琴姫の奏では紫雲を呼ぶ

山下真響

文字の大きさ
88 / 214

88仲間集めの策

しおりを挟む
 同じ頃、クレナ王は、ソラにいるはずの長女が王宮内にいるとも知らず、自室から一人空を見上げていた。その不機嫌さは酷いもので、誰も彼に近寄ろうとはしない。

 その原因ともなる帝国からの使者が王宮を去ったのは、前の日のことだ。これまで信頼できる部下に命じて重ねてきた擦り合わせが、ようやく形を成すようになってきたため、ようやく正式にクレナへ招待した一団だった。

 帝国の者たちは、基本的にクレナを見下している。それ故か、どんなもてなしをしてみても鼻で笑うような反応しか示さない。他国の王宮にいるにも関わらず、自国の自宅にいるかのように尊大に振る舞う様子は、経験値や大国の貫禄といったものを見せつけてくるのである。それが王にとってしてみれば、全くもって面白くない。

 しかも、帝国向けに準備していた工芸品は、ソラ由来の神具だとすぐに見抜かれる始末。対ソラに向けた兵器を融通してもらうための交渉をするも、決して誤魔化しの効かない相手ともなると、完全にクレナの分は悪く、案の定望んだ結果を引き出すことはできなかった。

 それにしても、とクレナ王は思う。使者から念押しされた言葉が耳に残って、気にかかっている。

「かの楽師の姫君には、必ずや、快く我が王の元へお越しいただきたい」

 クレナ王は、最悪コトリが自死する可能性も考えていた。そのため、かつて王家の姫君が降嫁した貴族なども含め、王家の血筋を少しでも引いている年頃の娘を見繕うことを始めている。あくまで、政局の駒でしかない女だ。実の娘でなくとも良い。

 しかし、帝国はコトリを名指しで欲しているという。

 理由は分からない。確かに美姫の部類には入るだろうが、昨今鼻持ちならないことばかりする娘のことは、本気で可愛いとは思えなくなってきていた。下手に手元に残しておいても手に余るだろうから、早く帝国へ押し付けてしまいたい。けれど、うっかり十八歳まで待つという約束を取り付けてしまったことが、今になって悔やまれていた。

 実は、手の者を使ってコトリの拉致を試みたこともある。しかし、何者かによって阻まれて、歯が立たないのが現状だ。

 最近では、放った者の死体が、翌朝王宮の庭の片隅に転がっているという事件も起きていた。もちろん、そのような破落戸の正体を調べるべく指示は出してあるが、未だに明らかにはなっていない。はっきりしているのは、クレナ王の預かり知らぬ何か大きな組織が闇で動いているということだけ。

 ふと、空恐ろしさに背中が震えた。
 しかし、ここで怖じけ付くわけにはいくまい。悲願でもあるソラ吸収の足がかりは、あと一息なのだ。帝国とのやり取りも本格的なものになり、もはや後戻りができないところまで来ている。後は、コトリをだしにして、より良い取引きができるよう努めるだけだ。


 ◇


 秋。楽師団は、今が一年で最も忙しい時期にあたる。国中の村々で収穫祭が行われるため、そこへ出向いてシェンシャンの奉奏を行うのだ。

 コトリも、サヨと共に旅支度に励んでいた。荷物の準備はもとより、シェンシャンの合奏の練習に追われている。

 修理から戻ってきたシェンシャンは、初めこそ大人しくコトリの手綱に従った音を立てていたが、時折奏者の意図せぬこともしでかすようになっていた。譜面通りの音ではあるが、溢れ出す神気の質と量が周囲とは格段に異なることがあるのである。

 コトリは、そのシェンシャンに降りているのが、ルリ神故のことだと思い当たっていた。だが、未だにルリ神との対面は叶っていない。コトリがもっと本気で祈れば姿を現してくれるのかもしれないが、最高神が相手ともなると物怖じしてしまうものである。

「今日もこの十人ですね」

 サヨが辺りを見渡した。今日、同じ御簾に区切られた部屋の中にいるのは、共にシェンシャンを練習している仲間達。コトリにサヨ、ミズキ。そして、ナギとその友人二人。さらには、あのいつも口煩く陰口を叩くマツ、タケ、ウメの三人組。最後に、なぜだかカヤが混じっていた。

