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緊張の舞踏会
しおりを挟むアンドレイ様は、私の問いかけに気づかなかったかのように、黙って私の手を取ると扉に向かって歩き始めた。
彼は私をエスコートしたまま、大広間までの長い道のりを歩くおつもりかしら。緊張で、私は体がカチコチになってしまって、さらには手が汗ばんでくるのを感じる。
しばらく無言で廊下を歩いているうちに、当初『リヒャルト様の手』と思った気持ちは打ち消されていく。勘違いよね。
私は、男の人の手などほとんど触れたことがないから、よくわからない。それに、アンドレイ様とリヒャルト様はご兄弟だし、骨格など似ているに違いない。きっと、そうだ。
「アンドレイ様?」
ぼんやり歩いていたら、彼が立ち止まったのに気づいて、私も止まって彼を見上げた。
大広間の扉が、すぐそこに見える。既に、順番待ちのように何人か正装した方々が並んでいらした。
「はぁー」
私のすぐ後ろにいるフェリスから、小さなため息が漏れる。私はそうっと後ろを振り向き、彼女に頷いた。
おそらく、すごく緊張しているのだろう。それは私も同じ。本当は逃げ出したいくらい……!
名前を呼ばれた私たちが中に入ると、そこは別世界だった。色とりどりのドレスを着た貴婦人たちと、正装した貴族たちが壁際に並んで、まるで絢爛豪華な大広間の飾り付けのようである。
「頭がクラクラする」
フェリスが小声で呟いた。
「ダンスを申し込まれても、断ってもいいのよ」
「だ、大丈夫です! 私みたいなお付きに、ダンスを申し込まれる方はいらっしゃらないはず」
そうこうするうちに、アリーヴ国王付きの楽団であろうか、弦楽器を持った人たちが演奏を始めた。
「始まるわ!」
私の背中にアンドレイ様が手を回してきて、私は軽く抱き寄せられた。
アンドレイ様、踊るおつもりかしら……?
見事に着飾った各国の貴族の中で、アンドレイ様のお姿は浮いている。そんなことを思うのはとても失礼だし、申し訳ないのだけれど。
胸がちくっと痛む。
私は今、夫であるアンドレイ様のことを恥ずかしく思っているのだ。
しかも私は、リヒャルト様のことを考えていた。あの方が私の夫なら、どんなにか自慢できるだろう、と。私にも見栄のような感情はあったのだ。
つい最近まで、召使いとして暮らしていた私が、そんなことを思うのは傲慢でありえないことだったのに。
少し離れたところに小さな人だかりがあって、ざわざわしている。その中心にいるのはアリーヴ王太子様だ。
彼はゆったりと歩いて、私の目の前に来られた。
「踊っていただけますか?」
「え! わ、私ですか?」
突然のお申し出に、頭は真っ白。
王太子様は微笑んで、アンドレイ様に許可を求める。
「宜しいでしょうか?」
「お断りします」
「は?」
思いがけない返事に、王太子様も私も変な声が出た。
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