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第五章 暗闇の中へ
28 「デヴィッド様……の? まさか……デヴィッド様を殺した犯人は……!」
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「へえ~……」
従僕が開けてくれた扉に入り、思っていたよりもずっと狭いその部屋を見渡す。貴族が住む屋敷の玄関程の広さも無い部屋に、スポットライトに繋がっているコードや「上手」「下手」の文字が彫られているスイッチがあった。樽や照明機器を運ぶ時に使う大きめのキャリーワゴンもある。この小さな部屋が華やかな舞台を支えているのかと思うと胸が熱くなった。
「ゲール様、丸椅子ここに――」
置けばいいですか、と振り返って尋ねようとした時。ゴツッ! と言う音と共に頭に激痛が走り、目の前で星が煌めいたように光が弾けた。何が起こったか分からなかった。意識を手放す前に分かったのは、自分が床に倒れた時と同時にバサッと本が落ちてきた事、魔女狩りでもやっているかのように険しい表情を浮かべてこちらを見下ろしている赤毛の男性が視界に映った事だけだった。
「ん……っ」
どんな風に意識を手放そうと、覚醒の瞬間は何時だって唐突だ。けれど今は何時も以上に頭が痛い。靄がかっていた意識が瞬きをする度鮮明さを取り戻していく。
そうだ、と。目が覚めた事を周囲に悟られてはいけないと思い、漏れそうになる声をぐっと飲みこんで目を閉じた。薄目で状況を把握しようとリタは周囲に視線を巡らせる。物が多くて狭い。倉庫だろうか。
「っ」
同時に頭の痛みもより強く感じるようになった。この痛みの元凶は何だったか、目を瞑って思い出そうと試みる。
――そうだ、ゲールだ。頭を殴打される直前ゲールとその従僕と共に照明室に居た。となると、信じたくはないがゲールが自分をここまで運んできた犯人なのだろう。照明室にあったキャリーワゴンに自分を乗せれば簡単にここまで来れる。
しかし、どうして自分がゲールに殴らなければいけない? ゲール達が自分に乱暴を働くとは到底思えない。自分に起こった事は当然ウェズリーも把握する。主人が把握すればルミリエ領主の耳にも届き、あの支配人は体制が整って来た警察に裁かれる。それは圧倒的に不味い。ただそれは自分が生きていたら、の話だ。自分の口を封じてしまえば、ゲールは好きに動ける。
「あらリタちゃん? 起きたの?」
目を閉じたまま考えていると、不意に頭上から自分を殴打した人物の声が降ってきた。一瞬ビクリとしたが、ここでこの人と目が合うのは不味いと思い目を開けられずにいた。
「うふふふっ、狸寝入りなんてしても無駄よ? 劇場支配人の目を素人の演技で欺けるとは思わないで」
が、そんな策がゲールに通用するわけが無く。気付かれているのに演技を続ける方が危険だ。悔しさと恐怖の中、リタは悪あがきのように時間をかけて瞼を開いた。もしかしたら唇を噛み締めていたかもしれない。どうも自分は大道具の一つであるソファーに寝かされているようだった。
「ふふっ、そうそう。お早う、リタちゃん。良く眠れた?」
普段と同じ口調で普段からは想像も付かない事をするゲールの真意が知りたくて、緑色の瞳から目が逸らせなかった。
「……ゲール様、どうして」
目の前の人物に返事をする事なく問いかける。自分の反応に一瞬つまらなさそうに唇を窄めた表情は、今まで見た事が無い物だった。窓から見える空は明るい。日はまだ落ちていないし、空腹でも無い。と言う事は自分が殴られてからさほど時間が経っていないのだろう。
「どうして、ってそんな事デヴィッド絡みに決まってるでしょ?」
「デヴィッド様……の? まさか……デヴィッド様を殺した犯人は……!」
この状況で殺された人物の名前が出る意味は直ぐに分かる。背筋が寒くなり、ガバリと身を起こしソファー上で出来る限りゲールから距離を取る。手首を縛られているようで動きにくかった。自分の動きが面白かったのか、赤毛の男性の目が弧を描いた。
