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115密偵からの警告
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密偵は、皇帝を見上げて言った。
「皇子は、案外きちんと仕事をされていますよ。彼お得意の薬をもって、工芸品を大量に巻き上げているようです。ソラには、かなり中枢にまで入り込めているようでしたが……」
「ソラで何かあったのか?」
「まだ詳細については調査中なのですが、ソラ王が死亡。皇子と手を組んでいた宰相も死んだという情報が入ってきています。まだ確証を得ておりませんが、おそらく真実かと」
ソラ王の死は、帝国が用意していた筋書き通りだ。しかし、協力者の突然死は、あまり喜ばしくはない。まだ帝国側が掴みきれていない、敵対する何かがある事の証左となるからだ。けれど、ここで不利を悟って撤退するような国柄ではないため、とりあえず淡々と事実のみを述べていく。
「ソラでは、前王の長男が新王として立ったようです。それ以降、王宮にはかなり厳しい警備体制が敷かれています」
「なるほど。予定通りではないが、その程度の変更ならば構わん。王が替わると、国は大抵荒れるものだ。クレナも王がアレな上、民も弱っているならば、少し突くだけで勝手に自滅するだろう。引き続き二国間で争わせておけばいい。漁夫の利を得るのは、我が国だ」
「では、行軍はいつ頃になりますでしょうか?」
皇帝は、大陸の地図を頭の中で広げる。
「確か、ソラの手前には高い山脈がそびえているな。これから本格的に冬がやってくると、雪が邪魔して動けなくなるだろう。だが春には、あちら側へ越えておきたいものだ」
いつもならば、ここで話は終わる頃合いだ。しかし密偵は動かない。皇帝は、訝しげに配下を見下ろした。
「まだ何かあるのか」
「恐れながら、セラフィナイト様より届いた情報で、気になる事がございます」
「もったいぶるな。早く申せ」
密偵は、躊躇いがちに口を開く。
「ご存知の通り、クレナとソラには神具という伝統的な工芸品がありますが、あれらは神気と呼ばれる神の力をもって何らかの機能を発動させる道具らしいのです。その神の力とやらは、自然現象とも違う上、仕組みは未だに解明できていないとのこと」
皇帝は、心底呆れた様子で溜息をついた。
「何が言いたい? セラフィナイトが危険な目にでも遭って、怖気づいているのか? であれば、オリハルコン製の剣でも送ってやれ。大抵のものは、簡単に切り刻んでくれるはずだ」
「いえ、そういうわけではないようです。ただ、かの二国では、あらゆる物に神が存在するばかりか、死んだ者も神になる場合があるということで、論理的には証明できないような奇跡を起こすらしく……」
「もういい。クレナへ行って、お前まで頭が悪くなったのか。どうせ王女が奇跡を起こすというのも、せいぜい聴く者を籠絡するような話術があるとか、睡眠を促すような演奏ができるなど、そういったものに過ぎないに決まっている。面白そうな娘故、妃として取り立ててやろうかとは考えているが、本気で国を富ませるような奇術ができるとは思っていない」
「ですが、私も滞在中に聞いた話では……」
「もう下がれ。そういった迷信など無視せよ。きっとこれは、あの国々の策略の一つだ。お前のような密偵までそれに乗せられてどうする?」
これ以上言い募ると、いよいよ物理的に首が飛びそうだ。仕方なく密偵は、本当に土地が生まれ変わって、川すら生まれるという奇跡が噂になっているとも言えず、すごすごと引き下がったのである。
◇
同じ頃、鳴紡殿。珍しく早くに起き出してしまったコトリは、やけに目が冴えるので二度寝するのを諦めて、文机に向かっていた。
筆をとって、さらさらと文をしたためている。宛先はソウ。地方遠征で流民と遭遇した際、ヨロズ屋で貰った神具がなければ今頃どうなっていたことか。気を利かせて渡してくれたラピス少年への礼もあるが、店の物をまた無料で受け取ってしまった詫びも伝えねばならない。
出発前はソラへ所用があって不在とのことだが、そろそろ戻ってきているだろうか? 本当は店へ顔を出したいところだが、きっと忙しくしていることは想像できる。故に、文で我慢するのだ。
筆を置いて、目を閉じる。ソウの姿が記憶の中に蘇った。
最近の彼は、初めて会った頃と比べて、ますます男ぶりを上げた。顔つきがますます精悍になり、その洗練された仕草は女の脳を溶かすような甘さと魅惑に満ちている。元々、大店の店主でありながら、珍しい神具をほいほいと作ってしまう腕利き職人でもあるソウ。そんな彼と二人きりで会い、手を握ったことを思い出すと、どうしても浮ついてしまうのだ。
気がつくと、コトリは赤く火照った頬を両手で挟み込み、動けなくなっていた。
「駄目よ、駄目。私は、カケル様のものになるのだから」
コトリは、墨が乾くと文を折り畳み、女官を見つけてヨロズ屋への配達を願い出た。もちろん、駄賃の銭も多めに握らせる。
臨時収入に舞い上がる女官の後ろ姿を見送りながら、コトリはふっと呟いた。
