アストリッドと夏至祭の魔法使い

上津英

文字の大きさ
60 / 65
Ⅴ Love―約束―

59 「夢? 君、夢があるの?」

しおりを挟む
「シロップ屋が、炭酸をうちのエルダーフラワーやビルベリーのシロップで割って飲むと美味しいよ、って宣伝してるからよ。大人って寂しい人達だわ、心からお祭りを楽しめないんだもの」
「それには同意」

 少年はムスッとしながら首を縦に振る。親と喧嘩でもしたかのような態度にクスリと笑う。

「あ、ピアノの順番回って来たわ。貴方も一緒に弾く? 一緒にピアノを弾く事って連弾って言うのよ」
「僕は良いよ。ピアノとか弾ける気がしない……あんなに指を早く動かすとか、人間じゃない」
「ふふっ、人間だからピアノを弾けるのよ。じゃ」

 少年が辞退しステージ横のジューンベリーの木の下に移るのを見てから、用意された椅子に座り楽譜を捲っていく。学校でよく歌ってる妖精の曲を見付け、これにしようと決める。

 ――ああ、良いな。

 やっぱり、自分はこの瞬間が好きだ。
 ピアノは自分の気持ちを音にしてくれる。イライラも悔しさも全部、抱き締めてくれる。
 将来はピアニストになりたい。帰ったら母にそう伝えよう。きっと自分の話をいつものように笑顔で聞いてくれるに違いない。

「はい、終わり~。凄いねえ、上手だねえ」

 そんな事を考えながら演奏していたら、あっという間に夢の時間が終わってしまった。

「えっもう終わり?」
「うん。何回弾いてくれても良いから、また並んでね。さ、きちんと炭酸を貰ってってね」
「……はーい」

 もっと、という気持ちをぐっと飲み込み、木の下の少年に声をかける。

「ねえ、何味のシロップが良い? 選びに来て!」

 すぐに近付いてきた少年はテーブルの上に並べられた多彩なシロップ
を見て悩んだ後、「これ」と言ってチョコレートのシロップを指差した。

「あ、それ行くー? 結構スパイシーなのよそれ」
「えっ、駄目、かなあ? チョコレート」

 途端に少年が慌てだす。
 変な味を選んでしまったと思ったのだろう。格好良い外見をしてるのに、中身はあんまり格好良くなさそうだ。楽しくて笑いが零れた。

「ううん、駄目じゃない。好きな子は好きよ、それ! 私もそれ、たまに飲みたくなるし。でも、私はビルベリーの下さい」
「そう言って君は違う味の飲むんだね」
「私ベリーが好きなの。ね、一緒に飲みましょう?」

 自分の分はお小遣いから支払い、「有り難う」と何度も礼を言い目を輝かせて素焼きのカップを持つ少年と、すぐ近くにある崖の上に行った。少し高いところに行くと焚き火が良く見える。

「ベリー好きならこれあげるよ。さっき君がピアノを弾いている間に摘んだジューンベリー。炭酸と一緒に食べようかなって」

 そう言うと少年は、切り株の上に一握りの赤いジューンベリーを置く。ころころと転がる果実に目が釘付けになった。

「わっ! ベリーだ、嬉しい! 有り難うね! 背が高いと気軽にベリーが摘めて良いなあ、羨ましい」
「う、羨ましい……?」

 どこか不思議そうな少年の表情に笑みが零れる。学校でいつもふざけている男の子とは全然違う。

「私アストリッド・グローヴェンと言うの。トロムソ本島に住んでるわ。ねえ、貴方何て言うの? 何処から来たの? ここら辺では見ない顔だけど」

 早速ジューンベリーの酸っぱさを楽しみながら、嬉しくなって笑顔で尋ねる。

「ウィルって言うよ。北東にある……山奥から来た。う、ちょっとこれ飲めない味かも……ごめん」
「しょうがないなあ、じゃあ交換してあげる」

 どうやら本当に地方から来たらしい少年が、チョコレートソーダを飲んで変な顔をしたので、クスクス笑いながらカップを交換した。話しやすいのはウィルの瞳が優しいからなのだろう。

「有り難う、ごめん。ねえアストリッド、さっきのピアノ上手だったね。家でも良く弾いてるの? あ、ビルベリーは美味しい……」

 どうやらウィルはビルベリーの炭酸水は気に入ったらしい。先程と飲みっぷりが違う。

「ううん、家では弾いてない。うち、ピアノ置いてないから」
「それであんなに弾けるんだ? 凄いね。ピアニストかと思った」

 ビルベリーの炭酸を夢中で飲んでいる少年からの一生懸命な言葉。悪い気はしなかったし、とても素敵だと思った。

「ふっふっふー。私ピアニストになるのが夢だからね! 貴方に言って貰えて今決めた!」

 褒められたのが嬉しくて笑顔で話すと、美味しそうに炭酸水を飲んでいた少年の瞳が丸くなった。

「夢? 君、夢があるの?」
「そうよ。ピアニストになってみんなを笑顔にするの!」

 ニィっと答えると、ウィルはどこかポカンとしながら固まっていた。

「へえ……夢……夢……凄いなあ」

 何度も繰り返すその姿に、気恥ずかしくなると同時に疑問を抱く。

「なによー意外そうに。ウィルは夢無いの?」
「うん。山奥に住んでるとね、難しいよ。だから夢を語れる君は格好良い。なんか……感動した」

 そう言いまじまじとこちらを見るウィルに頬が赤くなった。
 そんなに熱心に見られたのは初めてだ。何か言うのも気まずくて黙って味の良く分からないチョコレートソーダを飲み、摘んでもらったこれまた味の良く分からないジューンベリーを食べる。
 崖下で燃えている赤い焚き火をチラッと見ても、隣にある青い瞳の方が気になって落ち着かない。
 ――そう思った時。
 森で2つの黒い人影が動いた。

「生意気な女にはこうだ!」

 ついさっき聞いた少年達の声にハッとする。同時に小石がこちらに向かって飛んできた。

「危ないっ!」

 目の前まで小石が飛んできたのと、ウィルが声を荒らげたのは同時だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...