「どうして……? デヴィッド様とゲール様は友人だったじゃないですかっ!」
逃げ道を探すように改めて視線を部屋に巡らせたが、目の前にはゲール、扉の前には先程の従僕が静かに立っていた。
「ええ、確かに良い友人だったわ。でもね、この年になると友情より大切な物が出来てしまうのよ」
ゲールが口を開く度、この人達が自分をこの部屋に閉じ込めている理由が分かっていく。自分がデヴィッドから受け取ったあの鍵。この人達はあれを探しているのだ。
「私にはそれがお金だった。お金があれば雨風が凌げる屋敷に住める。美味しくて温かい料理が食べられる。綺麗な宝石を身に着けて、立派な馬車に乗って、大勢の使用人を控えさせられる。周囲から羨望の眼差しを向けられるにはお金を持ち続ける必要があるの。お金持ちに相応しい地位に居る事が必要なのっ!」
次第に感情を露わにするゲールに言い知れぬ恐怖を覚える。この人は元々、下流階級の出だったと新聞のインタビューで読んだ事がある。それだけに友人にたくさんの傷を付け殺せる程、ゲールにとってお金は神と同義なのだ。
「だから、ねえ。デヴィッドから鍵を受け取ってない? デヴィッドはあの鍵の在り処を言う事は無かったし、簡単に手放しそうなウェズに託すとも思えない。霊園の私宛の手紙にはただ説教が書かれていて、ウェズ宛の手紙の膨らみから見ても預けていなかった。死ぬ直前に誰かに手紙を送った痕跡も無い。それなのに無いの、後はもう貴女が持ってるとしか思えない! 引ったくりを命じても財布に入っていなかったから、きっと厳重に隠しているんでしょうね? 渡して欲しいんだけど! そうじゃなくても何かは知ってるでしょ!? 言って!」
どんなに迫真の演技をしたところで到底真似出来ない鬼気迫る表情を浮かべ、ゲールは自分に顔を突き付けてきた。目を見張って目の前の人物の真意を考える。
あの鍵はこの人にとって地位を揺るがす物であるようだ。そうでなければこのような言い方はしないし、よっぽどのスキャンダルが隠れていなければこんなに焦るわけがない。ふと頭の中で点と点が繋がった。
従僕が開けてくれた扉に入り、思っていたよりもずっと狭いその部屋を見渡す。貴族が住む屋敷の玄関程の広さも無い部屋に、スポットライトに繋がっているコードや「上手」「下手」の文字が彫られているスイッチがあった。樽や照明機器を運ぶ時に使う大きめのキャリーワゴンもある。この小さな部屋が華やかな舞台を支えているのかと思うと胸が熱くなった。
「ゲール様、丸椅子ここに――」
置けばいいですか、と振り返って尋ねようとした時。ゴツッ! と言う音と共に頭に激痛が走り、目の前で星が煌めいたように光が弾けた。何が起こったか分からなかった。意識を手放す前に分かったのは、自分が床に倒れた時と同時にバサッと本が落ちてきた事、魔女狩りでもやっているかのように険しい表情を浮かべてこちらを見下ろしている赤毛の男性が視界に映った事だけだった。
「ん……っ」
どんな風に意識を手放そうと、覚醒の瞬間は何時だって唐突だ。けれど今は何時も以上に頭が痛い。靄がかっていた意識が瞬きをする度鮮明さを取り戻していく。
そうだ、と。目が覚めた事を周囲に悟られてはいけないと思い、漏れそうになる声をぐっと飲みこんで目を閉じた。薄目で状況を把握しようとリタは周囲に視線を巡らせる。物が多くて狭い。倉庫だろうか。
「っ」
同時に頭の痛みもより強く感じるようになった。この痛みの元凶は何だったか、目を瞑って思い出そうと試みる。
――そうだ、ゲールだ。頭を殴打される直前ゲールとその従僕と共に照明室に居た。となると、信じたくはないがゲールが自分をここまで運んできた犯人なのだろう。照明室にあったキャリーワゴンに自分を乗せれば簡単にここまで来れる。
しかし、どうして自分がゲールに殴らなければいけない? ゲール達が自分に乱暴を働くとは到底思えない。自分に起こった事は当然ウェズリーも把握する。主人が把握すればルミリエ領主の耳にも届き、あの支配人は体制が整って来た警察に裁かれる。それは圧倒的に不味い。ただそれは自分が生きていたら、の話だ。自分の口を封じてしまえば、ゲールは好きに動ける。
