見知らぬ世界で秘密結社

小松菜

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二五九

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 トラゴスは目に涙をいっぱいに溜めて、俺とカルタスを交互に見た。

「違うんです。これは……違うんです」

 要領を得ない。
違うと言うなら何が違うのか言ってくれなくては。
俺は軽く腰を落とすと、拳を握った。

 武器は無い。
新しく買うつもりなのだが暇がないのだ。
冒険者としては失格だがこの体だ。不足はない。

「言え、言わなければ敵とみなす」

 トラゴスの体がこわばる。
足元を見ると震えていた。
なんなんだ。
本気で怖がっているのか。

 それも演技かもしれない。

 そう思うと構えを解く気にはなれなかった。

「待ってくれ」

 カルタスが間に入る。
俺はカルタスの次の行動を待った。

「俺は人間は殺さない。それが女であれば尚の事だ」

 俺はカルタスの言葉を聞いて一旦構えを解いた。
だが、おかしな行動を見せればすぐに攻撃する。

「なあ。別に怒ってる訳じゃねえし、角があるからってどうもしやしねえ。ただ、何て言うか……俺にどうして欲しいんだ?」

 カルタスが優しい口調でトラゴスに尋ねた。

「私はただ貴方に会いたかったんです。あの時は話せなかったし、お礼も言いたかった」

 トラゴスがカルタスを見つめる。

「そうか……俺は覚えちゃいないし、礼を言われても困っちまうが、まあいいさ」

 トラゴスはそう言われてうつむいた。
覚えていないと言われてショックを受けている。

 そんなにか。
それほどまでにカルタスを想っているのか。
本気で。

「カルタスが良いと言うなら、俺がこれ以上口を挟むことは無い。だが、放っておいて良いとも思わない。トラゴスと言ったな。アンタが普通の人間でないのは判っている。正体が判らない以上、俺はアンタを信用できない」

 冷たいようだが仕方がない。
このまま俺が帰ったあとに何かあったら、寝覚めは悪いしオレコに合わせる顔もない。

「……言ったら嫌われる」

 トラゴスが消え入りそうな声で言った。
嫌われるか。
まあ、もう人間ではないと判っているから、好きも嫌いも無いとは思うが。

「好きになるかは判らんが、アンタが何者でも嫌いになりはしないさ」

 カルタスが優しく言う。
コイツはさっきから優しいな。
見た目とギャップが有り過ぎるだろ。

「……私は一度死んだのです」

 カルタスが、ほうっと言った。
信じているのか、いないのか。

「せっかく助けて頂いたのに、結局飢饉は収まらず私は殺されて食べられてしまいました」

 なんだと。
さすがに俺も驚いた。

「人が人を食うだと……!」

 カルタスも衝撃を受けている。

「私はいずれ乳を取られる為に生かされていたのです。でもそんな悠長な事を言っている暇も無くなって、主人は私を食べました」

 あまりの話の内容に俺は言葉を失った。
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