琴姫の奏では紫雲を呼ぶ

山下真響

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21三弦奏

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 女官の告げた審議という言葉。これから行われるのは、新人の腕を確認するためだけのものだったはず。だが実際は、正式な団員になれるかどうかの第二の試験だったのだ。それを悟ったコトリは、目の前のシェンシャンに目をやった。

 シェンシャンは個体差の大きい楽器だ。胴の大きさが少しずつ異なるばかりか、音の鳴り方の癖も違う。不慣れな楽器で試験代わりの一曲を披露するのは、あまりにも無謀だ。

 しかも、弦が切れている。つまり、譜面に書かれた音を全て奏でることができないということになる。

「酷すぎるわ! カナデ様、一度部屋に戻って弦を張り直しましょう」

 サヨは、怒りで顔を真っ赤にしている。コトリは一瞬だけ目を閉じて、また開いた。

「いえ、このまま弾くわ」
「さすがにそれは無茶じゃ」

 いつもは他人事のように傍観しているミズキさえ、慌て始めた。

「私のシェンシャン、使います?」
「これは私に売られた喧嘩だもの。二人の手出しは不要です」
「でも」
「実はこういうの、憧れていたの。私の戦い、見守っていてね」

 三人がこそこそ話しているのがいけなかったのであろう。女官が不機嫌そうに咳払いをする。

「では、私から弾きます」

 コトリは、シェンシャンを手に取った。

 それは、コトリのものよりも幾分大きく、抱えてみると若干の違和感がある。まずは、演奏の邪魔にならないよう、切れた弦を軸に絡ませておいた。次に、残っている三弦を鳴らして耳を澄ませる。コトリは、やはりと思った。音合わせがなされていなかったのだ。

 音合わせの道具は手元にあるが、女官が急かせているので時間が無い。コトリは幼少から培ってきた絶対音感で瞬時に調弦をすると、改めて女官に目配せをした。

 いよいよ、始まる。

 これが、自由曲の演奏ならば、まだ救われたかもしれない。できるだけ切れた弦を使わない曲を弾けばいいのだ。しかし、今は楽師団内でも由緒ある曲が課題となっている。避けることはできない。

 サヨも、ミズキも、自分達の方が逃げ出したいぐらいだった。対するコトリは、落ち着き払っている。既に、シェンシャンとの対話は始まっているのだ。

 コトリは、ヨロズ屋でゴスから聞いた話を思い出していた。シェンシャンには神がいる。その神と対話し、神の声を届けることこそが楽師の仕事なのだと。


 このシェンシャンにおわす神に語る。


――――私に、音の力を。

――――この地に、恵みを。

――――人々の心に安らぎを。

 
 「鳴紡の若葉」は、山深きクレナ国に広がる緑と、湧き出る清らかな水を見事に描き出した美しい旋律が特徴だ。和音で奏でるというよりも、単音を切れ目なく繋ぎ合わせて聴かせるような楽曲である。必要なのは、速さと滑らかさだけではない。シェンシャン特有の音の響きの通り具合を加味しながら、表情豊かに弾きあげなければならないのだ。

 コトリは、若き無垢な力を迸らせる。


――――さぁ。共に、最高の音を奏でよう。


 コトリはカッと目を開いた。その刹那、背中が燃えるように熱くなり、左右の手が自らのものではないかのように動き始める。

 素人がすれば、ただシェンシャンに触れているだけに見えたかもしれない。
 少しかじった程度の者からすれば、楽器で遊んでいるだけに見えたかもしれない。
 しかし、ここに集まる熟練のシェンシャン奏者達が見れば、それは正に神業に他ならなかった。

 決して、譜面通りではない。

 しかし、旋律を成す音は確実に爪弾かれている。さらには、それをより魅力的に際立たせるだけの別の旋律が後ろで常に流れているのだ。

「これ、ほんとに一人で弾いているの?」

 ミズキが呟いた。
 静かに見届けているサヨも、これには驚いていた。

 コトリができると言う時は、大抵きちんと策がある。それ故、今回のことも一応信用して見守っていた。だが、これ程のものになるとは全く想像できていなかった。

 今のコトリは、練習を初めて日が浅い曲を完璧に自分のものとし、かつ本番の最中に編曲までを行っている。それも、一本の弦が使えない中でだ。

 広間の中は、コトリが奏でる音だけが響き渡っている。誰も声を発さない。むしろ、できない。

 研ぎ澄まされた刃のごとく、冴え渡る奏で。

 圧巻だった。

 コトリは、最後の一音が消えると同時に、シェンシャンを置いて頭を下げた。

 見下ろすと、指先が固くて太くなった、女らしからぬ大きな手がある。紛うことなくシェンシャン奏者の手。

 王女としてではなく、コトリ個人として成せることなど少ないことは分かっている。だが、それでもこの手でできることはあるはずだ。

 コトリは諦めない。
 欲しいものは、この手で必ず掴んでみせる。

 再び頭を上げたコトリは、御簾越しに堂々と広間を見回した。驚愕や妬みの入り混じった声が届いていたが、ものともしない。

 凛とした姿。
 まるで、琴姫だった。

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