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第二章 祖父と孫
8 「デヴィッド様の……手紙?」
しおりを挟む「うん、二十分後に行くよ」
自分の言葉に頷きウェズリーは手にしていた黄色い花束を持ち替え、奥の霊園へと消えていった。
「失礼致します」
一度深く頭を下げ、リタもくるりと体の向きを変えた。少ししてようやく顔から笑みが消えたので、集会所に入る手前でチラリと新しい主人を振り返る。
建築家の孫はゆっくり足を進めていたようで、まだ道を歩いていた。霊園に来る決心が付いたは良いが、何か抵抗があるんだろう。そういう気がした。
ウェズリーがどうしてデヴィッドを嫌うのか分からないし、デヴィッドもウェズリーの話をする時はどこか悲しげだった。きっと祖父と孫にしか分からない確執があるのだろう。
「…………」
着実に遠く離れていく背中を見つめた後、リタは視線を戻してガチャ、と集会所の扉を開けた。
五十人は椅子に座れそうな広さのホールには今、リタと受付係以外には二人しか居なかった。神父服を着た年配の男性とゲールが、顔を突き合わせて何やら話をしていたのだ。リタが入ってきた事に気が付いた神父がはたと顔を上げた。目が合い、何となくばつの悪い思いをしながら軽くお辞儀をした。
と。今まで神父と話していたゲールがこちらを向き、リタの姿を認めるなり街中で偶然恋人に会った少女のようにパッと表情を明るくさせた。
「あらぁ? さっきのメイドじゃないっ!」
いつ聞いても五十代の男性が言っているとは思えぬ調子だ。気圧される物を感じながら一礼する。
「こんにちは、ゲール様。ウェズリー様が一人でデヴィッド様に会いに行きたいとの事ですので、暫く私もここに居たいのですが大丈夫でしょうか?」
ゲールは嫌そうな顔一つせずに頬を持ち上げて頷く。ゲールと自分が話し始めたからか、神父は一礼をした後そそくさと事務室に戻ってしまった。
「勿論良いわよ~。メイド、そう言えばお前名前は何と言うの? ウェズはああ言ってたけど、ウェズのメイドでは無いの?」
実年齢や性別はどうあれ楽しそうに質問してくるこのノリは、故郷の学友を思い出す物がある。この人とデヴィッドが友人になったきっかけも「一緒に居たら案外楽しかったから」というシンプルな理由からだった。気付けばリタも笑顔を浮かべていた。
「リタ・スタンリーと申します。ゲール様にお会いするまではそうでしたが、あの数分後に雇って頂きましたよ。ウェズリー様はあの性格ですから周囲の方に公言はしないと思いますが……」
「うふふっ、そうなの! 顔は良いのに相変わらず面倒臭い男よねえ。……デヴィッドも彼への接し方に随分悩んでいたものよ。デヴィッドはウェズが大好きだったけど、ウェズはデヴィッドの事嫌いだったからね」
「ああ……それはあるかもしれませんね」
確かに頻繁にウェズリーの話が出た物だったが、リタが初めてウェズリーの顔を見たのは葬式会場でだった。これだけ温度差があったら接し方に悩んでいたと言うのも当然だ。
「そうそうリタちゃん。私さっきデヴィッドから手紙を貰ったの。墓参りに来たら渡して欲しい、ってここの神父に殺される直前預けていたそうよ。ウェズにもあるそうだから、後で受け取った方が良いわ」
「デヴィッド様の……手紙?」
え、と目を丸める。
「そっ、手紙。伝えられたし、デヴィッドともデート出来たし、私はもう帰るわね。ふふっ、お前とも来週会えるのを楽しみにしているわ。それじゃ、またねえ!」
ゲールは手に持っていた白い封筒をこちらに見せた後、ニコっと笑って颯爽と集会所を後にする。
静かになった集会所は先程よりもずっと広い。ふうと息をついた後受付係の人に声をかけ、机の上のポットとティーパックにティーカップを拝借する。ウェズリーはまだ当分戻って来ないだろうから、自分の分の紅茶を淹れた。
考えるのは勿論、デヴィッドが遺したという手紙の事だった。殺される直前にこの場所に残した物なら、今までのどんな物よりもデヴィッドの死の真相に迫っているだろう。なにせ自分に働くようわざわざ指名したウェズリーに充てた物だ。ウェズリーを霊園に来させたかった理由もこれなのだろう。
「……ふう」
椅子に座り、温かい液体を喉に流す。窓の外に広がる黒煙の街らしからぬ緑豊かな風景は、ムソヒに似た雄大さを感じて心休まる物があった。まるで窓枠内を一枚のキャンバスに見立てたかのようで、風景画そのものだった。時折鳥が横切ったり芝生がそよ風で波打ったりする以外は、絵本の中に広がる大草原を思わせた。
暫くその景色を堪能した後、棚に置かれてあった新聞に目を通す。人気俳優が阿片中毒者だった、ルミリエ駅前で馬車と馬車が接触した、焼却炉の掃除中に作業員が落ちた……新聞に書かれてあるニュースは、読んでいて憂鬱になる物だらけだ。その時、集会室の受付に置かれている電話から鈴の音が響きはっと現実に引き戻され、丁度良いと新聞を棚に戻す。
戻って来たウェズリーに良い熱さの紅茶を出そう、と壁際の鳩時計を見てみたところ、宣言された二十分後にはまだ少し早かった。良かった、と胸を撫で下ろし違う会社の新聞を読んで少しゆっくりしてから椅子から立ち上がり、紅茶の支度を始めようと動いた。ポットの前、集会所内の鳩時計がポッポと軽快に鳴く音を聞いていると、不意にガチャリと扉が開く音がし、ビクッと肩が跳ねる。振り返るとそこには既に見慣れてしまった青年が立っていて、リタは二回もウェズリーの事を見上げてしまった。
「……ぴ、ぴったりですねえ?」
「懐中時計を持っているもんでね」
短く言い、ウェズリーは視線だけでこちらを見てきた。が、すぐに視線を逸らし暫くそこに立っていた。
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