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本編
アイツはもう死んでいる
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「なあ旦那」
紙巻き煙草を手ずから巻きながら、唯桜が何気無く牛嶋に呼び掛けた。
牛嶋はまた一人窓の外を眺めながら、こちらも手酌でどぶろくを飲んでいた。
最近は唯桜よりも酒を楽しんでいる。
戦いが無ければ本当にやる事など無いと言わんばかりだ。
窓の外に何が見えると言う訳でも無い。
強いて言えば満月が見事である。
「秘密結社ってよう、こんなアットホームだったかね」
糊付け部分を舐めながら器用に煙草を巻くと、返事の無い牛嶋に構わず自身の疑問を口にした。
「じゃまた明日、だってよ」
さっきヤーゴが部屋を出て行く時に、唯桜にそう言った。それを言っているのだ。
「俺だってよう、ヤゴスに来た時は悪の秘密結社なんて鼻で笑っまったけどよ。実際染まってみると逆に新鮮だよな、ああ言うの」
唯桜はヤーゴの言った、じゃまた明日、が新鮮に感じたらしい。
唯桜はようやく巻き上がった煙草を満足げに眺めると、テーブルの上にあったランプを取ってそこから火を貰った。
大きく吸い込んで鼻から紫煙を吐き出す。
牛嶋は特に返事もせず自分のぐい飲みに酒を注いだ。
「まあ、別に良いんだけどよ。今はまだ中小どころか零細秘密結社だしな。ただなんつーか、スッゲエ張り切ってんだよなあ」
自分がまだ生身の身体だった頃。
自分もあんな風だったかと思い出してみる。
そうだったような気もするが、あそこまででは無かった気もする。
結局、遠い昔の様な気がしてはっきりしない。想い出なんてそんな物かも知れないなと思った。
「……スイフトとやり合ったぜ」
吐き出す煙を輪っかにしながら、ぼんやりと唯桜が言った。
牛嶋の酒を飲む手が止まった。
「何故今頃言う」
牛嶋がポツリと言った。
「元々俺が予定を勘違いしたからなんだが、煙草倉庫に居た連中がスイフトの名前を出したからよ。半信半疑で呼び出させたんだよ」
そう言って唯桜は煙に目を細めた。
煙草はもう半分の長さになっている。
「……で、本人だったのか?」
牛嶋が尋ねる。
唯桜は何か考えている様だったが、ゆっくりと口を開いた。
「見た目は……」
「そんな事、ある筈がないわ」
唯桜が話し始めた途端、美紅が横から口を挟んだ。
「うおっ、何だ居たのかよ」
唯桜は驚いて美紅の方を見た。
美紅はジュースの入ったグラスを持って部屋に入ってきた。葡萄を絞った様な色をしている。
例の果実酒かと思い唯桜は一瞬驚いた。
ここではワインの様な果実酒が一般的な酒である。
唯桜と牛嶋は日本酒飲みたさに唯一存在するどぶろくを愛飲していた。
しかし製造量としては希少な為に、大事にチビチビ飲んでいるのが現状である。
「スイフトの中身はただの人間よ。もうとっくに死んでるわ」
美紅がそう言って唯桜の前に座った。
「確か防衛省の」
「ぶー」
言いかけた唯桜に美紅が駄目出しする。
「……警察庁の」
「ぶー」
「く、宮内庁……?」
「ぶー! ぶー! ぶー!」
「ああっ! もう何だよ! 知ってんならおめえが言えよ!」
唯桜がキレた。
「警視庁よ。ま、もう知らなくても良いけど。存在しない過去の組織なんて」
美紅はそう言って肩をすくめると、グラスのジュースに口をつけた。
「元は海上保安庁の物だったらしいけど、私たちが台頭してきてから警視庁に譲られたらしいわね。つまり最初は国外の特定の国や組織に対して水際で任務に当たってたって訳よ」
「へえ、詳しいなおめえ」
「何でアンタが知らないのよ。幹部職でしょ」
感心する唯桜に美紅が呆れてつっこんだ。
「九条 大揮(くじょう だいき)。警視庁機動隊から、新設された警視庁特技研の実働部隊に配属される。スイフトの正体はコイツ」
グラスのジュースを一口飲んで、更に美紅が続ける。
「ただし私達とは違って生身の人間だからね。もう百年以上経ってるのよ。死んでるわ」
唯桜もそこの所は解っている。
だがあれは確かにスイフトだった。
「……見た目は確かにスイフトだったぜ。何より奴は俺の名前を呼びやがった」
唯桜が迷っているのはそこである。
何故俺の名を知っていたのか。
中身はヨボヨボのジジイだったとでも言うのか。
