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第六話 クオナの幽霊
51 「セオドア様、こっちじゃよ」
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態度を変えずに返したからか、ラウルの機嫌が一層悪くなったように見えた。
「好きにしろ、少ししたらうちの使用人も戻ってくるしな。ついて来い!」
ラウルは締めくくるように言い、一際声を張ってから館の中に消えていった。声を大きくしたのは、玄関脇にいるリリヤにも言っているからだろう。
心配そうにこちらを見ていた少女は先程のエレオノーラと同じように壁を擦り抜けていった。
「申し訳ありません、少し行ってきます。クオナの使用人が戻ってきたら、その時はよろしくお願いいたします」
何も言わずラウルの後を追うことはできないので、近くにいたセルゲイに声をかける。
「もちろんです。どうかお気をつけて」
「死地に赴くわけではありませんから、どうかご心配なさらずに」
この石畳に立ってから初めて笑みを見せたからか、老執事は安心したように目尻を下げ頭を下げる。
石段を上がってラウルが開け放したままの扉を入り、後ろ手に扉を閉め、蝋燭の光が揺れる薄暗い廊下を見上げた。
「……えっと」
廊下を少し進んだところで立ち止まり、苦笑いを漏らした。
ラウルはとうにどこかに行ったらしく、廊下には誰もいなかったからだ。使用人も居ないとなると、どこへ向かっていいか分からない。
適当に部屋に入って、そこが寝室だったりしたら後で禍根が残りそうだ。
「セオドア様、こっちじゃよ」
廊下の真ん中に立って、幼い頃クオナの館を訪れた時のことを思い出していると、ふと女性の声がかかった。
視線を声のした方に向ける。そこには思った通りエレオノーラが立っていた。自分の傍まで近寄ってきた女性が案内をしてくれるらしい。
「あ……」
女性に気がつき何も言えずにいると、エレオノーラがおかしそうに肩を揺らした。
「ふふ、セオドア様は初々しいのぅ。この館には妾達四人しか居ません。声を張っても大丈夫じゃよ」
四人とは領主二人と幽霊二人だろう。
わざわざラウルが出迎えてくれたところを見ると、本当に他には誰もいなさそうだ。
どこか気が楽になり、一度大きな息をついてから隣の幽霊に話しかける。
「クオナの使用人の方はいないんですか……?」
「朝までは少しいたんじゃが、旦那様が人払いをしてのぅ。館に誰かいたら愛しのリリヤと話せぬからだそうじゃ。今だってリリヤに機嫌を取らせているのじゃろう」
だからある時期を境にクオナの館から使用人が消えたのだろうか。幽霊と話したいがために。
ラウルが当主になったばかりの頃、ラウルの両親はまだ存命だったように思う。他に人がいるなら使用人を自分の感情一つで解雇はしにくいだろうが、その人達が居なくなればそんなことはなくなる。
件のリリヤの姿を探そうと周囲を軽く見渡すと、今にも歯を軋ませそうなエレオノーラの表情も一緒に見えた。
「……セオドア様もリリヤが気になるのかえ? あんな歌しか取り柄のない小娘を」
その表情を見て、以前リリヤから聞いたエレオノーラの性格を思い出した。
面倒臭いと聞いていたが、どうやらそれは本当のようだ。
「あ、いえ。いいえ。リリヤは母みたいなものですからまあ気になりますけど、クオナ伯みたいには……。クオナ伯もあなたみたいに美しい人が傍にいるのに、なんでリリヤなんですか、ね……」
咄嗟に否定をし、取ってつけたように褒める。恋愛小説をあまり読まなかった弊害が、こんなところで出るとは思わなかった。
だがあんな語彙力に欠けた言葉でもエレオノーラは満足したらしい。
先程見せた魔女のような表情はどこにもなく、口元を隠して目を細めていた。
