上 下
48 / 52
終章

事態は終結に向かうはずだった

しおりを挟む
 大沢真の絶叫が響き渡る。
 闇が揺らいで、少年の体から噴き出した緑と青の何かが少年の体を襲う。


「こ、これ…もしかして…散々聞いてきた…」
「本人の魔力が大沢真を食おうとしているな。」
「闇の力意外でも暴走って起きるのね…。…止めなきゃ!私、委員長に伝えたいことがあるの!!」
「そうか。なら、ちょうどいい。本来の闇の魔力の使い方も教えてやろうな。
 闇の力は光ある限り無限に大きくなることができる力
 影は闇に属するもの。持ち主より大きくなり包むこともあり、持ち主を隠して守ってくれるもの。そしてすべてを飲み込めるものだ。
 これこそが俺が前世で魔族たちを守るために役立てたもの。今の状況なら貴方も使えるだろう。ここは影の世界であり、闇の支配する世界だからな。心の影であってもそれは該当するだろう。」

 触手が大沢真を拘束する。絶叫していた少年は、がむしゃらに暴れた。
 自分への怒りを向けるように、自分を呪うように、暴れる度に青と緑の光を放つ魔力が少年自身を傷付けた。

「委員長!!落ち着いて…このままじゃ危ないわ!」
 昇華が叫び、話しかけるも彼の絶叫は止まらない。

 ルーファスが昇華を包むように腕を重ねて、その体を動かす。

「闇とは光で生まれ、光とそれ以外を包む存在。ならば今生まれている光を飲み込んでしまえばいい。」

真っ黒な人型に操作されて昇華の腕が少年を指さす。
彼女の指揮で一斉に影の世界の黒が蠢いた。
蠢いて、戦慄いて、世界が少年を襲う青と緑の光に向かっていく。

「あが…う…あまみや、さ…」

 少年が真っ黒い繭に包まれた。昇華の薄暗い視界の中でもそれははっきりと見える。
 闇の魔力が大沢真の緑と青の魔力を持ち主ごと包んだ。
 昇華にははっきりとそれが、相手の魔力を取り込む行為だとわかった。

「前世だったら無理だったがな。今世なら我は貴方の使い魔で貴方の魔力で生きる存在となった。魔力を二人分以上…いや、2乗にして使える今世だからこそできる荒業だ。相手の魔力を奪い、自分のものにする技だな。貴方もできるようになるだろう。死なないレベルまで取り込んだら、解放してやれば良い。我が貴方といる限り、貴方はいくら魔力が増えても困ることは無くなったから、遠慮はいらん。」
「わ、わかった…委員長、必ず助けるから我慢してね!!」

 昇華の腕先から少年の感情が魔力と一緒に入ってきた。とても複雑なそれを受け取りながら、彼女は祈るように黒い繭を凝視していた。

 黒い闇の繭は中のものをはみ、どんどん魔力を吸い取って昇華に捧げていく。

 やがて大沢真の呻き声が聞こえなくなり、体から放出されていた青と緑の光の魔力も消えてなくなった。

「これで、終わったの…?」
 ルーファスの笑い声が響く。黒い世界が少年の体を離した。

 多少怪我を負っているが、もう青と緑の光は彼を襲っていない。意識はあるようだが、立つことはできないようだ。

「雨宮さん、ごめんね。僕、本当に君と友達になりたかったんだ…なのに、途中からなんか今まで声だけ聞こえていた男に体を乗っ取られて、君を傷つけることを考えるようになって…色んな人に酷いことして…僕…僕は…私はあげくに今世で最愛の人を本当に失ってしまうところだった…。そうか、何故気づけなかったんだ。雨宮さんはルリ…あぁ、殺さなくて良かった…本当に良かっ…」
 
 少年2人の声が重なって聞こえ、最後は静かに寝息に変わった。


「友達…友達かぁ…これって失恋…いえ、委員長がこの先、で落ち着いてくれるなら、やっと始まりに立ったのかしら…?」

 色々複雑な顔をして、昇華がこの後どうしようかとぼんやり考えていた。

先ほど奪った力は、青と緑の魔力。
 本来なら創造と風、植物の魔法を操る力であり、によって闇の力に塗り替えられ抑え込まれていたものだった。
 その何かとは、大沢真が研究によって得ていた闇の魔法によるものだろうことが伝わってくる。
 無理やり変異させられた力は、感情と魂が揺らいだことによって暴走したようだ。
 正しく闇の力として吸収されて、暴れることなく昇華の体に馴染んでいく。

大沢真はしばらく魔力が回復しない、魔法や使い魔を操ることはできないだろう。




「くくく。今世の魔王はそなただ。」
「え…?」

 ずっと笑っていたルーファスが、嬉しそうにとんでもないことを言い出した。
 ぼんやりと受け取った感情と言葉を自分なりに納得しようとしていた昇華は耳を疑った。

「これでそなたが力を自由に使えることが確定した!人の心の影を操って集団暴徒を起こしてもよし。記憶を奪って操ってよし。影の世界に引きずり込んで支配下にしてもよし。魔力を奪って捨てるもよし。好きにするがよい。我が全力でサポートしてやろう。
「いらんわ!!そんなものー!この令和の時代に何を寝ぼけたこと言ってのよ!」

 昇華のツッコミが響く。
 どうやら、この時代に物騒な力が生まれていたようだ。

「なんだ、つまらん。前世で我すらできなかったことがきるのに、この小僧を好きにしないのか…?」
「い、いい委員長に何かする!??駄目よ、…だめ…正々堂々、こ、こ、こくは…いや何でもない…何にもしないわ…。」

 昇華の言葉に、ルーファスがつまらなそうに腕組みをした。
 相変わらず黒い人型の彼は、薄暗闇の中でも何を考えているのかわかりやすい。

「…では、何をしたい?」
「これで終わりなら皆のところに戻りましょう。…作戦もいっぱい考えて準備してくれてたのに、勝手なことをしたことを謝らなきゃだわ。目的は1つ果たせなかったけど、それどころじゃないもの…きっと皆なら、この先のことを一緒に考えてくれる。」


 すべての事態は終結に向かったかに見えたが、「次の魔王」という新しい問題が発生した。
 それでも昇華は動かした足を止めず、前に進む。



 昇華がぐったりした大沢真の体を持って影から出ると、火曜日が丸一日経過して水曜日なったばかりの深夜になっていた。




しおりを挟む

処理中です...