見知らぬ世界で秘密結社

小松菜

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六三七

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「ああ……」

 女が切な気な声をあげる。

 げえっ!

 びしゃびしゃびしゃっ

 再三に渡って吐瀉物を撒き散らすも、それらは全て未消化の人間であった。

「顔しか無えくせに、何が胃酸だ。ふざけやがって」

 カルタスが顔をしかめて言った。
全くカルタスの言う通りだ。
頭の中に胃袋や消化器官が有ると言うのか。
こんなモンスター見た事無いぞ。

「……キメラなんじゃない?」

 オレコが言った。
キメラ?
キメラと言うと、あの頭がライオンで胴体は山羊、尾は蛇で口から火を噴くと言うあのキメラか?

 俺は女をしげしげと眺めた。
とてもキメラには見えないが。

「二体以上の生き物を合成した生き物をキメラと言うらしいわ」

 俺はそれを聞いてもう一度女を見上げる。
確かに人間の女と何らかの虫の足が一緒になったように見えるが、もっと他にくっ付けるモノは無かったのか。

「こんな所にキメラが住んで居ても誰も来ないからな。知られていない訳だ」

 カルタスが鼻をツマミながら言った。

「うう……痛い、痛いよお……助けて……」

 もはや人間としては形を保ってはいない。
その未消化の人間たちが、助けてを求めて近付いて来た。

「助けて……」

 性別も判らないその人影から唯一判った事は、それらは全て泣いていると言う事だ。
泣いている。
全員が泣いている。

 痛みからか、苦しさからか、もうどうにもならない現実からか。
その全てかもしれない。
彼らは救って欲しくて、泣いているのだ。

 じゃっ

 俺は地面の砂を踏みしめた。

 だっ!

 一気に駆け出すと、すれ違い様に次々に彼らを撫で斬りにした。

「お、おい……!」

 カルタスが意表を突かれてうろたえた。
だが、構うもんか。
この状況で彼らを救う手立ては無い。
仮に一命をとりとめたとして、その後どうやって生きていくのか。
もう元の暮らしには戻れはしないのだ。

 ズバッズバッ
ビシュビュシャッ

 痛みは感じる間もあるまい。
首を一瞬でハネる。
サフィリナックスブレードの切れ味は、普通の剣など及びもつかない。
斬った感覚さえ乏しい、それほどの切れ味だ。
鋭利に切断された切り口は、痛みなど感じない。
まるで、鏡のような切断面だ。

 一言も発する事無く、彼らは絶命した。
だが、その表情はホンのわずかに笑っていた。

 俺は間違っていない。
これは救いなんだ。
俺はそう信じて腕を振り続けた。

「……凄え、鬼気迫るな」

 ガイが呟いた。

「何でかな……美しいよ」

 ルガがガイに言った。

 ビシュ!

 最後の一人を斬った。
それがドサッと地面に倒れ込む。

「これで全員か……」

 俺は返り血で真っ赤に染まった自分の腕を振り払った。

 びゅっ!
ビシャッ

「はあ……」

 女が切なそうな吐息を吐いた。
甘ったるい香りが辺り一面に広がる。

「な、何だこの匂いは……!」

 カルタスが鼻を鳴らす。

「吸うな!離れろ!」

 俺はとっさに叫んだ。
ガイたちはマスクを被っている。
おそらくこの程度の毒気にはやられない筈だ。
だが、カルタスやオレコたちは生身だ。
吸わせてはいけない。

「……ぐっ!」

 カルタスが片膝をついた。
遅かったか。
オレコは必死にトラゴスを抱えて逃げているが、幾分かは吸い込んでいる。

「はあ…」

 女が再び甘い吐息を吐いた。
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