「ふふ、セオドア様は可愛らしいこと。女は男性に外見を褒められるのが一番嬉しいもの」
「そ、そうなんですか……」
「好きにしろ、少ししたらうちの使用人も戻ってくるしな。ついて来い!」
ラウルは締めくくるように言い、一際声を張ってから館の中に消えていった。声を大きくしたのは、玄関脇にいるリリヤにも言っているからだろう。
心配そうにこちらを見ていた少女は先程のエレオノーラと同じように壁を擦り抜けていった。
「申し訳ありません、少し行ってきます。クオナの使用人が戻ってきたら、その時はよろしくお願いいたします」
何も言わずラウルの後を追うことはできないので、近くにいたセルゲイに声をかける。
「もちろんです。どうかお気をつけて」
「死地に赴くわけではありませんから、どうかご心配なさらずに」
この石畳に立ってから初めて笑みを見せたからか、老執事は安心したように目尻を下げ頭を下げる。
石段を上がってラウルが開け放したままの扉を入り、後ろ手に扉を閉め、蝋燭の光が揺れる薄暗い廊下を見上げた。
「……えっと」
廊下を少し進んだところで立ち止まり、苦笑いを漏らした。
ラウルはとうにどこかに行ったらしく、廊下には誰もいなかったからだ。使用人も居ないとなると、どこへ向かっていいか分からない。
適当に部屋に入って、そこが寝室だったりしたら後で禍根が残りそうだ。
「セオドア様、こっちじゃよ」
廊下の真ん中に立って、幼い頃クオナの館を訪れた時のことを思い出していると、ふと女性の声がかかった。
視線を声のした方に向ける。そこには思った通りエレオノーラが立っていた。自分の傍まで近寄ってきた女性が案内をしてくれるらしい。
「あ……」
女性に気がつき何も言えずにいると、エレオノーラがおかしそうに肩を揺らした。
「ふふ、セオドア様は初々しいのぅ。この館には妾達四人しか居ません。声を張っても大丈夫じゃよ」
四人とは領主二人と幽霊二人だろう。
わざわざラウルが出迎えてくれたところを見ると、本当に他には誰もいなさそうだ。
どこか気が楽になり、一度大きな息をついてから隣の幽霊に話しかける。
「クオナの使用人の方はいないんですか……?」
「朝までは少しいたんじゃが、旦那様が人払いをしてのぅ。館に誰かいたら愛しのリリヤと話せぬからだそうじゃ。今だってリリヤに機嫌を取らせているのじゃろう」
だからある時期を境にクオナの館から使用人が消えたのだろうか。幽霊と話したいがために。
ラウルが当主になったばかりの頃、ラウルの両親はまだ存命だったように思う。他に人がいるなら使用人を自分の感情一つで解雇はしにくいだろうが、その人達が居なくなればそんなことはなくなる。
件のリリヤの姿を探そうと周囲を軽く見渡すと、今にも歯を軋ませそうなエレオノーラの表情も一緒に見えた。
「……セオドア様もリリヤが気になるのかえ? あんな歌しか取り柄のない小娘を」
その表情を見て、以前リリヤから聞いたエレオノーラの性格を思い出した。
面倒臭いと聞いていたが、どうやらそれは本当のようだ。
「あ、いえ。いいえ。リリヤは母みたいなものですからまあ気になりますけど、クオナ伯みたいには……。クオナ伯もあなたみたいに美しい人が傍にいるのに、なんでリリヤなんですか、ね……」
咄嗟に否定をし、取ってつけたように褒める。恋愛小説をあまり読まなかった弊害が、こんなところで出るとは思わなかった。
だがあんな語彙力に欠けた言葉でもエレオノーラは満足したらしい。
先程見せた魔女のような表情はどこにもなく、口元を隠して目を細めていた。
「ふふ、セオドア様は可愛らしいこと。女は男性に外見を褒められるのが一番嬉しいもの」
「そ、そうなんですか……」
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