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夜の宴
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その後、用意された私たちの部屋に下がらせてもらったが、部屋に入った私とフェリスは、同時に歓声を上げた。
母国での女中部屋と違って、部屋は広々としている。あちこちに絵画が飾られ、それも、陰鬱な色の肖像画ではなく美しい風景画なのである。
菫色の天蓋付きのベッドは、焼きたての白パンのような羽布団が積まれ、疲れた体を誘惑してくるようだ。
部屋の隅に敷かれた白い毛皮の上には、クラヴサンが置かれ、美しい庭園に面した壁側は大きな窓があり、日当たりがとても良い。
「なんて素敵な部屋でしょう!」
興奮したフェリスの頭からヘアバンドは外れてしまって、猫耳が完全に見えている。
彼女はクンクンと鼻を鳴らした。
「いい香り、レモンの木かしら」
「フェリス、私、なんだかとても疲れているの。少し横になっていいかしら?」
興奮さめやらぬ、といったフェリスの相手ができなくて悪いけれど、私は素敵なベッドにドレスのまま横になった。
「おやすみなさい、お嬢様」
フェリスはそう言うと、楽しそうに荷解きを始めた。その姿を横目に、私はすぐに眠りについてしまった。
はっと目覚めた時には、すっかり暗くなっていた。
「フェリス?」
何処へ行ったんだろう。
私はベッドから渋々起き上がり、彼女を探す。
恐る恐るドアを開けて廊下に出たが、中庭は暗闇に篝火が燃えているだけで、人の気配はない。
今、何時くらいだろう?
くるりと振り向いた瞬間、誰かにぶつかる。私は小さな悲鳴を上げてしまった。
「おっと! 失礼」
甘やかな声がして、私はその誰かの腕にすっぽりと包まれていた。
「いっ、いいえ! こちらこそ申し訳ありません!」
男性らしき人物の硬い胸を、そっと両手で押して離れようとした。しかし、彼は体を離した後も、私の両手を握って離さない。
「もしかして、貴女が兄上の花嫁?」
「兄上? アンドレイ様の弟君でいらっしゃいますか?」
「これは失礼しました。私は、ジョハンセン一族の面汚し、リヒャルトと申します」
その時になって、ようやく私は顔を上げて男性の顔を真正面から見た。思わず息を呑む。
なんて素敵な!
辺境伯と同じ濃いブルーの瞳に、美術館の彫像のような美しい顔立ち。プラチナブロンドの長めの髪を束ねた姿は、神話の世界から抜け出てきた王子様のよう。
驚きで固まってしまった私を見て、リヒャルトと名乗った人は優しい笑みを浮かべた。
「よろしければ、裏庭で開かれているパーティにご一緒しませんか?」
「パーティ?」
「今、お祝いのパーティが開かれています。主催者は私だ」
咄嗟に返事できない私に、「さあ」と、リヒャルト様は言って走り出した。彼に引っ張られるようにして、私も彼の後に続く。
裏庭は広大な芝生地で、大きな池もあるようだ。どこから集まったのだろう、大勢の人たちが思い思いに過ごしている様子。あちこちで焚かれた篝火のおかげで視界は明るく、四阿の下では、何人かの人たちが楽器を演奏し歌っているのが見えた。
みんな、グラス片手にお酒を飲んでいるのだろう、笑い声が響いて楽しげである。
私は、その輪の中にフェリスがいるのを見つけた。
「フェリス!」
「あっ、お嬢様! ごめんなさい! お嬢様を置いて来てしまって。リヒャルト様のお使いの方に誘われたもので。……私、少しお酒も頂いてしまいました」
ピンと立ったフェリスの耳の内側は、いつもよりピンクが濃くなっている。
「まあ!」
「許してあげてください、今日はお祝いの日でしょう?」
「お祝い?」
「貴女と兄上の結婚」
そうだった。特に儀式があったわけではないが、今日は私の晴れの日だった。
「お祝いに一曲、演奏させてください」
リヒャルト様は、リュートギターを奏で始める。彼に楽器を渡した人が、彼の演奏に合わせて歌い始めた。
「麗しき瞳の姫君
望めばあなたも楽園の一員になれる
勇気を出してその扉を押せばいい」
いつの間にか、リヒャルト様の周りには人だかりが出来ていた。美しい歌声と演奏に、みんなうっとりしている。もちろん、私とフェリスも。
フェリスと同じ年格好の、可愛い召使いがやって来て、ワイングラスを渡してくれた。そして、なみなみと真紅のワインを注いでくれた。
「リヒャルト様の葡萄農園で作られたワインです」
馥郁たる香りに誘われ、ひとくち飲んだ私は、あまりの美味しさに驚きの声を上げてしまう。思わずリヒャルト様を見た私に、彼はウインクしてきた。
リヒャルト様や周りの人の演奏はまだ続いていて、私たちはしばしの間、お酒と音楽を楽しんだ。