考えてみるが唯桜には解る筈も無かった。
そして唯桜は短くなった煙草の火を指で潰して消した。
紙巻き煙草を手ずから巻きながら、唯桜が何気無く牛嶋に呼び掛けた。
牛嶋はまた一人窓の外を眺めながら、こちらも手酌でどぶろくを飲んでいた。
最近は唯桜よりも酒を楽しんでいる。
戦いが無ければ本当にやる事など無いと言わんばかりだ。
窓の外に何が見えると言う訳でも無い。
強いて言えば満月が見事である。
「秘密結社ってよう、こんなアットホームだったかね」
糊付け部分を舐めながら器用に煙草を巻くと、返事の無い牛嶋に構わず自身の疑問を口にした。
「じゃまた明日、だってよ」
さっきヤーゴが部屋を出て行く時に、唯桜にそう言った。それを言っているのだ。
「俺だってよう、ヤゴスに来た時は悪の秘密結社なんて鼻で笑っまったけどよ。実際染まってみると逆に新鮮だよな、ああ言うの」
唯桜はヤーゴの言った、じゃまた明日、が新鮮に感じたらしい。
唯桜はようやく巻き上がった煙草を満足げに眺めると、テーブルの上にあったランプを取ってそこから火を貰った。
大きく吸い込んで鼻から紫煙を吐き出す。
牛嶋は特に返事もせず自分のぐい飲みに酒を注いだ。
「まあ、別に良いんだけどよ。今はまだ中小どころか零細秘密結社だしな。ただなんつーか、スッゲエ張り切ってんだよなあ」
自分がまだ生身の身体だった頃。
自分もあんな風だったかと思い出してみる。
そうだったような気もするが、あそこまででは無かった気もする。
結局、遠い昔の様な気がしてはっきりしない。想い出なんてそんな物かも知れないなと思った。
「……スイフトとやり合ったぜ」
吐き出す煙を輪っかにしながら、ぼんやりと唯桜が言った。
牛嶋の酒を飲む手が止まった。
「何故今頃言う」
牛嶋がポツリと言った。
「元々俺が予定を勘違いしたからなんだが、煙草倉庫に居た連中がスイフトの名前を出したからよ。半信半疑で呼び出させたんだよ」
そう言って唯桜は煙に目を細めた。
煙草はもう半分の長さになっている。
「……で、本人だったのか?」
牛嶋が尋ねる。
唯桜は何か考えている様だったが、ゆっくりと口を開いた。
「見た目は……」
「そんな事、ある筈がないわ」
唯桜が話し始めた途端、美紅が横から口を挟んだ。
「うおっ、何だ居たのかよ」
唯桜は驚いて美紅の方を見た。
美紅はジュースの入ったグラスを持って部屋に入ってきた。葡萄を絞った様な色をしている。
例の果実酒かと思い唯桜は一瞬驚いた。
ここではワインの様な果実酒が一般的な酒である。
唯桜と牛嶋は日本酒飲みたさに唯一存在するどぶろくを愛飲していた。
しかし製造量としては希少な為に、大事にチビチビ飲んでいるのが現状である。
「スイフトの中身はただの人間よ。もうとっくに死んでるわ」
美紅がそう言って唯桜の前に座った。
「確か防衛省の」
「ぶー」
言いかけた唯桜に美紅が駄目出しする。
「……警察庁の」
「ぶー」
「く、宮内庁……?」
「ぶー! ぶー! ぶー!」
「ああっ! もう何だよ! 知ってんならおめえが言えよ!」
唯桜がキレた。
「警視庁よ。ま、もう知らなくても良いけど。存在しない過去の組織なんて」
美紅はそう言って肩をすくめると、グラスのジュースに口をつけた。
「元は海上保安庁の物だったらしいけど、私たちが台頭してきてから警視庁に譲られたらしいわね。つまり最初は国外の特定の国や組織に対して水際で任務に当たってたって訳よ」
「へえ、詳しいなおめえ」
「何でアンタが知らないのよ。幹部職でしょ」
感心する唯桜に美紅が呆れてつっこんだ。
「九条 大揮(くじょう だいき)。警視庁機動隊から、新設された警視庁特技研の実働部隊に配属される。スイフトの正体はコイツ」
グラスのジュースを一口飲んで、更に美紅が続ける。
「ただし私達とは違って生身の人間だからね。もう百年以上経ってるのよ。死んでるわ」
唯桜もそこの所は解っている。
だがあれは確かにスイフトだった。
「……見た目は確かにスイフトだったぜ。何より奴は俺の名前を呼びやがった」
唯桜が迷っているのはそこである。
何故俺の名を知っていたのか。
中身はヨボヨボのジジイだったとでも言うのか。
考えてみるが唯桜には解る筈も無かった。
そして唯桜は短くなった煙草の火を指で潰して消した。
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