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お飾りの妻
しおりを挟む「でっ、でも。いずれは誰かがカザールの当主を継がなくてはならないのですよね?」
私は混乱していた。後継者が必要だから、私を妻に迎えたのではないの?
待って。『後継者を産む』ということは……。
辺境伯の姿を思い浮かべた私はぞっとしてしまい、慌てて「ごめんなさい」と、心の中で手を合わせ彼にお詫びする。
「兄はもしかしたら、自分で最後にしたいのかもしれません。もうこれ以上、理不尽な目に遭わされる犠牲者を出したくないのです。私たち兄弟の父は契約しなかった為に、隣国と争いになった結果、早くに亡くなりました」
「そんな!」
契約したとしても、しなかったとしても理不尽すぎる。ジョハンセン辺境伯のご一族は、なんて可哀想な運命を背負ってらっしゃるのだろう。
「私はてっきり、ブランカブロンコ山脈があるから国は護られていると思っていました。我が国の平和が、ジョハンセン一族の犠牲の上に成り立っていたなんて」
「ブランカブロンコの存在は確かに大きいでしょう。しかし、それでもあの山を越えて攻め入られることは、歴史上何度もあったようです。我が国の豊かさを、喉から手が出るほど周辺国は欲しがっているのですから。……つまらない話はこの辺で。今宵も素敵な夜にしませんか?」
裏庭では、既に楽しげなパーティが始まっているようだ。先ほどから、そちらの賑やかな様子に気もそぞろだったとは、恥ずかしくて言えないけれど。
パーティに気を取られている私だが、国の大事を『つまらない話』なんて終わらせることも出来ない。
「カザールが周辺国から攻められて落ちるようなことがあったら、ローウェル王国はおしまいです。つまらない話なんて、そんな」
尚も食い下がる私に対して、リヒャルト様は優しく諭すように言った。
「あなたが心配なさることではありませんよ」
「それは、そうですけれど」
確かに、私が心配してどうこうできるものではない。
リヒャルト様は、私の顔を覗き込む真似をしてにっこり笑った。
「あーあ。だから、語りたくなかったんです。私は毎日を楽しく過ごせたら、それでいい。難しい話は考えたくない」
彼はさりげなく私の両手を取り、おや? という顔をした。
「前から気になっていましたが、手がガサガサだ。どうしたんです?」
私は、荒れて赤くなっている手を引っ込めた。
「すみません!」
恥ずかしくて消え入りたい気分。
「わ、私は、とても辺境伯の奥方なんて言える身分じゃないんです! ずっと召使いとして働いてきたので」
私は何度も頭を下げる。……あれ? 私は何を謝っているんだろう?
「顔を上げてください。どういうことですか?」
リヒャルト様は真剣な表情で尋ねてきた。
私は、なるべく父や継母の悪口にならないよう、私の身に起きたことだけ話すようにした。
実母の死、父の再婚、義姉が出来たこと。
「この国は長子相続ですが、貴女の義姉上は公爵家の血を引いていないんですよね?」
「それは……わかりません。父と継母は若い頃、恋愛関係にあったわけですから、義姉はもしかしたら父の実子かも。いいえ、そうでなければ、おかしいですよね」
私は、ずっと疑問に思っていたことをリヒャルト様に言ってしまった。
「私の両親は決して不仲ではなかったはずですが、殿方は同時に複数人を愛せるのだ、と聞いたことがあります」
そう答えながら、何故か悲しくて悔しくて涙が溢れ出てきてしまう。
そんな私の顔を見て、リヒャルト様は気遣わしげに言った。
「そんな男もいるでしょう。ですが、私は違う。私は、たった一人の女性を愛し続けるつもりですよ」
彼の手が、そっと私の両肩に載せられた。
「ジョハンセン一族は、誠実さだけが取り柄なのです」
リヒャルト様は、そう言って微笑んだ。
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