見知らぬ世界で秘密結社

小松菜

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二六二

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 くそ、何で俺がこんな事をしなければならんのだ。
引き受けてはみたものの、納得いかない。

 俺はツカツカとトラゴスに歩みよった。
トラゴスが俺を見上げる。
何の疑いも持たない澄んだ瞳が俺を見つめた。
これは、余計に言いにくいぞ。

 だが、俺は心を鬼にした。
どうせ元山羊で、管理人曰く現在は『何だか判らないエネルギー』なのだ。
一緒に居るのも限界がある。
ここはお互いの為に、これ以上関り合いにならない方が良いのだ。

「トラゴス」

「はい」

 トラゴスが真っ直ぐ俺の目を見つめる。
くそっ、メドゥーサじゃあるまいし、これほど目を直視するのが難しい相手もそうは居まい。

「その……なんだ。そろそろ帰った方がいい」

 メドゥーサ……もとい、トラゴスが小さく首をかしげた。

「どうしてですか?」

「遅くなると何かと物騒だからな。早く帰らないと親御さんも心配する」

「親?居ませんけど」

 そうだった。

「あ、いや。美人の一人歩きは危険だ。明るいうちに帰った方がいい」

 トラゴスが悲しそうな目をした。
この目は危険だ。
表情豊かにこちらの心を揺さぶってくる。
これに抗える者はそう多くはないぞ。

「 ……私、嫌われてますか?」

 ズキッ

 痛いところを突いてくる。
直球だ。
そうだとはとても言えない。
いや、そもそも嫌われてはいない。
だが、迷惑ではある。
俺がではない。
カルタスが、だ。

「嫌われてはいないが、いきなり押し掛けては迷惑だろう」

「私のこと迷惑ですか?」

「いや、俺がではない。カルタスがだ」

 しまった。
つい、本音が。

 トラゴスの目にうっすらと涙が溜まり始める。
また泣かれるのか。
やっと泣き止んだと言うのに。
俺は慌てた。

「い、いや、違う。常識的に考えて、一般的に迷惑が掛かるだろうと言う話だ」

 俺は必死に言い訳をした。
言い訳する必要など全く無いのに。

 トラゴスが後ろのカルタスを覗いた。
カルタスが目を反らす。
この野郎。

「……そうですね。私、迷惑ですよね」

 堪えろ俺。
優しくするな。
こんなに罪悪感のある役目は、金輪際お断りだ。

「……ちなみに、帰るところはあるのか?」

 言ってから後悔した。
何故俺は黙っていられなかったのか。
魔が差したとしか言いようがない。
引き留める言葉ではないから油断したか。
単に気になったから自然に尋ねてしまったのだ。

「ありません……」

 ほら見ろ。
聞いてしまった俺は目を強く閉じて天を仰いだ。
カルタスも目を押さえてうつむいていた。

 この時点で俺たちは敗北を認めた。

「……そうか」

 俺は一言だけそう言うとカルタスの側へ戻った。

「……スマン。選手交替で」

 俺はカルタスの手を取ると、強制的にタッチした。
かくして、今晩トラゴスはここに泊まることとなった。
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