 ここのところ、この面子で音を合わせる機会が増えている。コトリを中心とした会話ばかりがなされているので、実質的にはコトリの派閥ができている状態なのかもしれない。

 コトリは、サヨの言った十という数字について考えた。

 現在、最大派閥はハナが率いる集まりである。以前はアオイが最大であったが、一部がコトリ側に流れてしまったため、アオイは三番手に甘んじている。しかし、それを何とも思わぬ涼しい顔で、今日もアオイは首席としてふるまっていた。凛としたその様子は、コトリにとって憧れの的である。それと同時に、次の春には乗り越えねばならない高い壁でもあった。

 コトリは、焦っていた。

 クレナ王との約体では、コトリが十八歳になるまでに首席をとることが自由になる条件となっている。先日十七になったばかりの彼女にとって、翌年の春の園遊会は、自らの望みを叶える唯一の機会だ。そう、一度しかないのだ。失敗は許されない。

 サヨの情報によると、春の園遊会での競い合いでは、派閥の人数も、ものを言うらしい。いくら奏でが美しくとも、それがほんの数人であれば評価は下がりがちだそうだ。

 今は十人いる。けれど、春になってもなお、この十人全員が自分と共にいてくれるだろうか? さらには、奏での質を他の二つの集まりよりも高めることなど、できるのだろうか。

 以前は、神気を見れるようになる方法を広めることで仲間を募ろうと考えていた。しかし、ウズメに確認したところ、奏者であるコトリが見れるようになったのは大変例外的なもので、他の者には当てはまらないと言われてしまっている。

 となると、後は、ヨロズ屋の店主から入手した神気を確認することのできる神具頼りとなりそうである。コトリは、ソウの笑顔を思い出して、胸がきゅっと締めつけられるのを感じた。おそらく彼は、コトリに好意をもっている。それを利用するのは心苦しいが、コトリの願いとあらば、神具の増産を買ってでてくれるかもしれない。

 コトリは、気がそぞろになりながらも、どうにか練習を終え、サヨと共に部屋へ戻った。そして、思い浮かんだ新たな策について打ち明けるのである。

「それは良きことと思われます。ヨロズ屋には身内価格で引き受けていただきましょう」

 サヨはどこか悪い顔をしているか、紫にはヨロズ屋も一枚噛んでいるので、身内という言葉はあながち間違いでもないだろう。

「後は、いつ、その神具を渡すかですね。私は、正月前が良いかと思います。皆、その頃には実家や地元に帰省し、大抵楽師としての奉奏をするはめになりますから。その際、神気を見ることができればどうなるでしょう」
「土地へ、確実に恵みを与えることができるのね」
「はい。楽師団では、神気が見える神具は三つしかなく、今はアオイ様が一つ、ハナ様が二つ持っていらっしゃる。他の方にはありませんから、鳴紡殿を出ればいつもの奏でをすることは、ほぼ不可能です。でも、それができるとなると……」
「えぇ。私達の仲間となる楽師の方々は、実家や村などを巻き込んで、カナデ様を味方せざるを得ない状況となるでしょう」

 さらにサヨは、渡す神具には番号や印を彫り込んで、意図せぬ相手に渡らぬよう管理することも提案した。それにコトリは同意する。

「ソウ様にはご迷惑をおかけしますが、この線で進めましょう。とても良いお方だから、きっと力になってくれると思います」

 すると、サヨがジト目でコトリを睨んだ。

「最近カナデ様は、ソウ殿のことがお好きなようですね」
「え」

 コトリも少しは自覚していたらしい。ふっと顔を赤らめたが、すぐに何かを振り切るように首を振る。

「いえ、私はあの方だけのことを一途に思ってますから!」
「分かっておりますよ」

 サヨは笑いながらも思うのだ。いっそのことソラ国王家の側妃を目指すよりも、クレナの大商人に嫁入りする方がコトリは幸せになるかもしれない。ソウは神具師だ。コトリの身を守る道具だって作れるだろうし、ソラにも伝手があるようなので、いざとなれば誰も知らない所へ逃げることもできるだろう。

 しかし、隙あらばコトリに好意を顕にして、外堀を埋めようとしてくるやり口は気に入らない。やはり、あの男に主を任せることはできそうにもなかった。

「そんなカナデ様に、一つ朗報があります」
「何?」
「先程、廊下ですれ違った女官たちの話を立ち聞きしてしまったのですが……」
「もったいぶらずに教えてよ」




「近日中に、カケル王子がこの鳴紡殿にやって来るそうです」



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界の花嫁?お断りします。

momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。 そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、 知らない人と結婚なんてお断りです。 貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって? 甘ったるい愛を囁いてもダメです。 異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!! 恋愛よりも衣食住。これが大事です! お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑) ・・・えっ?全部ある? 働かなくてもいい? ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です! ***** 目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃) 未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

処理中です...