「あらリタちゃん? 起きたの?」
目を閉じたまま考えていると、不意に頭上から自分を殴打した人物の声が降ってきた。一瞬ビクリとしたが、ここでこの人と目が合うのは不味いと思い目を開けられずにいた。
「うふふふっ、狸寝入りなんてしても無駄よ? 劇場支配人の目を素人の演技で欺けるとは思わないで」
が、そんな策がゲールに通用するわけが無く。気付かれているのに演技を続ける方が危険だ。悔しさと恐怖の中、リタは悪あがきのように時間をかけて瞼を開いた。もしかしたら唇を噛み締めていたかもしれない。どうも自分は大道具の一つであるソファーに寝かされているようだった。
「ふふっ、そうそう。お早う、リタちゃん。良く眠れた?」
普段と同じ口調で普段からは想像も付かない事をするゲールの真意が知りたくて、緑色の瞳から目が逸らせなかった。
「……ゲール様、どうして」
目の前の人物に返事をする事なく問いかける。自分の反応に一瞬つまらなさそうに唇を窄めた表情は、今まで見た事が無い物だった。窓から見える空は明るい。日はまだ落ちていないし、空腹でも無い。と言う事は自分が殴られてからさほど時間が経っていないのだろう。
「どうして、ってそんな事デヴィッド絡みに決まってるでしょ?」
「デヴィッド様……の? まさか……デヴィッド様を殺した犯人は……!」
この状況で殺された人物の名前が出る意味は直ぐに分かる。背筋が寒くなり、ガバリと身を起こしソファー上で出来る限りゲールから距離を取る。手首を縛られているようで動きにくかった。自分の動きが面白かったのか、赤毛の男性の目が弧を描いた。
「どうして……? デヴィッド様とゲール様は友人だったじゃないですかっ!」
逃げ道を探すように改めて視線を部屋に巡らせたが、目の前にはゲール、扉の前には先程の従僕が静かに立っていた。
「ええ、確かに良い友人だったわ。でもね、この年になると友情より大切な物が出来てしまうのよ」
ゲールが口を開く度、この人達が自分をこの部屋に閉じ込めている理由が分かっていく。自分がデヴィッドから受け取ったあの鍵。この人達はあれを探しているのだ。
「私にはそれがお金だった。お金があれば雨風が凌げる屋敷に住める。美味しくて温かい料理が食べられる。綺麗な宝石を身に着けて、立派な馬車に乗って、大勢の使用人を控えさせられる。周囲から羨望の眼差しを向けられるにはお金を持ち続ける必要があるの。お金持ちに相応しい地位に居る事が必要なのっ!」
次第に感情を露わにするゲールに言い知れぬ恐怖を覚える。この人は元々、下流階級の出だったと新聞のインタビューで読んだ事がある。それだけに友人にたくさんの傷を付け殺せる程、ゲールにとってお金は神と同義なのだ。
「だから、ねえ。デヴィッドから鍵を受け取ってない? デヴィッドはあの鍵の在り処を言う事は無かったし、簡単に手放しそうなウェズに託すとも思えない。霊園の私宛の手紙にはただ説教が書かれていて、ウェズ宛の手紙の膨らみから見ても預けていなかった。死ぬ直前に誰かに手紙を送った痕跡も無い。それなのに無いの、後はもう貴女が持ってるとしか思えない! 引ったくりを命じても財布に入っていなかったから、きっと厳重に隠しているんでしょうね? 渡して欲しいんだけど! そうじゃなくても何かは知ってるでしょ!? 言って!」
どんなに迫真の演技をしたところで到底真似出来ない鬼気迫る表情を浮かべ、ゲールは自分に顔を突き付けてきた。目を見張って目の前の人物の真意を考える。
あの鍵はこの人にとって地位を揺るがす物であるようだ。そうでなければこのような言い方はしないし、よっぽどのスキャンダルが隠れていなければこんなに焦るわけがない。ふと頭の中で点と点が繋がった。
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