「ソウ様が、カケル様だったら良かったのに」
どうしてソウとカケルを結びつけてしまうのか。どうしてソウに惹かれてしまうのか。コトリはまだ、その理由を知らない。
「皇子は、案外きちんと仕事をされていますよ。彼お得意の薬をもって、工芸品を大量に巻き上げているようです。ソラには、かなり中枢にまで入り込めているようでしたが……」
「ソラで何かあったのか?」
「まだ詳細については調査中なのですが、ソラ王が死亡。皇子と手を組んでいた宰相も死んだという情報が入ってきています。まだ確証を得ておりませんが、おそらく真実かと」
ソラ王の死は、帝国が用意していた筋書き通りだ。しかし、協力者の突然死は、あまり喜ばしくはない。まだ帝国側が掴みきれていない、敵対する何かがある事の証左となるからだ。けれど、ここで不利を悟って撤退するような国柄ではないため、とりあえず淡々と事実のみを述べていく。
「ソラでは、前王の長男が新王として立ったようです。それ以降、王宮にはかなり厳しい警備体制が敷かれています」
「なるほど。予定通りではないが、その程度の変更ならば構わん。王が替わると、国は大抵荒れるものだ。クレナも王がアレな上、民も弱っているならば、少し突くだけで勝手に自滅するだろう。引き続き二国間で争わせておけばいい。漁夫の利を得るのは、我が国だ」
「では、行軍はいつ頃になりますでしょうか?」
皇帝は、大陸の地図を頭の中で広げる。
「確か、ソラの手前には高い山脈がそびえているな。これから本格的に冬がやってくると、雪が邪魔して動けなくなるだろう。だが春には、あちら側へ越えておきたいものだ」
いつもならば、ここで話は終わる頃合いだ。しかし密偵は動かない。皇帝は、訝しげに配下を見下ろした。
「まだ何かあるのか」
「恐れながら、セラフィナイト様より届いた情報で、気になる事がございます」
「もったいぶるな。早く申せ」
密偵は、躊躇いがちに口を開く。
「ご存知の通り、クレナとソラには神具という伝統的な工芸品がありますが、あれらは神気と呼ばれる神の力をもって何らかの機能を発動させる道具らしいのです。その神の力とやらは、自然現象とも違う上、仕組みは未だに解明できていないとのこと」
皇帝は、心底呆れた様子で溜息をついた。
「何が言いたい? セラフィナイトが危険な目にでも遭って、怖気づいているのか? であれば、オリハルコン製の剣でも送ってやれ。大抵のものは、簡単に切り刻んでくれるはずだ」
「いえ、そういうわけではないようです。ただ、かの二国では、あらゆる物に神が存在するばかりか、死んだ者も神になる場合があるということで、論理的には証明できないような奇跡を起こすらしく……」
「もういい。クレナへ行って、お前まで頭が悪くなったのか。どうせ王女が奇跡を起こすというのも、せいぜい聴く者を籠絡するような話術があるとか、睡眠を促すような演奏ができるなど、そういったものに過ぎないに決まっている。面白そうな娘故、妃として取り立ててやろうかとは考えているが、本気で国を富ませるような奇術ができるとは思っていない」
「ですが、私も滞在中に聞いた話では……」
「もう下がれ。そういった迷信など無視せよ。きっとこれは、あの国々の策略の一つだ。お前のような密偵までそれに乗せられてどうする?」
これ以上言い募ると、いよいよ物理的に首が飛びそうだ。仕方なく密偵は、本当に土地が生まれ変わって、川すら生まれるという奇跡が噂になっているとも言えず、すごすごと引き下がったのである。
◇
同じ頃、鳴紡殿。珍しく早くに起き出してしまったコトリは、やけに目が冴えるので二度寝するのを諦めて、文机に向かっていた。
筆をとって、さらさらと文をしたためている。宛先はソウ。地方遠征で流民と遭遇した際、ヨロズ屋で貰った神具がなければ今頃どうなっていたことか。気を利かせて渡してくれたラピス少年への礼もあるが、店の物をまた無料で受け取ってしまった詫びも伝えねばならない。
出発前はソラへ所用があって不在とのことだが、そろそろ戻ってきているだろうか? 本当は店へ顔を出したいところだが、きっと忙しくしていることは想像できる。故に、文で我慢するのだ。
筆を置いて、目を閉じる。ソウの姿が記憶の中に蘇った。
最近の彼は、初めて会った頃と比べて、ますます男ぶりを上げた。顔つきがますます精悍になり、その洗練された仕草は女の脳を溶かすような甘さと魅惑に満ちている。元々、大店の店主でありながら、珍しい神具をほいほいと作ってしまう腕利き職人でもあるソウ。そんな彼と二人きりで会い、手を握ったことを思い出すと、どうしても浮ついてしまうのだ。
気がつくと、コトリは赤く火照った頬を両手で挟み込み、動けなくなっていた。
「駄目よ、駄目。私は、カケル様のものになるのだから」
コトリは、墨が乾くと文を折り畳み、女官を見つけてヨロズ屋への配達を願い出た。もちろん、駄賃の銭も多めに握らせる。
臨時収入に舞い上がる女官の後ろ姿を見送りながら、コトリはふっと呟いた。
「ソウ様が、カケル様だったら良かったのに」
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