8 / 33
葡萄農園
しおりを挟む改めて中庭を眺めてみると、その広さに私は驚いてしまう。フェリスも同じらしく、
「昼間に見ると、すごいですね。こんなに広くて、しかも芝生が青々として。 “ 辺境伯 ” のご威光を見せつけられた気がします」
池の水が、陽の光にキラキラと反射して輝いている。
「綺麗ね、この大きな池。自然に出来たもの? それとも人口池?」
「睡蓮ですか? 花もいくつか見えますね」
池は、庭のかなりの部分を占めているようで、池の周りを歩いている私たちは、川のほとりをそぞろ歩いているような気分になる。
「お天気も良くて、気持ちいいですねぇ」
「ほんとうに」
もうすぐ本格的な夏だ。
カザール地方は、夏が短く冬が長い。
だから、その短い夏に領民は一生懸命働いて、そして思い切り楽しむものだ、と聞いたことがある。
「皆さん、働き者ですよね。今夜もパーティは開かれるんでしょうか? 夜遅くまで楽しんで、でも何事もなかったように、翌朝早くから働いて」
「フェリス、実は私、今とても眠いの」
「お嬢様、私もです!猫はいつも眠いんです」
フェリスは笑って言うと、大あくびをした。
「お嬢様、あれが葡萄農園ですよね?」
フェリスが指差す方向には、緑豊かな低木がずらりと並んで生い茂っている。
「あれだわ! よかった、迷うことはなかったわね」
「でも、まだまだ遠いです。だいぶ歩かないと」
「そういえば、誰にも会わないわね。もう皆さん、働いてらっしゃるのかしら」
「葡萄農園は、城館の使用人ではなくて領民が雇われているのかもしれませんね」
そんな話をしているうちに、葡萄農園の入口に到着した。
「ふう~」
フェリスが、ため息をついて立ち止まる。私も立ち止まり、スカーフの端っこで額の汗を拭った。初夏の風は心地よいが、この長い散歩で少し汗をかいてしまった。
葡萄農園には、特に表示看板があるわけでなし、立ち入り禁止と言われているわけではなさそうだ。
「入らせてもらいましょう」
「お嬢様、私が先に」
フェリスが私を庇うように先に立って、葡萄の木に向かって歩き始めた。
葡萄の木は、青々とした葉をつけており、私たちとそんなに背丈が違わない。
「実が生る頃も見たいわね」
「収穫のお手伝いですか?」
「それは無理でしょうけど、何事も経験してみたい気もするわね」
広い農園は、意外と隅から隅まで歩くのに、さほど時間は掛からなかった。
農園で働いている人たちを何人か見かけたので、挨拶する。彼らは私を見てすぐに、「奥方様⁉︎」と声を上げた。
「カザールに到着した日もそうだったけど、私のこと、何故皆さんはすぐにわかるのかしら? 」
「街中に、お嬢様の肖像画が配られたそうですよ。メアリーさんが言ってました。だから、実際のお嬢様を見て、すぐにわかったって」
「まあ! そうだったの」
以前一度だけ、肖像画を画家に描いてもらったことがあった。あの絵を、お父様が辺境伯に渡されたのかしら。
私の似顔絵が複製になって、たくさん印刷されて……。そんなことを考えて、注目されることに慣れていない私は困惑してしまう。
「まだお昼には早いですよね」
「そうね」
フェリスの問いかけで気づいたけれど、まだお腹は空いていない。
「一応、番小屋に行ってみましょうか」
私たちは葡萄の木から離れて、番小屋を探した。
「農園の人たちに案内してもらったほうがいいかな。あっ、もしかしてあれ……」
フェリスは、何かの建物をめざとく見つけたみたいである。
私たちが居る場所から少し離れた所に、赤い煉瓦屋根の家があった。鬱蒼と生い茂る丈の高い木の間から、ちょこんと煙突のある屋根が見える。
「番小屋にしては可愛いお家ね。それに、しっかりした造りだわ」
誰か住んでいる家のようだが。
家を見ていると、扉が開いて、背の低い太り気味のお婆さんが現れた。
彼女は私たちに気がついて、首をかしげる。
私たちは会釈して、その家のほうに歩き始めた。
1
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
完璧すぎると言われ婚約破棄された令嬢、冷徹公爵と白い結婚したら選ばれ続けました
鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎて、可愛げがない」
その理不尽な理由で、王都の名門令嬢エリーカは婚約を破棄された。
努力も実績も、すべてを否定された――はずだった。
だが彼女は、嘆かなかった。
なぜなら婚約破棄は、自由の始まりだったから。
行き場を失ったエリーカを迎え入れたのは、
“冷徹”と噂される隣国の公爵アンクレイブ。
条件はただ一つ――白い結婚。
感情を交えない、合理的な契約。
それが最善のはずだった。
しかし、エリーカの有能さは次第に国を変え、
彼女自身もまた「役割」ではなく「選択」で生きるようになる。
気づけば、冷徹だった公爵は彼女を誰よりも尊重し、
誰よりも守り、誰よりも――選び続けていた。
一方、彼女を捨てた元婚約者と王都は、
エリーカを失ったことで、静かに崩れていく。
婚約破棄ざまぁ×白い結婚×溺愛。
完璧すぎる令嬢が、“選ばれる側”から“選ぶ側”へ。
これは、復讐ではなく、
選ばれ続ける未来を手に入れた物語。
---
婚約破棄されたので隣国に逃げたら、溺愛公爵に囲い込まれました
鍛高譚
恋愛
婚約破棄の濡れ衣を着せられ、すべてを失った侯爵令嬢フェリシア。
絶望の果てに辿りついた隣国で、彼女の人生は思わぬ方向へ動き始める。
「君はもう一人じゃない。私の護る場所へおいで」
手を差し伸べたのは、冷徹と噂される隣国公爵――だがその本性は、驚くほど甘くて優しかった。
新天地での穏やかな日々、仲間との出会い、胸を焦がす恋。
そして、フェリシアを失った母国は、次第に自らの愚かさに気づいていく……。
過去に傷ついた令嬢が、
隣国で“執着系の溺愛”を浴びながら、本当の幸せと居場所を見つけていく物語。
――「婚約破棄」は終わりではなく、始まりだった。
『婚約破棄ありがとうございます。自由を求めて隣国へ行ったら、有能すぎて溺愛されました』
鷹 綾
恋愛
内容紹介
王太子に「可愛げがない」という理不尽な理由で婚約破棄された公爵令嬢エヴァントラ。
涙を流して見せた彼女だったが──
内心では「これで自由よ!」と小さくガッツポーズ。
実は王国の政務の大半を支えていたのは彼女だった。
エヴァントラが去った途端、王宮は大混乱に陥り、元婚約者とその恋人は国中から総スカンに。
そんな彼女を拾ったのは、隣国の宰相補佐アイオン。
彼はエヴァントラの安全と立場を守るため、
**「恋愛感情を持たない白い結婚」**を提案する。
「干渉しない? 恋愛不要? 最高ですわ」
利害一致の契約婚が始まった……はずが、
有能すぎるエヴァントラは隣国で一気に評価され、
気づけば彼女を庇い、支え、惹かれていく男がひとり。
――白い結婚、どこへ?
「君が笑ってくれるなら、それでいい」
不器用な宰相補佐の溺愛が、静かに始まっていた。
一方、王国では元婚約者が転落し、真実が暴かれていく――。
婚約破棄ざまぁから始まる、
天才令嬢の自由と恋と大逆転のラブストーリー!
---
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる