見知らぬ世界で秘密結社

六一

 しまった！そうか！

 人質だ。
ヴァンパイアは人質を取って逃げるつもりなのだ。

 だが、オオムカデンダルに人質が通用するのか。
まだ彼のことは詳しく知らないが、とても人質など気に掛けるようなタイプには思えなかった。

 だとすれば余計にまずい。
俺からディーレたちの間には十メートル程度の距離がある。

 俺はまだ立ち上がれなかった。

「！」

 ディーレたちもヴァンパイアの目的に気付いたようだった。
しかし彼女たちもまた、同じように動けないでいた。

 仕方がない。
俺はとっさに手のひらをヴァンパイアに向けた。

 俺の唯一使える魔法。
魔法も少し使えると言ったが、実はあまり使いたくはなかった。

 なぜなら、恥ずかしかったからだ。

「タンブル！」

 俺は唯一使える魔法を唱えた。

 幸運にもその時ヴァンパイアは翼を使わずに走っていた。
空気を翼で掻いて巨体を移動させるより、足で地面を蹴った方が初速が速いからだろう。

 短距離ならダイレクトに力が地面に伝わる『足』の方が速い。

 オオムカデンダルの方が速いといっても、ヴァンパイアの素早さも人間からすれば相当な速さである。
ディーレたちまでの距離など、ほんのコンマ何秒だ。

 それを阻止するためにはこれしかなかった。

 魔法を唱えた瞬間、ヴァンパイアは盛大に転んだ。
顔面から地面に突っ込んだのだ。

 タンブル。

 これは猟師や、一部のイタズラ好きなエルフの子供らが使う魔法だ。
『走っている』対象者を『転ばせる』魔法であり、ただそれだけの魔法である。
他になんの副次的効果もない。

 俺が子供の頃、何故か一緒に遊んでいたエルフの子が教えてくれたものだ。
はっきり言って冒険者が使う類いの魔法ではなかった。

 まさか役に立つ日が来るとは。

「クッ……！なんだ今のはッ！」

 ヴァンパイアがすぐさま起き上がる。

「なにしてんだ。勝手に帰るなよ、まだDNAの採取が終わってない」

 オオムカデンダルがそう言いながら近付いてくる。

「……ハッ！不本意だがここは逃げるとしよう。そして認めてやる、貴様は今の私が勝てる相手ではないという事を」

 意外なほど潔く、ヴァンパイアは敗北を認めた。
ヤツもまた、さすがだと言うことか。

「駄目に決まってんだろ」

 オオムカデンダルが言う。
確かに、オオムカデンダルのスピードから逃げられるとは思えない。

「お前は強い。だがまだヴァンパイアと言うものがどういう物か判っていないようだな」

 そう言うとヴァンパイアは数歩後ろに下がった。
オオムカデンダルを警戒してか、決して目を離そうとはしない。

「お前が如何に速かろうと、この距離ならば私の方が速い」