……ったく、おかげで僕のしたい事が分かっちまったよ。そこは感謝する、有り難う。まあお前には言わねぇけど」
「結論が出たのなら別に良いですよ。私も話した甲斐がありました。ではどうぞお帰りください」
人に話してスッキリした。話も一段落付いたし、紅茶を飲み干して席を立つ。
椅子を戻そうと思った時、ふと気になったので尋ねる。
「ああ帰るよ。……なぁお前さ、塞ぎ込んだ後どうしたんだ? 立ち直っただろうけど、どうやって?」
「お察しの通り立ち直りましたよ。私が十分理解したので周りが元に戻ったのもあるでしょうが……一番はイヴェットさんの存在ですかね」
「イヴェットォ?」
「三歳だったイヴェットさんは空気なんて合わせられませんから、一人になった私に唯一話し掛けてくれる存在でした。叔父さん、叔父さん、って姉に教えられただろう呼称を一生懸命呼んで、向日葵のような笑顔を向け続けてくれたんです。私はその笑顔にどれだけ励まされ救われたか分かりません。同時に、この笑顔を守る為なら私は何でもしようと思った物で……ってこんな話どうだって良いでしょう。話が終わったならとっとと帰ってください」
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