「明日もまた」
リヒャルト様がそう言って、私の左手の甲に恭しくキスした。そして、それを合図とするかのように、パーティはお開きとなったのだった。
母国での女中部屋と違って、部屋は広々としている。あちこちに絵画が飾られ、それも、陰鬱な色の肖像画ではなく美しい風景画なのである。
菫色の天蓋付きのベッドは、焼きたての白パンのような羽布団が積まれ、疲れた体を誘惑してくるようだ。
部屋の隅に敷かれた白い毛皮の上には、クラヴサンが置かれ、美しい庭園に面した壁側は大きな窓があり、日当たりがとても良い。
「なんて素敵な部屋でしょう!」
興奮したフェリスの頭からヘアバンドは外れてしまって、猫耳が完全に見えている。
彼女はクンクンと鼻を鳴らした。
「いい香り、レモンの木かしら」
「フェリス、私、なんだかとても疲れているの。少し横になっていいかしら?」
興奮さめやらぬ、といったフェリスの相手ができなくて悪いけれど、私は素敵なベッドにドレスのまま横になった。
「おやすみなさい、お嬢様」
フェリスはそう言うと、楽しそうに荷解きを始めた。その姿を横目に、私はすぐに眠りについてしまった。
はっと目覚めた時には、すっかり暗くなっていた。
「フェリス?」
何処へ行ったんだろう。
私はベッドから渋々起き上がり、彼女を探す。
恐る恐るドアを開けて廊下に出たが、中庭は暗闇に篝火が燃えているだけで、人の気配はない。
今、何時くらいだろう?
くるりと振り向いた瞬間、誰かにぶつかる。私は小さな悲鳴を上げてしまった。
「おっと! 失礼」
甘やかな声がして、私はその誰かの腕にすっぽりと包まれていた。
「いっ、いいえ! こちらこそ申し訳ありません!」
男性らしき人物の硬い胸を、そっと両手で押して離れようとした。しかし、彼は体を離した後も、私の両手を握って離さない。
「もしかして、貴女が兄上の花嫁?」
「兄上? アンドレイ様の弟君でいらっしゃいますか?」
「これは失礼しました。私は、ジョハンセン一族の面汚し、リヒャルトと申します」
その時になって、ようやく私は顔を上げて男性の顔を真正面から見た。思わず息を呑む。
なんて素敵な!
辺境伯と同じ濃いブルーの瞳に、美術館の彫像のような美しい顔立ち。プラチナブロンドの長めの髪を束ねた姿は、神話の世界から抜け出てきた王子様のよう。
驚きで固まってしまった私を見て、リヒャルトと名乗った人は優しい笑みを浮かべた。
「よろしければ、裏庭で開かれているパーティにご一緒しませんか?」
「パーティ?」
「今、お祝いのパーティが開かれています。主催者は私だ」
咄嗟に返事できない私に、「さあ」と、リヒャルト様は言って走り出した。彼に引っ張られるようにして、私も彼の後に続く。
裏庭は広大な芝生地で、大きな池もあるようだ。どこから集まったのだろう、大勢の人たちが思い思いに過ごしている様子。あちこちで焚かれた篝火のおかげで視界は明るく、四阿の下では、何人かの人たちが楽器を演奏し歌っているのが見えた。
みんな、グラス片手にお酒を飲んでいるのだろう、笑い声が響いて楽しげである。
私は、その輪の中にフェリスがいるのを見つけた。
「フェリス!」
「あっ、お嬢様! ごめんなさい! お嬢様を置いて来てしまって。リヒャルト様のお使いの方に誘われたもので。……私、少しお酒も頂いてしまいました」
ピンと立ったフェリスの耳の内側は、いつもよりピンクが濃くなっている。
「まあ!」
「許してあげてください、今日はお祝いの日でしょう?」
「お祝い?」
「貴女と兄上の結婚」
そうだった。特に儀式があったわけではないが、今日は私の晴れの日だった。
「お祝いに一曲、演奏させてください」
リヒャルト様は、リュートギターを奏で始める。彼に楽器を渡した人が、彼の演奏に合わせて歌い始めた。
「麗しき瞳の姫君
望めばあなたも楽園の一員になれる
勇気を出してその扉を押せばいい」
いつの間にか、リヒャルト様の周りには人だかりが出来ていた。美しい歌声と演奏に、みんなうっとりしている。もちろん、私とフェリスも。
フェリスと同じ年格好の、可愛い召使いがやって来て、ワイングラスを渡してくれた。そして、なみなみと真紅のワインを注いでくれた。
「リヒャルト様の葡萄農園で作られたワインです」
馥郁たる香りに誘われ、ひとくち飲んだ私は、あまりの美味しさに驚きの声を上げてしまう。思わずリヒャルト様を見た私に、彼はウインクしてきた。
リヒャルト様や周りの人の演奏はまだ続いていて、私たちはしばしの間、お酒と音楽を楽しんだ。
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